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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
橙の章
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第112話 夏休み


 チョウサイ軍事学園の敷地内には、サーキットと呼ばれる場所も設けられている。

平地に舗装された灰色の車道がくねくねと伸び、何台もの車が同じ方向へ向かって走っていったかと思うと、また同じ場所へ戻ってきて永遠に繰り返す。それがサーキットで行われる車両クラスの授業だった。

 今も数台の車がサーキットを駆け抜けていった。

車体が低く四角い形をした白や黒の車たちは、先頭目指して我先にと走っていく。

 だが飛び抜けて速かったのは、やはり噂の新入生コンビだった。

一人は赤星(あかほし)から来たという少女、もう一人は紫星(むらさきぼし)の王子。

赤星の少女は車体が白い車を運転し、紫星の王子は黒い車を運転していたが、二人は他の生徒を寄せ付けない速さでトップを競っていた。

 サーキットの側には横に連なる観客席も設置されている。

観客席の一階部分は車両クラスの車を収める車庫や、クラスを受講する生徒と教師専用の控室となっているが、二階部分は授業を見学出来る観客席となっていた。

席の数はそんなに多くはない。が、階段状に設けられた簡素な作りの椅子は、授業を短時間見学するには充分だった。

 この観客席に、コチニール、葡萄(えび)柑子(こうじ)、マルーンの四人が座って、サーキットを走る車を眺めている。

ちなみに緋色(ひいろ)は観客席の一番前に設置された手摺を掴んで、走る車たちをひたすら目で追っていた。

「いいなぁ車、超カッケぇっ!」

緋色が満面の笑みで叫んだ。

「マゼンタさんとマロウ殿下、今日が初授業だよね……?」

柑子が隣に座るマルーンに尋ねる。

「そうみたいですね」

マルーンの返事を聞いた柑子は心の中で叫ぶ。

(それであの走りってどういうことっ⁈以前に運転されたことがあるんですかっ……⁈)

すると白けたように葡萄が呟いた。

「あんなのすぐに乗りこなせますよ」

「マジでっ⁈」緋色が葡萄を振り返る。

「そ、そうなのですか……?」柑子も恐る恐る尋ねた。

「葡萄は車の免許持ってるもんね」

コチニールが緋色と柑子王子に説明する。

「ええ、紅国(くれないこく)で取得しました」

「なるほど……」車の運転は意外と簡単、と。

柑子は一つ、物を覚えた。

「いいなぁ、オレも早く乗りたいっ!」

緋色が手摺をがっちり掴んで叫ぶ。

それに対し葡萄が「体術の筆記試験は?救命措置の筆記試験は?合格したんですか?」矢継ぎ早に尋ねた。

「体術の筆記は合格したよ!救命措置はまだだけど……」

「ならそれを合格して、その後弓術クラスと槍術クラスと銃術クラスと剣術クラスの実技と筆記を合格して、それから料理クラスと危険植物クラスと……」

「あーもーいいよっ!言われなくてもわかってるからっ!」

緋色と葡萄のやり取りに、コチニールとマルーンは苦笑いだ。

「私も体術クラスの実技試験をなんとかしなければ、一向に先へ進めそうにありません……」柑子ががっくりとしながら述べる。

「うん、王子はまず試験を受ける所からだな」と、緋色。

「大丈夫です殿下、僕がついてます。だから一緒に頑張りましょう、ねっ?」

マルーンはいつものように柑子を励ました。

「うん……」

 緋色は呆れていた。柑子の体術実技の進みがものすごく遅いのはわかっていたが、マルーンも同じくまだだったとは。

「それより……」

葡萄が観客席から立ち上がる。

「なんなんですかあれはっ!」

眼鏡の彼はサーキットを走る車たちを思い切り指差した。

「何って、マゼンタとマロウ王子だろ?」今さら何をと、緋色。

「そうじゃなくて、どうしてマゼンタが先に車両クラスへ進んでいるのかってことですよっ!」

「それは……」

緋色が首を傾げると、コチニールが後を続ける。

「マゼンタもマロウ王子も剣術クラスや料理クラス、危険植物クラスの筆記と実技が合格したから」

「そういうことじゃなくてですねっ!」

葡萄は怒り狂いそうになった。

(あれほどコチニールと足並みを揃えるよう申し付けたというのにっ……!)

その瞬間、葡萄の脳裏にマゼンタの言葉が蘇った。


「コチニールの側にはいないほうがいいと思う」


キャンプ実習で、彼女が自分に対し言った台詞だ。

もうコチニールを二度と危険な目に遭わせるなと念押ししたら、彼女がそう口にしたのだった。

 葡萄は深い溜息をつく。

(やはりあなたはもう、そう決めてしまったのですか……?)

頼みの綱だったマゼンタがコチニールから離れ、紫星の王子との競争に明け暮れている。

これはいったいどうしたものか……

 紫星の王子が彼女の前に現れた時から、不穏なものを感じていた。

さらに彼女が剣術クラスで王子に負け、いや引き分けた時から、彼女の中でライバル心のようなものが芽生えたのではなかろうか。そのせいでこんなことに……

 葡萄が今誰もそれに対し答えることの出来ない問いをぐるぐる考えていると、透き通るような声が背後から響き渡った。

「皆さんお揃いで」

葡萄もコチニールたちも驚いて振り返る。

自分たちのすぐ側にある階段の上に、マロウ王子がすっと立っていた。

「えっ、えっ?」緋色が目を白黒させる。

「マロウ殿下?」

柑子が呆然と立ち上がると、マルーンやコチニールもそ自然とそれに倣った。

「今マロウ王子、サーキットで運転されて……」

コチニールがそう呟き、全員が走行する車に顔を向ける。

サーキットでは相変わらず複数の車がひたすら先頭を狙っていた。

「ああ、一足先に切り上げてきました」

「そ、そうだったんですか」と、コチニール。

緋色と柑子はマロウ王子をポカンと見上げるものの、王子は何のためらいもなく階段を降りて自分たちに近づいた。

しかし葡萄だけは彼を警戒するように身構える。勿論それはマゼンタの件があるからだ。

「ところで今度夏休みがありますが、皆さんのご予定は?」

マロウ王子が笑顔で尋ねた。

「特にない!」元気よく答える緋色。

コチニールも「うん、僕たちはそうだね。ビスタやヘンナは実家に帰るって言ってたけど」

「あ、僕も帰ります」と、マルーン。

緋色が言う。「オレたちもほんとは帰りたいけどさー」

「チョウサイ学園の夏休みは一週間だけですから、赤星に帰るわけには参りませんし」と、葡萄。

「帰ってる途中で夏休み終わっちゃうもんね」コチニールも苦笑いだ。

「そうですか。柑子殿下はいかがです?」

マロウ王子の問いかけに柑子は僅かにうつむく。

「私も一応王都に……」

「へー、そうなん?」緋色が目をぱちくりさせた。

「うん……」

コチニールは柑子王子を見つめる。

以前、柑子が打ち明けてくれた言葉が気にかかっていたからだ。


萱草(かんぞう)陛下と〝神〟が相談して、私をこの軍事学園に入学させたのだと思ったのです。王宮から離すために……」


コチニールの中に疑問が湧いた。

柑子自身が確かにそう言っていたはずだが、王都に帰ることは出来るのだろうか……と。

 するとマロウ王子が朗らかに話し始める。

「実はですね、夏休み中に王都サイエイの都へ観光に行こうと思っているのです」

「え?」コチニールと柑子の言葉が揃う。

「せっかく遠い遠い橙星(だいだいぼし)へ渡って来たのですから、学都だけではなく王都の姿も目に焼き付けておこうと思いまして」

「おー、いいじゃん!」と、緋色。

「そうですよね!」コチニールも大いに賛成だ。

紫星から遥か遠いこの橙星。マロウ王子だってこの星を目一杯楽しみたいですよね!

「なのであなた方もご一緒にどうですか?サイエイの都へ」

「えっ⁈」マロウ王子の提案にコチニールが驚く。

「マジでっ⁈」緋色は瞳を輝かせた。せっかくの夏休み、王都に旅行が出来るだなんて最高でしかない!

 反対に、葡萄は一気に不安げな表情へと変化していく。

(紫星の王子と共にサイエイの都へ行くですって……⁈)

 マロウ王子は続ける。

「はい、一人で訪れるよりも大人数のほうが楽しいと思うのです」

「一人っ⁈」コチニールがぎょっとした。

緋色もさすがに身を乗り出して、「そりゃオレたちがお供しますっ!守人(もりひと)ですからっ!」

「し、しかし……」

葡萄が言いかけるも、マロウ王子は彼を遮るように声を張り上げる。

「よかった!実は少し不安だったのです。でもあなた方が一緒なら心強いですね」

「もちろんっ!」緋色が自分の胸を拳で叩いた。

コチニールも「お任せください!」と、やはりやる気満々だ。

そんな二人とは全く違って、(どうしてこういう展開に……⁈)葡萄だけが内心冷汗を垂らした。

 その時、

「あ、あの……」

「はい?」マロウ王子が今にも消えていなくなりそうな面持ちの柑子に視線を向ける。

緋色も「どうかしたか?柑子王子」

「その、もしよろしければ、私の別荘にいらっしゃいませんか?」

「別荘っ⁈」緋色の瞳がまたもや煌めいた。

「うん……」

「しかしそちらは柑子殿下のプライベート別荘なのでは?」マロウ王子が尋ねる。

「なぬっ⁈」

さすが王子……!てか柑子王子が王子だということを時々忘れてしまっていた……!

緋色が心の中で正直な気持ちを打ち明けた。

「そうですが、私一人で使うには大きすぎるので、皆さんと一緒だと、楽しいというか、安心というか……」

その言葉を聞いた緋色は、途端に柑子の両手をガシッと握る。

「そうそうそうだよなっ!みんなと一緒だと楽しいよなっ、安心だよなっ!よし決定!みんなで柑子王子の別荘に遊びに行こうっ!」

「それは助かります、とても有意義な時間になりそうですね」と、マロウ王子。

「い、いいんですか?柑子殿下」コチニールは一応柑子王子に確認する。

「もちろんです、むしろそのほうが私も……」

言いながら柑子は下を向いた。

 やはり何かしら思うところがあるらしい。コチニールはそう察したが、柑子はすぐに顔を上げると「あ、マルーンはどうする?来る?」もう一人の友人に明るく尋ねた。

「いえ、僕は家族と予定があって……」マルーンは残念そうに答える。

「そ、そっか。じゃあまた今度」

「はい、申し訳ありません」

「ううん、いいよ、気にしないで」

 退屈な夏休みになると思っていたのが一転、思いがけない予定が入って緋色は大はしゃぎだ。マロウ王子も満足そうに微笑み、コチニールは少し困ったように笑っている。

けれども葡萄だけはやはり不安げな表情でマロウ王子を見つめていた。

(いったいこのお方は何をお考えになっているのか……)

 それぞれが思いを抱える背後のサーキットでは、マゼンタともう一人の紫星の王子が、相変わらず車の先頭を競っているとも知らずに。




 翼を広げた鳥のような形をした飛行機が離着陸している。

ここは橙星王都、サイエイの都にある飛行場の一つだ。

灰色のだだっ広い地面にいくつもの白い飛行機が到着しては客人を降ろし、かと思えば別の飛行機が人々を乗せ、また淡い橙色の空へと羽ばたいていく。

その一連の流れはひっきりなしに続けられた。朝から晩までただひたすらに、同じ動きを繰り返していく。

 飛行機の大きさはほぼ一緒だ。何百人もの乗客をここから遠くへ、はたまた橙星のどこかからこの場所へ、彼らの望む通りに移動させていった。

 しかし中には珍しく小型の飛行機も飛行していた。

形は大型のものと全く同じだが、サイズが一回りも小さい。

 今まさにその小型の一機が空から大地へと着陸し、胴体から階段状のスロープを伸ばし始める。

僅か数人の為だけに飛ばされた飛行機には、果たしてどんな客人が乗っているのか?

 真っ先に飛び出したのは、黄みの鮮やかな赤色の少年、即ち緋色だった。

緋色は相変わらずぼさぼさの長い髪に、私服の道着を着用して瞳をキラキラと輝かせる。

「うわーっ!ここがサイエイの都かーっ!」

彼が感激すると、次に続いた柑子王子が答えた。

「うん、ここが王都。私が生まれ育った都だよ」

柑子王子も学園の上着の丈を幾分短くしたような私服姿だ。

柑子の次にはマロウ王子、コチニール、マゼンタ、葡萄が続いている。

マロウ王子は襟付きのシャツにパンツ姿、コチニールと葡萄は体の前で布を重ね合わせたような服装、マゼンタは袴服で全員勿論私服だった。

「緋色、はしゃぎすぎです」葡萄が少年に釘を刺す。

だがそんな小言が彼の耳に入るわけがない。

緋色は柑子を振り返ると「なあなあ、王都には〝海〟ってヤツがあるんだろっ⁈」と、大はしゃぎで尋ねた。

「あー、海っていうか……」

どこで仕入れた情報なのか、旅行関係のガイドブックでもかじったのか、緋色は一応王都について調べていた。

「正確には湖というものに近いらしいですよ」葡萄が現地人でもないのに冷静に説明する。

「そうですね」と、穏やかに同意する柑子。

緋色はまたもや瞳を輝かせて叫ぶ。

「いいなーっ!早く入りてーっ!デッカイ水溜りっ!」

「水溜りって……」コチニールが半ば呆れた。

緋色にとってどうやら海や湖は、雨が降って水が溜まっただけの場所に近いらしい。

彼らの会話を耳にしていたマロウ王子はコチニールに尋ねる。

「ああ、赤星には海や湖は存在しないんでしたね」

「はい、そうなんです。だから緋色にとってはとても珍しいみたいで。まあ、僕たちにとっても」

「でもあそこまではしゃぎませんよ」やはり険しい表情で葡萄が釘を刺した。

眼鏡の彼の言葉にコチニールは頬を引きつらせるしかない。

 ふと、マゼンタがマロウ王子に問うた。

「紫星に海はあるのか?」

マロウが彼女を振り返る。

「ありますよ、一年中凍っていますが」

一年中……マゼンタは何とも言えない顔で二度瞬きをした。

 やがて緋色や柑子がスロープを降り始め、マロウやコチニールたちもその後に続く。

「早くっ、海にっ、入りたいーっ!」緋色がテンポよく歌えば、

「だから湖です」と、葡萄が突っ込みを入れ、

「そういえばこの星の暑さに随分慣れたね。来た時はあんなに汗だくになっていたのに」コチニールが自分たちの変化に気づき、

「ああ、いつの間にか」マゼンタが兄に同意した。

 先に地上に降りた緋色は柑子王子に尋ねる。

「で、こっからどうすりゃいいんだ?」

緋色の隣に立った柑子が周囲をきょろきょろと見回す。

「お迎えの車が飛行場まで来るって言ってたんだけど」

 その時柑子の言葉通り、一台の黒い大型車が自分たち目がけて真っ直ぐにやって来た。

車体は低いが胴の部分が異様に長く、窓の数も通常の車の倍以上ある。しかも窓ガラスは外の景色を反射して、車内の様子が全くわからない。

「あ、来た」

柑子が呟くと、その車は柑子たちの目の前で音もなく停車した。

「でっけー車っ!」緋色が思ったことを素直に口にする。

「いちいちはしゃがないでください、あなたは一応守人なんですから」と、やはり突っ込まずにはいられない葡萄。

「一応じゃなくてオレは守人っ!」

 緋色と葡萄が言い合う間にも車の運転席の扉が開き、中から一人の男が降車した。

が、彼の姿を見た瞬間、緋色、コチニール、葡萄の三人は息を吞み、マゼンタとマロウ王子に関しては冷静に彼を観察する羽目になった。

 対して柑子王子だけは「フォイーユ!」と、笑顔で彼に近づく。

「フォ、フォイーユ?」緋色が呆然と柑子の言葉を繰り返す。

「元気にしてた⁈」

柑子王子は彼を見上げて尋ねた。

 車の運転席から降りてきたその彼は、見たところ四十歳程、背が高く筋肉質でスキンヘッド、格好は首に添う襟付きの白い上着に茶色のパンツ姿で、いかにもチョウサイ軍事学園の男子生徒と同じような服装だ。ちなみに瞳は深く鮮やかな橙色をしている。

 別にこれだけなら緋色たちが驚くこともなかっただろう。彼らが驚いたのは他に理由があった。

フォイーユと呼ばれた彼の服から覗く全ての皮膚には、何やら細かな文字が書かれていた。頭部から顔全体、耳、首、手の甲から指の先まで、恐らく橙星語であろうか、黒い文字が皮膚全てを覆っていたのだ。

その文字はあまりに達筆で何と書かれているのかは読み取れないが、とにかくその見たこともない彼の姿に、緋色たちは言葉を失ったのである。

「はい、殿下も元気にお過ごしでしたでしょうか?」

フォイーユと呼ばれた彼は、深みのある声で柑子王子に穏やかに答えた。

「うん!元気だったよ!」

喜びを湛える柑子の背後で、緋色が恐る恐る尋ねる。

「あのぉ、王子?」

柑子は友人たちを振り返った。

「そちらの方は……」緋色が目をしばたたかせつつ、文字で覆われた男に視線を向ける。

「あっ、ごめん、紹介が遅れて……!」

柑子は彼に手の平を差し伸べると、

「フォイーユモルト、私のボディーガードです」と、言った。

緋色、コチニール、葡萄が呆然とする。

屈強な肉体を持つ男たちなら普段から見慣れている。けれども皮膚を文字で覆った人間など初めて見た。この凄みはいったい何なのか、やはりこの文字のせいなのか……⁈

コチニールと葡萄はゴクリと唾を飲み込み、緋色は(つ、強そう……)と心の中で呟いた。

ところがマゼンタだけは(ボディーガード。守人のようなものか?)と、冷静にフォイーユモルトを観察していた。


 飛行場を出てすぐ、車は舗装された灰色の車道を穏やかに走行した。

他にも車は走っているが決して混雑している風でもなく、道中はかなりスムーズだ。

車の外から窓を覗いた時は車内の様子が全くわからなかったが、いざ中に乗り込んでみると、窓からはちゃんと外の景色が見渡せる。

といっても現在見えるのは、左右にそびえる無機質な石壁の連なりだけだったが。

 車内の運転席と助手席を除く後部座席は、まるで一つの大きなコの字型のようになっていた。

白くスベスベとした革の座席で足元には橙色の絨毯が敷かれ、隣の人間とぶつかる隙間もないくらい広々としている。

 やはり柑子はこの星の王子だった。

乗車した時、それを緋色は大いに実感させられたが、今は別のことに興味が湧いている。

無論、運転席で車を運転する柑子のボディーガード、フォイーユモルトについてだ。

緋色の視線は如何せん、彼の頭部にびっしりと埋められた小さな文字を追いかけてしまうのだった。

「緋色、失礼ですよっ」葡萄がもう何十本目かわからない釘を少年に刺す。

「いやだってさ……!」

頭のてっぺんから指先までイレズミ入ってんだぜっ……!たぶんあの感じで行くと足の先までそうだろっ……⁈

緋色が何とかフォイーユモルトから視線を外そうと(こら)えると、柑子が朗らかに説明をする。

「ああ、あれはね、護りの呪文が彫ってあるんだよ」

「護りの呪文?」マゼンタが柑子の言葉を繰り返した。

「はい。悪いものからフォイーユの身を護ってくれるよう文字が全身に刻んであるんです」

緋色は思わず自らの両腕を抱きしめる。

「全身……」やっぱそうだよなっ……!

緋色が体を身震いさせた。

すると葡萄が申し訳なさそうに言う。

「情報としては知っていたのですが、生で拝見するのは初めてで、緋色が失礼いたしました」

「オレだけっ⁈」

「いや、僕も驚いたよ」と、コチニール。

「だろっ⁈」

マロウ王子も運転するフォイーユモルトのほうへ顔を向けて、柑子に尋ねる。

「ああいった入墨をされているお方は橙星では珍しくないのですか?」

「そうですね、カイクウの都では珍しいかもしれませんが、このサイエイの都には結構いらっしゃいますよ。お守りのようなものですから」

「お守りって……」緋色が言い淀んだ。

あんな痛そうなお守りヤダよっ……!

緋色は顔をしかめるが、柑子は笑顔で続ける。

「フォイーユは私が生まれた時から側にいてくれて、私を育て護ってくれた大切な存在なんです」

「それはつまり、家族ということか?」

マゼンタの柑子への問いに、コチニールが彼女に目を向けた。

「そうですね、私の家族です」

柑子が学園で見せる笑顔とは幾分違うような、素直な表情で微笑んだ。

彼の笑顔は、自然とコチニールにも伝染する。それはキャンプ実習で得た気づきがあったからこそ、だったのかもしれない。

家族は、家族と呼べる人は、既に自分のすぐ側にいたのだ。

 ふと、葡萄が窓の外を見て何かに気がついた。

「あ、湖が見えてきましたよ」

「マジっ⁈」緋色も窓の外に視線をやる。

 車窓に見えたのは、確かにだだっ広い水溜まりだった。

視界の半分から下を、淡い橙色の水がどこまでも覆っている。

「わーっ!これが海かーっ!」

緋色が車内で叫ぶと、すかさず葡萄が突っ込んだ。

「だから湖ですっ」




















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