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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
橙の章
111/130

第110話 勃発


 「え?」

テントの裏で葡萄(えび)と向かい合ったマゼンタは、声を漏らした。

眼鏡の彼は続ける。

「〝コチニールをよろしく頼みます〟と言いましたよね……⁈」

「ああ」

「それがどうしてあんなことに……⁈」

葡萄の脳裏に、彼女が巨大なワニを抱えて野営地に戻ってきた光景が浮かんだ。あってはならない、あり得るはずのない光景が。

「あれを捕まえたということは、行ってはいけないと釘を刺されていた川に行ったのでしょう⁈まさかコチニールから行こうと言い出すはずがありません!だとしたら、あなたが誘い出したのでは⁈それともたまたま川に辿り着いてたまたまワニを見つけてたまたま捕まえたとでも言うんですかっ⁈」

「いや、私が大物を捕まえるために誘ったんだ」

葡萄の右手が自らの両目を一瞬手で覆う。

やはりそんなことだろうと思った、とでも言いたげだ。

「どうしてそんなことを……⁈コチニールの身に何かあったらどうするつもりだったんですかっ……⁈」

「コチニールにはなんの問題もない。私が一緒にいたのだから」

「そういうことを言っているのではなくてですね……!」

葡萄が言いたいことはわかる。なぜ大物を捕まえるために危険を冒してまでコチニールを川へ連れて行ったのか、それが知りたいのだ。だから彼女はその理由を述べようと口を開いた。

「なぜ私が大物を捕まえるために川へ誘ったかというと……」

だが、そこから先が続かない。

なぜ……なぜだろう……

瞬間、今度はマゼンタの脳にとある台詞が響いた。


「大物獲って参りますよ」


それは紫星(むらさきぼし)の王子の言葉だった。

彼が狩りに出る前に言った言葉……

赤紫色の少女は目の前の一点をじっと見つめた。

「とにかく、もう今後一切、コチニールを危険な目に遭わせるようなことは絶対にしないでください。たとえそれをコチニール自身が望んだとしてもです。いいですか?わかりましたねっ?」

葡萄は自分の言いたいことを言い切ると、さっさとメンバーたちのいるキッチンへ戻ろうとする。

「だったら」

「はい?」

彼が戻ろうとした足を止めてマゼンタを振り返った。

相手は自分を真っ直ぐに見上げてこう言った。

「私はもう、コチニールの側にはいないほうがいいのかもしれない」

「は……?」

葡萄の思考が一時停止する。今何と……?

彼女は続けた。

「これ以上、コチニールを危険な目に遭わせないために」

「な、何を言って……?」

「私がコチニールの側にいると、かえって危険なことに巻き込んでしまう気がする。だから、それならもう、コチニールの側にはいないほうがいいと思う」

思いもよらない彼女の言葉に、葡萄の脳がしばらくの間固まったのは言うまでもない。


 同時刻、キャンプ場の入口にある小さな木造の管理小屋には、数人の生徒たちが出入りしていた。

管理小屋と言っても扉を開けてすぐ右側に一段高くなった板の間があり、左側には四人掛けのテーブルと椅子、その奥にこじんまりしたキッチンが備え付けられているだけの空間だ。

右側の板の間は本来寝袋を敷いて眠るための場所なのだろうが、今は生徒たちが先頭に座る衛生部新人教師檜皮(ひわだ)に列をなしている。彼は次から次へとやって来る生徒たちの対応に追われていた。

左側奥のキッチンでは、二つのコンロに各々鍋を置いて中身をお玉で掻き回す丁字茶(ちょうじちゃ)とチェスナットの姿があった。

「う~ん、みんなには悪いけど、文明の利器万歳っ!」

丁子茶が茶色い汁物を掻き回して言う。

「そうですね、本当にありがたいです」チェスナットも彼に同意した。

「まったく、火をおこして獲物を素手で捕まえて一からさばいて食べるだなんて、やってらんないわよそんなことっ」

チェスナットは苦笑いで答える。「それを言ったら身も蓋もないんじゃ……」

「いいのよっ、あっ、でも今のはここだけの話よっ」

「はい」

 そこへまた、数人の生徒たちが小屋の扉を開けた。彼らは別の生徒の手首に包帯を巻いていた檜皮の元へ近づく。

丁字茶とチェスナットは、そんな彼らを鍋を搔き回しつつ振り返っていた。

「今年もまた続々と出現してきたわね、怪我人」

「ええ、でも今の所軽いもので済んでいるようですが。火傷とか切り傷とか捻挫とか」

「重症じゃないのが救いね」

丁字茶とチェスナットは彼らに背を向けて、自分たちの鍋に向き直る。

「けどこの森には危険な植物や動物が数え切れないほどいっぱいいるじゃないですか。だったら檜皮先生だけじゃなくて空五倍子(うつぶし)先生にも来ていただいたほうがよかったのでは?ご専門ですよね?」

チェスナットが丁子茶に尋ねると、彼は吐き捨てるように言った。

「あの女がこんなとこに来るわけないでしょ」

「そうなんですか?」

「そーよっ、生徒に教えを授けるなんてとんでもない、やりたいのは自分の研究に没頭することのみっ。危険植物の授業だって学長から推薦されていやいや承諾したんだからっ」

「へえ、そうだったんですか……」

やはり丁子茶は情報通だ。自分が調べるより彼に聞いたほうが答えが早い。

その信憑性は確認する必要があるが……


 チェスナットが管理小屋でそんなことを思っている頃、野営地で調理を終えたマゼンタたち全員は、焚火を囲んで座り食事を始めていた。

辺りはすっかり闇に包まれているが、焚火のおかげで光源は確保出来る。焚火にはぐつぐつと煮立った大鍋がぶら下げられ、周囲には串に刺した肉が何本も炙ってあった。

大男のビスタはその串刺しを手に持ち、充分に火の通った肉をひたすら凝視している。

「なんで鹿……」

彼が疑問を呈すると、隣に座ったラセットがまた慰めるようにビスタの肩に手を置いた。

 そのラセットの右隣に座る柑子(こうじ)王子は、小さな丸い容器を両手で持ち、中身をじっと見下ろしている。

容器の中身はスープだった。即ち、今目の前で焚火にくべてある鍋の中身である。

その正体は言わずもがな、細かく切り刻まれた鹿を煮たものだ。

(鹿……でもこれはマロウ殿下が獲ってきてくださった、大切なものだし……)

柑子はしばし容器の中身を見つめ続ける。

生まれてからほんの数カ月前まで、基本的には豪華な宮廷料理を食してきた。

食材は一流、食事を作ってくれる職人も一流、器も全てが一流……当然だ、自分は橙星(だいだいぼし)の第一王子なのだから。

でも、わけあって軍事学園に通うことになって、学食の味にやっと慣れたと思ったら、今度は自分たちで捕まえた動物をさばいて食べることになろうとは……実際柑子は自分で捕まえてもさばいてもいないのだが。

柑子王子は色々と思いを巡らせながらも、恐る恐るカップに口をつけて容器を傾ける。

その瞬間、王子の瞳がきらめいた。

味付けはいたってシンプルながら、何とも言えない旨みが全身を駆け巡る。

これが鹿の味……⁈

柑子はカップに口をつけたまま、ゴクゴクと中身の液体を飲み込んでいった。

 柑子が鹿の味を初めて知ったその隣で、マルーン、ヘンナ、コチニールは串に刺した鹿肉をパクパクと頬張っていた。

「うーん、我ながら最高に上手く出来たわっ!」ヘンナが肉を嚙みしめる。

マルーンも「はい、とても美味しいです、鹿肉!」

「これも全てマロウ殿下のおかげですね!」

そう言ってコチニールが焚火の向かい側に座る紫星の王子を称えた。

紫星の王子は「皆さんに喜んでいただけて光栄です」スープの入ったカップを持って微笑み返す。

しかし、彼自身は一向にその器に口をつけようとはしない。

「あの、殿下は食べないんですか?お肉」

コチニールは素朴な疑問をマロウ王子に投げかけた。

「ああ、私はちょっとお腹がいっぱいで」

「そ、そうですか」

ふと、コチニールは自分のすぐ側から視線を感じてそちらに顔を向けた。

ヘンナが何か言いたげな表情で自分を凝視している。

(だから言ったじゃん、マロウ王子は橙星の食べ物を食べないって)ヘンナが心の中でコチニールに言った。

それに対しコチニールは微かに首を横に振る。

(きっと何か理由があるんだよ)

コチニールが相手に届くかどうかは別としてヘンナに心の中で告げると、焚火の向かい側に座った緋色(ひいろ)が肉をガツガツ口に放りながら提案する。

「明日はオレのイノシシ肉にしない?鹿肉も美味しいけど、イノシシも食べてみたいじゃん?」

「何言ってんの、さっきさばいた鹿肉がまだ大量に残ってるでしょ?だから明日の朝もそれよ」と、ヘンナ。

「ええーっ⁈」

「食べ物は粗末にしてはいけないです」マルーンもヘンナに賛成だ。

「そりゃそうだけどっ」

緋色がヘンナに粘るのを眺めていたコチニールは、不意に隣に座るマゼンタとその奥の葡萄に目が行った。

妹のマゼンタは黙々と鹿肉を口に運んでいるが、葡萄は串を持ったまま手が止まってしまっている。その視線はぼんやりと焚火を眺めたまま、意識はどこかへ飛んでいるようだった。

「葡萄、どうかした?」

コチニールの言葉に眼鏡の彼は我に返った。

「はい?あ、いえ、別に」

「そう?なんだか食欲がないみたいだけど」

「いえ、そういうわけでは……」

「ならいいんだけど」

さっきマゼンタと話してた時、何かあったのかな……

コチニールの脳裏に食事前の彼らのやり取りが流れる。

葡萄がマゼンタをテント裏に連れ出した後から、彼の様子がどことなくおかしい。

また心配の種でも一つ増えたのか、しきりに何かを悶々と考えては落ち込み考えては落ち込みを繰り返しているようだった。

コチニールが葡萄からマゼンタに視線を移すと、彼女はいつも通りの無表情で串刺しの肉をむしゃむしゃとたいらげている。

対して葡萄はというと、また肉には口をつけずパチパチと燃え盛る炎をただ眺めていた。

(マゼンタからまさかあんな言葉を聞かされるとは……)

眼鏡の彼の中に、彼女の言葉が何度もこだましていた。


「コチニールの側にはいないほうがいいと思う」


葡萄は大きな溜息をついた。

今まで、マゼンタはコチニールの側にいて、彼を一生懸命護ってくれる頼もしい存在だと思っていたし、そう期待もしていたし、それが当前だとも思っていた。

コチニールは赤星(あかほし)紅国(くれないこく)守人(もりひと)一族クリムスン家跡取りで、自分たちにとっては誰よりも何よりも大切な、絶対に危険から護らねばならない人間なのだから。

それだのに、まさかそれを覆すような台詞を彼女から聞かされるとは……

葡萄が再度大きな溜息を漏らすと、その彼を紫星の王子が焚火の奥から密かに見つめていた。

「ところでこのワニどうすんの?」

ラセットの言葉に全員が暗闇に横たわるワニを振り返る。

ワニはよほどマゼンタにこてんこてんにされたらしく、この野営地に来てから一度たりとも動く気配を見せない。

「学園の厨房に持ってきゃいいんじゃねえか?ついでにイノシシも(・・・・・)なっ」

ビスタが絆創膏を貼った頬を指で掻きながら、嫌みったらしく吐き捨てた。昼間ちょっと切り傷を負った頬がなぜかやけに痒い。

「そうね、学食ではよく出てくる定番メニューだし……って」ヘンナの瞼が突然大きく持ち上がる。

「ビスタ、あんた、どうしたのっ⁈」

「は?」

ヘンナの声にメンバー全員がビスタに注目した。

「あれっ、どーしたそれ?」緋色が肉を咀嚼しながら言う。

「何が?」

「ビ、ビスタ、それ……」ラセットの声が急に震え出す。

「な、なんだよ……?」

コチニールも心配そうに「大丈夫……?」

「だから何がだよっ⁈」

全く気づいていない当の本人にヘンナが叫ぶ。「あんたの顔、めっちゃ腫れてるわよっ!」

「えっ⁈」

ビスタは自分の顔に両手を当てた。

が、よくはわからず、その両手を下ろして手の平を見下ろす。

手の平、どころではなかった。手の平も表側も硬貨一枚程はある丸い発疹が、そこかしこに広がっていたのだ。

「わっ⁈なんだこりゃっ⁈」

「ちょっと待って……!」ヘンナが即立ち上がると、ビスタの目の前にしゃがんだ。

「ビ、ビスタ、大丈夫かっ……⁈」隣に座るラセットが身を乗り出す。

「お、俺、どうなって……⁈」

ビスタ、ラセット、ヘンナ以外のメンバーも立ち上がって、ヘンナの背後からビスタを覗き込んだ。

「わっ、ビスタ……⁈」柑子から思わず悲痛な声が漏れる。

「柑子殿下、これは見ないほうが……!」マルーンが柑子とビスタの間に入った。

「ちょっ、なんだそれっ⁈」マルーンの行動にビスタがキレる。

ヘンナがビスタに尋ねた。

「あんたさ、体なんともないの……⁈」

「体っ⁈そういやさっきからめっちゃ痒……」

言いながら大男は自分の足首に視線を落とす。

制服の裾と靴の間、僅かに覗いた足首にも丸く大きな発疹が広がっていた。

「わっ⁈ここまで発疹が⁈」

ビスタの瞳が左右に細かく震え始めた。

これは、いったい、なんだ……⁈

彼の手足や首元を観察していたヘンナが告げる。

「どうやら全身に広がってるみたいね……!」

「全身……⁈」

ビスタが息を吞んだ。

全身の、発疹だと……⁈

「ビスタあぁっ!痛いかっ痛いのかあっ⁈」隣に座るラセットが涙目で友人を心配する。

「痛みはないが、でも、あ、なんか……クラクラしてきた……」

「ええっ?」ヘンナが目を見開く。

コチニールも「ビ、ビスタ……?」

「ちょ、マジ……⁈」緋色も目をぱちくりとさせた。

「俺、どうなるんだ……?どうなっちまうんだ……?」

呆然とするビスタを見たヘンナが颯爽と立ち上がる。

「このままじゃ埒が明かないわ。あたし先生呼んでくる」

彼女の言葉に柑子が耳を疑った。

「よ、夜の森を歩いて、管理小屋まで行くというんですかっ……⁈」

「仕方ないでしょ、それしか方法がないんだからっ」

「ヘンナさん……!」勇気がおありでっ……!

柑子王子は内心ものすごく感心していた。

「なら私が一緒について参ります」

「え?」

今度耳を疑ったのはヘンナのほうだった。

「ヘンナさんお一人では危険ですから」

橙星の柑子王子、ではなく、紫星のマロウ王子が微笑みながら答えた。

「そうしてもらうと助かるわ」ヘンナはほっとしながら言った。

さすがに夜の森を一人で出歩くつもりはない。誰でもいいから強そうな仲間についてきてほしいとは思っていたものの、まさか手を挙げたのが紫星の王子様とは。

その時、さらにもう一人が名乗りを上げた。

「ならオレも行くよ!」

「緋色……!」コチニールが目をしばたたかせる。

「マロウ王子だけについてってもらうわけにはいかないだろっ、守人として」

「そ、そうだね」

緋色が一番守人らしい。

コチニールは苦笑いで思った。

 彼らのやり取りを、特に紫星の王子を、マゼンタはじっと眺めていた。

何を考えているのか、いつも通りの無表情で心の中は全く読めないが、葡萄はビスタのことよりも彼女のことを不安に思いながら見つめていた。


 ヘンナ、マロウ王子、緋色の三人が森の中に入って、しばし時が経った。

野営地では焚火がパチパチと大きく燃え盛り、闇夜から彼女たちを大いに救い出している。

だがその傍らで大男が大地に座り込み、子供の時からの親友が彼の隣に膝をついて、共に激しくうろたえていた。

「お、俺、どうなってるんだ……?どうなっちまうんだ……?」

「ビスタぁ、気をしっかり持つんだぁっ……!」

ラセットはともかく、ビスタのこんな姿など見たことがない。

予想だにしないことが起きると、例え大男でもこんなに脆くなってしまうものなのだろうか。

 マルーンによって焚火の近くに(いざな)われた柑子王子は、心配そうに何度もビスタを振り向いた。

顔も、首も、手も、足首からも大きな丸い発疹が覗いている。

体育祭でビスタとペアを組んで、仲良くなって、それから授業やイベントで一緒にいることが多くなって、なのに、こんな、こんなことになるだなんて……!

柑子王子は思わず両手の拳を握りしめた。

 すると焚火の前に立っていたマゼンタが、ビスタの前にしゃがみ込んで問うた。

「痛みはないんだろ?」

「あ、ああ……」大男は虚ろな目で彼女を見た。

「痒みだけなんだろ?」

「ああ……」

コチニールと葡萄も、ビスタの様子を見にマゼンタの背後に立つ。

彼女は大男に淡々と言った。

「なら大丈夫じゃないか?」

「っておいーっ!おまえ自分がなってないからってテキトーなっ!」

「だって……」

言いかける妹に兄コチニールが一応助言する。

「マゼンタ、専門的な判断は先生に任せたほうが……」

「そうですよ、我々が勝手に判断するのは危険です」葡萄もコチニールの肩を持った。

マゼンタは振り返ってその葡萄を見上げる。葡萄も彼女をじっと見下ろし続けた。

マゼンタと葡萄、二人の視線がしばらくの間ぶつかった。何も言葉には出さないが、視線だけが何かを必死に戦わせている。

さすがに二人の異様な雰囲気を感じ取ったコチニールは、彼女たちの間でオロオロと尋ねた。

「ちょ、二人共、何かあったの?」

「いや」

「別に」

マゼンタがビスタへ向き直り、葡萄も彼女から視線をそらした。

(何もなかったって感じじゃないじゃない……!)

コチニールが心の中で叫ぶと、目の前のビスタが体を搔きむしり始めた。

「ビスタぁ、あんまり掻かないほうがいいって……」ラセットが親友の腕に恐る恐る手を添えようとする。

「でも痒いんだよっ……!」

それを見ていたマゼンタが言う。

「私が力尽くで止めてやろうか」

本当にやりかねない妹を、兄コチニールが悲鳴を上げながら必死に止めようとしたのは言うまでもない。


 さらに時が経ち、野営地に夜行性の鳥が鳴き始める頃、ビスタに異変が起きた。

それまでとにかくうろたえ体中を搔きむしっていた彼が、だんだん大人しくなってきたのだ。

なんだ、症状が落ち着いてきたのか。ヘンナたちがわざわざ教師を呼びに行く必要などなかった。皆がそう思った時だ。

ビスタが言う。

「も、もうダメだ……」

「何がだ」

ビスタの前にしゃがみ込んだマゼンタが問うた。

「もう、体の感覚がない……」

「えっ?」マゼンタの背後に立ったコチニールと葡萄の声が揃った。

焚火の近くに立っていた柑子王子とマルーンも、驚いたようにビスタを振り向く。

「ビ、ビスタ……?」親友の言葉にラセットが愕然となる。

「もう、俺は終わりなんだ……もう……」

「ビスタあっ!」

「そ、そんなっ……⁈」葡萄が思わず眼鏡の蔓を持ち上げる。

コチニールも呆然と彼の名を口にし、柑子とマルーンも恐る恐るビスタを覗き込んだ。

「今のは、どういう……?」

柑子王子がビスタに尋ねた。

「ああ、もう痒みがなくなってきた……俺はいよいよあっちの世界へ行くんだな……」

マゼンタ以外の全員が息を吞んだ。

あっちの世界……⁈

途端にラセットがビスタに抱きつく。

「ビスタああっ!そんなあっ!」

ラセットの両目から大粒の涙が溢れた。まさかこんな所でお別れとは‼

幼馴染みでずっと側にいて、常に同じ学校に進学して、授業中もそれ以外もずっとずっとずっとずっと一緒だったのに‼こんな一瞬でさよならだなんてええええっ‼

ラセットの脳に彼との思い出が走馬灯のようによぎった。

 が、突然マゼンタが身を乗り出したかと思うと、ビスタの襟を両手でグイっと掴み込んだ。

「マ、マゼンタ……⁈」

妹の行動にコチニールが慌てふためく。

彼女はビスタの襟を掴んだまま言った。

「ふざけるなよ、たかが発疹ぐらいで貴様を死なせるか。なんならいくらでも殴ってこっちの世界に留めてやる……!」

コチニールが妹の名を叫びながら彼女の腕を後ろから押さえようとする。

「いくらなんでも言い過ぎですっ!」

葡萄でさえ彼女に掴みかかろうとした、その時だ。

森の奥から人の声と複数の足音が近づいてくる音が聞こえてきたのだ。

「先生、こっちですっ!」

これは紛れもなくヘンナの声。彼女が先に立って誰かを案内しているらしい。

 野営地に残ったメンバーは、ヘンナの声がしたほうへ顔を向ける。

声の主らはすぐさま森から姿を現した。松明を手にした緋色、マロウ王子、ヘンナが駆け込むようにやって来る。

だが勿論彼ら三人だけではない。ヘンナの後ろには二人の教師が続いていた。

一人は衛生部教師の檜皮、そしてもう一人の姿を確認したコチニールは、思わず息を吞む。

(チェスナット、先生……⁈)

檜皮の背後を守るように、戦闘部教師チェスナットが続いていた。




















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