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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
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第17話 はじめてのおつかい


マゼンタが人通りの少ない道を歩いている。

周囲は住宅街、だが外からの目が入らないよう木製の板や庭木が道路側に面し、住居の中に人がいるのかどうかさえ判断出来ない。

足元は小さな石ころがひしめき合い、歩き心地は幾分悪い。

でも彼女の足取りは軽かった。

何も荷物を持っていないから、というわけではなく、葡萄(えび)に使いを頼まれたのはこれが初。

八百屋という場所へ行くのも初。

この辺りの道を通ったことはあるが、初めての買い物、初めてのお使い、初めての八百屋に、若干心が湧き立っていたのは事実だ。

クリムスン家は基本自給自足生活。全ての食べ物を敷地内の畑や、敷地の外にある田んぼ、肉や魚に関しても男衆が狩りや釣りで調達してくる。

だから彼女はどこかへ行って食料を買うという経験をしたことがなかったのだ。

少女は手に持っていた四角い紙に目を落とす。

そこには簡単な手書きの地図が書かれていた。無論、葡萄が書いてくれた八百屋への道順である。

八百屋。野菜や果物が売っている店のこと。

今夜は家の畑にない野菜を食べたかったのか?

マゼンタはそう考えながら先を急いだ。

八百屋とはどんな場所でどんな物が売っているのだろう、そればかり考えていたから、少女は気づかなかった。

眼鏡を掛けた男が彼女の後をこっそりつけていることに。

男は少し離れた後方から、少女の後姿をじっと観察していた。

彼女がちゃんと目的地に向かうのか、道を外れないか、もし道を外れたらどこへ行くのか、誰と会うのか……

彼は集中し過ぎていた、彼女に、彼女と接触する者に。

その為まさか自分自身がつけられているとは考えもしなかったのだ。

「何してるの?」

男はすぐ背後から声を掛けられて背筋が縮み上がる。

なぜ自分の後ろから……⁈しかもこの声は……‼

男は振り返った。

「コチニール……⁈」

とてもよく見慣れた道着姿の少年が呆れたように立っていた。

「もしかしてマゼンタの後をつけてる?」

コチニールは先を歩いていくマゼンタに視線を向ける。

「えっと、こ、これはですね、その……!」

眼鏡の男、即ち葡萄が見るからに慌てふためいた。

「マゼンタが緋色(ひいろ)に会うんじゃないかって心配なんでしょ?」

少年に自分の意図をしっかり見破られ、眼鏡の彼は観念したように溜息をつく。

「そうです。決してあの子を疑っているわけではないですが……」

相当疑ってるよね。

コチニールは内心そう思った。

「これは念のための確認ですよ。もし何もなければそれでよし。もし何かあったら……」

その時は……

葡萄は表情を暗くする。

「こういうの僕は好きじゃないけどなぁ」

コチニールはどんどん遠ざかっていく妹のほうへ目をやった。

「好きとか嫌いとかそういう問題じゃありません」

「あ、マゼンタ行っちゃうよ」

葡萄が振り返ると少女は生垣の角を曲がるところだ。

眼鏡の彼は慌てて後を追い、コチニールも致し方なく彼に続いた。



目的の店は住宅街の中にポツンと店を構えていた。

その場所だけ家の前に低い棚を(しつら)えていたから、マゼンタでもすぐに見つけることが出来たのだ。

棚の上には多種多様な野菜や果物がいくつも並んでいる。

野菜の中にはクリムスン家の畑や食卓でお馴染みのものもあったし、全く見当のつかない形状のものも紛れていた。

赤紫色の少女はワクワクとドキドキが混じり合ったような面持ちでそれらを見渡す。

(ここが、八百屋)

初めての、買い物……

彼女はまた一つ新たな感情を知った。けれどもそれを認識する余裕は残念ながらなかったが。

そんな彼女を少し離れた生垣の陰から葡萄とコチニールが見つめていた。

「なんか〝はじめてのおつかい〟みたいですね」

「実際初めてだもんね」

眼鏡の彼に少女の思いが移ったのか、はたまたこれから起きる望まない出来事を予測したのか、彼はなぜだか自分まで緊張してしまい、コチニールはというと葡萄の計らいに呆れ果てている。

その時店の奥から恰幅の良い中年の男が出て来て、

「いらっしゃ……」

と言いかけ、目を見開いた。

マゼンタは陳列された野菜から彼に目を移す。

(なんちゅー色して……!)

鮮やかな赤紫色の少女を見た彼は思わずそう言いかけたがそうならずに済んだのは、最初に話を進めたのが彼女のほうだったからだ。

「あの」

「は、はい」

「このお金で大根、里芋、山芋、ゴボウ、蓮根、カブが欲しい」

少女は手に持っていた紙を差し出す。

中年の男、つまり八百屋の店主はそれを見下ろすと、驚いた顔をさらに助長させてしまった。

「こりゃ、地図……?」

その言葉が耳に入った葡萄は、

「地図出してどうするんですかっ……!」小声で叫んだ。

コチニールも顔を引きつらせて笑っている。

「あ、違った」

自分が差し出しているものにやっと気づいたマゼンタは、腰回りのポケットをゴソゴソと探り始める。

兄と眼鏡の彼は彼女の様子を見ながら、

「緋色に会うかどうかじゃなく、違う意味でハラハラする……」

「全くです……」

自分たちが大いに緊張しまくっていた。

赤紫色の少女は自分のポケットからもう一枚の紙を取り出すと、店主に差し出す。

「これでさっき言った野菜を買いたい」

店主はそれがお金だということを認識するとほっとしたように、

「えっと、大根と、里芋と……」

「山芋、ゴボウ、蓮根、カブだ」

彼女を見守っていた二人は胸を撫で下ろした。

「何を買うかは完璧みたいだね」コチニールは妹の記憶力に敬意を表する。

その頃、店主は大きな袋に注文された野菜を詰めていた。

「一つずつでいいですかい?」

激しい赤紫色の少女は、

「あるだけ欲しい」

「えっ?」店主の瞳が(きら)めく。

安心したのも束の間、マゼンタの言葉に葡萄はぎょっとする。

「あるだけって、ウチの畑にいっぱいあるのにそんな必要なの?」

「も、もちろん私は一つずつという意味でお願いしましたよっ」

生垣の陰でそんなやり取りがなされているとは露知らず、店主は野菜をどんどん袋に詰めていく。

(いやー、今日は売れに売れていい日だなー)

八百屋主人の心は浮き立った。

一方コチニールは眼鏡の彼に、

「いったいいくら渡したの?」

(せん)ドミナです……」

「千⁈」

「細かいお札がなかったので……」

「もう……」

クリムスン家頭首の長男は再び呆れ果てた。

店主が赤紫色の少女に野菜でパンパンに膨れた袋を三つ差し出す。

「まいどあり!」

彼女はそれらを軽々と受け取り、元来た道を歩き始めた。

葡萄とコチニールはさっと生垣に身を隠す。

少女はいつも通りの無表情だったが、内心満足そうに彼らが隠れた生垣の前を過ぎ去っていった。

二人はマゼンタがすっかり通り過ぎたのを確認するとまたこっそり道へと出て来て、

「どうするの、あの野菜」

コチニールが何とも言えない顔で葡萄に尋ねる。

「いい社会勉強ですね……」

眼鏡の彼は溜息をつきながら少女を見送った。



日の暮れたクリムスン家の屋敷はひっそりとしている。

屋敷奥にある大座敷や厨房、道場からは賑やかな声に夕ご飯のいい香りが漂ってきてはいたが、マゼンタたちが暮らす屋敷には全く人の気配がない。

それでも葡萄が照明を点けてくれたのか、玄関や廊下には黄色い灯りが所々灯っている。

そんな中、赤紫色の少女が大きな袋を三つ両手に持って廊下を進んでいた。

「葡萄、野菜買ってきたぞ」

彼女は誰もいない廊下に向かって声を掛ける。

「葡萄?」

普段なら玄関で待ち構えているはずなのに、今はいなかった。

さすがに少女はその場で立ち止まる。

周囲を見回して気配を探る。

でもやはり誰もいない。

葡萄も、コチニールも、カーマインも、父上も……

家の中はこれでもかと静まり返っていた。

「葡萄」

マゼンタが呟いた時だった。

「おかえりなさい」

彼女が背後を振り返る。

そこには葡萄とコチニールが立っていた。

「コチニール」

「おかえり」

兄は妹を笑顔で迎える。

「ただいま」

「野菜は買えましたか?」葡萄は彼女に近づきながら尋ねた。

その彼をコチニールは呆れたように眺める。

「ああ」

「随分いっぱいですね」

眼鏡の彼は袋を見下ろして顔を引きつらせた。

「これでも足りないくらいだ」

「えっ?」葡萄とコチニールはぎょっとする。

「クリムスン家の男たちも合わせたら足りないだろう?」

二人ははっとした。

(そうか、マゼンタはそこまで考えていたんだ……)

コチニールの胸の中に温かなものがこみ上げる。

「ん?」

「あ、いや、その、そうですね」

しどろもどろにになった葡萄にコチニールが視線を向けた。

「いえ、確かにそうなのですが、私の言い方がよくなかったようです。全て一つずつでよかったんですよ」

「そうなのか?」

「ええ、まあ、でも、みんなよく食べますから、いくつあってもすぐ胃袋に収まるでしょうけど」

「ならいいが……」

「でもこれだけは覚えておいてください」

少女は姿勢を正した葡萄を真っ直ぐ見つめる。

「お金は大切に使ってくださいね。守人(もりひと)の運営は民の税金で賄われているのですから」

「税金」

「そうですよ。ああ、だからと言って切り詰めすぎろと言っているわけではありませんよ。餓死寸前まで追い込めとかそういう話ではないですからね」

「そのくらいマゼンタにだってわかるよ」

コチニールがさすがに口を挟んだ。

「いやわからないじゃないですか、今回のことがありますから」

「そんなことないよね」

兄が妹に近づきながら尋ねると、彼女は素直に頷く。

しかし眼鏡の彼は念押しで、

「とにかく、お金は湯水のごとくじゃぶじゃぶ使わないでくださいね」

「じゃぶじゃぶ……」

「わかりましたか?」

葡萄の表現がいまいち彼女にはピンと来なかった。

でも彼が言いたいことは伝わったので、

「わかった」と、答えた。

「けど今回は明らかに葡萄の言葉が足りなかったと思うよ」

クリムスン家頭首の長男が釘を刺す。

「はい、その点は私も大いに反省しております……」

下を向いた葡萄を見ると、少年は溜息を漏らしながらも気持ちを切り替え、

「さて、何を買ってきたの?」

と、笑顔で袋の中身を覗いた。

「大根、里芋、山芋、ゴボウ……」

袋の中を兄に見せながらマゼンタが説明する。

葡萄はそんな彼女をじっと見つめていた。

(でも、あなたが緋色と接触していなかったことは、初めてのお使い以上によい報告が出来そうです)

彼は心の底から安堵した。




 マゼンタが買い占めた野菜たちは翌朝のクリムスン家の料理に一つ残らず加えられた。汁物に、漬物に、煮物に、それぞれが細かく刻まれてどれかの一部となった。

クリムスン家の料理は基本細かい。それは刃物を扱う練習でもあったが、あまりに細かく上品に仕上げる為食材の原形を留めていないこともあり、いったい今自分が食しているのは何なのか詳細を掴めないのもざらだった。

さらには筋骨逞しい彼らのこと。走って稽古をして体を目一杯動かした跡など一気にぺろりと平らげてしまう。

だから少女が八百屋で手に入れた野菜たちに気づく者はほんの一握りだったのである。

大座敷で今日は料理当番ではないワインとボルドーも、大勢の男たちと同様に座布団の上に並び座っていた。

ボルドーはお味噌汁に口をつけ、

「ああ、ウマっ」

と声を漏らしたが、ワインは膳を見下ろしたまま首を傾げる。

「何だか今朝は根菜がやけに多いような」

「食べないの?」

ボルドーが相棒に聞く。

「食べるよ」

ワインは両手を合わせた。

「いただきます」

自分たちの庭で採れた野菜だろうと外で買ってきた野菜であろうと、大切な食材であることに変わりはない。

彼らはいつも通り、有難く頂いた。



マゼンタが屋敷の縁側に腰掛け、セキエを練習している。

彼女が奏でるその楽器からは小川のせせらぎのような音だけではなく、鳥の鳴き声や風の音、葉の(こす)れる音や朝露が光る音まで、もはや彼女を取り巻く自然界の音色が多く放たれていた。

しかも音量調節まで出来るようになり、以前のような馬鹿でかい音をただ響かせるのではなく、微細な音まで奏でられるようになっていたのだ。

もう彼女のセキエを耳にして、耳障りだとか酷い音だとか言う(やから)はいなかった。

けれども少女はまだまだだと思っている。

一音一音丁寧に弾くことは出来るようになった。

アガットが出す音に近づいていることも聞けばわかる。

それでも彼女は〝曲〟というものをまだ弾いたことがなかった。

初めてセキエの音を聞いた時、アガットが奏でていたのは〝曲〟というものなのだろう?

何か紙に書かれた文字があって、それを見ながら練習して、弾く。

マゼンタは自分なりに調べてそのことを知っていた。

だから例え綺麗な音が出せるようになっても〝曲〟にならなければ意味がない。

少女はそう考えていたのだ。

それまでは練習あるのみ。

アガットに言われた通りにセキエを弾く、弾けるようになる、課題をこなす。

そしたらいつか私も〝曲〟というものを弾けるようになるんだ……

彼女はセキエの弦を押さえながら思いを巡らせていた。

その時、

「マゼンタ」

少女は手を止めて振り返った。

兄のコチニールが廊下の奥から自分のほうへ向かってくる。

「あ、ごめん。セキエの練習中だったよね」

彼は妹の側に来ると隣にしゃがみ込んだ。

「いや、いい。どうした?」

「うん、あのね、これから弓の練習をするんだけど」

「弓?」

「マゼンタもどうかなって」



赤紫色の少女とその兄が敷地の奥へ向かって歩いていた。

片側にはこの家の男衆が暮らす住居が連なり、その反対側には毎食お世話になっている畑の列が並んでいる。

畑には現在背の高いもじゃもじゃの茎が縦横無尽に巻かれた作物や、地面を這うように寝そべった葉物など、様々な種類の野菜たちが植えられていたが、そのどれもが赤や茶色の葉や茎をし、中には赤や白の小さな花を咲かせているものもあった。

「今朝のご飯、根菜が多くて美味しかったね。みんなも喜んでたよ」

コチニールは自分が感じた感想を素直に述べた。

「そうか」

「マゼンタが昨日八百屋さんで買ってきてくれたおかげだね」

「あれを買うように言ったのは葡萄だ。だから葡萄のおかげだ」

「あー、まあそうなんだけど」

まさかあの買い物がマゼンタを試すためだったとは、口が裂けても言えない……

兄は頬を引きつらせた。しかし気を取り直すと、

「ねえマゼンタ。緋色とのこと」

少女は隣を歩く兄に視線を向ける。

「もう聞き飽きてると思うけど言わせて。これ以上本当に彼に関わっちゃダメだよ。約束して」

コチニールは葡萄の計らいに辟易(へきえき)していた。けれども彼が心配する気持ちも痛いほどわかったのだ。なんせ自分も同じ思いをつい最近まで抱いていたから。それがまだ全て消えたわけじゃない。

「……なぜ?」

「なぜって……」

兄が思わず立ち止まる。

彼に合わせて妹も歩を止めると、

「なぜクリムスンと茜色(あかねいろ)は仲が悪いんだ?」

昨日葡萄に問うた質問を改めて兄に投げた。

「それは、父上も茜色も守人一族の長だし、この国で同じくらい強くて同じくらいの規模を誇っていて同じ高みを目指していて……」

「つまり二人は似すぎているから仲が悪いと?」

「だと思うけど」

「だから私も緋色に近づくなと?」

「そう、だね」

二人は似ている……

マゼンタはクリムスンと茜色の姿をそれぞれ思い描いた。

身長差、体重差、体格差……

外見だけで判断するとどう見ても圧倒的に差がある。

性格に関しても剛健(ごうけん)な父と、明らかに穏やかで優し気な茜色。

あの茜色が強い?あのいかにも弱々しい感じの茜色が、父上に似ている?

赤紫色の少女にとっては兄の見解が(はなは)だ疑問でしかなかった。



矢が丸い的へ飛んでいく。

どれくらいの距離があるだろう。屋敷の縁側や大座敷の端から端までよりは短いが。

「ここが弓道場だよ」

コチニールが案内してくれた場所は畑の奥にあった。

簡易的に作られた屋根の下に数人の男たちが自分の背丈よりある弓を構えて並び、遠くの的に狙いを定めている。

彼らが放った矢は的に描かれた黒い線に当たるものもあれば、全く的から逸れて周囲の土に埋もれるものまで様々だ。

(これが、弓)

マゼンタは男たちの背後から、彼らの動作をじっと見ていた。

どうやら皆的の中心を狙っている。

弓道を目にするのは恐らく初めてだろうが、彼女は感覚でそう判断した。

その頃、妹の隣にいたコチニールは男たちに交じって射場(しゃじょう)に立つ少年の姿に気づいた。

「あ、カーマインも来てる」

弟は思い切り弓を引き絞り、そのまま右手に添えていた矢を離した。

途端に矢が弓から一直線に的へと向かう。

しかしその矢は的を大幅に外れ、土の中へと吸い込まれてしまった。

「くっそ……!」

真っ赤な彼は悪態をつく。

「どんまい」

「もっと練習すれば上手くなるさ」

周囲の男たちが若きクリムスンの次男を労う。

彼はその言葉で歯を食いしばり、拳も握りしめた。

弟の様子を見ていた兄コチニールは、

(体術に剣術に弓術……カーマインなら本当に全部完璧を目指してやりかねない)

苦笑いを顔に(たた)えた。

兄はその表情のまま隣の妹を向くと、

「マゼンタ、僕たちもやろう」

「ああ」

兄妹の何気ないやり取り〝これをやろう〟〝わかった〟たったそれだけ、たったそれだけの会話でその場の男たちが一斉に二人を振り返った。

「例のお嬢じゃん……!」

「ここに来んの初めてじゃないか⁈」

なぜか彼らは歓喜する。

その理由はもう分かり切ったものだが、一人だけ、それを望んでいない者がいた。

彼は真っ赤な目で自分より年上の妹を睨んでいた。



各々弓を構えたマゼンタとコチニールが射場に立っている。

二人に並ぶように一応射場に突っ立っている男たちは、己が弓を射ることもせずに絶えず年若い彼らをチラチラと気にしていた。

カーマインでさえも男たちの後ろで順番を待つふりをしながら兄と妹の動作を横目で確認している。

そこへよく聞き覚えのある声が少女と兄の背後に迫った。

「お、コチニールとお嬢」

二人が振り返るといつものコンビ、ワインとボルドーがゆるりと立っている。

「二人も来たんだ」

「たまにはね」と、ボルドー。

ワインは弓矢を手にしたマゼンタに顔を向けると、

「弓を射るのは初めて?」

「たぶん」

彼女は一言、そう答えた。

剣術と体術は初めて、ではなかったかもしれないが、弓は……

少女は手中のものに視線を下ろす。

この感触、きっと弓を射たことはない。

「じゃ、僕からやるね」

兄のコチニールは妹にそう告げると、あっという間に精神を集中し始めた。

体術、剣術、勉学にしても彼の集中力は並大抵の人間を超えていた。

それは遺伝か、はたまた幼少期から身に付けたものか、とにかく全ての感覚を今自分が成すべきことへ一点集中する、それに長けていたのだ。

けれども同時に視野も広く周りへの配慮も忘れない、それがコチニールだった。

彼の姿を少女は観察し、離れた場所で見ていたカーマインは口元をむず(がゆ)そうにさせる。

兄が弓に矢を当てて引き絞った。

ギギギ、という音が(つる)を鳴らす。

コチニールが矢の羽根から右手を放した。

矢は一思いに的へと飛んでいく。

彼には集中力があった、確かにあったのだ。

……が、その矢はかなり外側へ円を描き土の中へ埋め込まれた。

そう、集中力だけでは補えないもの、練習量が圧倒的に足りなかった。

というよりコチニールは体術や剣術に時間を割いていた為、弓道にまで手が回らなかったのが本当の所だ。

弟カーマインは反射的にふっと鼻を鳴らさずにはいられない。

周りの男たちも温かく頬を歪めるしか術がなかった。

兄はガクッと(こうべ)を垂れると、

「相変わらず下手だぁ」到底無理だが手にした弓を今すぐ隠したい気持ちになる。

「刀は得意なのにな」

ワインが一応フォローした。

コチニールの一通りを眺めていたマゼンタは、彼と同じように弓矢を構える。

そして弓を引き絞ると、右手を矢から離した。


















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