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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
橙の章
103/130

第102話 私の妻


 コチニールと弟カーマインの母カメリアは、正真正銘赤星(あかほし)紅国(くれないこく)出身の赤人(あかひと)である。

どういった家の出身か父クリムスンや家の男たちに尋ねるのはあまりにも怖くて未だ確かめたことはないが、恐らく割といい所の家のお嬢さん、だったのではないかとコチニールは推測している。

 当時のことは自分も幼くてよくは憶えていないが、それなりに幸せな生活を送っていたのではないだろうか。

父クリムスンと結婚してすぐに自分が生まれ、その後カーマインも生まれ、守人(もりひと)一族としても大きな戦に巻き込まれたりする時期ではなく、相当安定していた時代だったと思う。

 なのに、ある日突然、母はいなくなった。

何も言わず、何も残さず、突然クリムスン家を去った。

父にそのことを尋ねても「もう戻ってこない」とだけ言われた。

その時の父の顔がとても冷たくて、恐ろしくて、この件に二度と触れてはいけないのだと、子供ながらに感じたのだけは今でも憶えている。

 それから約十年後。まさかこんな形で母親と再開することになろうとは。

コチニールは写真を手にしたまま尚も言った。

「どうして……!」

「なら本人に直接聞いたほうが早い」

マゼンタはそう言うと、兄の腕を引っ張って歩き出す。

「えっ、ちょっ……!」

妹の怪力に抗えるはずもなく、コチニールは色光(しきこう)フィールドに立つ教師の元へと向かい始めた。

 チェスナットの前には数人の男子生徒が並んでいる。きっと皆戦闘部色光クラスに所属する生徒なのだろう。

彼らは担当教師であるチェスナットの言葉を真剣に聞いていたが、チェスナットが今日の授業を閉めると、早々にその場から去っていった。

これは丁度いい。

兄の腕を引っ張って歩くマゼンタは彼の背後に立つと、早速声を掛けた。

「チェスナット、先生」

相手はすぐに振り返った。

「おや、君たちは」

チェスナットはマゼンタとコチニールの姿を視認すると、ほんの僅かに目を丸くする。

「今ちょっといい、ですか」

マゼンタが不慣れな橙星(だいだいぼし)の敬語で話しかける。

「構いませんが」

チェスナットは彼女から、彼女の隣に立つコチニールへと視線を向けた。

その視線を感じ取ったコチニールは、気まずそうに下を向く。

「体調はもうよくなりましたか?」

チェスナットの穏やかな口調に、コチニールははっとなって顔を上げた。

「あっ、はいっ、おかげさまで……!その節は保健室にお見舞いに来てくださって、ありがとうございました……!」と、上げた顔をまた勢いよく下げた。

「いえいえとんでもない。慣れない土地に来て色々と気疲れもしたでしょう。どうぞいっぱい休んで、また元気になってくださいね」

「あ、はい……!」

いつもなら笑える。

どんな返答をされても苦笑いでごまかせる。

なのに、今回ばかりは表情筋全てがそれを拒否している。

コチニールは目を泳がせつつ、何とか相手から視線をそらそうと必死だった。

 三人の間に静かな間が流れた。

誰も何も言わないのだから当然だろう。

微かな風が、遠くに立ち並ぶ木々の葉を揺らす音だけが、少女の耳には届いていた。

「それで、私に何か?」

チェスナットが何も言わない二人の生徒に尋ねた。

それを合図に、マゼンタは兄の背中をぐいっと前に押し出す。

(ちょっ、マゼっ……!)

コチニールは焦ったが、妹はいつも通りの無表情のまま大きな瞳で語りかけている。

その内容は口には出さずとも、兄はしっかりと読み取った。

「ん、どうかした?」

チェスナットが不思議そうに首を傾ける。

「あっ、あのっ……!」

裏返る声で、コチニールは何とか口にする。

「はい」

穏やかに答えるチェスナットに、コチニールは恐る恐る例の写真を差し出した。

「あ」

「あの、これ、この前、保健室に落として、行かれて……」

「どこで無くしたのかと思っていたんですが、そうですか、保健室にあったんですね、ありがとうございます」

そう言ってチェスナットは写真を受け取った。

マゼンタはその彼の様子をじっと見つめている。

「あの……失礼ですが、その写真に、写っていらっしゃる、方は……」

コチニールは震える声を必死に抑えて尋ねた。

「ああ」

チェスナットの表情が明らかにほころぶ。

「私の妻です」

 瞬間、コチニールの呼吸が止まった。

兄の隣に立っていたマゼンタも、無表情ながら内心驚いていた。

「ツマ……?」と、コチニール。

「ええ。今時紙の写真を持っているなんて時代遅れかもしれませんが、私にとっては大切なものなので、拾ってくれて本当に感謝します、ありがとう」

「あ、いえ……」

不意に、コチニールは力が抜けたように踵を返すと、そのまま立ち去っていく。

トボトボと、あてもなく、ただこっちが弓道場だろうと、適当に当たりをつけて。

マゼンタはチェスナットを一瞥すると、すぐさまコチニールの後に続いた。

まるで意識があるのに、目の前が真っ暗で何も見えていない人間をサポートするかのように。

自分の手元に写真が戻ってきたチェスナットは、そんな二人の後姿をじっと見送った。




 夜の学食は賑わっている。

厨房では柿渋(かきしぶ)渋紙(しぶがみ)夫妻を中心に、息子の洗柿(あらいがき)もせっせと包丁を動かし、出来上がった料理を生徒たちが自由にプレートに盛りつけ、席に運んで談笑しながら食事を取っている。

 ずらり並ぶ学食のテーブルでは、とある隅っこの席にマゼンタとコチニールが並び座り、二人の迎え側には葡萄(えび)も掛けていた。

彼女たちは一応食事中ではあったが、コチニールのプレートだけはほとんど手つかずで、料理がたんまり残されている。

 彼はスプーンを持ったまま溜息をついた。

隣に座ったマゼンタが、思わず兄に視線を向ける。

「まだ本調子ではないようですね」

葡萄がコチニールに尋ねた。

「え、あ、そんなことはないよ」

「でもほとんど箸が進んでいません」

「そんなことないと思うけど」

「食欲がないなら無理にとは言いませんが、少しでも食べないと力が出ませんよ」

「うん、そうだね……」

眼鏡の彼に言われて、コチニールは目の前のプレートを見下ろす。

けど、どうしても食べる気力がわいてこない。

「葡萄」

「はい」

コチニールは顔を上げると、言った。

「僕の母上ってどんな人だったか憶えてる?」

葡萄が一瞬固まる。

マゼンタはコチニールを横目で見つめた。

「ど、どうして急にそんなことを?」葡萄が微かにうろたえる。

「いや、どんな人だったかなと思って。ほら、僕が小さい時に家を出て行ってしまったでしょう?だからあまり憶えていなくて」

今まで、家の誰にも聞いたことはない。

父上から〝もう戻ってこない〟と言われたあの時から。もうこのことに触れてはいけないのだと感じたあの日から。

怖かったから、父上の顔がとても怖くて悲しかったから、だから誰にも聞けなかった。

でも、今ならもう、聞いてもいいのかもしれない。

あの写真が自分の所に舞い降りて、あんな形で母と再会して、その母がチェスナット先生の奥さんだって、知ってしまったから……

 葡萄は手にしていたスプーンをプレートに置いた。

「カメリアさん、ですか。懐かしいですね」

コチニールとマゼンタは、眼鏡の彼に顔を向けた。

「優しくて大らかで自由奔放で、とても素敵な方だったと思います。ただ……守人一族の、クリムスン家に収まる器の方ではなかったのかもしれません。だからお二人は別々の道を歩まれる決断をなさった……と言ってもその頃私もまだ子供でしたから、あまりよくはわかりませんが」

「そっか……」

「でもまたどうして急に?」

「え、いや、なんとなくさ……」

葡萄は心配そうに目の前のコチニールを見つめる。

コチニールはまたプレートへ視線を落としたが、相変わらず手をつける気配はない。

マゼンタはというと、何かを考えるようにただ前方を見ていた。

 その時、何も知らない緋色(ひいろ)が足取りも軽くやって来た。

「ちょっと、おまえらまだ食べてんの?って」

暗っ!

コチニールたちの雰囲気を感じ取った緋色は、心の中で叫んだ。

「ちょちょちょ、なんかあった?なんかやらかしたっ?」

「何もないよ」と、疲れたように微笑むコチニール。

葡萄も「緋色(あなた)じゃあるまいし、我々がやらかすわけがないでしょう」

「どーゆー意味だよそれっ!てかさぁ、ただでさえ柑子(こうじ)王子が今も凹みまくってんのにおまえらまで暗くなんなよおっ!心配すんだろおっ!」

コチニールがそういえば、と緋色に確認する。

「柑子王子まだ元気ないの?」

「ないよ、どっかの誰かさんのおかげでさぁ」

緋色はマゼンタに思いっ切り視線を投げた。

だが当の本人は全く身に覚えがない様子で、「ん?」と首を傾げた。




 最近の柑子は様子がおかしい。

授業はまともに受けているし、休み時間も昼休みも放課後も、話しかければ今まで通りちゃんと答えてくれる。

しかしそれ以外は自分から何かを発することは極端に減った。

彼は一日のほとんどをぼんやりと過ごし、でもただぼんやりとするのではなく、何かをひたすら考えている様子だったのだ。

考えて考えて考えて考えて、また考えて考えて考えて考えまくる……

それをずっと続けているようだった。

自分の答えが出るその瞬間まで、ただずっと。

 また、彼とは違った意味で様子のおかしい人物もいた。

その人物も柑子と同じくこれまでと同じような生活を送っていたが、時々姿を消しては、誰かの後をつけ回しているようだった。

休み時間、昼休み、放課後、その人物は学園での隙間時間を狙っては、何かを調べるかのごとくこそこそと動き回っている。

 そしてとある日の夕刻、彼は中央棟の校舎にほど近い教師専用の駐車場に、こっそり身を潜めていた。

駐車場は平面的で身を隠す場所はほぼないに等しかったが、すぐ側にはやはり茶色い木々がその場を囲むように植樹されており、彼はありがたくその木の陰に収まった。

 駐車場には白や茶や黒の車がずらり並んでいる。

車の背丈は立った時の彼よりも低く、帰宅する教師がぽつぽつとやって来ては自らの車に乗り込み、颯爽と去っていく光景がしっかりと見渡せた。

彼は幾人かの教師が車で走り去るのを見送ると、例の相手が現れるのをひたすら待ち続ける。

(チェスナット先生の車、どれだろう……まだ学園内にはいるはずだけど……)

彼がそう思った時、またも背後から聞き覚えのある声が降ってきた。

「コチニール」

コチニールは驚きすぎてビクッと体を震わせる。

もう、心臓に悪い……!

彼は振り返って彼女の姿を確認した。

「マゼンタ……!毎度脅かさないでよ……」

自分の後ろに仁王立ちで立っていたのは、やはり妹だった。

「こんな所で何をしているんだ」

「えっ、あっ、別に……」

「チェスナットの車を捜しているのか?」

「え、あ、いや……」

「そしてその車を尾行して家を捜し当て、母親に会いに行くのか?」

「いや、それは……」

「そんなに母親に会いたいのか」

「そんなこと……」

「そんなにおまえを捨てた母親に会いに行きたいのか」

「そうだよっ!会ってみたいよっ!たとえ僕らを捨てた人でも会ってみたいんだよっ!」

マゼンタはコチニールをただ見つめる。兄は肩で息をしていた。

こんな彼の姿を初めて見た。

いつも優しくて穏やかで皆に気を遣って声を荒げたことなどなかったのに。

「どうやって」

妹は兄に尋ねた。

「えっ……?」

「走る車をどうやって追いかける。おまえも一緒に走るのか?」

「それはっ……途中でタクシーか何か捕まえて……!」

兄の答えにマゼンタが溜息をつく。

「そんなに奴の住んでいる場所を調べたいのならもっと簡単な方法があるだろ?」



 その場所は講堂だった。

いつも必須科目の授業を受ける、あの講堂だ。コチニールが倒れた、あの講堂だ。

今日の授業が全て終了し、講堂内に生徒は誰一人残っていない。

遠くのほうからは生徒がはしゃぐ声も聞こえてはくるが、この場所には誰もいない。

ただ二人だけを除いて。

 マゼンタとコチニールは、講堂のいつもの席に座っていた。

窓際の中腹辺り、緋色や葡萄たちと共に座る席の場所。

そこに彼女たちは並んで腰かけると、マゼンタは机上に手をかざす。

すると透けるような画面が独りでに立ち上がり、手前にはこれまた透けるようなキーボードも浮かび上がった。

「奴の住所を調べたいなら教師陣の住所録を当たればいい」

彼女はキーボードに手を置いて兄に言った。

「でも僕たち生徒は見れないでしょう?そんな権限はないんだし」

「だったら入り込めばいい」

マゼンタが言うが早いか、彼女は高速で指を動かしキーボードを叩きまくる。

「えっ……」

コチニールが目を見開く間にも、画面にはいくつものコマンドが浮かび上がっていた。

(ちょっと待って、これって……)

兄が呆然としていると、突然、廊下の電気が消える。

実際は廊下だけでなく、中央棟の室内に灯っていた全ての照明が消えていた。

 だがそんなことはマゼンタには関係ない。

目的はチェスナットの自宅の住所を調べること。それが兄コチニールの望みなのだから。

「ハッキングってヤツじゃないっ⁈」

マゼンタの隣に座ったコチニールは言った。

「かもな」

彼女は画面を見つめて指を動かしたまま答える。

(かもなって、犯罪だよっ⁈てゆうかっ)

コチニールは隣の妹を凝視した。

彼女は尚も高速でキーボードを叩き続けている。

(こんなのいつの間に習ったの⁈)

兄が驚愕していると、それまで忙しなかった彼女の指が不意に止まった。

「あったぞ」

マゼンタの言葉にコチニールがはっとして画面に目を向ける。

「どうする?記憶するか?それともなかったことにするか?」

コチニールの喉が、ごくりと音を鳴らして答えた。



 同時刻、学園から程なく離れた車道を一台の車が走行していた。

道は舗装され、両脇には街路樹が植えられ、また渋滞することもなく、至って快適な走行だ。

茶色いその車の車内には、学園に関係する一人の教師が乗車していた。

彼は運転席に座ってはいるものの、車は自動運転のため自分で操作する必要はない。

だから目を閉じ腕組みをしていても、車は勝手に目的地まで連れていってくれる。

彼は安心して、今日もただ運転席に腰を下ろしているだけでよかった。

 しかし、その静寂はあっさりと破られる。

彼の左手首に巻かれた時計型の端末が、着信音を一度だけ鳴らしたのだ。

彼は目を開けると、自分の手首に視線を落とす。

「早かったな」

彼はそれだけ呟くと、再び目を閉じた。




 学食は今夜も賑わっている。

柿渋渋紙夫妻、息子の洗柿が汗水垂らしながら食事を作り、生徒たちが料理を自由に盛りつけ、席に着いては食べて笑って。

それらはいつもと何ら変わらぬ光景だった。

 ただ一つ。最近妙に落ち込んでいた一人の男子生徒を除いては。

彼は妹の隣に勢いよく座ると、黙々とプレート上の料理を食していく。

その有様はこの学園に入学してから初めてのことではなかろうか。彼は何も言わずにただただ料理を口に運んだ。肉も豆も芋も野菜も、詰め込めるものは詰め込めるだけ全て詰め込んだ。

 彼の様子に決して感化されたわけではないが、妹も黙々と食事を続ける。

何も言わず、ただプレートに視線を向けて、ひたすら料理を口にした。

そんな二人の迎え側に座った葡萄と緋色は、彼女たちを眺めて言う。

「コチニールめっちゃ食欲出てきたじゃん」と、緋色。

「体調も復活してこれで一安心ですね」と、葡萄。

緋色と葡萄はそうして喜んだが、コチニールとマゼンタは黙って食べ続けた。

「あーあ、柑子王子もこいつらみたいにまた元気になってくれたらなぁ」

緋色の言葉に葡萄が尋ねる。

「ところで柑子殿下は誰に何を言われて落ち込んでいらっしゃるんですか?」

「えっ⁈言ってなかったっけ⁈」

「聞いておりません。コチニールの件でそれどころではありませんでしたから」

「あー……」

緋色はマゼンタに目配せするも、彼女はひたすら豆をスプーンで食べるのに集中している。

「いや、葡萄は聞かないほうがいいと思う、それがおまえのためだ」

「なんですかそれは」

緋色は思った。

(マゼンタがあんなことを言ったって知ったらたぶん卒倒するわ。しかもその場にマロウ王子もいたって知ったら一生起き上がれないだろ……!)

 その時、食事がたんまりと乗せられたプレートを持って、ヘンナがやって来る。

「お疲れー」

「ヘンナ!」と、緋色。

葡萄も「授業随分延びましたね、衛生部はお忙しいんですか?」と彼女を労った。

「まあねぇ」

言いながらヘンナはマゼンタの隣に腰掛ける。

「それもあるけど、今日停電あったでしょ?」

突如、マゼンタとコチニールのスプーンを持つ手が止まった。

「あーあったな」緋色が思い出すように答える。

「それで授業がちょっと遅れちゃって」

「でもすぐに復旧しましたよね」と、葡萄。

「そうなんだけどさぁ」

ヘンナはそう言って肉にかぶりついた。

 その会話はとりあえずそこで終わり、マゼンタとコチニールはまた黙々と食べ始める。

けれども二人の様子を、葡萄だけは不審な目で眺めていた。




 目的地は閑静な住宅街の中にあった。

学園から車で約二十分。きちんと舗装された灰色の車道の両脇に、白い二階建ての四角い建物が続いたかと思うと、まさかの目的とする建物もその一つだったのだ。

建物の前にはどの家も鈍く光る観音開きの門があり、その奥に茶色い木々が少しばかり並んで、奥に二階建ての住居が見える。

この一帯はどの家も同じ外観で同じ作りをしているらしい。

環境的に何かに配慮しているのか、それともそういった売り出し方をしたのか、事情はよくわからないが、とにかくどの家も全く同じようにしか見えなかった。

 目的の少し手前の道で、マゼンタとコチニールはタクシーを降りた。

橙星カイクウの都のタクシーも、基本的には赤星紅国のタクシーと形状は一緒だ。

低い車体にタイヤが四つ付き、前方と後方は少しばかり張り出している。

運転席の位置こそ紅国とは逆で左前側だが、それ以外はハンドルも足元のアクセルやブレーキも、隣の助手席も後ろの座席も、作りはほぼ変わりない。

また乗り方も一緒で、無人、自動運転、無料である。

ただしマゼンタたちは赤人という外の星から来た人間なので、乗ることは出来るが無料というわけにはいかないらしい。

と言ってもそんなに高い値段をぼったくられる、なんてことはなく、ちゃんと距離によって定められた値段を腕時計の端末で支払い、すんなりと降車することが出来たのだが。

 マゼンタとコチニールはタクシーを降りると、目的地に向かって歩き始めた。

一応二人共、学園の制服を着用している。なぜかはわからない。わからないが、何となくそのほうがよいのではないかと二人で相談をし、決めたのだった。

 マゼンタは車道の隣に並ぶ灰色の歩道を、先頭を切って歩く。がしかし、後に続く兄の足取りはいやに遅い。

「こっちで、いいんだよね……」

不安げなコチニールが妹に尋ねた。

「ああ、地図で確認した」

「あの、今日休日だけど、チェスナット先生は……」

「あいつは今学校にいる、それも確認済みだ」

「そう、用意周到だね……」

褒めているのか呆れているのか、どっちなのか両方なのか、とにかくコチニールがそう言った時、マゼンタが一軒の家の前で立ち止まった。合わせて兄も歩みを止める。

「ここだな」

彼女の言葉にコチニールの心臓がドクンと音を立てた。

二人の前には頑丈そうな横長の門があり、その左側奥には茶色い木と赤や橙色の花が生い茂っていて、右側奥には二階建ての白い家屋が見える。

ここが目的地、チェスナットの自宅だ。

 マゼンタとコチニールは、門の右側を支える低い石壁の前に立つ。

その壁の上部には長方形の小さなインターホンが設置してあった。

マゼンタはそのインターホンをじっと見つめる。

けれど隣に立つ兄は、一向にそのボタンを押そうとしない。

「コチニール?」

「ね、ねえ、やっぱり今日は、やめとかない……?」

「ここまで来て?」

「だって、ほら、急に訪ねたら、申し訳ないし、相手の都合だってあるだろうし……」

「でもおまえは母親に会いたかったんだろう?」

「それは……」

そうだけど……

コチニールが戸惑うように視線を落とすと、マゼンタは何の躊躇もなくインターホンを押し込んだ。

(ってマゼンターっ⁈)

コチニールが妹の行動に悲鳴を上げる。

どうして君はそうなんでも勝手に迷うことなくやってしまうんだあっ⁈

兄は内心彼女をものすごく非難した。

 ところがだ。インターホンからは何の反応もない。うんともすんとも言わない。

マゼンタは何度かインターホンを押した。しかし反応は全く変わらなかった。

「留守……みたいだね」

コチニールがほっとしたのも束の間、妹は鬼の勢いでインターホンを押し始める。

その連打は目にも止まらぬスピードだった。

「ってちょっ⁈そんなに押したら壊れちゃうよっ!」

兄が妹の腕を掴んでやめさせようとした、その時。

門の奥で、何かがキイッと音を立てた。

コチニールとマゼンタがはっとして顔を上げる。

一人の女性が白い建物の玄関扉を開けて、こちらを見下ろしていた。




















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