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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
橙の章
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第119話 赤星から来た楽師


 彼らを見たマゼンタは目を疑った。

ここにいるはずのない人間がどうしてか今、目の前に立っている。これは、いったい……⁈

「先生っ⁈」

緋色(ひいろ)も瞼をこれでもかと持ち上げた。

「先生?」

緋色の反応に柑子(こうじ)はポカンとする。

「あなた方は……!」と、コチニール。

「どうして……⁈」葡萄(えび)も驚きを隠せない。

緋色は懐かしい顔ぶれを見上げて尋ねた。

「なんでっ⁈なんでっ⁈どうしてここにっ⁈」

「久しぶりですね、緋色、お元気でしたか?」最初に声を掛けたほうの男が緋色に言う。

「うんっ!すっごく元気だったっ!てかなんでここにっ⁈」

「緋色、少し落ち着きましょうか」

「これが落ち着いてられるかよっ!だってここ橙星(だいだいぼし)だぞっ!」

相手の男はくすっと笑った。

そしてマゼンタのほうに視線を移した。

「お久しぶりです」

「あ、ああ」

赤紫色の少女の声がかすれる。

「お変わりないようで」

「アガットと臙脂(えんじ)もな」

マゼンタの言葉に柑子が軽く首を傾げる。

(アガットさんと、臙脂さん?)

柑子の隣に立つマルーンは、アガット、臙脂と呼ばれた者たちを観察するように見つめた。

 声を掛けてきた男は三十歳程、背丈はマゼンタと同じくらい。平均的な体格に真っ直ぐな長い髪で、髪と瞳の色は深く鮮やかな赤色だ。

 彼の隣に立つ男も年齢は前者と同じくらいか。背はビスタより少し低く、こちらも至って平均的な体格、真っ直ぐな肩までの髪で、髪と瞳の色は穏やかな赤色をしている。

 彼らは共に赤人らしい黄みがかった白い肌をし、体の前で布を重ね合わせ帯で締めた格好をしていた。どうやら前者の男がアガットで、後者の男が臙脂と言うらしい。

「緋色たちはこちらの方と知り合いなの?」

柑子が友人に尋ねた。

「知り合いも何も!オレとマゼンタの塾の先生だよっ!」

緋色の返答に事情を知らない仲間たちが「塾?」と、繰り返す。

ポカンとする彼らにマゼンタが説明を加える。

「去年私と緋色は紅国(くれないこく)で塾に通っていて、そこで勉学を教えてくれた」

あと……

マゼンタの脳裏には勉強とは別の光景が流れていた。

「へえー塾ねー」さして興味を惹かれないようにヘンナが呟く。

「おまえら結構年の差あんのに同じ塾に通ってたのか?」

ビスタが素朴な疑問を投げかけた。

確かに緋色は今年十一歳で、マゼンタに関しては恐らく十七歳程度だろう。

同じ塾に通うには年が離れすぎているが、そこには当然彼女が記憶喪失であるという事情が絡んでいる。

「ま、まあ」マゼンタはビスタの疑問に言葉を詰まらせた。

「ふうん」

一応納得したビスタに対して、紫星(むらさきぼし)のモーヴ王子はマゼンタを横目でちらと見た。

「それで、その塾の先生方がどうしてこちらに⁈」

コチニールが一番聞きたかった質問をする。

緋色も「そうそれっ!なんでここにいんのっ⁈オレたちに会いに来たのっ⁈」

「まさか」アガットがにこりとしながら答えた。「実はこちらの学園の衛生部音楽教師として雇われたのです」

「えええーっ⁈」

緋色の絶叫と共に、コチニールと葡萄も目を見開いた。

「衛生部?」衛生部と言えば……マゼンタはヘンナに視線を投げる。ヘンナはこの場にいる生徒の中で唯一の衛生部員だ。

マゼンタの視線に気づいたヘンナは、

「いや、あたし音楽のクラス取ってないからよくわかんないけど」そう答えつつ(てゆーか衛生部でも息抜き程度のクラスって言われてることは知ってるけど)と心の中で本音を漏らす。

 彼女たちの反応を眺めていたアガットは、事の真相を語り始めた。

「衛生部の音楽教師の方があまり授業に顔を出されないそうで、その代わりにこの私が」

コチニールと葡萄は呆れつつも大いに納得した。(橙星あるある……)と。

「ちなみに臙脂は私のクラスの補佐役(・・・)です」

アガットの補足に、臙脂の額の血管がプチっと切れたのは言うまでもない。

 緋色は二人の恩師を見上げながら尚も問い詰める。

「でもあの塾は⁈辞めちゃったの⁈」

「あちらは元々務めていらしたおじいちゃん先生が元気になって復帰されたので私たちは用無しになってしまって右往左往していたところをこちらの学園から声を掛けていただいたのです」

「へーっ!そんなことってあるんだね!」

「あるんですねぇ、世の中は不思議なことだらけです」

共に深くうなずき合うアガットと緋色を眺める臙脂は、正直呆れている。よくもこう口から出まかせがボロボロと出てくるものだ。

 アガットの饒舌はさらに続く。

「まさかまたこうしてお二方に会えるとは、あ、葡萄さんにも」アガットは眼鏡を掛けた彼にも笑顔を見せた。

「え、ええ……」

こんな偶然が本当にあるとは……葡萄の額に何とも言えない汗が浮かんだ。

「しかし皆さん楽しくお過ごしのようで安心いたしました。赤星(あかほし)紅国を去り橙星カイクウの都へいらっしゃると聞いた時は大変驚きましたので」

アガットの表情に緋色も同意する。

「まあオレたちもびっくりしたよなー」

「うん、そうだね」

父上からその話を聞かされた時は……

コチニールも大きくうなずいた。

「それで?」

「ん?」

「先程〝何かをやる〟と意気込んでいらっしゃいませんでしたか?」今度はアガットが緋色に尋ねる番だ。

「ああーっ!学園祭だよ!」

「学園祭?」


 小型輸送機の離着陸場から少し離れた植樹帯に何人かの生徒が群がっていたが、その中で明らかに生徒とは違う格好をした男が、柑子とマロウ、基、モーヴを見て驚愕の表情を浮かべていた。

「こ、こちらが橙星の王子様で、そちらが紫星の王子様ですって……⁈」

「はじめまして」

柑子がアガットに挨拶をし、マロウ王子を演じるモーヴも一応彼に微笑む。

「な、なんと、この学園は王子様たちが通われる(くらい)の高い学園だったのですね!」アガットはいささか芝居がかった動きでのけぞった。

それに恐らく気づいていないコチニールは、

(位が高いかどうかはわからないけど、本来は王子様たちが通われるような学園でないことは確かだ……)と口角を引きつらせる。

大袈裟に驚いて見せるアガットに対し、彼の隣に立つ臙脂は表情一つ変えずに全員を眺めていた。

「で、その王子様たちも含めてメイド喫茶をされると?」

姿勢を元に戻したアガットが緋色に確認する。

「まーなっ」

するとヘンナが口を挟んだ。「あ、柑子王子とマロウ王子は裏方ですけどね」

「ほお、ではその他の方々がメイドになられると」

「そーゆーこと」と、うなずく緋色。

「はい……」と、今にも消え入りそうなコチニール。

「お恥ずかしながら……」と、もぞもぞする葡萄。

 彼らの話をおおよそ理解したアガットは、

「その学園祭には教師や一般の方々も参加可能なのでしょうか?」急に何かを閃いたような顔をしてヘンナに尋ねた。

「え?ああ、先生方や地元の方が協力して手伝ってくれたりしますよ」

「なるほどっ」

途端にアガットは右手を握り拳にし、自分の左手の平を叩く。

「なら私たちも是非協力させてください」

アガットの言葉に臙脂がはっとする。

「協力?」ヘンナが首を捻った。

「はい、音楽であなた方をサポートさせていただきたいと思います」

 今まで彼らのやり取りを眺めていたマゼンタの背中に、鋭い何かが走った。それは以前にもどこかで感じたことのあるような感覚だった。

「ああっ!」緋色も何かに気づいて首を縦に振る。

「マジでっ⁈」と、ビスタ。

「いいんですかっ?」ヘンナは目を丸くする。

「もちろんですっ!お若い方々が真剣にメイド喫茶に取り組もうとする姿に感銘を受けました!」

アガットの台詞に葡萄は啞然とした。(どこに感銘を受けているんですか……!)

「ですから私たちも音楽を演奏してあなた方に花を添えたいと思います!ねっ、臙脂!」

アガットは相棒の臙脂を見上げる。

相棒の視線を受け取った臙脂は(本気か……?)と、内心げんなりとなった。

「それから、あなたも是非、マゼンタ」

アガットは臙脂からマゼンタのほうに顔を向けた。

マゼンタは何も言わずにアガットを見つめている。そんな彼女に相手はにこりと笑いかけた。

(音楽……それはつまり……)

マゼンタの中に、赤星紅国にいた頃の記憶が次々と蘇った。

あの頃、あの場所で、私は……

「それいいっ!最高じゃんっ!」

マゼンタの意識を遮るように、緋色がアガットに賛成する。

コチニールも「うん、マゼンタの演奏久しぶりに聞きたいよね!」声を弾ませた。

「え」コチニールの言葉にヘンナ、ビスタ、ラセットの目が点になる。

「マゼンタさん、楽器の演奏が出来るんですか?」

柑子もポカンとなりながら彼女に質問した。

「あー……」

マゼンタが言葉を濁すと、アガットが我先にと叫んだ。

「何をおっしゃいます!マゼンタは赤星紅国王宮楽坊(がくぼう)の元楽師なのですよ!」

「えっ⁈」柑子が目を見開き、

「王宮?」と、ヘンナ。

「楽坊?」と、ラセット。

「元楽師?」と、ビスタ。

 彼らの反応にアガットはドヤ顔で説明する。

「王宮楽坊とは、紅国王宮に仕えていらっしゃる赤星最高峰の楽師集団ですっ!」

「えええっ⁈」

ヘンナたちの悲鳴が小型輸送機離着陸場に響き渡った。

対して事の真相を知っている臙脂はアガットに呆れている。(なぜ君がドヤ顔をするんだ)

 ヘンナが唇を震わせる。「マゼンタが……⁈」

「音楽だと……⁈」ビスタの目も血走っている。

柑子は努めて冷静に確認する。

「でもマゼンタさんは守人(もりひと)なのでは……⁈」

「守人ですがスカウトされたのです、王宮楽坊から」葡萄が渋々と答えた。

「なっ⁈」

ヘンナたちが言葉を失う。

柑子も啞然とし、

(あんなにお強いのにそれだけではなく、王宮からスカウトされるほどの音楽の才能を持っているだなんて……!)マゼンタを凝視した。

 そんな中「えーっ、マゼンタさんてすごいんですね」マルーンだけは笑顔で感想を述べる。

教師チェスナットの手先として暗躍している彼は、勿論マゼンタの個人情報をしっかり把握していた為だ。

同様に、紫星のモーヴもマゼンタを横目で眺めていた。

 そうとは知らない緋色が仲間たちに彼女を自慢する。

「そーなんだよ、見かけによらずスゲーだろこいつっ」

「見かけによらずって」コチニールは苦笑いだ。

ビスタはマゼンタに言う。

「マジおまえが音楽とか超似合わねーわ」

ヘンナも「ホント意外」

ラセットもこくこくとうなずいた。

「なぜ?」

マゼンタがビスタたちに問う。

「だってよ」

ビスタたちはお互いの顔を見合わせた。

(あんだけ強くて足も速くて)と、ビスタ。

(蛇とか素手で捕まえちゃうし)と、ヘンナ。

(ワニもね……)と、ラセット。

彼らが心の中で理由を上げていくと、紫星の王子がマゼンタに尋ねた。

「ならなぜこの学園に?」

マゼンタはマロウ王子を演じるモーヴに顔を向ける。

「赤星最高峰の楽団に務めていらした方がなぜこの軍事学園にいらっしゃったのですか?」

モーヴの真っ直ぐな問いに、彼女は彼をじっと見つめた。

私が楽坊を辞めてこの学園に来た理由は……

 すると緋色がすかさず割って入る。

「あー、それはさぁ……」

葡萄も助け舟を出した。「色々と事情がございまして」

「そう、だね……」コチニールも言葉を濁す。

 マゼンタが楽坊を辞めたきっかけは無論、自分のせいだ。

コチニールの脳に、マゼンタが丹国(にこく)の王子にライフルを向ける光景が流れた。

きっと一生忘れることはない、あの時の光景が。

 あの時のコチニールは朦朧としていた。でも大会が終わって見返した映像が、頭にこびりついているのだ。

事が起きて、マゼンタが行動を起こしたから、今自分はこうして橙星の学園に通えている。

でも反対に妹は……

 コチニールがまた自分を責めそうになったその時、彼女がはっきりと答えた。

「私が自分の意思で楽坊を辞めた。音楽より武道のほうが私には合っていると思ったから」

「マゼンタ……」

コチニールは彼女を切なげに見つめた。

「なるほど」

モーヴはそう答えたものの、マゼンタの視線と激しくぶつかり合う。

(真実は違うのだろう?)

モーヴの瞳はいかにもそう言いたげだ。

 ところが、マゼンタに思わぬ助っ人が入る。

「てゆーか確かにそうだよね」

ヘンナが妙に納得していたのだ。さらにはビスタも、

「おまえには武道しかねえだろ」と彼女の肩を持ち、

「うん、ピッタリ」ラセットも当然ビスタに賛同する。

モーヴの疑いは立ち消えになり、この話題は終了、かと思われたその時、

「で・す・が!」アガットがマゼンタたちの間に割って入ると「赤星紅国王宮楽坊でツキソメ奏者として鳴らした腕は確かなものですよ」と、新たな情報を付け加えた。

「ツキソメ?」柑子が尋ねる。

「紅国では有名な弦楽器のことです」葡萄が説明した。

「弦楽器」柑子は葡萄が発した単語を繰り返す。

それを聞いたビスタは、

「おまえが弦楽器ねぇ」胡散臭そうにマゼンタを見下ろした。

「なんだ?」

「マジ似合わねえと思ってさ」

ビスタの台詞にラセットもぷっと吹き出す。

 たった今自分は〝音楽より武道を選んだからこの学園に来た〟とモーヴに宣言したばかりだというのに、なぜだろう。マゼンタはビスタとラセットの反応に、どうしてか苛立ちを感じた。

「オレも最初はそう思ったけどさ」緋色がビスタらに言う。

「彼女の演奏を聞いたら腰抜かすと思うよ」コチニールも緋色の肩を持った。

対してビスタは「ホントか?」

ラセットも「大ゲサに言ってるだけじゃねーの?」

「マジでっ!」緋色が二人に反論し、コチニールも大きくうなずく。

「なら今度聞かせてみろよ」

ビスタは再度マゼンタを見下ろした。

「そーだそーだっ」ラセットもいつものように煽ってくる。

 ふと、マゼンタは目を細めて遠くを見た。

(そういえば、昔誰かにも同じようなことを言われたな……)

彼女が懐かしい日々を思い返すと、緋色がマゼンタを見上げて「ん?」と口を半開きにした。

 その時、何かに気づいたアガットが大声を上げ、全員が彼に注目する。

「ど、どうされました?」

葡萄がアガットに尋ねると彼は答えた。

「私はツキソメは持っていないのです!」

「は?」ビスタとラセットが啞然とする。

「だからせっかくの演奏が出来ないではありませんかっ!」

「ええーっ⁈」またもヘンナの悲鳴が響いた。

ビスタも呆れて「なんだそりゃ」

「今までの時間返してっ……!」ラセットだ。

「ですが」

突然、アガットはにっと口角を上げる。

「セキエならもちろん持って来ております!」

アガットの言葉にマゼンタの瞼が大きく持ち上がった。

(セキエ……!)

 セキエとは、ツキソメに形や音がよく似た弦楽器だ。と言ってもツキソメより上手く鳴らすのには相当手間がかかり、当初は耳障りな音しか発せられなかった。

それでもマゼンタにとってはかなり思い入れのある楽器で、セキエに魅了されたから音楽を始めることになったと言っても過言ではない。

「セキエ?」柑子とヘンナの声が揃う。

「マゼンタがアガット先生から習っていた弦楽器のことです」コチニールが説明した。

緋色も補足する。「それを最初に習ってたから楽坊で使ってるツキソメも弾けたんだ」

コチニールと緋色の解説に柑子とヘンナがうなずく。

 柑子は(ツキソメにセキエ……マゼンタさんって本当に多才なんですね……!)と、脱帽する有様だ。

一通りの説明を受けたヘンナは公言する。

「じゃあそのセキエってヤツで演奏お願いします!マゼンタもよろしく!」

「あ、ああ」とりあえず返事をするマゼンタ。

「かしこまりました」アガットはヘンナに笑顔を返した。

なんだか話の流れで演奏することになってしまったが、これでいいのか……?

マゼンタはそう思ったが、アガットは意気揚々と話を先に進めている。

「では後ほどセキエをお持ちいたしますね。そしてメイド喫茶で演奏する曲を選んで一緒に練習いたしましょう!」

アガットの隣で臙脂が溜息をついた。

マゼンタは恩師に進言する。「でも私の指は相当鈍っているぞ。それに授業もあるし、セキエだけに専念するわけには……」

突如として、モーヴも口を挟んだ。

「ええ、輸送機クラスが終了すれば次は色光(しきこう)クラスですからね。今まで以上に心して掛かならければ」

マゼンタがモーヴに視線を向けると、彼は彼女を真剣に見つめていた。

だがアガットは笑顔で言い返す。

「その点は問題ありません。彼女がセキエを習っていた頃は同時に塾の授業も受けておりましたし、何より紅国王宮楽坊の楽師にまで上り詰めたお方、学園のクラスとの両立は容易いことです」

「容易いって……」マゼンタはアガットに呆れた。

セキエの演奏がなかなかに大変だったことを、身をもって知っているからだ。

「それに」アガットは言いつつ彼女の耳元に口を近づける。

「お友達の鼻も明かしてあげたいでしょう?」

恩師はビスタとラセットを見ていた。

二人は何やらケラケラと笑い、マゼンタが楽器など弾けるはずがないと小馬鹿にしている。

 彼らを見た彼女は小さく溜息をついた。

またアガットは「さらには期待もされておりますしね」今度は緋色とコチニールに視線をずらす。

緋色とコチニールは笑顔で、柑子やヘンナと話をしていた。どうやらマゼンタの楽師としての腕を褒めちぎっているらしい。

「まったく……」

マゼンタはぽつり呟いた。

「なので頑張りましょう、ねっ!臙脂もっ!」アガットが弟子を鼓舞して、相棒の臙脂を振り返る。

相棒は心の中でアガットを(この●●が)と罵った。それは決して相手に聞こえていないはずだが、

「今なんて言った?」アガットが笑顔で臙脂に問うと、

「何も言ってない」相棒は無表情で答えた。

皆が学園祭やマゼンタの演奏について盛り上がる中、たった一人、紫星の王子だけはアガットを警戒するように見つめていた。




 衛生部のとある教室はいつになく騒がしい。

他の教室と同じ四角い作りをしたその部屋は、横開きの扉を開けて中に入ると、右側に黒板と教壇、正面には光が差し込む窓が設置され、左側に木でできた机と椅子が一つ一つ並んで、全てが黒板のほうをきちんと向いている。

その席には学園の制服を着た生徒たちが一人ずつ座って、授業前の話に花を咲かせていた。

しかも生徒たちは全員女子生徒で男子生徒は一人もおらず、彼女たちは新しく就任した音楽クラスの男性教師について大いに盛り上がっていた。

今までの担当教師はほぼやる気がなく、授業をほったらかしにすることが多かったが、今度やって来る教師はどんな塩梅なのか。いい奴なのか、悪い奴なのか、何より見た目はどうなのか、それが彼女たちにとっては最重要事項だった。

 その時、教室の扉がガラガラと開き、問題の教師が入室した。珍しいことに教師は一人ではなく、二人だった。

彼らの姿を確認した女子生徒たちは途端に瞳を輝かせる。どうやら外見は彼女たちのお眼鏡にかなったらしい。

「はーい、皆さん席に着いてくださいね。って、もう着いていますね」

教壇に向かいつつそう言い放った教師に、女子生徒たちはクスクスと笑った。赤人(あかひと)の割に橙星語の発音も満点だ。

「今日から衛生部音楽クラスを担当するアガットと言います。彼は補佐(・・)をしてくれる臙脂先生です」

アガットは扉の前に立った臙脂に視線を向けた。臙脂の額の血管が音もなく切れている。

「どうぞよろしくお願いいたしますね」

アガットが挨拶すると、女子生徒たちが笑顔で拍手をした。

(うん、悪くない)

アガットは瞳を一瞬閉じて、幸先いいスタートを切れたと自分を褒め称えた。

「では早速ですが……」

彼がそう言いかけた時、

「先生!」とある生徒が彼を呼んだ。

「はい?」

「先生たちって打楽器の演奏どのくらい出来るんですか?」

彼女の言葉を耳にしたアガットがポカンとなる。

「打楽器?」

同様に臙脂も目をパチクリとさせた。

「これ、今あたしたちが練習してるヤツなんですけど」

生徒たちが窓際に顔をやると、そこには何本もの細長い板を並べ机に貼り付けたような、木製の楽器が数台置いてあった。

「先生たちってどのくらいのレベルなんですか?」

「なんか弾いてみてくださーい!」

「えーっ!楽しみーっ!」

彼女たちは新人教師らに拍手を送った。

「だ、打楽器……」

アガットは啞然としたまま身動き出来ないでいる。

(打楽器……?打楽器っ⁈)

アガットは咄嗟に臙脂を振り向いた。

すると相棒は自分からさっと視線をそらす。

(裏切り者ーっ‼)

アガットは心の中で久々の悲鳴を上げた。




















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