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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
橙の章
126/130

第125話 メイド喫茶と色光演武


 メイド喫茶はすぐ満席になった。入口付近には人がごった返し、入れるのはいつになるのかと嚙みつく形相さえ見せている。

メイドたちはあちこちから呼ばれるがままに注文を取り、飲み物を運んでは客の質問に答え、入口の客をさばく。

しかし一度席に着いた者はなかなか腰を上げようとしなかった。

客人にはメイドの格好をした男子生徒たちもなかなか好評だったが、それより何より辺りに漂う音楽に心を奪われていたのだ。

橙人(だいだいびと)なら決して放ってはおけない、誰もがよく知るリズム感溢れる曲が、ステージ上から絶えず流れてくる。これを堪能せずに真の橙人と言えようか!客人は老若男女問わず、曲に体を揺らしながらこの場を楽しんでいた。

 ステージ上のマゼンタは背後に並んで座るルビーと珊瑚(さんご)をちらと見る。

(さすが、一度も音合わせをしていないのにこっちに完璧に合わせてくる)

またルビーと珊瑚も演奏しながらマゼンタをちら見した。

(この子本当にブランクあったの?)と、ルビー。

珊瑚も(相変わらず超ウマーイ)ニコニコと口角を上げた。

マゼンタの隣で演奏するアガットもセキエを奏でながら微笑み、臙脂(えんじ)に関してはショウエを奏でながら相棒を横目で僅かに睨んでいる。

 一方、ステージの脇に設置されたパーテーションの中では、柑子(こうじ)とマロウが何度も湯を沸かし、カップに次々とお茶を注いでいた。

そのマロウ王子は普段と何ら変わりない様子だが、柑子の体は先程から、いや、演奏が始まった当初からどことなくリズムを取って揺れている。

「柑子殿下?」

マロウ王子が隣に立つ柑子に顔を向けた。

「はい」

「楽しそうですね」

「え、あ、楽しいです」

瞬間、柑子がはっとする。

「あっ、いえっ、お茶の入れ方はちゃんと厨房の方に教わって練習して参りましたので、そんな粗相は……!」

「いえ、そういうことではなくてですね」

「え……?」

「先程からお体がリズムを取っているようなので」

「あ……」

柑子の喉から途端に潤いが消失した。

「も、申し訳ございません……!全然気づかなくてっ……!」

「そんなどうか謝らずに。この音楽、心地いいですよね」

「そうなんです、なんか居ても立っても居られなくて体が勝手に……!」

柑子の頬が無意識に緩んで、それを見たマロウも思わず微笑んだ。

 その頃、二人の王子が茶を入れる簡易厨房の外では、メイドたちがテーブルの間を行ったり来たりしていた。

「メイドさーん、いいですかー?」

「はーい!」

緋色(ひいろ)がスキップしながら客人のほうへ向かう。

そんな少年の姿を、コチニールと葡萄(えび)が呆然としながら目で追った。

「緋色の適応能力すごいなぁ……」と、コチニール。

葡萄は「あれは異常値ですよ……」と、口元を引きつらせる。

その時、

「注文してもいいですか?」

客の一人が自分たちに視線を送っている。

「はーい」

コチニールと葡萄は、緋色とは比べ物にもならない笑顔で声を揃えた。

 同時刻、教室の中央に突っ立っていたビスタとラセットは、共にトレイを握りしめながらステージのマゼンタを睨んでいる。

「くっそ、あんなに上手かったなんて……!」ビスタだ。

ラセットも「やっぱ王宮に務めてたってのはマジだったんだな……!」渋々納得する。

そこへヘンナが二人に近づいて、

「そんなに睨んでる割に足がリズム取ってるよ」

彼女に指摘されビスタとラセットが足元を見下ろすと、自分たちの足は音楽に合わせて丁寧にリズムを刻んでいた。

ビスタは「か、体が勝手に……!」

ラセットも「これは違う、違うんだっ……!」

否定する二人にヘンナは優しくうなずく。

「橙人あるあるよねぇ、特にカイクウの人間はさ」

「くううううっっ!」

ビスタとラセットが悔しそうに唇を噛んだその頃、教室の後ろの扉から順番を待つ客人を搔き分け、一人の教師が無理くり入ってきた。

「あらぁ、楽しそうで良さげな感じじゃないの」

彼に気づいたマルーンが早速近づいた。

丁字茶(ちょうじちゃ)先生、来てくれたんですか?」

教室内にやって来たのは、戦闘部体術クラス講師の丁子茶だった。

丁子茶は一応男性教師だが心は女性で、今日もゴージャスな制服を着こなし、マルーンにも劣らないド派手な化粧を施している。

「こんなリズムに乗れる音が聞こえてきたんじゃ来るに決まってるじゃないの。というかまあまあイイ感じねその格好」そう言いつつ、彼はマルーンの女装姿を見下ろす。

「あ、ありがとうございます」

「やっぱりこのあたしがアドバイスしてあげたおかげかしらっ?」

「か、かもしれません」

そういえばそんなこと話してたっけ。

マルーンの脳裏におぼろげな記憶が流れた。

「で?」丁子茶がステージに目をやる。「あの人たちは?新しい先生と、問題児と……」

マルーンは苦笑いで思った。(マゼンタは丁字茶先生にとってまだ問題児扱いなのか)と。

「アガット先生たちの音楽仲間だそうです」

「へー、ふーん、そー。まー興味ないけど」

(ないのに聞いたんですかっ?)マルーンが心の中で丁子茶に抗議した。

対して丁字茶は瞳を輝かせ、

「だってほらやっぱり、新しい先生たちのほうが魅力的っていうかなんていうかぁ、アガット先生だっけ?臙脂先生だっけ?」

「で、ですよね」やっぱそっちか……!

「というわけでマルーン、踊るわよっ!」

「はいっ?」

丁字茶はいきなりマルーンの手を取ったかと思うと、彼と向かい合ってステップを踏み出す。

「ええええっ、これはいったいぃぃ⁈」

「カイクウの人間たる者、音楽が鳴ったら踊るべしっ!これよっ!」

「僕はサイエイの人間ですっっ!」

「どっちも同じ橙人でしょっ⁈」

「ひいいいいいっっ!」

 丁子茶とマルーンが教室の後ろで踊り始めたのを皮切りに、それまで席に着いていた客たちも次々に立ち上がると、側にいた者と手を取り合って踊り始めた。

「ははっ、だよね!そうなるよねっ!」

ヘンナもくるくると踊りながらお茶の入ったカップを運ぶ。

ビスタとラセットも互いの手を取って踊り、コチニールと葡萄は困惑しながら周囲を見回した。

「何これっ、何がどうなってるのっ⁈」コチニールが叫ぶ。

橙星(だいだいぼし)では踊りが盛んだそうですから……!」と、葡萄。

「ええっ、そうなのっ?」

そこへ適当に両手を左右へ上げて踊る緋色が「わははっ、何これ楽しそうっ!」目の前を通り過ぎた。

少年を見送ったコチニールが言う。

「なんか緋色一人だけ違う気が……!」

「あれは盆踊りですね……」

葡萄が呆然と呟いた。

 ステージのマゼンタも演奏を続けながら踊る客たちに視線が行く。

(いつの間にか皆踊っている。なんでだ?)

彼女の隣に座るアガットは、セキエを奏でながら微笑んだ。

(橙星の曲はとにかくリズムリズムリズムの明るく楽しく愉快でダンスにピッタリな楽曲ばかりだから、橙人は踊らずにはいられないよね。でも私たちの本領発揮はこんなものじゃないけどさ)

何かを感じ取った臙脂が、横に座るアガットをちらと見た。

 一方、コチニールと葡萄は踊る客たちに圧倒され、窓際に追い詰められている。

いつの間にか入口に群がっていた客までもが室内に流れ込み、メイド喫茶があっという間にぎゅうぎゅう詰めになったせいでもあった。

「みんなすごい……橙星の人たちって踊るの上手なんだね……!」と、コチニール。

「そんな感心してる場合じゃ……!」

そう言いかけた葡萄は、はっと息を呑んだ。

視線の先、教室の後ろのほうに、すっかり目を回してヘロヘロ状態になったマルーンと踊る丁字茶がいる!

葡萄は慌ててその場にしゃがみ込んだ。

「ん、どうしたの?」

葡萄は唇の前に人差し指を立てて、コチニールを黙らせた。


 トパーズが庭園のベンチに寝そべってすやすや寝息を立てている頃、音楽が溢れ出るメイド喫茶で緋色は、入口に群がる客たちの対応に追われていた。

「ねえまだ中に入れないの?」

「今超満席なんだ、ごめんね」

「あとどのくらいで入れそう?」

「うーん、よくわかんねえけど、一時間とか二時間くらいじゃねえかな」

「えーっ?」

満席も何も、既に何十人もの客が勝手に室内になだれ込んでいる。もはや待ち時間もあってないようなものだ。

それでも少年はとりあえず彼らに詫びを入れて、適当な待ち時間を伝えた。

運が良ければ飽きたり腹が減った客が退出してくれるだろう、そんな希望的観測をして。

 その時、緋色の瞼が大きく持ち上がった。

群がる客の背後には廊下の窓がある。その奥に何やら光る物体が空高く舞い上がっていたのだ。

色光(しきこう)……!)

緋色の瞳が突如としてきらめきを増した。

 同時刻、ステージの脇に設置されたパーテーションの中では、柑子とマロウがせっせとお茶を入れている。

「注文のスピードが上がりましたね……!」

焦った柑子に対し、マロウが微笑む。

「皆さん踊っていらして相当喉が渇くのでしょうね」

「なるほど……!」

「でも焦る必要はありませんよ。私たちは私たちで丁寧に仕事を致しましょう」

「そ、そうですね……!」

柑子はお茶をカップに注ぎつつ、隣のマロウを盗み見た。

(こんなに急かされるように注文が入るのに、マロウ王子は全く動じないんだな……やっぱりすごいお方だ……!)

するとどこからか何かを知らせる電子音が鳴った。

電子音は小さくて、教室中に響く音楽にかき消されそうだったが、持ち主にはちゃんとその音が届けられた。

「えっ……?」

自らの手首に付けた時計型端末に視線を落とした柑子が、驚愕の表情を浮かべている。

マロウはお茶を注ぎながら隣の柑子に目をやった。

 その頃、たまたま音色に興味を惹かれたある教師が、教室の後ろにある扉からメイド喫茶を覗き込む。

彼の周囲には勿論客がごった返していたし、室内も踊る人々で満載だったが、ちょうど彼の目の前によく知る人物がやって来たのだ。相手はグルグルと目を回したメイド、基、男子生徒と気分良く踊っていた。

「あ、丁字茶先生」

戦闘部銃術クラス講師の焦茶(こげちゃ)が、思わず同僚に声を掛けた。

丁字茶は生徒と踊りながら答える。「あら、焦茶先生もいらしたの?」

「この音に誘われてしまいまして」

「やっぱりそうよねえ」

そう言って丁子茶は共に踊っていたマルーンの手を放した。

マルーンは目を回したままフラフラと離れていき、反対に丁字茶は焦茶の手を取る。

「え?」

「焦茶先生も一緒に踊りましょ」丁子茶は焦茶を教室内に引き込んだ。

「ちょっ……!」

丁字茶は焦茶の腕を掴みつつ、辺りを見回す。

「さっき一瞬葡萄ちゃんらしきメイドを見たような気がしたのだけれど、それまでは焦茶先生で我慢してあげるわ」

「我慢て……」

丁字茶は自らの左手を焦茶の右肩に乗せ、右手で焦茶の左手を掴んだ。

「さあ行くわよっ!」

「ひっ……!」


 学園の中央棟にあるメイド喫茶が大いに繫盛しているその頃、戦闘部の敷地内にある小高い丘では、小さな子供たちやその家族らが土の上に座って空を見上げている。

彼らの中にはメイド服で異様に化粧の分厚い少年も交じっていたが、そんなことは気にもならないほど皆、上空を熱心に見つめていた。

 全員の視線の先には、橙色の光を発しながら飛行する、一体の色光がいた。

顔は人のようだが頭からは長い角が二本生え、全身は鎧で覆われ、背中には翼、鎧の先の手足には鋭い爪が伸びている。

その巨大な生物は飛行しながら剣を掲げ、まるで踊るように技を披露していた。色光が剣を振るうたび、物凄い風圧で音がビュンビュンと鳴り続ける。

その迫力に子供も大人も笑顔で拍手をし、メイド服の緋色は口を開けっぱなしのまま瞳を輝かせていた。

 やがて色光の演武が終了し、どこかへ飛んで行ってしまうと、子供たちと家族はその場から立ち上がる。

色光すごかった、次はどこへ行こうか?

彼らが口々にそう言う中で、メイド姿の少年は既に飛び去った色光を追いかけていた。

 少年が辿り着いたのは、戦闘部の奥にある色光フィールドと呼ばれる場所だった。

とにかく広くて辺りには建物も何もない。むしろあったらあったで色光に踏み潰されてしまうだろう。

そのフィールドに、先程演武をしていた橙の色光が着陸した。

色光は遠くから見ると橙色の光を発しているように見えたが、だんだん近づくうちに、表面がほんのり深みのある穏やかな茶色をしているのが見て取れた。

そしてみるみるうちに小さくなったかと思うと、一人の人間の姿へと変貌したのだ。

彼の姿を確認した緋色は、走りながら叫ぶ。

「すみませーん!」

たった今まで色光だった彼がこちらを振り向く。その顔はほんの少し驚いているようだった。

「どうしたの?ここは関係者以外立入禁止エリアだよ」

「えっ、そうなんですかっ⁈」彼の目の前にやって来た緋色が一瞬固まる。

「まあ一応ね。でも今日は学園祭だから大目に見るけど」

「よかった!」少年は心底ホッとして続ける。「実はオレっ、さっきの色光が空飛んでるとこ見ててっ!」

「ああ、そうだったんだ」

「もう色光すっごくてっ、超速くて、剣とかブンブン振り回して、超感動してっ!」

色光だった相手は微かに目を丸くする。

「とにかく超超カッコよかったですっ!」

緋色が言い切ると、相手はふっと笑顔になった。

「楽しんでもらえたみたいで何よりだよ。えっと、君は……」

少年は姿勢を正し、

「戦闘部色光学科所属、緋色ですっ!ちなみに赤星(あかほし)紅国(くれないこく)守人(もりひと)一族茜色(あかねいろ)の息子ですっ!」

相手の男は思った。

(うん、今の姿からはとても想像し難いけどよく知っているよ)と、少年の女装姿を眺める。

「緋色」

「はいっ!」

「君は色光が好きなんだね」

「大好きですっ!」

だって父上が色光になれるんだもん!オレだっていつか絶対変身したいっ!

緋色の脳内に父、茜色が巨大な色光となる姿が思い浮かんだ。

「でも……」

「ん?」

突然しゅんとなった少年に、男は首を傾げる。

「オレ、クラスの進みが遅くて、筆記テストとか超ー苦手で、実技テストは全然余裕なんだけどっ、色光クラスに行くまでどんだけかかるのか想像したら……」

男はがっくりとした緋色を見つめた。しかし少年はすぐさま頭を上げると、

「いや行きますよっ、絶対行きますっ、必ず行きますっ!でも、周りのヤツらみんなスゴくて、オレはどうなるんだろうって思うことがあったりして……」

「そうか」

確かにマルーンから君の詳しい報告は受けているよ。

「でも……さっきの色光、あなた(・・・)だったんですよね?」

緋色の瞳が再びキラキラと輝き始める。

(あ、あなた?)相手の男は自分をそう呼んだ少年に戸惑った。

それでも遠くの記憶を掘り返すと、(あの子の〝おまえ〟よりはまだマシか)頬を若干引きつらせる。

「色光がだんだん小さくなって、そんで、あなたがここにいて、だから……!」

「そうだよ」男は微笑んだ。「あれはシャタン」

「シャタン?」

「私の色光の呼び名」

「ああっ!」

父上の〝アカネ〟みたいなヤツかっ!

緋色は大いに納得した。そして両手の指を組み合わせると何度も瞬きをして、

「いいなーっ!やっぱいいよなーっ!色光カッケーなっ‼」と、叫んだ。

男は微笑んだまま告げる。

「待ってるよ」

「えっ?」

「色光クラス基礎実技担当、チェスナットです。私はここで君が来るのを楽しみに待っています」

緋色の表情がさらに明るくなった。

(色光クラス、チェスナット先生……!)

 その時、何かが緋色の中によぎった。

「あれ」

「どうかした?」

「オレ、なんか大事なことを忘れているような……」と、自分のフリル満載の服を見下ろす。

「ああっ!メイド喫茶っ!」

緋色は途端に走り出した。

「メイド喫茶?」

そういえばマルーンがそんなことを……

チェスナットが報告を思い返すと、少し離れた所で緋色が立ち止まりこちらを振り返っている。

「ありがとうございました、チェスナット先生!オレ、絶対色光クラスにソッコー進みますっ!進んでみせますっ!」

「うん、楽しみにしてるよ」

「それから、オレたちメイド喫茶やってるんで、もしよかったら遊びに来てくださいっ!待ってますっ!」

少年はそう言って去り、チェスナットは彼の後姿を見送った。

「メイド喫茶。彼女たちが赤星の楽器とやらを演奏している場所、か……」

口角を下げたチェスナットが、ぽつりと呟いた。


 中央棟のメイド喫茶は相変わらず大勢の客で盛り上がり、彼らは教室の外にまで響く音楽に合わせて踊りまくっていた。

彼らと共に教室の後ろでは焦茶が丁字茶に振り回されるように踊らされ、その光景をこっそり確認していた葡萄は、簡易厨房の近くでテーブルに隠れるようにしゃがんでいる。

(あぁぁぁ恐ろしや恐ろしや、今の餌食は焦茶先生ですか……)

葡萄が焦茶を気の毒に思っていると、慌てたコチニールがトレイを手にやって来た。

「もう葡萄も仕事してっ!」

「そんなこと言われましてもっ……!というか大声で葡萄って呼ばないでください、居場所がバレるじゃないですかっ……!」

「まったく……!そういえば緋色は?マルーンもいないみたいだし」

「緋色はわかりませんが、マルーンなら庭で目を回して伸びてます……」

 メイド喫茶の教室は建物の一階にあった。そのため窓の外は石畳のちょっとしたテラスになっていたのだ。

そのテラスで教室の壁に背中を預けたマルーンは、丁子茶から解放された後からずっと、ぐったりしたままだった。丁子茶の踊りの破壊力は相当だったらしい。

「そ、それは気の毒に……」葡萄の側に立ったコチニールが啞然として言った。

「ええ。ですから私も彼の二の舞にならないようにこうして身の安全を図っているわけでして、決して仕事をサボっているわけではありません……!」

「それはわかったけど……」

言いつつコチニールが簡易厨房のカーテンを開ける。

「学園祭特別バージョンオレンジホリデイティーを四つ……」

次の瞬間、コチニールは目を見開いた。

簡易厨房の中では、マロウがたった一人で湯を沸かし、お茶を入れていたのだ。

「マロウ殿下⁈」

コチニールの声に反応して、葡萄も簡易厨房を振り返る。

マロウはコチニールと葡萄に顔を向けると、

「ああ、コチニールさんと葡萄さん。お疲れ様です」穏やかに挨拶をした。

「お、お疲れ様です」コチニールと葡萄の声が揃う。

コチニールはそのまま簡易厨房の中に入り、葡萄は四つん這いになって彼の後に続いた。

「お一人ですか?柑子殿下は……?」コチニールが尋ねる背後で、葡萄がやっと立ち上がる。

「ああ、ちょっと用事が出来たとおっしゃって出て行かれましたよ」マロウがコチニールに答えた。

「ええっ⁈」

こんな忙しい時に柑子殿下がマロウ殿下をお一人にする程の用事って、いったい……⁈

「ちょっ、僕たち手伝います……!葡萄もほらっ……!」

「は、はい」

コチニールは流しに溜まった食器を洗い始める。

どうやらお茶を入れるのを優先していたようで、流しには使い終わったカップとソーサーが山積みになっていた。

しかし葡萄は、カップにお茶を注いでいるマロウにしばし視線を留めていた。

その様子に気づいたコチニールがすかさず叫ぶ。

「葡萄、何突っ立ってるのっ⁈洗ったヤツ拭いてっ!」

「あ、はいっ」

眼鏡の彼は側にある布巾に手を伸ばした。

(今このような時に〝もうマゼンタに近づかないでほしい〟だなんて、たとえ思ったとしても絶対口には出来ませんよね……)

葡萄が洗い終えたカップを拭きながらそう思うと、マロウはお茶を入れたカップとソーサーをトレイに並べて微笑んだ。


 中央棟の入口には観音開きの扉がいくつか設置されている。

生徒は普段この入口の扉を通って、石造りのだだっ広いホールを通り、各々の目的地へと向かって授業を受けていた。

この扉は生徒たちが屋内にいる時間帯は常に開け放たれていたが、今日は生徒だけでなく彼らの家族、友人、あるいは地元住民までもが往来し、入口から既に賑わいを見せている。

その人々が行き来している間を縫って、柑子がホールから扉の外へと走って出てきた。

朽葉(くちば)っ⁈」

柑子が叫んで辺りを見回す。

するとちょうど目の前、人々が行き来する間に、朗らかな顔をした老人が柑子を出迎えていた。




















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