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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
橙の章
112/130

第111話 診断結果


 ヘンナがキャンプ場の管理小屋から連れてくるのは、衛生部教師の檜皮(ひわだ)だけだと思っていた。

なのに彼の後ろに、教師のチェスナットまでもがぴったりとくっついている。

これはいったいどうしたことか?

彼はコチニールの実母であるカメリアの現在の夫であり、マゼンタを調べるためにコチニールとカメリアを利用したとんでもない教師だ。

他の生徒や教師からの評価は高いらしいが、マゼンタにとっては鼻持ちならないいかさま教師以外の何物でもない。

コチニールはまさか彼が妹マゼンタを調べるために自分や母を利用した、なんてことは知る由もないが、家族を深く思う彼にとってチェスナットは何とも言い難い存在で、どう接していいのか未だわからない。

そういうわけでコチニールもマゼンタも、最後尾から姿を現したチェスナットをただただじっと見つめるしかなかった。

その間にも緋色(ひいろ)、マロウ、ヘンナの三人がビスタの側にやって来る。

「ビスタっ!」ヘンナが発疹した大男に駆け寄った。

「大丈夫かっ⁈って……」

緋色は言いかけたが、三人は一時啞然とする。

なぜかマゼンタがビスタの襟に掴みかかっている謎の光景を目の当たりにしたせいだった。

「おまえ何やってんのっ⁈ケンカでもしてたのっ⁈」緋色がマゼンタに尋ねる。

「は?」

「その手っ!」

「ああ」

緋色に指摘され、マゼンタはビスタの襟から手を放した。

その隙に、教師の檜皮とチェスナットもこの場に追いついた。

檜皮が息切れしながら言う。

「どれどれっ?診せてもらおうかなっ」

チェスナットもビスタの正面に回った。

しかしビスタの真ん前に陣取っているマゼンタも、彼女の後ろに立つコチニールも、チェスナットを凝視したまま動く気配はない。

「あの、いいですか?」

檜皮が戸惑ったようにマゼンタに声を掛ける。

緋色もさすがに首を傾げた。「マゼンタ?」

檜皮と緋色に言われてマゼンタは立ち上がり、後ろに立っていたコチニールもさらに後方へと下がる。

立ち上がったマゼンタはコチニールの隣に控えた。無論チェスナットを睨みながら。

その視線に気づいたチェスナットは、一瞬だけ彼女に微笑んだ。

(いけ好かない、本当にいけ好かない。今後コチニールには近づくなと言ったはずなのに……!)

奥歯を噛みしめたくなる衝動をマゼンタは必死に抑えた。

けれどもその行動をやはり密かに観察している者がいた。彼、即ち紫星(むらさきぼし)の王子はマゼンタやコチニールがチェスナットに対して何らかの苦々しい思いを抱えていることに、しっかりと気づいたのだった。

さらには恐らく事情をある程度把握しているであろう葡萄(えび)も、コチニールとマゼンタを心配そうに見つめていた。

 そんな攻防が繰り広げられているとは夢にも思わない緋色は、焚火の近くに立つ柑子(こうじ)王子とマルーンに近寄って状況を尋ねる。

「なんかあったのか?」

「もう少しでマゼンタさんがビスタを殴りまくるところだったんだ……」

マルーンが力なく答えた。

「え゛っ、何それ……」

緋色が啞然とする間にも、ビスタの前に片膝をついた檜皮が診察を始め、その両脇を固めるようにチェスナットとヘンナも膝をつく。

「ビスタぁ、もう大丈夫だ、先生が来てくれたからなぁっ……!」

ラセットが親友に声を掛けるも、ビスタはすっかり放心状態だ。

檜皮はそんな彼の顔を持参したランタンで照らし、手や足首も診ていく。

居ても立っても居られないヘンナが、新人教師に診断結果を促した。

「どうですか、先生……!」

「うん、そうだね、これは……」

その時、ビスタが檜皮を遮って言う。

「俺はもう終わりだ……」

「え?」教師たちとヘンナの声が重なった。

「もう全身の感覚がない……痒みもないし……俺はあっちへ召されるんだ……」

大男の文言を聞いた教師とヘンナがポカンとする。

「えっと」と、檜皮。

チェスナットも「はい?」

ヘンナは当然「あんた何言って……」

教師らの後ろに立ったマゼンタが溜息をついた。

「だってそうなんだろっ⁈こんなに全身に発疹が出て、俺はもう死んじまうんだっ!」

「ビスタあああああっ!」ラセットが泣きながら親友に抱きつく。

目の前の生徒たちのやり取りに、教師陣は言葉が出ない。

「ほらっ、そうなんだろっ⁈正直に言えよっ!」

「だから……」檜皮が言いかけるが、またもやビスタが遮る。

「先生も何も言えねえじゃねえかっ!やっぱり俺は死ぬんだーっ!」

ビスタの瞳から大粒の涙が溢れ出た。

彼の正面に膝をつく教師たちは呆然とするしかない。

いったいこの子は何を言っているのか?

彼らの様子を焚火の側で見ていた緋色がポツリと呟く。

「何これ」

すると隣に立つ柑子王子までもが涙を流して言った。

「ビスタっ……!忘れませんっ、あなたのことはっ……!」

「ええっ⁈なんで王子までっ⁈」

緋色が柑子王子に仰天し、彼らの近くに立つマロウ王子に関しては何とも言えない表情でビスタを眺めている。

ビスタは泣きながら告げた。

「いいんだ、でももういいんだ、短い生涯だったけど、でも、それなりに楽しかったし、ラセットとも、おまえらとも出逢えたし、けど……もっとやりたいこと、いっぱいあったんだぞっ!」

「ビスタああああっ!」

涙と鼻水に覆われた顔で、ラセットが親友をきつく抱きしめる。

「あのー……」

檜皮が言いかけるも、当の本人らは全く耳を貸さずにえんえんと泣き続けた。

ところが、

「何言ってんのっ!死ぬっ⁈んなこたあるワケないでしょっ!」

その場に思い切り立ち上がったヘンナがビスタとラセットに唾を飛ばした。

瞬間、両名がぐしゃぐしゃに濡れた目をパチパチとさせる。

「いや、だって……」と、ビスタ。

「先生っ!」ヘンナが檜皮を見下ろして叫んだ。

檜皮は一息つくと、

「うん、ここに来るまでの間にヘンナさんから症状は聞いてきたけど、ただの植物によるかぶれだと思うよ」笑顔で彼に診断を下した。

「へ……」ビスタの声がかすれる。

ラセットも「かぶれ……?」

「でもこんな手も、足まで、全身に……!」ビスタが袖を大きくまくって見せた。

確かに彼の腕中に丸い発疹が広がっている。

「そういう植物も存在するんだよ。体の一箇所に触れるだけで全身に発疹と痒みが出るっていう」檜皮が冷静に解説した。

「で、でも、さっきまで全身の感覚が……!って、あれ?」

ビスタが自らの右手を見下ろすと、手はちゃんと命令通りに握ったり開いたりすることが出来る。さっきまでは確かに出来なかったはずなのに……⁈

「うん、それはね」檜皮が言いかけると、ヘンナの怒号が飛んだ。

「ただのパニック状態だボケがっ!」

「なっ……⁈」

「だから明日キャンプが終わったら病院に行って診てもらったほうがいいね、そして薬も処方してもらおう。まあ痒みが治まってるみたいだからその必要もないかもしれないけど。発疹は明日になれば落ち着くと思うし、二、三日で完全に消えるんじゃないかな」

一応教師としての責務を果たすように、檜皮は告げた。

「け、けどっ、危険植物の授業で、触っただけで死に至る植物もあるって、その薬は今も開発されてないって、だから……!」

ビスタはうろ覚えの記憶を引っ張り出して檜皮に突っかかる。

それを聞いた相手は「あー、それは」と、苦笑いで隣のチェスナットに目配せをした。

チェスナットは檜皮の視線を受け取ると、新人教師の台詞を継いだ。

「確かにそういった植物はジャングルの中に存在するけど、まさかそんな死に至る程の危険なものがある場所に生徒たちだけでキャンプをさせるわけがないだろう?」

ビスタとラセットの顎ががくんと落ちる。

緋色、柑子、マルーン、マロウはビスタらに背を向けて焚火に当たり始めた。

「なんだか冷えましたね」マロウ王子が言う。

「そうですね」柑子王子も同意し、

「お茶を入れましょうか」マルーンが提案し、

「てゆーかマゼンタ、ビスタボコボコにしてよかったんじゃない?」緋色がとどめを刺した。

 マゼンタとコチニールはというと、緋色たちの側に立ってはいたが、彼らとは違ってチェスナットの後姿をひたすら見下ろしていた。

チェスナットは心から安堵したビスタに、穏やかに笑いかけている。その笑みは全ての生徒や教師を魅了する慈愛に溢れたものだった。

誰からも好かれ、誰からも人気で、非の打ち所がない完璧な教師……

マゼンタとコチニールは各々違った思いでチェスナットを見下ろしていたが、二人の側に立つ葡萄は、彼らを心配とも不安とも呼べる眼差しで見守っていた。

「それよりも」立ち上がったチェスナットが振り返る。

「あれは何なのか説明してもらえるかな?」

「え?」檜皮はチェスナットの視線の先を見た。

焚火の脇のほう、ここに来た時はビスタに真っ先に目が行って気づかなかったが、何やら異様に巨大な長細い物体が横たわっている。

それは一瞬丸太のようにも見えたが、決してそうではない。

灰色で、ごつごつとして、先端が細くて……

「わっ……‼」

その正体に気づいた檜皮は、その場で腰を抜かしてしまった。


 それから地面に座り込んだビスタにラセットが付き添い、檜皮とヘンナは一応彼の経過観察をした。

何事もないだろうとは思うが、まさに何も起こらない。

ビスタとラセットはすっかり安心しきってしまって、妙に落ち着いている。これで一件落着のようだ。

彼ら以外のメンバーは食事の後片づけをして、食器を洗ったり拭いたりするのに忙しい。

けれども正確には全員が片づけに従事したわけではなかった。

マゼンタだけは教師チェスナットに呼び出され、自身が昼間捕まえたワニの前に立たされていたのだ。

彼女は先程からチェスナットによってあれやこれや尋問を受け、兄コチニールは皿を拭きながら妹を心配そうに窺っていた。

「マゼンタ、大丈夫かな……」

「なんで?」緋色がきょとんとした顔で尋ねる。

「だって……」

「川には行くなと言われていたのに、あんな大きなワニを捕まえてきちゃいましたしね」マルーンが丁寧に説明を加えた。

その言葉に柑子王子は皿を洗いながらビクッと身を震わせる。まだワニの脅威に怯えているらしい。

「え、ダメ?」緋色はきょとんとしたまま尚も尋ねる。

「ダメに決まってるよ、危ないものっ……!」と、マルーン。

「そか?マゼンタなら余裕じゃね?」

「たとえそうだとしてもだよっ」

「ふーん、決まり事ってめんどくさー」

「もう、緋色ってば」

マルーンが少年に呆れていると、葡萄が冷たく言い放った。

「自業自得です」

コチニールがその声音に思わず振り向く。

眼鏡の彼は皿を拭きながら、チェスナットに尋問されるマゼンタを見つめていた。

「決まり事を破ったのですから」

「なんか、葡萄、マゼンタに冷たい……」コチニールは彼に言った。

「そういうわけでは」

「夕食前、マゼンタとテントの裏で何か話してたでしょ?なんの話してたの?」

「大したことではありません」

「ほんと?」

「ええ、だからどうぞお気になさらず」

葡萄はいつになく大きな音を立てて拭き終えた皿を重ねていく。

その様子にコチニールが溜息をついた。

(絶対に何かあった……)

キッチンの洗い場に妙な空気が漂う。

その空気を、紫星の王子だけは皿を拭きつつ、俯瞰するように一人眺めていた。

 一方、マゼンタは自身の隣に立つチェスナットと攻防戦を繰り広げていた。

彼女がいかさま教師を見上げて言い放つ。

「もう二度と、コチニールには近づくなと言ったはずだが」

対してチェスナットも負けてはいない。

「それよりこのワニはいったいどこで捕まえてきたんですか?」

けれど彼女も正直に答える気はさらさらない。

「コチニールだけじゃない、私や葡萄にも今後一切近づくな」

「川には絶対に行かないでくださいとキャンプの前に言いましたよね」

「私たちもおまえには近寄らない。だから私たちの前に二度と現れるな」

「〝おまえ〟って……」チェスナットは呆れ果てる。「私は教師で君は一応生徒でしょう?」

「教師?人のことをこそこそ調べたり、そのために生徒を陥れたり、自分の妻を利用したり、それが教師のすることなのか?」

彼女の剣幕にチェスナットが溜息を漏らす。

「おまえは教師なんかじゃない。問題のある生徒や危険を孕む生徒、はたまた特別な生徒、特異な生徒を監視するのがおまえの本当の仕事なんじゃないのか?例えば守人(もりひと)であるコチニールや葡萄や私や緋色、例えば柑子やマロウのような生徒を、違うか?」

何が可笑しいのか、チェスナットはふっと微笑んだ。

「随分と想像力が豊かですね」

「とにかく、私たちは今後一切おまえには関わらない。だからおまえも私たちを放っておいてくれ」

今一度念を押すと、マゼンタは洗い場のコチニールたちのほうへ向かおうとする。

だが彼女を足止めする言葉が背中から降ってきた。

「それは無理な相談です」

彼女は思わず動きを止めた。

「あなたならこの言葉の意味がおわかりなのでは?」

マゼンタが無意識に拳を握りしめる。

そう、こいつは……

「よかったです、ご理解いただけて」

チェスナットは彼女の背中に微笑みかけたが、相手はそのまま洗い場へと歩き始めた。

言い返したいことは山のようにある。でもそれを言った所で後の祭りだ。よほどの天変地異がない限り、この決定は覆せない。

彼女は全身に怒りを湛えながら、大地を踏みしめた。

「にしても」

その場に残されたチェスナットは、目の前に横たわる巨大な生物に顔を向ける。

「このワニ、いったいどうしようか」



 夜も更けた野営地では燃え盛っていた焚火の火がくすぶって、それまで騒ぎ立てていた生徒たちも今は二つのテントの中にすっぽりと収まっている。

片方のテントにはマゼンタ、コチニール、葡萄、ヘンナ、マロウの五人が入り、もう片方のテントには緋色、柑子、マルーン、ビスタ、ラセットが入ることになった。

ビスタの状態はまだ発疹は出ているもののすっかり落ち着いて、教師陣は無論キャンプ場の管理小屋へと引き返している。

 マゼンタらが眠るテントでは、一つ一つの寝袋にそれぞれが入って、皆一見すやすやと寝息を立てているように見えた。

しかしとある生徒がふと目を開けると、上体を起こして周囲を確認し、四つん這いのままテントの出口へと向かったのだ。

そして彼は立ち上がり、外へと出て行ってしまった。真っ暗な、密林の中へ、たった一人で。

 ただし彼は何も遠くへ行ったわけではない。テントの側に横たわる倒木に腰を掛け、ぼんやり夜空を見上げていたのだ。

 そこへ彼の背後から声が響く。

「一人で出歩いたら危ないぞ」

「マゼンタ……⁈」

コチニールが振り返ると、テントの前に妹が立っていた。

「しーっ」

彼女は人差し指を口の前に当てて、兄に近づく。

「ごめん、起こしちゃったね」

「いや、大丈夫だ」

そう言ってマゼンタはコチニールの隣に座った。

黒く深みを増した森の奥に、数え切れないほどの星々が浮かんでいる。

その中にはひときわ大きく輝く赤色の星と黄色の星も、共に瞬いていた。

「ねえ?」

夜空を見上げながらコチニールが話しかける。

「なんだ」

「マゼンタは自分の本当の家族に会ってみたいと思わない?」

彼女は思わず空から視線を落とした。

「自分の本当の家族がどんな人たちなのか、知りたいと思わない?」

兄の素朴な疑問だ。そこに悪意は全くもって存在しない。

それでもマゼンタはしんとした森の中をひたすら見つめた。

本当の、家族……

コチニールはずっと思っていたのだ。この星に来る前から、宇宙船の中でも、赤星(あかほし)紅国(くれないこく)にいた時も。

マゼンタにはマゼンタの本当の家族がいる。なのにこのまま僕たちの側にいさせてしまっていいのだろうか。赤星紅国守人クリムスン家の一員にさせてしまって、本当にいいのだろうか、と……

「私は」

コチニールはマゼンタに顔を向ける。

「私の親はクリムスンただ一人だ」

「え……?」

「そして家族はコチニールと、カーマインと、葡萄と、家のみんなと、緋色たち茜色(あかねいろ)家だ」

その瞬間、コチニールの瞳が大きく見開かれた。

父クリムスン、弟カーマイン、葡萄にマゼンタ、緋色にワイン、ボルドー、クリムスン家の男たち全員の顔があっという間に思い浮かんだ。

「はっ……!」

目頭が急に熱くなる。

なんだ、そうか……僕には父上が、カーマインが、葡萄が、マゼンタが、緋色が、家のみんながいるじゃないか……母上がいなくても、みんながいるじゃないか……最初から、僕にはみんながいたんだ……!

コチニールは目元にこみ上げた液体を拭った。

ただ純粋に湧いた疑問をマゼンタに投げかけたつもりが、まさか自分が真実に気づかされるだなんて……!

「大丈夫か?」

妹が兄に尋ねる。

「泣いてない、僕は泣いてなんかいないからねっ……!」

コチニールは勢いよく夜空を見上げた。

「ああ、そうだな」

彼女も彼と同じ行動を取った。

 その二人の後姿を、テントの入口に立った葡萄が疲れたように微笑みながら見守っている。

やれやれ、この一件はこれで何とか終幕を迎えられただろうか。

彼がそう思う背後でもう一人、事の成り行きを見守っている男がいた。

無論、紫星のマロウ王子である。

彼はテントの中で上体を僅かに起こしながら、葡萄とその奥の兄妹を無表情で眺めていた。


 対してもう一方のテントでは、緋色が有り得ない寝相の悪さで爆睡し、マルーンとラセットは寝袋の中ですやすやと眠り、顔を腫らしたビスタは未だ痒みの残る頬を搔きながらいびきをかいていた。

ただ一人、柑子だけは横になってはいるものの、瞼をこれでもかと開いて身を震わせていたのだが。

(よ、よく皆さん、こ、この状況で、ね、眠れますねっ……!)

 柑子は言わずもがな橙星(だいだいぼし)第一王子。

外で眠ることはおろか、テントに入ったのも寝袋に入ったのも人生初である。

寝袋に包まれているとはいえ、寝心地は決していいものではないし、友人に囲まれているとはいえ、幼少期から一人で夜を過ごしてきた彼にとって、雑魚寝など夢のまた夢の出来事だ。

危険な動物から身を守ってくれる仲間が側にいてくれるのは本当にありがたい限りではあるが、眠るとなると話はまた違ってくる。

 その時、テントの外で小さな物音がした。まるで細い枝がパキッと折れるような……

しかし柑子にはその僅かな物音で充分だった。

彼は「ひゃっ!」と上体を起こすと、必死に辺りを見回す。

テントの中に異変はない。

異変はないが、仲間たちは当然音に気づくこともなく、ぐっすり眠ったままだ。

柑子は自分の隣で寝袋から飛び出し、大の字になっている緋色の肩を揺さぶった。

「ひ、緋色、い、今外で、物音がっ……」

「んぁ……」

寝ぼけまなこの緋色は、自分の肩を揺さぶる柑子の腕をおもむろに掴んだ。


 やがて片方のテントから、体術の技を決められた柑子の悲鳴が聞こえてきたのは、紛れもない事実だった。




















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