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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
橙の章
128/132

第127話 学園祭の裏側で


 太陽がだいぶ横に傾いた。それでも中央棟の一階にあるメイド喫茶は大勢の客で盛り上がり、室内に入り切らない者たちが廊下から中を覗いている。

アガットたちのノリのいい橙星(だいだいぼし)の曲は、一人の楽師が休憩からなかなか戻ってこないにも関わらず、絶え間なく続いて客人を楽しませていた。

そこへ廊下の向こう側からメイド姿の緋色(ひいろ)が走ってくる。

「ヤッベーっ!色んなとこ見てたら遅くなっちまったっ!」

色光(しきこう)の演武だけでなく、学園内の様々な催しを堪能した緋色は自分の店へと急いでいた。

すると廊下の反対側からよく知る人物が、ゆったりとこちらへ向かってきている。彼は執事の格好をして、隣には一人の老人が共に歩いていた。

「あれっ、柑子(こうじ)王子⁈」

「緋色?」

緋色は柑子と老人の前で立ち止まった。

「王子も抜け出してたのか」

「うん、ちょっとだけ」

緋色は柑子の隣で微笑んでいる老人に顔を向ける。

「この人は?」

「あっ、えっ、えっと……!」

柑子はなぜか急にドギマギし始めた。

しかし朗らかな老人は、

朽葉(くちば)と申します、緋色様」丁寧に自らの名を名乗る。

「サマ?オレ〝様〟って程の人間じゃねえよ」

「いつも柑子殿下が緋色様に大変お世話になっているようで、本当に心から感謝いたしております」

「お、おう。それは確かだけど」

「あっ、朽葉はね、私が生まれた時から側にいてくれて、今まで沢山のことを教えてくれた人なんだ」少し落ち着きを取り戻した柑子が説明した。

「ああ、王子の家族ってヤツだなっ?」

「そう、それっ!」

「けど朽葉って、どっかで聞いたことがあるような……」

「あっ、えっと、それはねっ……!」

慌てる柑子に対し、朽葉は相変わらず微笑みを浮かべている。

その時、

「ちょっとアンタたち、今の今までどこほっつき歩いてたのよっ!」

メイド姿のヘンナが彼らのすぐ近くに仁王立ちで立っていた。その表情は相当ご立腹な様子で、今にも爆発しそうな、基、既に爆発している。

「ゲッ!」と緋色。

柑子も「ヘ、ヘンナさん……!」とうろたえる。

「今すぐ店の中に戻って仕事しなさいっ!」

「はいっ!」緋色と柑子の声が揃った。

すぐさま教室内に飛び込んだ緋色の背中に彼女が愚痴る。

「ったくもう、ビスタとラセットもいつの間にかいなくなってるし、トパーズに限っては最初っからいないしっ、こっちの仕事量増やすんじゃないわよまったくっ!」

彼女が怒りをまき散らしながら教室へ戻るのを確認すると、柑子は朽葉に向き直った。

「もう少しだけ待っててもらえる?そうしたらお見送りできるから」

「勿論ですとも。殿下のメイド喫茶をとくと拝見いたします」

「よかった、じゃあちょっと行ってきます!」

柑子は朽葉に告げると教室の中に入った。その後姿を、朽葉は勿論微笑みながら見送った。

 やがてメイド喫茶に復活した緋色は、踊る客たちの間を縫うようにお茶を運び、ヘンナとマルーンは客からオーダーを受け、簡易厨房では柑子がマロウに平謝りし、マロウを手伝っていたコチニールは苦笑いで、葡萄(えび)は慣れた手つきでお茶をカップに次々と注いでいった。

同様に、長らく席を離れていたマゼンタは窓から室内に入り込み、楽師たちを驚かせつつも演奏を再開した。

 朽葉は彼女たちの様子を、教室の前方にある扉から微笑ましく眺めている。

でも彼女たちを、いや、特にマゼンタを見ているのは朽葉だけではなかった。

教室の後ろの扉からはチェスナットが、外のテラスに続く窓の端からは変装したモーヴが、マゼンタに視線を向けていた。



 あれだけ賑わっていたメイド喫茶もさすがに日が落ちかけて閑散としている。室内は飾り付けがあちこち外れ、テーブルも椅子もしっちゃかめっちゃかで、音楽を鳴らす楽師も既に退出していた。

ヘンナは室内中央のテーブルの上に座ってそのまま寝転ぶと、

「終わったーっ」ほっとした笑顔を浮かべる。

緋色は窓から橙色の上空を見上げて叫んだ。

「学園祭、最っ高っ!」

 ステージの脇にある簡易厨房では、マロウ、コチニール、葡萄の三人が壁やシンクに体を預け、疲れ果てていた。

マロウ王子が言う。

「執事の仕事は思った以上に大変だということを思い知らされました」

「そうですね」コチニールが王子に同意した。

マロウは密かに思う。(モーヴ、君の努力もね)と。

コチニールは側に立つ葡萄を見て姿勢を正した。

「葡萄」

「はい?」眼鏡の彼は疲れ切った顔でコチニールを振り向く。

「いつもありがとう」

葡萄ははっとして自分も姿勢を正した。

「いえ、こちらこそ」

いつになく真剣な表情の二人を眺めて、マロウはそっと微笑んだ。


 中央棟の入口では夕暮れを背に、柑子と朽葉が向かい合っている。

学園祭を訪れた客人はほぼ帰宅の途に就いたようで、辺りに人はほとんどいない。

それをしっかり確認したのか、朽葉がやっと口を開いた。

「この軍事学園を殿下に勧めたこと、お恨みになっていらっしゃるのではと危惧いたしましたが」

朽葉の思いがけない言葉に柑子は目を丸くする。

「そんな、恨むだなんて……」ショックでは、あったけど……

朽葉は穏やかな声で続けた。

「今日僅かな時間ですが、久しぶりに共に過ごして気づきました。殿下」

「ん?」

「とてもいい顔をされるようになりましたね」

「そ、そうかな」

「はい。宮殿にいらした頃はいつも何かに怯え、縮こまるように生活されていらっしゃいましたから。側で見ている私たちもどうしたらいいのか、どうすれば殿下がもっと生き生きと健やかに生活が出来るのかと、考えを巡らせたものです」

「朽葉……」

まさか、そんな風に思っていただなんて……

私は、てっきり、もう手が付けられない程弱くなってしまったから、だから軍事学園に追いやられたのだと……

「しかし安心いたしました。フォイーユモルトからも話は聞いておりましたが、この目で実際に殿下の成長を見ることができて、本当に……」

柑子は朽葉に抱きついていた。

「殿下?」

「ありがとう。さすがこの星の神様だね……!」

「はい……」

頬を濡らす柑子の背中に、朽葉は優しく手を添えた。


 中央棟で繁盛したメイド喫茶のすぐ近くには空き教室があった。

室内の黒板に向かって木製の机と椅子が整列し、何か催しに使おうと思えば使えたはずだが、どうやら白羽の矢は立たなかったらしい。

 日の光はかなり地平線に傾いてしまった。そのせいで明かりを灯さない教室内は薄暗い。

けれども彼らは明かりをつける気力もなく、後方の机に押し込んであった椅子をいくつか並べ、その上にぐったりと横たわっている。

「あ゛ー、久々に物凄く疲れた……」

「ほんとだよ……これはいったい誰のせいか……」

「え、私のせい?」

アガットが同じように椅子に横たわる臙脂(えんじ)に向かって首を起こした。

「他に誰がいる」

「だってこれはみんなの為じゃないか。私たちの今日の演奏のおかげで、いずれみんな救われるんだから」

「どうだか」

「救われるさ、絶対に。もう感謝されまくりだよ」

「誰も私たちの所業だって気づきはしない」

「あ゛。それは一理あるけど」

その時、誰かが教室の扉を開いた。

「ここにいたのか」

彼女の声にアガットと臙脂は上体を起こす。

入室したのはステージ衣装のままのマゼンタだった。彼女の手には先程まで奏でていたセキエが握られている。

「ああ、お疲れ様でした」アガットがマゼンタを労う。

「お疲れ様。ルビーと珊瑚(さんご)は?」

「えっと、今ちょっと御不浄に」

「そうか」言いつつ彼女はアガットに近づく。

「どうでした?久々にお客様の前で演奏した気分は」

アガットが彼女を見上げて尋ねた。

「あー……楽しかった」

無表情、かつ何とも言えない口調でマゼンタは答える。

「そうでしょう、そうでしょう?セキエで演奏するのはとても楽しいですよね?」

アガットの言葉に(押し付けか?)と、臙脂は呆れている。

「で、これ」

マゼンタはアガットに持っていたセキエを差し出した。

「え」

「学園祭が終わったから、セキエを返す」

「えっ、いや、まだ持っていてくれていいんですよ。何なら好きな時に弾いてくださっても構いませんし、何なら側に置いてもらうだけでも……!」

「いや、私は今色光基礎クラスを受講しているから、そっちに集中したいんだ。だからセキエはアガットに返す」

「し、しかし、今日演奏して楽しかったのでしょう?赤星(あかほし)でセキエを練習したり、楽坊(がくぼう)でツキソメに励んでいた頃の気持ちを思い出して、何か感じるものがあったのでは?」

マゼンタは自分の手の中のセキエを見下ろした。

確かに、今日の為に練習していた時、皆の前で奏でた時、心の中で何かが震えるような気はした……でも。


「色光クラスを片手間にしないほうがいい。甘く見てると大怪我するぞ」


モーヴ(あいつ)の言う通りだと、私も思う。

マゼンタはセキエを今一度アガットへ差し出した。

「私は今は色光に専念したい。だからこれはアガットに返すよ」

彼女のぶれない信念にアガットは呆然とし、臙脂は軽く溜息をついた。


 もう日が沈みかけたその場所は、やはりいつもと同じで何もなく、ただただどこまでも平地が続いている。

景色の奥のほうに敷地を区切る木々がぽつぽつと植えられてはいるが、それ以外の建物の類はどこにも見当たらない。

そう、ここは戦闘部色光フィールド、巨大化した生物が学びを授かる場所だ。

が、これだけ敷地面積があっても、巨大な色光が立ち回るためには狭すぎる。思う存分体を動かすには上空か、あるいはもっと広い場所に行かねばならない。

 しかし今は色光ではなく実寸大の人間となったある男が、フィールドのど真ん中で誰かと会話をしている。相手はどうやら彼の手首に付けた腕時計型の端末で、彼の報告に耳を傾けているようだった。

「……いえ、赤星の例の少女と少年にその後動きはありません。それよりも一つ気になることが……ええ、同じく赤星紅国(くれないこく)から来たという楽師の二人です。今日の学園祭でさらに同じ赤人(あかひと)の仲間を呼び寄せ演奏したのですが、彼らが例の少女たちに近づいていることが気になりまして……はい。彼らが何かを企んでいるのか、今はまだ何とも……殿下に、この学園に、何事もなければよいのですが……」

チェスナットは端末の相手に報告しながら、容赦なく沈む夕日を見つめた。




 学園祭が無事に終わって日常生活に戻った生徒たちは、今日もそれぞれの進捗具合によって様々な授業を様々な場所で受講している。戦闘部の校舎でもそれは同様で、各教室で各生徒に合った授業内容を展開していた。

 けれど教師のチェスナットは、普段教えを授ける講堂の教壇で眉をひそめている。

こんな顔、通常ならば生徒たちの前で披露することは絶対にない。けれどどうしたってこうなってしまうだろう。

 現在、階段状に並ぶ座席には二人の生徒が着席している。一人は窓側の中腹に、もう一人は廊下側の中腹に。二人は互いを敢えて視界に入れないようにしているのか、各々真っ直ぐ前方を睨んで微動だにしなかった。

 彼らの目の前には、机から浮かぶ透ける画面が表示されている。それが今回の筆記テストのスタート画面だ。

 まだほんの数回しか授業を受けていないというのに、テキストとデータを予習しただけで試験を受ける気になるとは……チェスナットは呆れつつ、二人の新入生を見上げた。

でもテストは自己申告制。本人が受けたいと思えば、いつでも自由に受けることが可能なのが、この学園の仕組みだ。自分が文句を言う資格はない。

「では……色光基礎クラス筆記試験、始め」

チェスナットが言い終わるか否かのタイミングで、マゼンタとマロウを演じるモーヴは、目の前の画面に指で触れた。


 昼の食堂は大いに賑わっている。午前と午後を繋ぐ大事な栄養補給の時間だ、誰もがこれを逃すわけにはいかない。だから彼らの多くは友人や仲間の笑顔と共に、楽しいひと時を味わっていた。

午前中はこんなことがあって、午後はこれからこういう予定で……彼らの口は食べることと喋ることと笑うことで止まらなかった。

 ところが中には、そうでもない生徒たちも交じっている。

彼らはテーブルを挟むように二人向かい合って座り、午前中のとんでもないニュースについて話し合っていた。

「色光基礎クラス合格したっ⁈」

緋色が目の前に座るコチニールに唾を浴びせる。

しかし相手はしょんぼりとしたまま、

「うん……」とだけ答えた。自分に飛び散った唾などどうでもいいらしい。

「マジでっ⁈マゼンタがっ⁈」

「あとマロウ王子も」

「マジかよ……!」

学園祭で色光クラスのチェスナット先生と仲良くなってめっちゃ嬉しかったのに、アイツらはもう実際色光になる授業が始まんのかよ……!

さすがの緋色も、マゼンタたちのあまりの進みの速さに愕然となった。

すると隣に座った柑子が緋色の肩に手を置き、満面の笑みを浮かべる。

「大丈夫、緋色もすぐに追いつくよ」

「そりゃ、まあ、そう、かも、だけど……」

「だって、この学園に通って、こうしてたくさんの人たちに出会って、色々なことを学んで、本当に成長できているんだから、それだけでもう私たちは幸せなんだから」

「お、おう、それは、そうなんだけどさ……」

なんか、学園祭が終わってから王子がやけに幸せそうなんだが、オレが言いたいことはあんま伝わってねえよなっ……!

緋色は笑顔の柑子を何とも言えない顔で見返した。

「色光基礎クラスは筆記テストだけで実技テストはないから、すぐに合格できたみたい」コチニールが情報を追加する。

「すぐって……」緋色の声が尻すぼみになった。

コチニールの隣に座った葡萄は「一般的に一年はかかる基礎クラスをたった一カ月で終わらせるって、どういう神経してるんだか……!」信じられないように頭を振る。

「うん……さすがにもう僕は追いつけなさそうだ……」

マゼンタは僕たちを置いて先に……コチニールががっくりと首を垂れる。

妹は多彩な能力があって、それを十分に生かして先へ進むのは素晴らしいことだと思っていた。けれどまさか、ここまでとは……

葡萄は悩まし気に額に指を当てる。

(学園祭の前夜、あなたにお願いしたことは届かなかったのですね、マゼンタ……)彼の脳裏にその時の光景がまざまざと浮かび上がった。

「ということはマゼンタさんは今日の午後から……」柑子が言いかけると、コチニールが答えた。

「色光実技クラスだそうです」


 このだだっ広い場所には以前何度か来たことがある。勿論授業ではなく、プライベートな用事で。しかもそのプライベートな用事は、できればなかったことにしたい程の強烈な出来事だった。

でも今そんな戯言(たわごと)を言っている余裕はマゼンタにはない。これから受講するのは色光実技クラス。いよいよあの、父クリムスンが変身した色光に、自分もなるのだから……!

 自分の隣にはやはり同じ顔触れのマロウ王子を演じるモーヴと、他二人の男子生徒が並んでいる。見たことのないその二人はどうやら上級生のようだ。

自分たちの向かい側には担当教師であるチェスナットと、もう一人、長身で筋肉質の男性教師が立っている。

年齢は三十代、日に焼けた肌に落ち窪んだ目元、口元には無精ひげ、緩いカールの短髪で、毛と瞳の色は黄みが強くて渋みのある茶色だ。服装はだぼっとした作業服のようなものを着用し、まるでこれから溶接でも始めるのだろうか。

「それでは基礎クラスを合格した君たちには早速色光実技クラスに移行してもらおうと思います。こちらは研究開発部武器開発学科の煙草(たばこ)先生です」

チェスナットに紹介された煙草という教師は、やる気の全く湧かない顔で生徒たちをちらと見た。

(色光クラスの教師ではなく、研究開発部の教師が授業をするのか……)

マゼンタ含め、生徒たち全員がそう思った。それを感じ取ったチェスナットがすかさず説明する。

「本来ならば色光クラス担当のガンメタル先生がここにいる予定でしたが、とある事情があって今日は研究開発部の煙草先生にお願いしました」

 煙草はチェスナットの説明を聞き流しながら、

(ガンメタルの野郎、またサボりやがって……)本来の担当教師を思う存分罵った。

「煙草先生は研究開発部に所属していらっしゃいますがブラウン系でもありますので、色光化も可能ではあるのです」

チェスナットの言葉に、マゼンタはクラスメイトのラセットが言ったことを思い出した。

確か、ブラウン系全員が色光になれるわけじゃない、別の道に進む者も大勢いると。

しかし煙草に関しては色光になれるにも関わらず、敢えて武器開発の道へ進んだということになる。

彼女が瞬きをしながら一応納得すると、

「では早速、君たちに色光になっていただきましょうか」

チェスナットが生徒たちへさらりと言い渡した。




















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