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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
橙の章
118/131

第117話 憑依


 葡萄(えび)のコチニールを呼ぶ声は確かに辺りに鳴り響いた。が、それと同時にマゼンタが兄を追いかけていた。

「マゼンタっ⁈」緋色(ひいろ)もすかさず彼女の後を追う。

そしてマロウ王子に成り代わったモーヴと葡萄も、緋色の後を追った。

「コチニールさんっ⁈」柑子(こうじ)も彼らの後を追いかけようとする。

しかしフォイーユモルトが主の前に立ち塞がった。

「柑子殿下、これ以上先へ行ってはなりません……!」

「でもコチニールさんは私の大切な友人なんだっ!放っておくわけにはいかないよっ!」

柑子はフォイーユモルトの脇をすり抜けるとマゼンタたちの後を追った。

それを見たフォイーユモルトは小さな溜息をつく。

「兄君様……!」蜜柑(みかん)が一歩前へ歩み出る。

そこへやはり土色(つちいろ)が「蜜柑殿下はこちらにお留まりください」と、冷静に述べた。

「でも……!」

 蜜柑が兄の柑子を心配する間にも、コチニールは物凄い速さで真っ暗な藪の中を駆けていく。その後をマゼンタが必死に追いかけていた。

(この足の速さ、コチニールじゃない……!)

普段の兄のスピードならマゼンタには簡単に追いつける。

なのに今のコチニールの走るスピードは尋常じゃなかった。しかも真っ暗で鬱蒼と茂った藪の中を平然と駆け抜けていくのだ。ちょっとでも間違えば、鋭い葉や木の枝が体を貫こうとしてくるのに。

 マゼンタの後を緋色とモーヴも追いかけていた。

「コチニールこんな足速かったかっ⁈」走りながら緋色が叫ぶ。

モーヴは頭上を鬱蒼とした木々に覆われながらも、間から漏れる星明りを頼りに前方を走る緋色、マゼンタ、コチニールを視界に捉えていた。

 コチニールは追われていることに気づいているのか、まるで何かから逃げるように必死に走り続けている。

逃げなければ、もしここで立ち止まれば、わたしは捕まってしまう。

何に追われているのか、追ってくる相手が誰なのか、理解しているかどうかもわからずに。

(たすけて……!たすけて……!だれか、たすけ……)

次の瞬間、コチニールの足元から地面が消えた。

そこは崖の上だったのだ。

先にはもう何もなく、夜空に輝く星々と、遥か底に黒い地面が広がっている。

「――‼」マゼンタはコチニールへ手を伸ばしそのまま崖のその先へ跳び出した。

「マっ――⁈」緋色もマゼンタへ手を伸ばし崖から落ちそうになる。

「っ――‼」モーヴは緋色へ手を伸ばし崖の先端へ倒れ込んだ。

一瞬、音が止んだ。

それまで藪の中を叫び声と共に数名が走る足音が響いていたのに、今はすっかり静まり返っている。

 しかし崖の先端ではとんでもない光景を拝むことが出来た。

崖から落ちて宙吊り状態のマゼンタがコチニールの片手を掴み、同じく宙吊り状態の緋色がマゼンタの足首を掴み、崖の先端ではモーヴが緋色の足首を掴みながら計三人の体重を支えていたのだ。

「ぅおおおっ!マジかよっ⁈」緋色が目の前の光景に気づいて叫ぶ。つい勢い余ってマゼンタを掴もうとしたら、見事に崖の下にぶら下がっているではないか!

緋色に足首を掴まれたマゼンタは空のほうを見上げ「緋色⁈」と驚愕した。

緋色は「あ゛ーっ‼動くなあっ‼」と、汗で滑る手で彼女の足首を握り直す。

「おまえ何やってるんだ⁈」マゼンタが緋色に問う。

「おまえを助けてるんだっ‼」

その返答にマゼンタは内心緋色を見直した。まだずっと子供だと思っていたのに。

「それよりコチニールは無事かっ⁈」今度は緋色が彼女に尋ねる番だ。

「ああ……!」

マゼンタは自分の手の先に顔を向ける。

コチニールはがくりと首を垂れて気絶していた。

「てかこれ今どーなってんだっ⁈」

緋色は自分の足先へ目を向ける。

そこにはマロウ王子に扮したモーヴが崖の先端に寝そべって、緋色の足首をしっかりと掴んでいる姿があった。

「ゲッ、マロウ王子っ⁈」

モーヴは額に汗を浮かべながら言う。

「頼むから、あまり動かないでもらえるか……!」

ちょうどその時、葡萄、柑子、フォイーユモルトが紫星(むらさきぼし)の王子の背後から駆けてきた。

「マロウ殿下⁈」と、柑子。

「コ、コチニールは……⁈」紫星の王子の姿のみ確認した葡萄が愕然とする。

モーヴは力を振り絞って告げる。

「ああ、ここの下に全員いますよ……!」

「ええっ⁈」

「コチニール……⁈」

柑子も葡萄も咄嗟に崖下を覗き込んだ。


 それから主にフォイーユモルトの力を借りて崖の上へと引き上げられたマゼンタたちは、再度コチニールと向かい合うこととなった。

気絶から目を覚ましたコチニールはすっかり元に戻っているだろうと思われたのだが、確かに妙な言葉を発することはなくなったものの、ぼんやりとその場に正座をして、先程からあらぬ方向を見上げている。

彼の正面にはマゼンタと葡萄が片膝をつき、緋色は彼女の側でぐったりと座り込み、マロウ王子に扮したモーヴ、柑子、フォイーユモルトはコチニールの背後に控えた。

「コチニール、わかりますか……?コチニール……!」

葡萄が再三声を掛けるも、相変わらず彼の反応はない。

 マゼンタは兄の虚ろな目をずっと見つめていた。

どうすれば、どうすればコチニールは元に戻るんだ……⁈

考えても考えても一向に答えは出てこない。私に出来ることがあるなら、何でもするというのに……!

 すると、柑子のボディーガードであるフォイーユモルトが「ちょっと、よろしいでしょうか」と、コチニールのすぐ背後に歩み出る。

「フォイーユ?」柑子が微かに首を傾げる。

フォイーユモルトはコチニールの背後に屈むような姿勢を取ると、突然、

「出ていけ!出ていけ!出ていけ!出ていけ!出ていけ!出ていけ!出ていけ!出ていけ!」大声でコチニールの背中をバシバシ叩き始めた。

フォイーユモルトは言わずもがな体格がいい。身長もあるし体重もあるし手の大きさも一般人と比べたら大きいほうだろう。かなり腕力もありそうだ。

その彼がまだ育ち切っていないコチニールの背中を勢いよく叩きまくっているのだ。これは相当痛いに違いない。

あまりの突飛な行動に、マゼンタ、葡萄、緋色、モーヴ、柑子は呆気にとられる。

だがフォイーユモルトは一切叩くのをやめることなく大声を発し続けた。

「ここはおまえのいる所ではない!だからさっさと立ち去れ!おまえが行く所へ帰るがいい!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!」

「え……」呆気にとられたままの緋色が声を漏らす。

いったいこのオッサンは何をしているのだろうか?

 その時、不意にフォイーユモルトがコチニールの背中を叩くのをやめた。

「……っ」

一瞬、コチニールが肩をすくめるような仕草を見せる。

マゼンタははっとして兄の顔を覗き込んだ。「コチニール……⁈」

葡萄も彼の名を叫ぶ。

コチニールは目をゆっくり瞬きさせながら、マゼンタと葡萄を視界に捉えた。

「マゼンタ……葡萄……?」

マゼンタの肩が安堵のあまりがくんと落ちる。葡萄はコチニールの名を呼びながら彼に抱きついた。

「ちょ、どうしたの……?」

「よかった!よかったですっ!元のあなたに戻ってくれてっ!」

葡萄の瞳から大粒の涙が流れ落ちた。

「元……?」

「憶えてねえのかよっ⁈」緋色が愕然とする。

「え……?」


 その後、崖の上で今までの出来事を説明されたコチニールは驚愕の表情を浮かべた。

「そ、そんなことが……?」

「そうですっ!私は、もうあなたが一生元には戻ってくれないかと思ってとても恐ろしかったですっ!」

葡萄は涙も鼻水も流しっ放しで叫んだ。

「そ、それは申し訳ないことをしました……」

「本当ですよっ!」

どうりで、頬と背中が痛い……コチニールは自らの頬に片手を当てた。

マゼンタが自分を元に戻すために引っ叩いたと言っていたが、きっと手加減しなかったのだろう。何度も叩かれた背中より、頬っぺたのほうが余程痛かった。

「しかも崖から飛び降りたしな、オレらが助けたけど」と、緋色。

「はい、本当に感謝しております……」

でも憶えてない……コチニールは何とも言えない顔でうなだれた。

「けどなんでコチニールだけ?他にオレたちもいたのに」

緋色がブツブツと疑問という名の愚痴を垂れる。

(君には絶対憑依しないだろうよ)緋色を見下ろしたモーヴは心の中で呟いた。

するとまたもフォイーユモルトが口を開く。

「恐れながら」

コチニールがフォイーユモルトを見上げ、マゼンタたちも彼に顔を向けた。

「コチニール様はとてもお心のお優しい方とお見受けいたしました。ですから〝あちら側〟の者に付け入る隙を与えてしまったのではないでしょうか。特に最近とてもお辛いことがあったとか、感情的に落ち込むことがあったのであれば、それは彼らをおびき寄せる恰好の餌となってしまいます」

コチニールの脳裏に、母カメリアの姿が思い浮かぶ。

最近自分が落ち込んだ理由など、それしか見当たらない。

「ならそいつらをおびき寄せないためにはどうすればいい」

マゼンタが真剣な表情でフォイーユモルトに尋ねた。

文字を湛えた男はふっと笑みをこぼすと、

「笑うことです」

「笑う?」

「はい。腹の底から大声で笑って気分を上げれば、彼らは近づいてこれません」


 そうしてマゼンタたちは元いた寺の前へと戻ってきた。

コチニールはマゼンタと葡萄に両脇を支えられ、緋色、マロウ王子に扮したモーヴ、柑子、フォイーユモルトも彼女たちの後に続く。

寺の前では心底心配していた蜜柑と、ボディーガードの土色が彼らをひたすらに待っていた。

「兄君様!」蜜柑が柑子に駆け寄る。

「蜜柑」

「ご無事でしたか⁈」

「うん、一応」

「コチニールさんも……!」

「ご心配おかけして、本当に申し訳ございませんでした……」

コチニールは橙星(だいだいぼし)の王女に頭を下げた。

「いえ、よいのです……!元に戻られたようで、よかった……!」

「はい……」

頭を下げっ放しのコチニールと、ほっと安堵した蜜柑の様子を横目で見ていた緋色は、

(幽霊に会えると思ったらコチニールの中に入っちまうなんて、しかも崖から跳び降りるハメになるだなんて、とんだ肝試しだぜまったく……!)と、心の中で愚痴をこぼしまくった。

 その時、どこか遠くのほうでボンッ!という音がしたかと思うと、夜空に橙色の光の粒が広がって、爆音が鳴り響いた。

「わあっ!」愚痴も忘れて緋色が声を漏らす。

「そうか、今日は……!」と、柑子。

フォイーユモルトが説明する。「花火祭でございますね」

「すっかり忘れていました……」と、蜜柑。

空には次々と橙色や黄色の光が舞い上がり、その度に爆音を鳴らしていく。

花火はどうやら湖の奥から上がっているようで、マゼンタたちはしばし光の粒を見上げ続けた。

 しかし何かに気づいた柑子が、花火から顔を下ろしてマロウ王子に扮したモーヴに視線を向ける。

「もしかしてこれを私たちに見せるためにここへ?」

「えっ、マジっ⁈」と緋色。

蜜柑も「そうなのですか⁈」

全員の視線を浴びる紫星の王子は「あ、いえ、そういうわけでは……」と、言葉を濁す。

肝試しをしようと言い出したのはあくまで双子の兄であるマロウであり、自分の提案ではないのだ。

「王子やるーっ!さっきまでは散々な肝試しだったけど、これでチャラだよなっ!」

すっかり機嫌のよくなった緋色に、モーヴは苦笑いを返す。

そんな紫星の王子をフォイーユモルトが密かに眺めていた。

 マゼンタ、コチニール、葡萄の三人は次々と上がる花火をほっとした思いで見上げている。

「心配かけて、本当にごめんね」

コチニールが再度二人に謝った。

自分は何も憶えていないけど、かけた迷惑を思えばただひたすら謝るしかない。

「いや、おまえが元に戻ってくれたならそれでいい」と、マゼンタ。

「うん……」

葡萄は涙の筋が残る顔でコチニールを見つめる。そして彼からマゼンタに視線を移した。彼女はコチニールの隣で共に花火を見上げている。

 だが彼女を見ているのは葡萄だけではなかった。

マロウ王子に成り代わったモーヴも、赤紫色の彼女を見つめていたのだ。


 同じ頃、マゼンタたちが花火を見上げる丘の階段下でも、本物のマロウ王子と執事のヘリオトロープが並び立ち、夜空に打ち上がる花火を見上げていた。

マロウは言う。

「私の粋な計らいを気に入ってもらえただろうか」

「皆様はともかく、モーヴ殿下は相当お怒りになっていらっしゃると思いますよ」

肝試しで何が起きたかを知る由もない彼らは、微笑みながらゆったりと花火を鑑賞し続けた。




 その場所は霧が立ち込めていた。

時刻は早朝で辺りは決して暗くはないが、濃い霧のせいでとにかく見通しが悪い。

それでも景色の手前に広大な池が広がっているのは何となく察せられたし、奥には石を積み上げて建造した寺院もぼんやりと確認出来る。

しかも寺院の中からは何やら人の声が漏れ出ていた。それは誰かが先へ進むのを必死に止めているような男の声だった。

「お待ちください、お待ちください!ここから先はお通しするわけには参りません!」

 ヘイズル、三十一歳。背はそれほど高くも低くもなく、体格も至って普通で顔の作りも何ら特徴がなく、日に焼けた肌に癖のない短髪、髪と瞳の色は明るい茶色をし、服装は首に添う襟がついた尻までの上着に足首丈の質素なパンツ姿の彼は、なんでこんなことに⁈と思いつつも無理矢理寺院へ押し入る相手を必死に止めようとしている。

 相手は二人の男たちだった。

二人共年齢は三十歳程で、体形は平均的。一人はヘイズルより背が高く、もう一人はさらに背丈があった。前者は真っ直ぐな長い髪で髪と瞳の色は深く鮮やかな赤色、後者は真っ直ぐな肩までの髪で髪と瞳の色は穏やかな赤色をし、両者布を体の前で重ね合わせ帯で締めた格好をしている。肌の色は共に黄みがかった白だ。

 前者の男がヘイズルに反論する。

「そうは言ってもさ、さすがに庭で半年以上も待たせられたらこっちも限界がくるっていうか」

「しかしこれは命令なのです、あなた方お二人をお通しするなと……!」

「いやー、君はどれだけ嫌われてるんだろうね、臙脂(えんじ)」前者の男が後者の男のほうを向く。後者の男は、

「どちらかというと君のほうだと思うぞ」

「そうなのっ?」

「今気づいたのか?」

「あまりに待ちぼうけを食って池で泳ぐ魚たちの会話から彼らの名前が全てわかるようになったよ」

「いよいよイカれてしまったか」

「というわけでここは通させてもらうよ」言いながら前者の男はヘイズルの脇を通り抜けた。

「あっ、ちょっ……!」

後者の男もすかさずヘイズルの横を通り抜ける。

「ちょっ、お待ちを!」

二人の侵入者はヘイズルが止めるのも聞かず、寺院の奥へずんずん進んでいった。


 石造りの寺院は殺風景だ。

入り口を入ってすぐ、割と幅のある廊下が真っ直ぐ奥へと続いている。両側には等間隔に外の光を取り込む四角い窓のような穴が開いているが、勿論ガラスがはめ込まれているわけではないので、雨も風も存分に吹き込む作りだ。

両側の窓の奥には恐らく中庭が広がっているのだろうが、今は濃い霧が立ち込めているおかげで何も見えない。

 けれど二人の侵入者はそんなことなどお構いなく、目的地である廊下の奥へと急いだ。

まさか半年も庭で待ちぼうけを食うとは、思わぬ誤算だったからだ。

二人の後を追いかけるヘイズルが叫ぶ。

「お待ちください!それ以上は……!」

だが彼の思いも空しく、二人は廊下の突き当たりにある開かれた空間に出た。

この場所も床壁天井全てが灰色の石で囲まれ、両側には等間隔に窓が設置されている。

しかしこれまでと違ったのは、正面奥に女性の姿を模した巨大な銅像が鎮座していることだった。

銅像は頭が天井に届きそうなほど高く、瞼を閉じた穏やかな表情で座禅を組み、こちら側を見下ろしている。

 その銅像の前に、一人の男が背を向けて立っていた。

彼は侵入者の気配を感じてこちらを振り向くと、驚いたように叫んだ。

「貴様らっ、なぜここにっ⁈」

男の年齢は六十代くらい。ヘイズルよりも背が低く平均的な体格で、よく日に焼けた肌に吊り上がった目元をし、口周りと顎に髭を生やしている。肩下までの真っ直ぐな髪をオールバックにし、その髪と瞳の色はかなり黄みの強い茶色だ。服装は形こそヘイズルと似たようなものだが、彼とは違い全身に豪華で煌びやかな植物を模した刺繡が入っている。

「どーも」深く鮮やかな赤色をした侵入者が挨拶をした。

ヘイズルが髭の男に素早く近づいて、片膝立ちをする。

「こやつらを入れるなと言ったではないかっ!」

髭の男はヘイズルの頭に唾を飛ばした。

(こやつら……)二人の侵入者は相手の言い様に呆れる。

叱られたヘイズルは深々と頭を下げた。

「申し訳ございません……!お止めしたのですが……!」

「無理矢理入ってきちゃいました。だからその人を責めないであげてくださいね」と、深く鮮やかな赤色の侵入者。

「くっ……!」髭の男は思わず拳を握りしめた。そして「何用じゃっ!ワシは忙しいっ!」とそっぽを向く。

「ですからね」深く鮮やかな赤色の侵入者が髭の男に少し近づく。「もう何十回も何百回もお願いしてると思うんですけど、私たちがこの星に滞在する許可を得たいのです」

もう一人の侵入者も、髭の男を切実な眼差しで見つめた。

深く鮮やかな赤色の侵入者が続ける。

「別に勝手に徘徊しようと思えばそれでもいいんですけど、そういうのってあんまり好きじゃないですし、後々問題になると厄介なのでこうしてわざわざ半年以上もお待ちした次第なんですよね」

「ふっ、だったらもうあと半年待てばよい」

髭男の回答に、もう一人の侵入者は額の血管を無意識に切った。

「それでも許可は与えぬがなっ!」髭男が今度はこちらへ向かって唾を飛ばした。

もう一人の侵入者は自らを落ち着かせるように大きく息を吐く。

これでは全く埒が明かない。

「そんな殺生なぁ。そこまで私たちを毛嫌いしなくてもいいじゃないですかぁ」深く鮮やかな赤色の侵入者が猫撫で声を出した。が、

「貴様らがここへ来るということは余計な問題を持ち込むということ!そんな輩にこの星をうろつく許可など与えるかっ!」髭男は一向に折れない。

「なんてこった」さすがの深く鮮やかな赤色の侵入者も溜息をつく。

ここまでやって来て、半年も待ち続けたのは無駄足だったのだろうか。

 その時だ。

黄橡(きつるばみ)

穏やかな声が聞こえてきたかと思うと、空間の奥に鎮座している銅像の脇から、一人の女性がやって来た。

年齢は三十代、背丈はヘイズルと同じくらい、細身で日に焼けた肌、真っ直ぐな長い髪を後頭部で一纏めにし、髪と瞳の色は白が交じった淡い茶色。服装は橙星でよく見かける襟のついた足首まである上着に長いパンツを着用している。しかも彼女はどこかで見覚えがあった。そう、今まさに目の前に鎮座している銅像とよく似ていたのだ。

「おや?」深く鮮やかな赤色の侵入者が彼女に気づく。

「ど、どうしてそなたがここに……⁈」髭男が途端にうろたえた。

それまで髭男に対し首を垂れていたヘイズルも、片膝をついたまま慌てて彼女に頭を下げる。

「お久しぶりです、アガット、臙脂」

彼女は侵入者たちに声を掛けた。

「お久しぶりです、赤白橡(あかしろのつるばみ)()」アガットと呼ばれた侵入者が挨拶を返す。

「この橙星に滞在したいとか?」

「はい」

彼女は一瞬口をつぐんだが、

「わかりました、許しましょう」

「なっ……⁈」髭男が言葉を失う。

「ありがとうございます。お話がやっと通じてほっといたしました」アガットがにこりと微笑んだ。

髭男が普段よりもさらに瞼を吊り上げて彼女に近づく。

「なぜそんなことを……!こやつらに許可を与えたら……!」

彼女は側にある窓辺に立つと、おもむろに外を見つめた。窓の外は未だ濃い霧で覆われている。

「運命の輪はもう、回り始めてしまいました」

赤白橡はただそれだけを呆然と呟いた。




















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