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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
橙の章
123/130

第122話 マロウ王子


 都立チョウサイ軍事学園の敷地はとにかく広い。勉学を学ぶ校舎や専門知識を習得するための施設以外にも、いったいここは何に使用する場所なのだろうか、という建物がごろごろ存在している。

 敷地で言えば、ちょうど戦闘部の端っこにある巨大な四角い建物もその一つだ。

人通りはほぼなく存在すら忘れられているその灰色の建造物は、分厚い金属で造られ、内部の音は勿論外には漏れないし、外部からの音もしっかり遮断されている。

だから尚更誰の注意も引かず、隠れて生活するには絶好の場所だった。

 建物、基、その格納庫には、宇宙船が一機停泊していた。

中心が球体で、左右は先端が鋭い羽根を折り畳んだような形をした銀色の宇宙船は、格納庫の面積を十二分に利用してひっそりと佇んでいる。

 しかしその中では例の者たちが、今晩もゆったりと時を送っていた。

宇宙船のちょうど中心部にあるティールームと呼ばれる場所に、彼らは集まっていたのだ。

 ティールームはシンプルな作りだった。

自動で開く横開きの扉を入ると、正面に外を見渡せる窓があり、柔らかな白色の壁に囲まれ、天井には埋め込みのライトが数個、床には毛足の長い白い絨毯が敷かれている。

窓の手前には淡い紫色のソファが一つ、白いテーブルがソファの前に設置され、余計な調度品の類は一切置かれていない。

 そのソファの端と端に例の兄弟が座って、双方足組をしていた。一人はゆったりと微笑んで、もう一人はほんの少し不機嫌な顔で。

 すると、ヘリオトロープと呼ばれる男が自動扉の奥からやって来た。

ヘリオトロープは外見年齢二十代、背丈は葡萄(えび)に近く、体形も平均的。透けるような白い肌に顎までの真っ直ぐな髪で、髪と瞳の色は鮮やかな明るい紫色だ。

いかにも執事らしい黒のパンツスーツを着こなした彼は、ティーセットの乗ったトレイをテーブルに置いた。ティーセットはやはり絵柄も装飾もない白く丸いポットと、白いカップが二つだ。

 ソファの左側に掛けた兄は弟に顔を向けると、口を開く。

「ここ最近ずっと思っていたんだけど、なぜ夜まで私の色になっているんだい?もう()の効果はとっくに切れているんだろう?苦しくはないのか?」

テーブルの側ではヘリオトロープが片膝をつき、お茶の入ったカップを兄弟の前にそれぞれ並べていく。ちなみにお茶の色は淡い紫色だ。

「慣れた。それにいつ彼らの前に姿を現さなければならないかわかったものじゃないだろう?」

ソファの右側に掛けた弟が兄に答えた。

「そんな緊急事態は起きないと思うけどね。こんな平和な星の学園で」

兄がそう言うと、トレイを持ったヘリオトロープは立ち上がり少しだけ後ろに下がった。

テーブルのお茶を確認した兄は、自分の目の前に置かれたティーカップを掴む。

そしてそれを口に運ぶと、小さな溜息を漏らした。

不味いわけではない、味はいつもと同じだ。

 兄弟の沈黙を破ったのは、執事ヘリオトロープだった。

「しかし今日から色光(しきこう)基礎クラスがいよいよ始まったのでは?」

ヘリオトロープはソファの右側に掛けた王子に尋ねる。

「ああ」

右側の王子は窓の外の殺風景な景色に目をやった。

もう何か月も代り映えのしない格納庫の内壁だ。いい加減飽きているに決まっている。

弟の表情を見た兄はふっと微笑んでヘリオトロープに言った。

「彼はいつにも増して機嫌が悪いんだよ。通常なら私が座学を受けるはずなのに色光クラスは全て、座学も実技もモーヴが受講するからさ」

「別に機嫌が悪いわけじゃ」モーヴ王子が反論した。

「そう?私の目に映る君は大抵いつも不機嫌なんだけどね」

モーヴはむすっとしたまま窓の外を見ている。

「しかしマロウ殿下も色光に関する知識は学ばれますよね」

ヘリオトロープは左側の王子に尋ねた。

「一応ね、彼と辻褄合わせはしなければならないからデータには目を通すよ」

「ああおまえならすぐに覚えられる」と、モーヴ王子。

「君もだろう?」

そう兄に返され、モーヴは軽く溜息をついた。

例の薬(・・・)を服用した場合、色光化はお体に相当負荷がかかると聞き及びましたが」

ヘリオトロープは何の悪気もなく、ただモーヴ王子のことを心配して言葉を発した。

だがそれが返って良くなかったらしい。モーヴは執事を鋭い視線で見上げ、ヘリオトロープは思わずぎくりとなった。

「私なら問題ない。色光くらい簡単に手懐けてみせる」

「これは失言でした。お許しくださいませ」

ヘリオトロープは軽く頭を下げた。

モーヴは再度窓の外の冷たい壁に顔を向ける。

格納庫の灰色の内壁はあまりに距離が近すぎて、そのうち自らの視線で射貫いてしまいそうだった。

そんな弟を、彼と瓜二つのマロウ王子は微笑みながら見守っていた。




 マゼンタが平日の日中は色光基礎クラスに励み、それ以外をセキエの練習に充てている頃、学園内では学園祭当日に向けての準備が着々と進んでいた。

ある者はマゼンタのように出し物の練習をし、ある者は発表場所を確保して飾りを作ったり衣装を作ったり、ある者は何もせずに当日までワクワクと過ごしたり……

 そうして学園祭前日を迎えた彼らは、各々の発表場所で最後の追い込みに励んでいた。

中央棟のとある教室を借り、そこをメイド喫茶の拠点としたマゼンタたちは、何やら廊下にぺたんと座り込んでいる。今ここにいるメンバーはマゼンタ、コチニール、葡萄、緋色(ひいろ)柑子(こうじ)、マルーンの六人だ。

彼女たちは絵や文字を下書きをした横長の白い紙に、それぞれ絵の具を塗りたくっている。これをどうやら教室の中と外に貼り付けるらしい。

ただ一人、絵筆ではなく鉛筆を手にしたコチニールが、紙と向き合いながら口を切った。

「こうやってみんなで学園祭の準備するのって楽しいよね」

「ええ、まあ」絵筆で色を塗る葡萄が答える。

まさか大人になってからまたこのようなことをさせられる羽目になるとは……と、内心思いながら。

コチニールの隣に膝をついたマゼンタは、色を塗りながらも違うことを考えていた。

(メイド喫茶の選曲は済んだ。だがまだ一度もアガットたちと音合わせが出来ていない。明日が本番だというのに……)

アガットの衛生部音楽クラスにおける打楽器練習は、相当手こずっているらしい。

やはり普段弦楽器しか弾いていないのに、違う畑のものに手を出し、さらにそれを生徒に教えるとなるとかなりの練習が必要になるということか。

 その時、緋色が大声を出した。彼が絵の具を塗っていた箇所が、思いっ切りよそにはみ出ていたのだ。

葡萄が冷たい眼差しで緋色を見る。

「悪りぃ悪りぃ、でもわざとじゃないから」

「あなたはコチニールが書いた下書きをそうやって何度も汚くさせるのが得意なんですね」

「葡萄」苦笑いのコチニールがたしなめる。

「だってここんとこめっちゃ細かいんだもん!」

「そんな大したことないでしょう?それを言うなら私のここの部分のほうが繊細で緻密で……」

「あーっ!葡萄もはみ出してるっ!」

「えっ⁈」

思わず葡萄が紙面を見下ろした。その途端緋色は、

「ウッソー!」阿保面を眼鏡の彼に披露する。

葡萄は怒りのあまり拳を握りしめたが、同時に緋色は颯爽と駆け出していた。

「こらっ!茜色(あかねいろ)の息子っ!どこに行くっ!」

膝立ちになった葡萄が緋色の背中に声を浴びせるも、少年は他の生徒たちに紛れて既に姿を消していた。

「ったくもう!」諦めた葡萄がその場に腰を下ろす。

「緋色には細かい作業はあんまり向いてないかもね」と、コチニール。

「ええ、全く向いていません……!」

すると柑子が言った。

「でもコチニールさんは文字を書いたり絵を描いたりするのがお上手ですね」

「えっ、そうですか?」

「はい、この看板の下書き全部がとても素晴らしいです」

柑子の隣に座り込むマルーンもこくこくとうなずく。

「そんな、そんな、殿下にお褒めいただく程では……」コチニールの頬がぽっと染まった。

「コチニールの才能の一つですね」

「そんな、葡萄までっ……」コチニールは照れまくる。

葡萄は照れる彼を見つめながら思った。

(昔からコチニールは武術だけでなく、芸術にも優れていました。もし守人(もりひと)ではなかったら、クリムスン家次期頭首ではなかったら、芸術家でも目指していたのでしょうか……)

そんなことを思っておきながら、葡萄の意識が現実へと引き戻される。

(私は何を……)

 その時、目の前の教室の扉が勢い良く開いたかと思うと、やけにいかつい女、いや、男二人組が腰に手を当てて立っていた。

なぜ女と見間違ったかと言うと、彼らは共に顔だけ異様に濃い化粧を施していたのである。

厚塗りの肌に極太に整えられた眉毛、ギラギラ光る瞼と眉に突き刺さるほど長い睫毛、唇の形は大きくはみ出してもはや原形がわからない。

「どーおー?あたしらイケてるぅ?」

ビスタがバッサバサの付け睫毛をたなびかせて尋ねた。

「けっこうイイ感じに仕上げてもらったわよぉ」ラセットも図太い声で自画自賛する。

二人を見上げたマゼンタたちは絶句する。これが、メイド喫茶の女装メイク……

「何よ、反応なし?」と、ビスタ。

ラセットも「つまんないヤツらねぇ、もう」

「ねえ、他のヤツに見せに行きましょ」

「そうしましょ」

二人は格好は男子生徒の制服のままなのに、なぜか爪先立ちで廊下を去っていった。

「今の……」息を呑んだ柑子。

「はい……」コチニールもそれ以外何も言葉にならない。

 そこへ、教室の中から一人の女子生徒が顔を出した。

「ビスタ?ラセット?」

マゼンタたちはメイドメイクをした二人の後姿から、女子生徒へと視線をずらす。

教室から顔を出していたのは、橙人(だいだいびと)らしい日に焼けた肌に、こちらは少し濃い目とはいえきちんと女らしい化粧を施し、背中までの髪を大きくカールさせた女子生徒だった。

髪と瞳の色はラセットに似た黄みがかった明るい茶色で、背丈はマゼンタといい勝負、体形はメリハリがついている。確か必修クラスが一緒で、所属は衛生部だったような……

 その彼女は、マゼンタたち五人が廊下に座り込んで自分をいっせいに見上げているにも関わらず、どうしてかコチニールだけを凝視していた。「あら……」

凝視されている当の本人は、ただポカンと彼女を見上げている。

「ビスタとラセットならあちらに向かいましたよ」

葡萄が丁寧に廊下の奥を指し示した。

「そ、そう。まだメイクだけでヘアはしてないのに。まあ、いっか」

そう言って彼女はコチニールの真正面にしゃがんだ。

「ちゃんと挨拶するのは初めてよね、トパーズよ、よろしく」

彼女はコチニールだけを見つめて自己紹介をした。

「あ、よろしくお願いします。僕は……」

「コチニールでしょう?あたしたち所属する部は違うけど必修クラスは一緒だから、入学した時から知ってるわよ」

「そ、そうなんだ」

葡萄は怪訝な顔でコチニールとトパーズを見比べた。

トパーズと名乗った女子生徒は、廊下に敷かれた書きかけの看板を見下ろして言う。

「わあ、これあなたが書いたの?」

「ま、まあ」

「すごく上手ね。あたしは人にメイクをしたり髪の毛いじったりするのが得意だけど、なんかあなたと通じるものがある気がする」

「そ、そう?」

葡萄は相変わらずトパーズを怪訝な顔で見ていたが、柑子とマルーンはその通りだと言わんばかりに微笑みながらうなずいた。

ふと、何かに気づいたマゼンタが兄コチニールに言葉を掛ける。

「アガットたちとセキエの練習があるから行ってくる」そう言って彼女は立ち上がった。

「うん、いってらっしゃい」

コチニールが答えるその陰で、トパーズはマゼンタを見上げながらにっと笑っていた。

(そうよ、早く行きなさい。そしてあたしたちの邪魔をしないで、一生)と。

 マゼンタが廊下を去っていくと、今度はヘンナが教室の中から顔を出した。

「ちょっと、何油売ってんの?」ヘンナがトパーズをけしかける。

「コチニールに挨拶してたの」

トパーズの返答にヘンナはぎょっとした。

柑子とマルーンは共に笑顔だったが、内心不思議に思っていた。

(私たちには)と、柑子。

(ないですね、挨拶)と、マルーン。

葡萄は何かを確信したようにトパーズをじっと見ていた。

 ヘンナが咳払いをして、

「あ、この子は衛生部所属のトパーズ。今回男子たちの女装メイクとかを手伝ってもらうことになったから、とにかくよろしくね」

「今さっき聞いたよ」コチニールだ。

ヘンナは焦ったように、「そうっ?ところでビスタとラセットは?メイクの途中じゃなかった?」

「それがなんかどこかに行っちゃったみたいなの」甘ったるい声音でトパーズが答える。

「ええっ?アイツらあっ……!」

ヘンナは一瞬拳を握りしめたが「なら仕方ない、次っ!緋色とマルーン!」

「はーい」マルーンが素直に立ち上がった。

「あれ、緋色は?」ヘンナが周囲を見回す。

「緋色は……」柑子が言いかけると、

「呼んだーっ⁈」少年が先程去った方向とは反対の廊下から全速力で走ってきた。

「戻ってきた!」と、柑子。

「おうっ!一周してきた!」

「速っ……」緋色の異常なスピードに慣れてはいるものの、コチニールは呆れ果てる。

 ヘンナは少年に告げる。

「とにかく次は緋色とマルーンにメイクしてもらうから教室の中に入って」

「リョーカイっ!」

緋色は元気に答えると、マルーンと共に教室の中へ入った。

 だがトパーズはなぜかコチニールの前にしゃがんだまま、彼に微笑みかけている。

コチニールは微かに首を傾げた。

「あとトパーズもっ!」ヘンナがトパーズを鬼の形相で見下ろす。

トパーズは気怠そうに返事をすると、ゆっくり立ち上がった。

「じゃあまたね、コチニール」

そして彼に片目をつぶって見せた。

コチニールはわけがわからずポカンとし、その間にトパーズはヘンナと共に教室へと戻っていく。

「ところでマロウ王子はどこに行ったのよっ」ヘンナがトパーズに聞いている。

トパーズは「知らないわぁ」と彼女に答えた。

廊下に残されたコチニールは相変わらず呆けたままだったが、彼の隣に座った葡萄だけは厳しい表情でトパーズの後姿を見送っていた。



 待ち合わせ場所は中央棟の屋上だった。

マゼンタは橙星(だいだいぼし)へ来てだいぶ月日が経過したため、この星の暑さに慣れてしまったが、まださほど時の経っていない師匠たちは暑さにやられてしまわないだろうか。

 それでも指定されたのは夕刻の屋上、行かないという選択肢はない。

だから彼女はアガットから借りた弦楽器を手に、屋上の扉を開け放った。

 以前この場所へ来た時は校舎の端にある外階段を下から上ったが、実は校舎の中からもここへ辿り着けると知って、今回はちょうど中央棟の真ん中に設置してある階段を上って来た。

屋上には各教室を快適にするための室外機や、水道を調整する管が走っているが、扉を開けたちょうど真ん前は余計なものが何もない。

ただ屋上全体を取り囲む落下防止柵だけが周囲に張り巡らされ、その中でセキエの音合わせを師匠たちとする予定だった。

 しかしその場所には先客がいた。

青みがかった赤紫色の髪をした彼は、柵の前に立って学園の景色を眺めている。

マゼンタはおもむろに彼の背後に近づくと、声を掛けた。

「マロウ王子」

相手は振り返った。

「マゼンタさん」

透けるような白い肌、異様に整った左右対称の顔立ち、平均的な体格。何から何まで〝もう一人〟の人物とそっくりだ。

「本物に会うのは久しぶりだ。最近はいつも〝もう一人〟のほうだったから」

マゼンタが紫星(むらさきぼし)の王子に言った。

「ああ、色光クラスが始まりましたからね」

「さすがに色光クラスは座学も〝もう一人〟のほうが受けなければならない程のレベルということか」

「そういうわけではありませんが、そのほうが統一がとれるでしょう?」

統一?

彼女の脳に単語がこだまする。

統一とは?

 マゼンタが黙り込むと、マロウは彼女の楽器に視線を移した。

「それが例のセキエという楽器ですか。あなたが学園祭で演奏するという」

何かを考え込むマゼンタは何も答えず、瞳だけを横にずらす。

「驚きました、あなたがまた音楽のほうに戻られるとは。しかも赤星(あかほし)からいらした元塾講師の先生方と演奏とはね」

マロウは彼女にそう言ったが、相手は相変わらず無言で瞳を横に向けたままだ。

さすがに彼女の表情に気づいた王子は、

「どうかされました?」マゼンタに尋ねた。

 マゼンタはマロウ王子を真っ直ぐ見上げると、

「さっき〝統一〟と言ったが、なら初めから全てマロウ王子が授業を受ければいいんじゃないのか?座学も実技もテストもイベントも全て。そして〝もう一人〟も〝変装〟なんかせずに本当の自分として授業を受ければいい。柑子みたいに」

彼女の言葉にマロウは微笑んだ。

「守人のあなたならご理解いただけると思っていたのですが、そうおっしゃられるとは残念です」

「最初は理解していたつもりだ、事情があるのだろうと。でも」

〝もう一人〟の奴と接するうちに、どうしてか疑問が湧いてきてしまって……

 マロウはマゼンタに一歩近づいた。

「ならはっきり申し上げましょう」

紫星の王子は微笑みを湛えたまま彼女を見下ろす。

「私たちのことはあなたには関係ありません。だからもうこれ以上詮索しないでいただきたい。私の言っている意味、おわかりですよね?」

マロウ王子の言葉が、マゼンタの胸に突き刺さった。




















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