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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
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第10話 アガットと臙脂


兄妹がびくり身を震わせて振り返ると、冷たい表情ながらも瞳の奥を怒りで燃え(たぎ)らせた例の彼が自らの腰に両手を当てて立っていた。

葡萄(えび)っ‼)

マゼンタとコチニールは同時にその名を心の中で叫んだ。

「あ、この場所が、よくわかったね……」

バレた、と内心冷汗を垂らした兄が何とか言葉にする。

「ええ探しましたから」

眼鏡の彼は険しい顔つきのまま答えた。

ヤバイ、ものすごく怒ってる……

葡萄が怒ることはよくあることだった。自分たち兄弟に対して、クリムスン家の男たちに対して、何なら頭首に対しても言いたいことははっきり物申していた。しかし今のこれは言うなれば本当に危険レベルの怒りに違いない。

途端にコチニールの心の中でかいた汗が額に現れ始める。

「とにかく言い訳は後で聞きます。コチニール、あなたには授業がありますからね」

「う、うん」

「マゼンタ、今すぐ帰りますよ」

「でも……」

帰りますよ(・・・・・)

眼鏡の彼は少女に顔を近づけて念押しした。その気迫は彼女にしっかりと伝わったようだ。

「あ、ああ」

マゼンタの答えを聞くと、葡萄はさっさと歩き出す。

少女は幾分呆然としながら兄に向き直り、

「じゃあ、先に帰る。今日はありがとう」

「うん、気をつけて」

色んな意味で……

コチニールは心の中でそう付け足した。

マゼンタがどんどん先を行ってしまう葡萄を追いかける。

兄は彼女たちの後姿をやらかした表情で見送っていた。

「はぁ、どうしよう……」



日がだいぶ傾き始めた頃、クリムスン家の敷地内には野菜や豆や米のよく煮えた香りが立ち込めていた。今日の晩御飯はなんだろう、と平和な想像を搔き立てる者もいるだろう。しかしながらその香りと共に何かがぶつかり合い、何かが倒れ、さらには威勢のいい掛け声のようなものまでが漂っていたのだ。その複数の音は屋敷の奥、クリムスン家の男たちが食事を楽しむ大座敷よりもさらに奥にある瓦屋根の建物から聞こえている。

分厚い壁の一部にぽっかりと開いた出入口から建物の中を覗くと、そこは床壁天井全てが木で出来たいわゆる道場という場所で、まるで武術の道着(どうぎ)のような格好をした何十人もの男たちが二人組みになって相手と睨み合っていた。彼らはどうやら足を掛けたり、蹴ったり、襟元を掴んだり、なぎ倒したり、とにかく様々な形で相手を床に倒そうとしているらしい。

そんな中で真っ赤な髪の少年も彼ら同様に道着を着込み、長身の男と取っ組み合いをしていた。

「最近さらに熱心になったな……!」

ワインがすぐ目の前で自分を倒そうと(うかが)っているカーマインに言った。

「当然だろっ……!」

少年は彼の襟元を引っ掴もうとする。

が、ワインはその手をあっさり振り払った。

(あいつに、妹なんかに負けるわけには……!)

カーマインはひるまずにまた彼の襟元を狙い始める。

頭一つ分は優に差がありつつも少年は真っ直ぐ彼に向かっていった。

もっと幼い時分よりワインたち大人に稽古をしてきてもらったせいか、相手が大人だろうと巨漢だろうと一切ひるむことなく立ち向かっていく精神が既に培われていたのだ。

さらには誰に似たのかカーマインは人一倍負けず嫌いだった。

だからこそ倒すべき年の近い相手が身近に現れたことで、闘志がメラメラと燃えていたのだ。

ワインはそんな頭首の息子と向き合いながら、相棒ボルドーとの会話を思い出す。

(カーマインがこんなに頑張るってことは、やはりあの子の噂は本物なのか?)

彼は鮮やかな赤紫色の少女について記憶を巡らせた。

けれども思い出せるのは無表情ながらも常に驚きっぱなしだった彼女の姿ばかりだ。

(いやいや、そんなはずないだろう。あんなに細くて華奢だし、第一マゼンタ地区で襲われそうになった時もクリムスンが助けたわけだし……)

長身の彼はカーマインの動きを警戒しつつそんなことを考えていた。

そこへ同じく道着姿のボルドーが二人の側へやって来る。

「今日もやってるね」

「やってるよ……!」

ワインの襟元を掴もうとしながらカーマインが答えた。

しかしワインはカーマインのその手をさっとよけつつ、

「料理当番は?」

と、ボルドーに尋ねる。

「終わらせてきた」

「それはお疲れ様」と、ワイン。

「で、さっき葡萄とすれ違って」

「葡萄がどうしたって?」

ワインが聞き返した。

「例のあの子がコチニールの学校に侵入したってブツブツ怒ってた」

「は?」

ワインは一瞬ボルドーに気を取られた。

その隙をカーマインは見逃さなかった。

「っ……!」

ワインの襟元が向こう側に思い切り引っ張られる。

「ぅりゃっ!」

カーマインは相手の足首に自分の足先を掛けた。

「マ……!」

相手が何か声を漏らす間に、真っ赤な少年はワインを横倒しにする。

体重が床に思い切りのしかかる音が響いた。

「よっしゃあっ!」

少年は両手を上げて立ち上がりながら叫ぶ。

「おおっ」ボルドーが目を丸くした。

ワインは内心驚きつつカーマインを見上げ、

「やるじゃん……!」

男衆でもトップの俺を倒すようになるとは……!

ワインは自分より二十近く年の離れた少年に対し、このままではマズイという焦りの感情よりも感心する気持ちが湧いていた。

まだ幼いとはいえさすがクリムスンの息子だ、血は争えない、そんな風に思ったのだ。

しかしカーマインはというと初めてワインを体術で倒したのにも関わらず、さっさと姿勢を正し、

「学校に侵入とかって、バカのすることだ」

と、またやる気満々で身構えた。



彼らが正座をするその部屋は決して狭かったわけではない。ただ畳の上に四人が向かい合い、その中の一人はいつもの大男だった為に狭く感じられただけなのだ。部屋の三方はやはり襖で囲まれている。そして縁側だけは開け放たれ夜の庭が空気を入れ替えてはいるのだが、室内は若干息苦しい雰囲気を醸し出していた。

「で、コチニールが学校にマゼンタを連れ出したと」

「ということらしいですが」

顔の筋肉を一切動かさずに頭首クリムスンと葡萄が並び座りながら言った。

二人共怒っているわけではない。昼間はあんなにブチ切れていた葡萄でさえも今は頭がだいぶ冷えている。けれど両者共に日頃から冷静な判断ばかり求められるせいで単純に怒っているように見えたのだ。

だが彼らが彼らならその子らもその子らで、

「いや、そうではなく、私が連れていってほしいと頼んだ」

向かい側に座っていたマゼンタが確固たる表情で反論する。

彼女の隣に座っていたコチニールは、

「ううん、僕が一緒に来てって言ったんだよ」と、強く言い放った。

「でも、最初に話を持ち出したの、私だ」

「けどマゼンタは諦めたでしょう?それを無理矢理僕が連れ出して」

「無理矢理じゃない」

「でもそれに近かったよ」

「そんなこと……」

大男は眼鏡の彼に顔を向ける。

「なんだこのやり取りは」

「コチニールが帰って来てからずっとこんな感じでお互いをかばい合っているんです」

まあ、どっちもどっちですけどね、と、葡萄は心の中で本音を呟いた。

その間にも兄妹の言い合いは続いている。

「コチニール悪くない」

「ううん、悪いのは僕でマゼンタは何も悪くないんだ」

「悪いのは私、コチニールは悪くない」

「そうじゃなくて……」

子供たちの話を、頭首と彼の右腕が顔には出さないながらも呆れたように眺めている。

「私、頼まなければ、おまえが責められること、ない」

「けどマゼンタが学校に通うのは悪いことじゃないでしょう?学校に無断で入ったのは確かによくないことだったけど、それは僕に責任があるわけで……」

「もういいわかった」大男がかばい合いの痴話喧嘩に割って入った。

兄妹は父親の低い声に反応してやっと彼に目を移す。

「コチニール、おまえの言う通り、家族とはいえ外部の人間を無断で学校に入れたのは間違いだったな」

「うん……」

兄はしょんぼりしながら(うつむ)いた。

「でもマゼンタの気持ちを考えての行動だったということはよくわかった」

「え……?」

たった今俯かせた顔を彼はひょいと上げる。

「だからおまえについてはお(とが)めなしだ」

それを聞いた葡萄は眉間に皺を寄せながら溜息をついた。

(オトガメ?)

赤紫色の少女は言葉の意味がわからず目をパチパチとさせる。

「いいの?」

コチニールは再度父に尋ねた。

「ああ」

「よかった……」

彼はほっとして思わず声が漏れる。

絶対に何か処罰があるんじゃないかと思っていたけどそうはならなかった。

学校の予習一年分とか、復習一年分とか、筋トレ毎日一時間追加とか、敷地内全ての便所掃除とか……コチニールはあらぬことまで心配していたのだ。

マゼンタは隣に正座する兄の顔を見る。

(許された、みたいだな)

彼女はそう判断し、自身もほっとしていた。

コチニールが責められなくてよかった、と。

「それからマゼンタ」

名を呼ばれた少女は今一度クリムスンへ視線を向ける。

「葡萄とも相談したんだが、おまえには学校ではなく塾に通ってもらいたいと思う」

「塾?」

父からの思いがけない台詞に兄妹二人が同時に反応した。

「学校の勉強を補充するような所だ。おまえの年齢なら高等学校が相応しいのだろうが、それでは言葉の壁があるだろうし、かと言って小学校や中学校に入れるのは忍びないからな」

「はあ」彼女はあまり理解していないような表情で相槌を打つ。

「塾なら自分のレベルに合わせてクラスを自由に選べますしね。学校と同じくらい、あるいはそれ以上の知識をマゼンタ自身のスピードに合わせて学ぶことも可能でしょうし。ま、この件に関してはクリムスンと私でよくよく考えて出した結論なんですよ」

葡萄がしっかりと補足した。

これが一番よい解決策、でしょう?と、得意げに頭首へ視線を送りながら。

大男は右腕の視線を一瞥した。

「ふうん、塾か……」

コチニールが(ひと)()ちる。

「どうする、塾に通ってみるか?」

父親の問いかけに少女は考え始めた。

塾というものがどんな場所なのかはよくわからないが、父上と葡萄がそう言うのなら……

「ああ、通ってみる」

マゼンタは答えた。

「そうか。じゃあ葡萄、早速手続きを頼む」

「かしこまりました」

眼鏡の彼がすっくと立ち上がる。

(塾。私が学ぶ場所)

彼女はふと縁側の向こうに広がる夜空を見上げた。





 赤土の荒野に砂煙が舞う。日の光は全てを照らし出しているが細かい砂粒のせいで視界は悪い。それでも剣がぶつかり合い、弓矢がそこかしこに飛び交い、男たちの怒号(どごう)のような声が周囲を占めているのだけは音で確認出来る。

そう、彼らは戦っていたのだ。

ある者は刀や剣を振り上げ、ある者は弓を引き、武器を手放してしまった者は素手で相手に向かっていく。そうして自らの敵と認識した者を次々に倒していた。

そんな中、何かをぶんぶん振り回して風を切る音と共に、なぜか大声で笑っている男の声が聞こえてきた。

彼の周りでは近づく者がどんどん()(はら)われ倒れていく。

「はっはっはっはっ!ワシのこの(やり)の前では敵などいないも同じ!」

彼は名を猩々緋(しょうじょうひ)と言った。

燃えるように真っ赤な髪をお団子にし、髪と同じ色の瞳を爛々と輝かせた彼は五十代半ばで背もかなり小柄だったが筋骨逞しく、何より槍の扱いに相当長けていた。

その証拠に彼は自分の背丈よりも長い槍をいとも容易く操り、彼にとっての敵をとことん振り払っていく。

だからこそ猩々緋の周りには何十もの人々が倒れ、空間が開け、悪く言えば相手から丸見えで狙い易かった。

彼が前方に群がる勢力の背後から黒い何かが目にも止まらぬ速さで飛んできた時には、もう逃げる余地はなかったのだ。

猩々緋は木端微塵に砕け散る……はずだった。

しかしそうはならなかった。

なぜなら、レーザー光線のような赤い光が猩々緋の背後上空から放たれ、光は黒い大砲の弾はおろか群がっていた勢力もろとも吹き飛ばしてしまったからだ。

それまで(わめ)いていた勢力は一瞬で消え去り、辺りは炎で包まれ焼け野原と化している。

先程まで大声で笑うほど威勢のよかった猩々緋は、ゆっくりと背後を振り返る。

彼の視線の先には、赤い光を自らの内側から輝かせた一体の巨大な生き物がそびえ立っていた。

「アカネ……!茜色(あかねいろ)様……!」

猩々緋はそう口にした。





 紅国(くれないこく)ジョーガの都は今日も穏やかに晴れ、淡いピンク色の空が優しく広がっている。

ここの所雨が降る気配もなく、人々は心地よい気候に心が弾み、どこへ出かけようか誰と過ごそうかと予定を立てるのに奮闘していた。

だが、今マゼンタと葡萄の前に(たたず)む木造平屋の建物は、至る所から赤茶色の草が生え、頭上の屋根瓦がすぐにでも崩れそうな有様で、二人は玄関の前に立ち尽くしたまま何とも言えない表情でそれを見上げていた。

「これが、塾」

少女が一応葡萄に確認する。

眼鏡の彼はどもりながら、

「え、ええ、見た目はだいぶ古いですが、それだけ続いているという証ですから。さ、さあ、中に入りましょうか」

と、玄関扉の取手部分に手を掛けると横に引いた。

「ごめんください」

葡萄の声が玄関の向こうに響く。

マゼンタは彼の隣から中を覗き込んだ。

室内のすぐ脇に何十人分かの靴が収まりそうな横長の靴箱があるが、中身のほとんどが空っぽだった。

玄関からは木造の廊下が一直線に伸び、突き当たりにはガラス窓がはめ込まれた横開きの扉が見える。

しかしながら塾の内部はしんとしていた。人の気配が全くせず、物音一つ聞こえない。

「まだ授業前ですからね」

眼鏡の彼が念を押すように言い、玄関の敷居をまたぐ。

そうしてその場で靴を脱ぐと()がり(かまち)へ足を伸ばした。

彼女も彼に倣って同じようにすると、二人は廊下を突き当たりに向かって静々と歩き始める。

少女が葡萄について歩きながら右に目をやると、そこにもガラス窓がはめ込まれた扉があり、その窓の奥にはいくつもの机と椅子が全て同じ方角へ前倣えした教室内部を見ることが出来た。

そうこうしているうちに二人は廊下奥にある扉の前に辿り着いていた。

彼女は眼鏡の彼の後ろから、扉の上に掲げてあるプレートの文字を見上げる。

(教員室?)

少女はそこに書いてある文字を頭の中で読んだ。

「失礼いたします」

葡萄がそのプレート下の扉を開く。

すると普通なら目の前に空間が開けているだろうと思いきや、威圧感のある壁のようなものが扉一面を塞いでいたのだ。

いったいこれは何なのか?

〝教員室〟とプレートに書いてあるのだから室内ではないのか?

眼鏡の彼は首を軽く振って目をしばたたかせる。

そうしてやっと見えてきたのは壁ではなく、二人の男性の姿だった。

一人は深く鮮やかな赤色の髪と瞳をし、いかにも平均的な体格で背丈はマゼンタと同じくらいだろうか。背中までの真っ直ぐな髪をただ下ろし優し気な微笑みをたたえている。

もう一人は彼よりも穏やかな赤色の髪と瞳をし、長身でほっそりとした体格、肩まで伸びた真っ直ぐな髪をそのまま下ろしているが、隣の彼とは打って変わって全くの無表情だった。

二人共年齢は三十歳程で、少女と同じように左右の布を前で合わせ帯で締めた服装をしている。

が、彼らは教員室の扉を開けてすぐの場所、つまり葡萄の目の前に並び立っていた為、眼鏡の彼は二人との距離があまりにも近すぎたせいか、とにかく驚いた。

「はーい、いらっしゃいませお待ちしておりましたよ」

微笑んでいた長髪の彼が葡萄の驚き顔に気づいているのかいないのか、朗らかに出迎える。

「えっと、ご連絡頂いていた……」

「ク、クリムスン家の葡萄と申します」

眼鏡の彼は体勢を立て直し、何とか答えた。

「そうそう、葡萄さんでしたね。ということは」

葡萄は振り返ると「この子がマゼンタです」

長髪の彼とその隣に立った無表情の彼が、同時に少女へ視線を向けた。

彼女も何を思ってか二人をじっと見返す。

「そうですか、なるほど」

長髪の彼は微笑んだままそう言うと、突然自分の両手を合わせパチンと叩き鳴らした。そして、

「ま、立ち話もなんですから、中へどうぞ」



こじんまりとした室内は本の背表紙がぎっしり詰まった木製の高い棚に囲まれ、中央には教科書や書類が雑多(ざった)に積まれた二つの教員机が向かい合うように設置してあった。

教員机の手前には簡易的に置いているのだろう。茶色い横長の小さな机と、それを挟むように黒いソファが二つ、申し訳ない程度に設置してあり、今まさにマゼンタと葡萄が二人の男と向かい合うように座っている。

「というわけで、彼女には記憶がありませんし、我が頭首が保護した際には言葉も喋れず理解することも出来ませんでした。今は日常会話程度なら話も出来ますし、何を言っているのかわかるようにもなりましたが、それでも高等学校へ通わせるとなると一抹(いちまつ)の不安がありますのでこちらに……」

葡萄が前のめりになりながら真剣に説明をした。

すると話を聞いていた長髪の彼は大きく頷きながら、

「ふむふむ、なるほど、そうですか。そのお気持ち、物凄くよーくわかります」

と、共感する姿勢を見せてはいるのだが、どうにも胡散臭さを漂わせている。

(なんだか先程から表現が異様に大げさなんですけど、この方は本当にわかっているんでしょうか……)

葡萄は内心疑問を抱いていた。

しかしそんなことなどお構いなしに目の前の相手は、

「でも大丈夫です。こちらでは基礎から丁寧に赤星の学問を全てお教えいたしますので、なんの心配もなく通って頂けると思いますよ」

微笑みながら自信満々に答えた。

そんな長髪の彼を、隣に座っていた無表情の彼が無言でちらりと見やる。

「あの、一つお伺いしたいことが」葡萄が尋ねる。

「なんでしょう」

「こんなことを言っては失礼に当たるかもしれませんが、その、話に聞いていた先生より随分お若い方々だと思いまして」

眼鏡の彼は目の前に座っている二人を見比べる。

(確かここの塾講師はもっと年配の……)心の中でそう思いながら。

「あー、あのおじいちゃん先生ですね」

長髪の彼は(ひらめ)いたように声を発した。

「ええ」

「実はあの方は体調を崩されてしまって休養なさっておいでなのです」

「そうなんですか?」

「はい。でもまた復活されますから楽しみにしていてください」

「はあ」

楽しみ?

葡萄は長髪の彼の調子にポカンとなる。

けれどもやはり相手は相変わらず葡萄の反応に全く気づいていないのか、

「申し遅れました。私はアガット、こっちは臙脂(えんじ)と申します」

そう言って隣に座っている全く無表情の彼に一瞬視線を送った。

「今は私たち二人で子供たちに誠心誠意勉強を教えておりますので、どうぞよろしくお願いいたしますね」

長髪の彼、もとい、アガットは満面の笑みを葡萄に向ける。

それを見た眼鏡の彼は顔を引きつらせながら、

「こ、こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」

半ば押し切られる形で答えた。

本当にこの人たちにマゼンタを任せて大丈夫なのだろうか……などと本心は決して口に出来なかったが。

葡萄の隣に座り一言も発しなかったマゼンタは、目の前の二人をただ眺め観察していた。

今もアガットはにこにこと笑顔で葡萄と何やら会話をし、臙脂は一切の無表情で自分と同じくここに来てから声を発するのを一度も聞いていない。

それでも少女には理解出来た。

(アガットと臙脂。二人は塾の先生)と。


















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