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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
橙の章
105/130

第104話 料理クラス


 夕方の公園では今日も子供たちが元気に走り回っている。

彼らは体力お化けなのだろうか。ひたすら永遠に友人を追いかけ回して、しかもそれが非常に楽しいらしい。

特にルールが決まっている様子でもなく、追いかけるほうは追いかけ続け逃げるほうは逃げまくり、双方大きな声で笑っている。

保護者に関しても特に見当たらず、ベンチに座っているのは彼らとは関係のなさそうな腰の曲がった老人一人。

杖をついたその老人は子供たちのことなど目にくれず、ただ呆然と前方を眺めている。

 そんないつもと変わらない公園の一角では、例に漏れずコチニールと緋色(ひいろ)も体術の自主稽古に励んでいた。勿論マゼンタも側で二人を見守っている。

最近はとにかく最初からコチニールが緋色に全力で攻撃を仕掛け、緋色がそれを全て防ぐ、というのがお決まりのパターンだった。

(あんなことがあったけど)

マゼンタの脳にコチニールの母、カメリアの姿が思い浮かぶ。

(それを全て稽古にぶつけているのか……)

彼女が兄の意気込みの理由を感じていると、攻撃を防ぎながら緋色が言った。

「そういやさ、今月末キャンプ実習あるじゃんね」

「らしいな」マゼンタが返す。

「でさ、それに関係した授業が多くなるんだって、マルーンが言ってた」

葡萄(えび)も言ってたぞ」

「どんな授業だろっ、楽しみっ!」

するとコチニールが相手の襟を掴もうとしながら叫ぶ。

「緋色っ!こっちに集中してよっ!」

「お、おう!」

最近なんかわかんないけどコチニールのやる気がすげー!こんな風に柑子(こうじ)王子も元気満タン、やる気モリモリになってくれたら最高なんだけど……!

 緋色がそんなことを思った時だった。

「あの……」

震えるような弱々しい声が彼らの元に響いた。

思わず動きを止めたコチニールと緋色、そしてマゼンタも声のほうへ顔を向けると、そこには柑子がポツンと立ち竦んでいた。

「王子っ!」緋色が思わず笑顔になる。

コチニールは息を整えながらも目を見開いた。

緋色は柑子の元へ早速駆け寄ると、「また来てくれたのかっ⁈」

「あ、う、うん……」

緋色は柑子の両手を握って言う。

「ありがとうっ!もう一生来てくれないんじゃないかと思ってたあっ!」

「そ、そんなことは……」

言いつつ、柑子はマゼンタのほうをちらりと見た。

赤紫色の少女は柑子を静かに見つめていた。

「あの、マゼンタさん」

柑子が彼女に一歩歩み出る。

「考えました、マゼンタさんに言われたこと」

柑子の中に数週間前、彼女に言われた言葉が蘇る。


「もしおまえの大切な人が目の前で殺されようとしていて、もしその時、おまえの手の中に敵を倒せる武器があったのなら、おまえならどうする?」


彼は答えた。

「私は、やっぱり……自分の大切な人は、自分の手で守りたいと思います」

拳を握りしめる柑子に、緋色とコチニールが目を見開く。

「だからまた、一緒に稽古をさせてください!お願いしますっ!」

マゼンタは柑子を見つめている。

柑子もまた、彼女を必死に見つめ返した。

「それは私に許可を求めるものじゃない」

「え……?」

「おまえが自分に許可を与えるものだ」

柑子ははっとする。

そういう、こと……?

その瞬間、緋色が満面の笑みで柑子に抱きついた。

「よかったっ!王子またオレと稽古しよっ!」

「緋色……!うん、やろう!」

「っしゃーっ!じゃあ気合い入れて行くぜえっ!」

「ちょ、ちょっと待ってっ!最初はお手柔らかにっ……!」

はしゃぐ緋色と慌てる柑子を、マゼンタとコチニールが二人のすぐ近くから眺めた。

(はぁ、この一件どうなることかと思ってたけど、なんとか無事収まって本当によかった……)

コチニールは心の底から安堵する。

これでひとまず赤星(あかほし)紅国(くれないこく)守人(もりひと)一族クリムスン家は存続出来そうだ。




 その部屋には長方形の形をしたテーブルのような調理台がいくつも並んでいる。調理台の端には水道の蛇口が二つ設けられ、もう一方の端にはコンロが三つほど設置されていた。

水道とコンロの間は平らなテーブルで、生徒たちはそこで調理をしたり、椅子を持ってきて作った料理を食べることも可能だった。

 ただ今のクラスは料理クラスだ。

それぞれ三角巾とエプロンを身に着けた生徒たちは各テーブルの椅子に座り、教壇に立つ教師の教えを一応静かに聞いている。

「今度待ちに待ったキャンプ実習があるわね。その時料理はもちろん自分たちで作んなきゃなんないワケだから、今日は練習としてグループに分かれてレシピ通りのメニューを作ってもらうわよっ!」

「先生」

窓際の椅子に座ったヘンナが教師に呼び掛ける。

「なに?」

「なんで丁字茶(ちょうじちゃ)先生が料理クラスの担当なんですか?」

彼女が言う通り、今目の前に立っているのは体術クラス、馬術クラスも担当している女装姿の男性教師、丁字茶だったのだ。

彼は本日も厚化粧を施し、形は女子生徒の制服と同じだが、生徒とは似ても似つかないゴージャスな花の刺繡が全身になされた装いでしっかりと答える。

「いい質問ね。それは……あたしがキャンプ実習の統括だからよっ!」

生徒たちが一気にげんなりとした。

「ちょっとっ!何その反応はっ!」

女装姿が悪いわけではない。何なら初日からもう何百回と見慣れてしまっている。

だが体術クラスだけならまだしも、馬術、料理と続くと、さすがに目が疲労を覚えて萎えてしまうのだった。

「とにかくっ、今日の料理のレシピは超~カンタンだから各グループさっさと作っちゃってちょうだいっ!いいわねっ!」

生徒たちはざわつきながらも椅子から立ち上がると、机に配られた紙のレシピを見て作業を開始する。

はち切れそうなエプロン姿のビスタも、室内中央のテーブル席からおもむろに立ち上がった。

「てかよぉ」

彼は周囲を見回して言う。

「またこのチームかよっ!」

ビスタのテーブルを囲むように緋色、柑子、マルーン、ラセットの四人が立っていた。

「体育祭の時と同じだな」と、緋色。

ラセットも「てか使い回しだろっ」

柑子は「まあまあ、皆さんどうぞよろしくお願いいたします」

「よろしくお願いいたします」と、マルーン。

「じゃあ、やろーっ!」

そう言って緋色が勢いよく右手を掲げると、彼は柑子、マルーンと共にテーブルに置かれたレシピに目を通し始める。

「つか王子って料理したことあんの?」緋色が柑子に尋ねた。

「ないよ」

「マジっ⁈お初っ⁈」

「うん」

「だって殿下だもの」微笑んだマルーンが口を挟む。

「うぅぅ、だよなぁ……」

「でも予習はしてきたからたぶん大丈夫だよ」

「予習って?」

「教科書を一通り読んで、あとは厨房の方々の観察をしてきた」

「それ予習って言うか?」

「大丈夫大丈夫、何とかなるよ」

「はい、僕たちがサポートしますので」朗らかに後押しするマルーンに対し、柑子王子は素直に礼を述べる。

だが緋色は思っていた。(この余裕が体術にもあればなぁ)

対して柑子も思っていた。(体術に比べたら料理なんて楽勝だよ、たぶん)と。

 意気込む少年たちをよそ目に、ビスタとラセットは窓際のほうを眺めている。

「つーか俺たちのメンツがこれってことは……」

 窓際の調理台の周りには、マゼンタ、コチニール、葡萄、ヘンナ、マロウの五人が集まっていた。

そしてやはりマロウ王子には、数人の女子生徒が群がっている。

「なんでまたこのメンバーなんですのっ?」

「今度こそマロウ王子とご一緒出来ると思っていたのに……!」

「卑怯だわっ!どうしていつもこうなのっ⁈」

文句を言いまくる彼女たちを見て、ヘンナと葡萄は呆れ、コチニールは苦笑いで、マゼンタはいつも通りの無表情だ。

「なんなのこれ」と、ヘンナ。

葡萄も「いつものことでしょう?」と、半ば諦めている。

マロウは微笑みながら女子生徒たちに言った。

「仕方ありませんよ、先生がお決めになったことですから」

「ええーっ⁈」彼女たちの声が揃った。

 そこへそのお決めになった教師がやって来る。

「ちょっとまたあんたらっ!さっさと自分のテーブルに戻って調理を始めなさいよっ!」

丁子茶が彼女たちに向かって牙をむいた。

彼女らはとりあえず返事をして、渋々自分たちのテーブルへと戻っていく。

「ったくもう、毎度毎度……!」丁子茶が彼女たちの後についていきながら、ブツブツと呟いた。

 一連の光景を眺め終えたコチニールが宣言する。

「じゃあ、僕たちもやりましょうか」

「そうですね」と、葡萄。

「えっと、何からしたらいいんだっけ?」ヘンナがレシピに目を通す。

マゼンタは既に手に持って眺めていたレシピから、ふと顔を上げた。

調理台を挟んで向かい側に立つマロウ王子が、微笑みながら自分を見ている。

彼女はなぜかはわからないがその視線の意図を感じ取って、しっかり応えることにした。


 調理実習室では生徒たちの調理が始まった。

柑子とマルーンが野菜を洗って、緋色とビスタとラセットが野菜や肉を包丁で切っていけば、ラセットが切った野菜はビローンと全部繋がっていたり、ヘンナがフライパンに火を通して、コチニールが肉を包丁で切れば、野菜を洗う葡萄に丁字茶がまとわりついて眼鏡の彼が大いに焦ったりと、皆それぞれ何かしら料理というものに携わっている。

 そんな中、マゼンタとマロウは各々まな板と包丁をテーブルに置いて向かい合い、まな板の上に一匹の魚を横たえた。

魚はカイクウの都の名物らしく、鮮やかな橙色をし、大きさはまな板にちゃんと収まる程度だった。

マゼンタがマロウをちらりと見ると、相手はいつも通りに微笑む。

が、次の瞬間、二人は同時に包丁を掴むと物凄い速さで魚を木端微塵にしていった。

その速さたるや、やはり尋常ではない。

 窓際の調理台でそんな戦いが繰り広げられるとは夢にも思わない中央の調理台では、緋色がフライパンで野菜や肉を炒め、柑子は火力が異様に強すぎる鍋の中身をお玉で掻き回している。

するとマルーンがやって来て、柑子の鍋を覗き込んだ。

「なんかものすごく沸騰してますね」

「うん、いい感じでしょう?」

二人の言葉に緋色がぎょっとし、「火ぃ強すぎっ!」柑子の鍋が置かれたコンロの火力を弱めた。

「あ、ごめん」

「ふぅ」安心した緋色が額の汗を手の甲で拭う。

「料理って簡単だと思ってたけど、意外と難しいんだね」楽勝と思ってしまって、申し訳なかったな。

柑子は自らの中で反省した。

緋色がまた自分のフライパンの中身を炒め始めると、マルーンが柑子を労う。

「でも殿下はとても上手になさっていると思います」

「そ、そう?」

「初めてにしてはな」緋色も一応王子を褒めた。ま、みんなのサポートあってのことだけど。

「ふふ、ありがとう」

柑子は素直に礼を言った。

(体術もこんくらい軽ーくやってくれればいいのになぁ)

緋色が内心そう思っていると、柑子が緋色とマルーンに尋ねた。

「二人は料理したことあるの?」

「少しだけなら」と、マルーン。

「オレも家では時々やってた」守人一族ですからっ。

 赤星紅国守人は基本的な家事は全て自分たちで行っている。

料理洗濯掃除に敷地内の修繕、農作業も狩猟も生きていくうえで必要なものは全て自分たちの手で行うのだ。

「ふうん、そっか」柑子が感心する。私はいつも宮廷料理だったから、こういう経験はとても新鮮だ。

柑子はにこりと笑って鍋を搔き回し続けると、その鍋を覗いた緋色が言う。

「お、もうそろそろいいんじゃない?」

「後は味付けですね」マルーンがワクワクしながら先を促した。

「あ、そういえば……」

柑子がそう言って緋色たちと料理の味付けをする調理台の反対側で、ビスタとラセットが何やらコソコソとしながら窓際のテーブルを盗み見している。

「例のヤツ、持ってきたか?」

ビスタの問いにラセットが「ああ」と、ポケットから小瓶を取り出した。

小瓶は遠くから見ればただの調味料か何かが詰め込まれたものにしか見えないが、よくよく見てみると、その中身は息絶えた小さな虫だった。

頭部からは触角が生え、目の玉が飛び出し、体幹や四肢があらぬ方向に折り曲げられたその茶色い虫たちは、透明な小瓶の中で至極狭そうに押し込まれている。

「ううっ、さすがにグロいっ……!」ラセットが両目を手の平で覆った。

さすがに橙人(だいだいびと)といえど虫を常食にすることはない。

他に食べれる食材があるのだから、わざわざこれを食べようとは普通思わないだろう。

なのにどうしてこんなものが売られているかというと、栄養価が高く体にはとてもいいとされているからだった。

「よしっ、これをあいつらの鍋に……」

ビスタがマゼンタたちのテーブルに顔を向ける。

「マジかよっ……!」

「マジに決まってんだろ……!」

驚く友人に対し、ビスタはにっと笑った。

 ビスタたちがよからぬことを考えている時、当のマゼンタたちのテーブルではコチニールが鍋に具材を投入し、その隣でヘンナがフライパンの中身を炒めていた。

葡萄に関しては調理器具を持ったまま丁字茶に追いかけられ、室内を走り回っている。

「いやっ、ほんとにもう勘弁してくださいっ……!」

「そんな遠慮しなくていいのよっ、あたしの料理食べたいでしょっ?食べたいでしょっ?食べたいわよねっ?ねえっ?」

「いやいやっ、どうぞお気遣いなくっ……!」

必死に逃げる葡萄を眺めながらコチニールは言う。

「もう、葡萄ってばホント丁字茶先生に愛されてるなぁ」

葡萄にとってそれは重すぎる愛で、はっきり言ってしまえばものすごく迷惑な話でしかないのだが、コチニールの瞳は純粋な好意だと受け取っていた。

 コチニールは微笑みながら鍋の中身を掻き回し、葡萄と丁子茶の追いかけっこを眺める。

しかしふと気づけば、何やら妙な音が目の前で鳴っていた。

実際はしばらく前からずっとその音が鳴り続けていたのだが、自分のやることに集中したり葡萄たちの追いかけっこに目が行ったりで、さほど気にかけていなかったのだ。

が、やはりずっと何かが鳴っている。

コチニールは鍋を搔き回しながら、その音の在りかに視線を向けた。

(えええっ⁈)

彼が目の前のテーブル兼調理台で見たものは、妹と紫星(むらさきぼし)の王子が向かい合ったまま、一心不乱にまな板の上の魚を包丁で細かーーーーく刻んでいる光景だった。

しかも包丁を振り下ろすスピードが異様に速く、とても自分の目では追いつけない。

「あ、あの、マゼンタ、マロウ殿下……それはいったい……?」

「え?」と、刻みながらマゼンタが口にした。

マロウも「はい?」一切手を緩めることなく刻み続ける。

 啞然とするコチニールの隣で、ヘンナがフライパンの中身を炒めながら言った。

「やだもう何それ、原型留めてないじゃん。つみれ汁にでもするつもり?」

ヘンナの言葉にマゼンタとマロウがはっとして手を止める。

「す、すまない」マゼンタは素直に謝った。私としたことがつい……

「申し訳ありません。ちょっと細かく切りすぎてしまいました」

マロウも珍しく苦笑いを浮かべる。

「まあいいけどさ、お腹に入っちゃえば一緒だし。鍋に入れちゃって」

細かいことなど全く気にしないヘンナはそう言ってくれたが、マゼンタとマロウは思わず互いの顔を見合わせた。


 その後どの調理台でも料理は順調に進み、室内中央のコンロで緋色とマルーンがフライパンや鍋の中身を皿に分け、その皿を柑子がテーブルに運べば、相変わらず葡萄が丁字茶から逃げ回り、マゼンタとコチニールとヘンナが調理器具の洗い物をして、彼女たちが目を離した隙にビスタが例の小瓶をコチニールが掻き回していた鍋に一気に投入し、ラセットはそれがバレないように壁の役目を演じた。

 やがて本来の職務に戻った丁字茶が教壇に立つと、各テーブルの周りに座った生徒たちに告げる。

「じゃあ出来たグループから早速食べていっちゃってね!」

 室内中央のテーブルで緋色が両手を合わせた。

「いただきまーすっ!あー腹減ったー!」

「うん、お腹空いたね」と、緋色の隣に座った柑子。

彼らと向かい合うように座っているビスタとラセットは、こっそり窓際のマゼンタたちのテーブルを覗き込む。

マゼンタ、コチニール、ヘンナはスプーンを片手に食事を始めようとし、葡萄はぐったりとテーブルに突っ伏していた。

ところが、そこにマロウの姿はない。

「マロウ王子、戻ってこないね」コチニールが周囲を見回した。

「またこんなことだろうと思ってたわよ」と、ヘンナ。

「またって?」

「体育祭の時もそうだったでしょ?どーせ橙星(だいだいぼし)の料理が口に合わないからって身を隠しちゃったのよ」

「そうかな?」

ヘンナはそう言うけど、あのマロウ王子がそんなことをするだろうか……

するとマゼンタが先を促す。

「アイツのことはほっといて食べよう」

「そうそう、そうしましょ」

そう言ってヘンナはスプーンをスープ皿に突っ込んだ。

「葡萄、大丈夫?」コチニールが疲労困憊の彼に尋ねる。

「大丈夫です……」

葡萄は曇った眼鏡で顔を上げた。

「じゃあ」コチニールが妹と葡萄に顔を向けると、

「いただきます」

彼らは声を合わせた後、スプーンをスープ皿に入れた。

そして各々口の中にスプーンの中身を投入する。

「うーんっ、美味しいっ!我ながらかなり上手く出来たわっ!料理ほとんどしたことないけどっ!」と、ヘンナ。

コチニールも「うん、美味しいね!なんかコクがある!素材の味かな?」

「マゼンタと王子のつみれのおかげだったりして」ヘンナが笑う。

「ありえるね」つられてコチニールも笑った。

「つみれ?そんなのレシピにありました?」葡萄が聞く。

「葡萄が追いかけられてる間にちょっとね」

コチニールの返答を聞いて眼鏡の彼は再度げんなりした。

その間にもマゼンタは次々とスープを口に運んでいる。

 そんな彼らの光景を、中央のテーブル席に座ったビスタとラセットがじっと窺っていた。

「なんかおかしくないか?めっちゃ美味そうに食ってんだけど」と、ビスタ。

ラセットも「虫のおかげでかえってダシが効いたとか?」

「マジかよ……」

呆れた二人は自分たちのテーブルに向き直る。

「なんだ損した。もっと面白れーことになるかと思ったのによ」ビスタが言う。

「味深めちゃったみたいだしな」ラセットもつまらなそうだ。

彼らの向かい側に座っていた緋色は、不思議そうな顔で食べながら尋ねる。

「おまえらさっきから何してんの?」

「え?」

柑子も「お料理、冷めてしまいますよ」

「ああ」

ビスタとラセットは各々スプーンを握って、湯気が立ち上るスープ皿に投入すると、同時にスープを飲み込んだ。

次の瞬間、

「ぎゃああああああああああっっっ‼‼」

ビスタとラセットの悲鳴が室内に響き渡った。

目の前で二人を眺めていた緋色と柑子とマルーンは、ポカンと口を開けている。

ビスタとラセットの唇はあっという間に腫れあがっていた。いわゆる、たらこ唇というやつである。

「なんだこれはあっ⁈」ビスタが叫ぶ。

「辛っ、辛っ、辛っ、辛っ……‼」とラセット。

「なんだこれはって、魚のスープでしょ?」緋色がきょとんとして答えた。

「んなこたわかってるよっ‼なんでこんな辛えーんだよっ⁈」

舌を出来る限り口の外に出したビスタの隣で、ラセットはコップの水をがぶ飲みしている。

「辛い?」

緋色は柑子、マルーンと顔を見合わせた。

「もう何言ってんの?」

「そうですよ、美味しいじゃないですか、ねえ?」と、柑子。

マルーンも「はい、とても美味(びみ)です」と笑顔を向ける。

ビスタとラセットは時間差で湧いてきた汗を滴らせながら啞然とする。

(こいつらおかしい、この辛さを感じないなんて、イカれてる……!)と、ビスタ。

ここでラセットがやっと事の真相に気づいた。

(そういえば、王都って、激辛料理が多かったんじゃ……)

ラセットの考えは当たっていた。

王都サイエイの都出身である柑子王子とマルーンは、子供の頃から激辛料理に慣れていたのだ。

そして赤星紅国出身の緋色だが、彼もまた実家の茜色(あかねいろ)家では激辛料理が常だったため、辛い料理が大好物だったのである。

 緋色が言う。

「王子が生まれたとこの香辛料ってピリッとしてて美味いな」

「私もいつか緋色の国の香辛料を食べてみたいです」

「おーっ!オレんちに来たらいくらでもご馳走してやるぜっ」

ビスタとラセットは目の前で美味しそうに料理を頬張る少年たちを見て、言葉を失った。

 そんな彼らから少し離れた窓際のテーブルで、マゼンタたちも食事を楽しんでいる。

「なんか、ちょっと舌触りがカリカリしない?」と、コチニール。

ヘンナも「そうねぇ、でもちゃんと火は通したと思うんだけど」

葡萄がスープ皿の底をスプーンですくった。

すると何か奇妙な、茶色い欠片のようなものが顔を覗かせた。

「ん?」

眼鏡の彼は思わず首を傾げた。




















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