第九話 復帰
東アクアフィールドに潜伏していた過激派が海軍に掃討された翌日―。
ここは首都にある国内でも大手の軍事企業。巨大な建物の中では、多くの従業員が忙しく働いていた。
そのオフィスの一角で、長い黒髪が特徴の女性が机に向かっていた。歳は若く、二〇代の半ば程。
彼女はさっきから手元にある書類に目を通していた。その瞳はどこか儚げで、心の奥に何か大きな悩みを抱えているように見えた。
「カッターさん、ユーリ=カッターさん」
「はい」
ユーリと呼ばれた女性は顔を上げ、声のした方に向かって返事をした。
「海軍司令部の方からお電話です」
その言葉を聞いた時、彼女は一瞬表情を曇らせた。
ユーリは電話のある場所に移動した。そして傍らに置いてあった受話器を手に取った。
「代わりました、カッターです」
『おおユーリか、俺だ』
電話口から聞き慣れた声がして、彼女は顔をしかめた。
「またですか、サイクロン少佐」
『よせよせ、そんな呼び方。以前みたいにミカエル兄さんと呼んでくれよ』
「そういうわけには参りません」
『むう、相変わらずお堅いヤツめ。まあいいや、ところでお前の海軍復帰の件についてだが・・・』
「何度も言いましたが、私は海軍に戻る気はありません。あんまりしつこいようなら、いくら少佐といえども・・・」
『まあそんなこと言うな。それに今から俺がする話を聞いたら、お前の気持ちも変わるかもしれんぞ』
「話?」
それからミカエルは話し出した。ユーリは初め黙ってその話を聞いていたが、やがて驚いた表情を見せた。そして微かに震える声でこう返した。
「そ・・・それは本当ですか?」
『お前に噓をついても始まらんよ。もとよりこの場で返事が貰えるとは思っておらん。少し考えて、決心がついたら連絡をしてくれ。色よい返事を期待しているぞ。それじゃあな』
そこで電話は切れた。
ユーリは静かに受話器を置いた。その顔は僅かに紅潮し、口元には笑みが浮かんでいた。
同じ頃―。
東アクアフィールドの沖に、一隻の駆逐艦が停泊していた。
その艦から降ろされたボートが、港の桟橋に兵士を一人乗せて係留されていた。
その桟橋の上で、ヒデカツはセーラと向かい合っていた。彼の足下には、荷物を積めた大きなバッグが置いてあった。
「<ワイバーン>の皆さんが、僕を首都まで送り届けてくれるそうだ。おかげで帰りの交通費が節約できて助かるよ」
「そう、それは良かったわね」
「まあ大変なこともあったけど、ここでの日々は結構充実してたかな。特にセーラ、僕は君に会えてとても良かったよ」
「私もヒデカツに出会えてとても良かった」
「帰ったら連絡するよ。僕は君との関係をこれで終わりにしたくない。これからも交流を続けていきたいんだけど、いいかな?」
「あ、そのことなんだけどね、ヒデカツ・・・」
と、セーラは語りかけた。
「私、海軍に戻ることにしたわ」
それを聞いたヒデカツの表情が、パアッと明るくなった。
「ほ、本当かい?」
「うん。私、ずっと海軍に不信感を抱いてきた。今も完全には消えていない。でも、あなたみたいな人が一緒にいれば大丈夫なんじゃないかと思って・・・いけない?」
「セーラ・・・!」
突然の申し出に、ヒデカツは天にも昇るような心地になった。
「ありがとう、とっても嬉しいよ!」
「そう、なら良かった!」
それからセーラはヒデカツに近づいた。そして彼の顔にそっと両手を添えるとそのままお互いの唇を重ねた。
その行動にヒデカツは驚いて一瞬目を見開いたが、すぐに閉じて彼女の背中に両腕を回した。
しばらく二人はその姿勢のままじっとしていた。
やがてセーラはヒデカツから身体を離して言った。
「帰ったら連絡するわ」
「待っているよ!」
ヒデカツはバッグを手に取るとボートに乗り込んだ。そして舟が離れた時、岸に向かって振り返った。
そこには、希望に満ち溢れた表情のセーラが、彼に向けて手を振る姿があった。