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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
橙の章
108/130

第107話 負けたことがない


 二人を見守っていたコチニール、葡萄(えび)、ビスタ、ラセットが目を見開く。

「あ……!」とコチニール。

「勝負あった……!」と葡萄。

 衛生部の校舎の窓からは、ヘンナが叫び散らす。

「なになにっ⁈どうなったのっ⁈」

 剣道場の植込みに隠れている少年たちも固まっている。

「マゼンタさんが……!」と柑子(こうじ)

「勝ちました!」とマルーン。

「そ、そりゃそうだろっ……!」

マゼンタが勝ってくんなきゃオレのメンツが……!

 焦る緋色(ひいろ)の視界の奥で、マゼンタが木刀を下ろす。

そして彼女が振り返ると、紫星(むらさきぼし)の王子もこちらを振り返っていた。

「さすがです。でももう一本、よろしいでしょうか」

マロウ王子が微笑みとも無表情とも取れる顔で言った。

 二人を囲む生徒たちの中で、コチニールと葡萄はハラハラしっぱなしだ。

「まだやるんですかっ……⁈」とコチニール。

葡萄も「もう充分でしょう……!」と口にするが、当の本人たちは再度向かい合うと木刀を構えた。

 衛生部の校舎窓でトパーズが憤る。「これだから……!」

「ん?」ヘンナが隣に立つトパーズに視線をやった。

「あの女が強すぎるからあたしはコチニールに近づけないのよっ!」

「何それ……」

 ヘンナがトパーズにやはり呆れる間に、剣道場の前に広がる土の上では、マゼンタとマロウ双方の木刀が僅かに動く。

次の瞬間、二人はまた物凄い勢いで斬り合いを始めた。

その動きはあまりに速い。とても普通の人間では彼女たちの動きを目で追うことが出来ない。それは二人を囲む生徒たちも、彼らに交じったビスタやラセットも同様だった。

「なんなんだよ、こいつら……」とビスタは口を開けっ放しで、「これがホントの剣術なのか……?」ラセットも呆然と呟く。

しかし剣道場の中からマゼンタたちの試合を見下ろす担当教師黒茶(くろちゃ)は、ちゃんと彼女たちの動きを追っている。

守人(もりひと)一族の女はともかくとしてもだ、あの紫星の王子、けっこうやるじゃないか。さすがにこの橙星(だいだいぼし)まで渡ってきただけのことはある)

 黒茶が感心する間にも彼女たちは斬り合いを続け、さらにはまた会話を続けようとしていた。

「先程あなたがおっしゃったことですが」マロウがマゼンタに話しかける。

「先程?」

「……気色悪いと」

「ああ」

「あれはいったいどういう意味でしょうか」

「そのままの意味だ」

「もうちょっとわかりやすく教えていただけると助かるのですが」そう言ってマロウは微笑む。

「またそれか」

「何がです?」

「その微笑み」

「はい?」

「本当は笑ってなどいないだろ」

マロウが一瞬はっとした。

その隙にマゼンタが相手の脇腹を斬ろうとする。が、彼はそれを木刀で受け止めた。

 剣道場の植込みに隠れて試合を盗み見ている緋色が声を漏らす。

緋色の隣に立つ柑子も「今……!」と息を呑んだ。

だが緋色と柑子のさらに隣に立つマルーンは「何っ⁈何ですかっ⁈」状況がわからず友人たちに必死に尋ねる。

(今マゼンタが一本取れそうだった……!)

 マゼンタとマロウ王子の動きを追っていた緋色がそう思っている間にも、彼女たちの斬り合いは当然止まらない。

マゼンタは相手の隙を狙いながら言った。

「だから気色悪いと言ったんだ。本当はやってられない、つまらない、こんなことに付き合っていられない、そんな顔をしているのに無理矢理微笑んでいるから、いつも、どんな時も」

すると、それを聞いた相手の態度が少しだけ変化した。

これまでとは違い、まるであざけるような笑顔を彼は見せたのだ。

「よく見てるな」

マゼンタははっとする。「やはりそれが本音か」

マロウが不意に木刀への力の入れ方を変え、彼女を真上から斬ろうとする。

僅かな相手の変化に気づいたマゼンタは、彼の木刀を瞬時に受け取めた。

これまでずっと絶えず動き回っていた彼女たちが止まり、その場で力を込めて木刀を押し合う。

 「ぅおっ⁈」ラセットが思わず声を漏らした。

やっと目の前で何が起きているのかが認識できて、他の生徒たちもざわつく。

 向かい合ったマゼンタとマロウ王子は、相手の顔の前で重ね合わせた木刀をひたすらに押し続けていた。二人の木刀がギギギと軋むような音を立てる。

「なんて力……!」王子は置いといたとして、あいつの怪力はなんなんだ……⁈

ビスタのこめかみを汗が伝った。

「マゼンタ……!」ビスタ同様、葡萄も額に汗を浮かべる。

コチニールは「お願いだから怪我だけはさせないでっ……!」と、妹に対し両手を合わせて拝んだ。

 彼女たちは尚も木刀で押し合い、共に自分の体を後ろ足で支えて踏ん張っている。

「どうする……!」マロウがマゼンタに聞いた。

「何が……!」

「私の正体を皆に言うか……!」

「なぜ……!」

「なぜって……!」

「そんなの、言う必要、ない……!」

マロウは木刀で相手を押しながら怪訝な顔をする。

 植込みの陰に隠れた少年たちが彼女たちの様子に気がついた。

「マゼンタさんとマロウ殿下……」と、柑子。

「なんかしゃべってんな……!」緋色も瞼を大きく持ち上げる。

 木刀でマロウと押し合うマゼンタが言う。

「おまえには、おまえの、事情が、あるんだろう……!だったら言う必要、ない……!」

相手がふっと笑った。

この笑みは本当に心から笑っているように見えた。

「変な奴……!」マロウが一瞬力を抜く。

不意に押し合いの呪縛が解かれ、マゼンタの体が前傾した。次の瞬間、

マロウは自分の背後に回り込んでいた。

(しまっ……!)

彼女がそう思った時にはもう、背中は相手の木刀で斬られていた。

 植込みに隠れていた緋色が思わず声を漏らす。「マゼっ――⁈」

マゼンタは背中に衝撃を受けつつも、すぐさま体勢を整えた。

「マゼンタ⁈」兄コチニールが叫ぶ。

マゼンタはすぐに振り返った。

と、相手が微笑みながら言った。

「一本、いただきました」

赤紫色の少女は紫星の王子と呼ばれている男をじっと見つめる。

 「ほお」剣道場の中で試合を眺めていた黒茶が表情を変えずに感心した。

彼女たちを囲む生徒たちに交じったコチニールと葡萄は呆然としている。

「つまり、引き分け、ということですか……?」葡萄が頭を整理するように呟いた。

「ふ、二人共、怪我がなくて、よ、よかったけど……」

コチニールは一応ほっとしていた。でも……

 植込みの陰に隠れていた少年たちは、当初とは態度が真逆になっている。

「お、お二人とも、お、お強いですね……」柑子が何とか感想を口にした。

「マゼンタが……マゼンタが……」

「緋色……?」

柑子が隣の友人に顔を向けると、彼の瞳は激しく揺れ動いていた。

(一本、取られた……?)

緋色にはその事実がとてもじゃないが、信じられなかったのだ。

 衛生部の校舎三階の窓からは、試合を観戦していた女子たちが叫ぶ。

「てゆーかさぁ」と、トパーズ。

「何が起きたんだか全くわかんなかったあっ!誰か説明してっ!」

ヘンナの嘆きが戦闘部剣道場にまでしっかり届けられた。



 本日の授業が全て終了し、学園の中央棟から寮へ向かう道のりを数人の生徒たちが歩いている。

ある者は一人で、ある者は友人たちと共に、ある者は急ぎ足で、ある者はゆったりと、彼らなりに今現在の状況を反映するかのごとく、夕日に照らされた歩道を進んでいった。

 マゼンタ、コチニール、葡萄、緋色、柑子の五人も、彼らと同じ方向に向かって歩みを進めている。

先頭はマゼンタだ。その他の四人は彼女の後ろを一応歩いているが、コチニールは緋色と何やら目配せし、柑子はそんなコチニールたちを心配そうな顔で見て、葡萄はマゼンタの背中をじっと見つめている。

 すると緋色がコチニールに声を出さず手振り身振りで何かを伝え、コチニールが縦に大きく首を振った。

「あ、あのさ、マゼンタ」

緋色に促されたコチニールが妹に声を掛ける。

「なんだ」マゼンタは振り向かずに答えた。

「その……」

目を思い切り泳がせたコチニールが、隣を歩く緋色に助け舟を求める。

結局こうなるのだ。

緋色は大きな溜息をつくと、自分の前を歩く少女に言い放った。

「マロウ王子に負けたけど、大丈夫か?」

少年の言葉を聞いたコチニールが目を大きく見開く。

(緋色ストレートすぎっ!)

(な、なんだよっ!コチニールが言わないからオレが代わりに……!)

コチニールの非難を感じ取った緋色が心の中で反論すると、マゼンタが立ち止まり、後ろを歩くコチニールたちも自ずと立ち止まった。

「負けた?私がいつ誰に?」

振り返ったマゼンタが鋭い視線を向ける。

(怖っっ!)と緋色。

(やっぱり相当気にしてるぅっ!)とコチニール。

その時、葡萄が咳払いをして告げる。

「負けたわけではありません。正確には一対一の引き分けです」

「そ、そうだけれどもさっ……!」緋色は唇を尖らせた。

コチニールも緋色の肩を持つ。

「マ、マゼンタってずっと勝ってきたじゃない?誰にも負けたことがないっていうか……」

「誰にも負けたことがない⁈」柑子が目を見開く。

「あ、はい……」

まあ細かく言えば、一番最初に父上と練習した時は引き分け?あと武闘大会では緋色に多少やられはしたかもしれないけど……

コチニールの返答に柑子王子は啞然とした。

(マゼンタさんは体術とか剣術とかすごいとは思っていたけど、本当にいったい何者……⁈)

マゼンタの正体を知らない柑子が驚いていると、コチニールが妹をいたわるように言葉を選んで話し始める。

「だからその、今日マロウ王子とあんな風な試合をして、相当、その、なんていうか……」

「落ち込んでんじゃねーかと思ってさ」

「だから緋色っ!」

「なんだよっ!」

コチニールが心の中で叫ぶ。(ストレートすぎるんだよっ!)

それに対し緋色も反論する。(どこがっ!)

 と、マゼンタが二人に問うた。

「落ち込む?」

「う、うん」

「これでもさ、一応オレらも心配してんだよ……!」

彼女はコチニール、葡萄、緋色、柑子の顔をぐるっと見回した。

心配?

マゼンタは彼らを眺めて答えた。

「その必要はない」

「そ、そう?」とコチニール。

緋色も「ならいいけどさぁ……」

「私は、相手がどこぞの星の王子だろうと、絶対に負けない」

マゼンタの返答にコチニールと緋色は同じことを思った。

(めっちゃ気にしてるじゃんっ!)と。

 そこへまた葡萄が一歩歩み出る。

「何もマロウ王子のことを気にすることはありませんよ、むしろもう関わる必要さえありません」

「葡萄?」コチニールが軽く首を傾げる。

「どういうこと?」緋色も目が点だ。

「相手は紫星の王子であなたは赤星(あかほし)紅国(くれないこく)守人(もりひと)クリムスン家の人間です。はじめから住む世界が違うじゃないですか。だからもうこれ以上マロウ王子に接することをしなければいいのです」

「それは……」言い淀むコチニール。

「同じクラスメイトなのに?」緋色が眼鏡の彼に問うた。

「同じクラスメイトでもです」

これ以上、マゼンタがあのお方に関わるのは絶対によくない気がする、だから……!

葡萄が拳を握りしめると、緋色が素朴な疑問をぶつける。

「そんなこと言ったら柑子王子だって橙星の王子だし、オレたちとは住む世界が違うよな?」

「いや、私の場合は……」

色々とややこしい問題があるからなぁ……

柑子が何とも言えない微妙な顔をしていると、はっとした葡萄が説明を補足する。

「柑子殿下とはこのままで構わないと思いますよ……!むしろこの星の王子様ですし、私たちは守人として大切にお護りさせていただきます……!」

「じゃなんでマロウ王子はダメなの?」緋色の葡萄への追及は続く。

「だからそれはっ……!」

 二人の言い合いを眺めていたコチニールは、

(葡萄がマゼンタのことを心配する気持ちもわかるけど、でも、彼女はそれでマロウ王子を遠ざけるような人間じゃないと思うな……)そう思いながら妹に視線を向けた。

 彼女はどこか遠くを見つめていた。

けれどもその眼差しはやはりいつもと違って、少し険しいように兄には感じられた。




 都立チョウサイ軍事学園があるカイクウの都は、中心こそ近代的な建物が立ち並んでいるが、周囲は完全なる未知の森だ。

元々広大な森の中を開拓し、大自然の中に学都を建設したのである。

理由は勿論、軍事的な何かが発生してもその他地域に影響が及ばないようにするためであったり、様々な実験や研究を行うにあたっても、そのほうが何かと都合がよかったからだ。

むしろ巨大な色光(しきこう)になるための教育を施す学園もあるくらいなのだから、ある程度の広さは必要である。

そこに白羽の矢が立ったのがこの森というわけだが、都の周りは未開の地。

森に一歩足を踏み入れれば、危険な動植物たちが生息しているのは当然のことなのだ。

 チョウサイ軍事学園に入学した新入生たちの必須科目、キャンプ実習は、まさにこの森の中で行われる。

学園からバスに乗り、都を出て数分でキャンプ場に着いた。

キャンプ場といっても、一応入口と言われている所に小さな木造の小屋が一軒建てられているだけで、それ以外は鬱蒼と生い茂る茶色い森だ。きちんと整備された道路や便利な設備は全くもって皆無である。

新入生はその木造小屋の前の、心ばかり木を切ってまあまあ平たくしたような大地に集められた。

そして彼らと向かい合ったキャンプ実習統括の丁字茶(ちょうじちゃ)先生が、生徒の隅々まで聞こえるように大声で話し始める。

「はーい!いよいよ待ちに待ったキャンプ実習がやって来たわね!これからみんなはグループになってテントを張る場所を探したり、獲物を捕まえて調理して食べたり、とにかく一晩中怪しい森の中で過ごすのよ!この危険な生き物がいっぱいいる密林の中でねっ!」

やけに笑顔の丁子茶に反して、マゼンタ、コチニール、葡萄、緋色、柑子、マルーン、ビスタ、ラセット、ヘンナ、マロウは、その他生徒たちと同じく呆然と立ち尽くしていた。




















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