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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
橙の章
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第116話 偽者の正体


 緋色(ひいろ)が足を弾ませながら階段を上り、その後に柑子(こうじ)は恐る恐る、最後尾をフォイーユモルトが主をしっかり護るように続いた。

彼らが暗闇の階段に消えていくのを、残されたマゼンタたちがじっと見上げている。

「結構段数がありそうだ」

そう言いつつマゼンタは、隣に立つ兄コチニールに顔を向ける。だが兄はなぜかプルプルと小刻みに震えていた。

「コチニール?」

「えっ、あっ、うん、そ、そうだね……」

「大丈夫か?」

「だ、だだ大丈夫だよ……!」

マゼンタは心配そうに兄を見つめる。

その光景を、マロウが微笑みながら眺めていた。


 階段の中腹辺りに差し掛かった緋色は、意気揚々と歌いながら歩を進めていた。

「何が出るかな、何が出るかなっ!幽霊、お化け、それともお宝っ⁈」

少年のあまりにも明るい様子に、柑子は思わず尋ねる。

「ひ、緋色は、怖くないの……?」

「え、何が?」緋色が歩みを止めて振り返る。

「その、幽霊とか、お化けとか……」柑子も立ち止まって息を整えた。

「全然」

「そうなの……?」

「だって出ねえもん、そんなの」

どこからくるの、その自信は……⁈柑子は心の中で友人に叫んだ。

「今までの人生の中で〝どうか出てきてください〟って何度頼んだことかっ!」

「ええっ⁈」頼んだのおっ⁈

柑子には緋色の思考が全く理解出来ない。どうして頼む必要があるんだ……⁈

「一度でいいから会ってみたかったんだよっ、でも全然出てきてくんなかった。だから今日も出てこねーよっ」

そう言って緋色はまた階段を上り始める。

柑子はポカンとしながら思った。

(なんか、緋色のおかげで、肝試しがとても明るいイベントと化しているような……)

柑子の後ろに続いていたフォイーユモルトは、何を思ったか微かに笑んでいた。


 その頃、丘の階段下ではマロウ王子が二番目のペアを促している。

「そろそろ蜜柑(みかん)殿下の番ですね」

「は、はい……」

「行きましょう」土色(つちいろ)が主に言った。

土色は正直なところ呆れていた。

いい大人が子供たちに交じって肝試しとやらに付き合わされているのだ。こんなものさっさと終わらせてしまうに限る。

蜜柑と土色は、並ぶように夜の階段を上り始めた。

そんな橙星(だいだいぼし)の王女とボディーガードの背中に、紫星(むらさきぼし)の王子が声を掛ける。

「いってらっしゃいませ」

 マロウ王子の側に立つ葡萄(えび)は、不安しかない面持ちで紫星の王子を見つめていた。これから上る階段を恐れているのではない。いや、本心ではそれも恐れているのだろうが、それよりもマロウ王子がマゼンタに何かを仕掛けるのではないかと、そっちのほうを恐れていたのだ。


 やがて階段の中腹に辿り着いた蜜柑は、隣を歩く土色にしきりに話しかけている。その声は傍目にもわかるほど震えていた。

「い、意外と星明かりで、足元が見えるわね……」

「さようでございますね」

「こ、今夜は、暖かくてよかったわね……」

「そのようですね」

「で、でも、どうしてまた、こんなことになってしまったのかしらね……」

そう口にしてから、蜜柑はブンブンと首を横に振った。

「あっ、そ、それは、紫星のマロウ殿下のご提案ですし、こ、断るわけには参りませんし、兄君様も参加されていらっしゃいますし、わ、私だけが、行かないわけには……」

「殿下」

「な、なに?」

「大丈夫ですよ、私がついております」

蜜柑ははっとして立ち止まり、同時に土色も立ち止まる。

土色は自分よりも遥かに背丈の低い主人を見つめて言った。

「何があっても殿下をお護りいたしますのでご安心ください」

「土色……」

 ボディーガードの土色とは幼少期からの付き合いだ。彼は職務において常に冷静だし完璧で、決めたことは絶対に曲げない。たまに熱くなって怒りを見せることもあるが、それは対象を護るためだったり、ライバルであるフォイーユモルトに対してだけだ。だから彼は必ず私を護る。相手がたとえ幽霊だとしても。

 蜜柑は口角をきゅっと持ち上げた。

「ええ、頼みます……!」

そう言って橙星の王女は階段を上り始める。

「お任せください」

勿論土色も蜜柑の隣を共に上り始めた。


 同時刻、丘の階段下ではマロウ王子が三番目のペアを促している。

「ではそろそろ」

「ぼ、僕たちの番、ですね……」

コチニールが唾をごくりと飲み込んだ。

すると葡萄がマゼンタに近づいて声を落としつつ言った。

「気をつけてください」

「ああ」

「本当に、気をつけてくださいね……!」

「ああ」

「本当の本当の本当に、気をつけてくださいね……!」

「わかってる」

いいえ、あなたはわかっていません……!一番危険なのは幽霊でもお化けでもなく……!

「葡萄?」マゼンタは眼鏡の彼の様子に首を傾げた。

またも私の信用は地に落ちたのだろうか。

「い、行くよぉ……」

階段を上ろうとしているコチニールが、パートナーの葡萄に声を掛ける。

葡萄は溜息をつくと、コチニールの隣に立った。

「い、行きましょうか……」

「うん……」

コチニールと葡萄は階段を恐る恐る上り始める。

そんな彼らの背中をマゼンタがじっと見上げていた。

(マロウ王子ならちゃんと私が護ってみせる)と、言わんばかりに。

しかし当のマロウ王子はいつもの微笑みを浮かべたまま、闇夜に消えていく葡萄をいわくありげに眺めていた。


 夜の石階段は湿り気を帯びている。

足元が滑るくらいに、とまでは言わないが、それでも慎重に一歩一歩進まなければ転んで怪我をしかねない。

 階段の作りは粗末だ。というより長い年月を経て朽ちているのか、とにかく所々欠けたりへこんだりしている。

 階段の両脇は木々が雑然と植えてあるようで、あまり手入れも行き届いていないのだろう、枝葉の所々が階段に我が物顔でせり出していた。

 階段は意外と段数があった。

既に中腹当たりに到達しているはずだが、先程からやけに息が切れるし動悸もする。

おかしい、日頃散々鍛えさせられているはずなのに、どうしてこんなに呼吸が苦しいのだろうか。

「ぼ、僕は、怖くない、怖くない、怖くなんか、ないからね……」

コチニールが階段を進みつつ言葉を発した。

「は、はい……」

それに対し、葡萄も何とか返事をする。

「だ、だって、僕たちは、赤星(あかほし)紅国(くれないこく)、も、守人(もりひと)、なんだから……」

「はい……」

「守人が、幽霊を、怖がるなんて、き、聞いたことがないよ……」

「はい……」

その時だ。階段脇の藪の中から、パキッという音が聞こえてきたのは。

恐らく細い枝が何らかの理由で割れてしまったのだろうが、赤星紅国守人クリムスン家次期頭首と世話係を驚かすのには、充分効果的だった。

二人は無論互いに抱きついて、声高に悲鳴を上げたのは想像に難くない。


 その頃、肝試し最後のペアであるマゼンタは、丘の麓から階段を見上げている。

今コチニールと葡萄の悲鳴が響き渡った。何かあったのだろうか。

もし本当に何かあったのであればすぐにでも駆けつけるつもりだったが、どうやら二人は既に頂上を目指して歩みを進めている。それは足音で確認した。

悲鳴の原因は不明だが、とにかく無事ではあるらしい。

「次は私たちの番だな。それにしてもなぜこんな肝試しというものをわざわざ持ち出したん……」

言いつつマゼンタは隣に立っていたはずのマロウに顔を向けた。

ところがそこにいたのは、姿形はそっくりでもマロウ王子ではない、もう一人の人物が頬を引きつらせて立っていたのだ。

「なぜ今入れ替わる……⁈」

マゼンタは啞然と彼に尋ねた。

「私に聞くなよ」

マロウ王子の偽者は、いつもとは全く違うブチ切れた様子で答えた。


 同時刻、丘の頂上にある寺の前に緋色と柑子が立ち、フォイーユモルトは柑子の側で周囲を警戒中だった。

寺とは言ったものの、木造のそれは壁も屋根もかなりボロボロで、いかにも長い年月風雨にさらされ、尚且つ誰も手入れをしないせいで今にも崩れ落ちそうな建物だった。

一応正面には観音開きの扉があり、正面以外の三方は壁で囲まれ、その上に三角の粗末な屋根が乗せられている。

が、昼間見た寺院と比べてあまりにもこじんまりとし、扉と壁には穴が開き、屋根も寺の周囲も草が生え放題の有様だ。

 そこへ階段を下から誰かが上ってきた。

その姿を確認した柑子は「蜜柑!」と、妹に近づく。

「兄君様……ご無事でしたか……⁈」

息を切らした蜜柑が柑子を見上げて尋ねた。

「蜜柑こそ、大丈夫だった⁈」

「はい、かなりよい運動になりました……!」

そう言って王女は微笑む。

「うん、そうだね」柑子も思わず微笑み返した。

 階段は実際かなりの段数があった。普段鍛えている者には大した運動量ではないが、そうでない者にはきついかもしれない。

妹の蜜柑だって王宮である程度体を動かしてはいるだろう。それでもやはりハードルは高かったようだ。

すると励まし合う王子王女の側に、緋色がやって来て言った。

「蜜柑王女たちが到着したから、次はコチニールたちだな」


 階段の中腹をマゼンタとマロウ王子の偽者が並ぶように上っている。

彼女は無表情で、彼は思いっきり不機嫌な顔をあらわにして。

「やはり後をつけていたのはおまえだったのか」

マゼンタが彼に問うた。

「好きでつけていたわけじゃない」

偽者は唇を尖らせて答える。

「こうしていつでもマロウ王子に成り代わるためか」

「わかってるなら口を閉じろ」

 昨日王都に到着して車で移動したその時から、何者かが常に自分たちの後をつけていた。

湖でも、柑子の別荘でも、移動中も、寺院でも、市場でも、闘技場でも、水路でも、屋台でも、ずっと誰かがこちらを監視していたのだ。

その正体はもう一人のマロウ王子、つまり彼だ。

マゼンタは立ち止まり、先行く彼を見上げる。

「おまえはいったい何者なんだ?」

彼女に問われた相手が立ち止まる。

「〝おまえおまえ〟って、それでも王族を護る守人って奴かよ……!」

彼は振り返ってマゼンタを見下ろした。

それに対し彼女は素直な意見を述べる。

「私は〝おまえ〟の名を知らないからな」

 不意に風が吹いた。

風は二人の間を通り抜けるように彼女たちの髪と服を揺らしていく。

「私はモーヴ。紫星第二王子、マロウの双子の弟だ」

マロウ王子の偽者が彼女に自らの正体を明かした。


 一方その頃、丘の頂上にある朽ち果てた寺の前では、緋色、柑子、蜜柑が後続のメンバーを待ちわび、フォイーユモルトと土色が柑子と蜜柑の側で周囲を警戒していた。

 緋色が堪らずに言葉を漏らす。

「コチニールたち遅せーな」

「な、何かあったのでしょうか……」と、不安げな柑子。

「でもここまで一本道……」

緋色が言いかけた時、コチニールと葡萄がちょうど階段を上ってきた。

「あっ!いらっしゃいましたよ!」蜜柑が声を弾ませる。

コチニールと葡萄は息切れしながら階段を上り切ると、よろよろと前に進みその場で膝をついた。

早速緋色たちが二人に駆け寄って声を掛ける。

「おかえりっ!」緋色だ。

柑子も「大丈夫でしたか⁈」と、無事を確認する。

「だ、大丈夫です……」

橙星の王子に答えつつ、葡萄は思った。(めちゃくちゃ、怖かったですっ……!)

「なんだ二人共腰抜かしてんのかよ、それでも守人か?」緋色が腕組みをして痛い言葉を浴びせた。

「今は、冗談に、答えられません……!」

「冗談じゃないよ」

「なんですって……?」葡萄の額の血管が切れた。

彼らのやり取りに柑子は苦笑いだ。でもいつもの調子に内心ほっとしてもいる。

「とにかく、もう少しこちらでお休みになられて……」

蜜柑がコチニールと葡萄を寺のほうへ(いざな)おうとした、その時、

「……さむい」

「え?」緋色と柑子の声が揃う。

「コチニール?」葡萄も、自分の隣で膝をついて座り込んでいる彼に顔を向けた。


 同じ頃、階段の中腹ではマゼンタが紫星の王子を見上げ、相手が彼女を見下ろしていた。

「モーヴ、それがおまえの本当の名前なんだな」

「結局〝おまえ〟呼びかよっ」

「双子ということは、外見が全く同じということか」

「そんなの確認しなくてもわかる……!」

モーヴは言いかけて、はたと気づいた。(そうか、こいつは……)

彼は何かを思案する様子を見せたが、マゼンタはすかさず相手に突っ込む。

「色は違うようだが」

「ふんっ……!」

モーヴは思い切り顔をそらした。

「けどおまえも一応王子なんだな」

「一応ってなんだよ!」

彼女は彼女なりにあれこれと考えていたのだ。

(王族とは関係のない人間がマロウ王子を演じているのかと思っていた)等々。

マゼンタはさらに疑問を口に出す。

「なぜ王子なのに兄のマロウ王子を演じるんだ?それも実技やイベントの時ばかり」

彼女の疑問に、モーヴは拳を握りしめる。

「まるでおまえは本当にマロウ王子の影だな」

「どうして……」

うつむいていた彼は勢いよく顔を上げた。

「どうして私がおまえにそんなことを言われなきゃならないっ⁈」

モーヴ王子の瞳は怒りに燃えていた。

マゼンタがそのことに気づいたかどうかは定かではないが、彼女は彼をただ静かに見上げている。

すると突然、階段の遥か上から声が降ってきた。

「コチニールっ⁈しっかりしてくださいっ!」

それは葡萄の声だった。さらに緋色がコチニールの名を盛んに呼んでいる。

マゼンタははっと階段の上を見上げ、同時にモーヴも同じほうを振り返った。

次の瞬間に彼女は階段を何段も飛び越して駆け上がり、彼も彼女の後を追いかけていた。


 丘の頂上にある寺の前ではコチニールがうずくまり、葡萄と緋色が彼の前で片膝をついている。柑子と蜜柑は彼らのすぐ側に立ってコチニールを心配そうに見守り、フォイーユモルトと土色は異常な状況下でも任務を遂行中だった。

 先程からコチニールはうつむいたまま同じ言葉を繰り返している。「……さむい……さむい」と。

「コチニール!どうしたんですか⁈」

葡萄が彼の顔を覗き込もうとする。しかし何度尋ねても彼は返事をせず、顔も一切上げることはない。

「寒いってなんだよっ⁈どういうことだよっ⁈」緋色もコチニールに問いかける。

そこへマゼンタとマロウ王子に成り代わったモーヴが階段を駆け上がってくる。

「コチニール!」マゼンタが兄の名を呼んだ。

「マゼンタっ!」と緋色。

マゼンタは兄の正面に駆け寄り、モーヴはコチニールの背後へと近づいた。

「何があったんだ⁈」マゼンタが葡萄と緋色に問う。

「それが……!」

上手く言葉に出来ない葡萄に代わって緋色が答える。

「突然寒いって言ってうずくまって、あとはずっとそれしか言わなくて……!」

マゼンタはコチニールの前に片膝をついた。

「コチニール、どうした?寒いのか?」と、兄の腕に触れる。

冷たい……?

ここは橙星王都、時間帯は夜だ。基本的にこの星は夜でもそこまで冷え込むことはない。

むしろ今も汗ばむくらいの気温なのに、コチニールの腕は昨日潜った湖底のごとくひんやりとしていた。

 兄が呟き続ける。

「さむい……ここは、とてもさむい……」

「コチニール、私がわかるか?」

「たすけて……たすけて……」

「コチニール……⁈」

戸惑ったのはマゼンタだけじゃない。モーヴも困惑したようにコチニールを見下ろしている。

「たすけて……だれか……たすけて……わたしを……」

「私って……⁈」こいつ誰だ……⁈

緋色にでさえ今目の前にいる人物がコチニールでないことは明確だった。

涙ぐんだ葡萄が叫ぶ。

「コチニール、しっかりしてください……!」

マゼンタは兄の両腕を掴んだ。

「コチニール、おまえは赤星紅国守人一族クリムスン家の長男、跡取り息子だ、それがわかるか?」

「わたし……わたしは……しんだ……」

葡萄、緋色、モーヴが息を吞む。

「コチニール、さん……?」柑子は呆然としている。

今いったい何が起きているのか、脳が全然追い付かない……

驚愕する主やその友人たちを横目で見ていたフォイーユモルトがコチニールを一瞥した。

 コチニールは呟き続ける。

「わたし……わたしは……もう……しんでいる……」

次の瞬間、マゼンタが兄の頬を叩いた。

「マゼっ……⁈」と緋色。

「コチニール、私の目を見ろ、私の目を見て話せ。おまえは死んでなんかいない、ちゃんと生きてる。今ここにこうして存在している……!」

「わたし……わたしは……もう……」

マゼンタは兄の両腕を揺すった。

「コチニール、戻ってこい!おまえはおまえだ!他の誰でもない、コチニール自身だろうがっ!」

彼女の言葉を耳にしたモーヴは、何を思ったか目を見開いた。

マゼンタは尚も兄の名を呼び続ける。

「コチニール、コチニール⁈」

すると突然、コチニールは勢いよく立ち上がると、猛然と寺の奥にある藪の中へ走り出した。

葡萄が彼の名を叫ぶ声が辺りに鳴り響いた。




















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