第八話 制圧
(とはいえ、絶望的な状況に変わりはないんだよなあ)
と、銃を構えながらヒデカツは思った。
同時に、彼は今までの自分の人生について思いを巡らせた。
(考えてみれば、祖国を捨ててからこの国へ逃げてくるまで、結局何も成すことができなかったな・・・情けないといえば情けないな)
でも、とヒデカツは側にいる女性をちらりと見た。
(こうして最後に彼女のために死ねるなら、それはある意味本望かもしれないな)
複数の人間が近づいてくる気配がした。それが扉の前で止まった時、ヒデカツはゴクリと唾を飲み込んだ。
その時―。
ダアアアァァァン!
巨大な銃声が辺り一帯に轟いた。それと同時に扉の前で人間の倒れる気配がした。
銃声はその後何度も鳴り響いた。
(何があったんだろう?)
ヒデカツはセーラと顔を見合わせた。
やがて建物の中にも聞こえるような大声が周囲にこだました。
「こちらアクアフィールド海軍である!お前たちは完全に包囲されている!おとなしく投降しろ!」
「はあああぁぁぁ~~~~~~」
急に緊張の糸が切れ、ヒデカツはその場にへたり込んだ。
祖国にいた時、敵の空襲で逃げ惑ったことはあるが、今回の出来事は彼にとってそれを上回る恐怖の体験だった。
そんなヒデカツの前にセーラが駆け寄ってきて、右手を差し出した。
「お疲れ」
「ああ・・・」
差し出された手を握って彼は立ち上がった。そしてポツリと言った。
「ごめん」
「どうして謝るの?」
「だって僕のせいで大変なことになっちゃったし・・・最後みっともない所を見せたし・・・」
「ううん、そんなことない。あなたはとても勇敢だったわ。それに・・・謝らなければいけないのは私の方だから」
「どうして?」
「あなたが言った私を守り抜くって言葉。実は私、少し疑ってたの。私を置いてすぐに逃げ出すんじゃないかって」
ヒデカツは黙ってセーラの話を聞いていた。
「だけどあなたは逃げなかった。それどころか私と一緒に死ぬと言ってくれた。その時思ったの、この人は本気で私のことを考えてくれていると。だからごめん・・・そしてありがとう」
そう言って彼女は、出会ってから初めて満面の笑みを見せた。
それにつられてヒデカツも、この国に来てから初めて心からの笑顔を返した。
「艦長、市内に潜伏していた過激派の掃討、全て完了しました」
「ご苦労」
艦内でメアリからの報告を受けたロックは、そう言って一つ頷いた。
「それでですね、今回の掃討に関して我々に通報及び過激派の足止めを行った協力者が二名おりまして」
「ほう、どのような方々だ?」
「一人は補給艦部隊所属のヒデカツ=ワタベ海軍中尉」
「ふむ」
「そしてもう一人は・・・」
「もう一人は?」
「セーラ=オルメス元海軍大尉です」
「何と!」
若くして指揮官に昇進し、数々の戦場で功績をたて、先の戦争で敵軍に捕らえられ、戦後忽然と姿を消した悲劇の英雄―。そのような人物がこのような地方都市に滞在していたことを知り、ロックは感動を覚えた。
「いかがいたしましょうか?」
「うむ、お連れしろ。ぜひとも話が聞きたいものだ」
「了解しました」
それからロックは天井を見上げながらこうつぶやいた。
「今日の食事はとびきり美味くなるぞお」