第五話 傷心
「はあ・・・」
艦の手摺にもたれかかりながら、ヒデカツは一つ溜め息を吐いた。
彼は今、<イフリート>の見張り台の上にいた。そして一人で町の様子を眺めていた。つい先程までは、遠くの方で衝突による黒煙が上がっていたが、今は平静を取り戻していた。
「よお、こんな所にいたのか」
不意に後から声がしたので振り返ると、丁度キューベルが見張り台へ上ってくるのが見えた。
「キューベル、現地に行ってたんじゃなかったの?」
「さっきオリヴァから連絡をもらってな、お前が大変だって聞いたから戻ってきた。とりあえず危険は去ったし、しばらくはローラたちに任せても大丈夫だろう」
そう言いながらキューベルは、ヒデカツの側へやって来て彼の隣へ立った。
「オリヴァから聞いたぞ。オルメスと喧嘩したそうじゃないか?」
「別に喧嘩という程のものじゃないよ。ただ少し感情の擦れ違いがあったというか・・・」
「オルメスはお前のことを心配してたんだろ?あいつはお前に傷ついてほしくなかったんだ。だからお前を視察に向かわせて少しでも危険から遠ざけようとした。ちゃんと分かってやれよ」
「いや、それは分かってるんだけどね・・・」
ヒデカツはそう言うと、暗い表情をして俯いた。
「初めてセーラに会った時、僕は彼女に絶対に見捨てない、どんな時でも必ず守り抜くと誓ったんだ。だから僕は自分なりに、彼女を守るために精一杯の努力をしてきた・・・」
そこまで言うとヒデカツは、一つ息を吐いた。
「だけど自分がやってきたことといえば、彼女を不安にさせるようなことばかりだ。今回のことだって、僕がまた無理をしないか心配してやったことなんだろうし。好きな人にこんな思いをさせるなんて、僕は彼女にふさわしくないのかな?」
ヒデカツはそう力無く言った。
そんな彼の話を、キューベルは黙って聞いていた。
「お前らしい悩みだな。確かにお前は、時々突拍子もない行動を起こす。そのことが、こちらから見ていると危うく感じることもある」
キューベルはそこまで言って、フッと微笑んだ。
「だがな、そのおかげで俺たちが随分と助けられてきたのも事実だ。お前はこれからも自分を貫けばいい。そして危ないと判断した時は、俺たちが手助けする。そのことはオルメスも分かっていると思うぞ」
「キューベル・・・」
「まあ、まずはオルメスと会って話してみることだな。あいつのことだ、お前の気持ちをきっと理解してくれると思うぞ」
そう言ってキューベルは、ポンとヒデカツの背中を叩いた。そして見張り台の梯子へ向かって歩き出した。
その姿が見えなくなるまでヒデカツはじっと見つめていた。そして再び町の景色に目を移した。
「失礼します」
艦長室の扉を開きながら、エリーはそう言った。
セーラは自分の席で、顔の側面を机につけながら倒れ込んでいた。エリーの姿を見ても、彼女はチラッと視線を向けるだけで、上体を起こそうとしなかった。
(うわあ、ここまで弱っている艦長を見るのは初めてね。敵軍に捕らえられた時だって、ここまでじゃなかった気がするわ)
そのようなことを思いながら、エリーはセーラに近づき、彼女の側に立った。
「オリヴァから聞きました。先任と気持ちの行き違いがあったそうですね」
その言葉にセーラは視線を伏せた。
「先任は艦長のことが心配だったのでしょう?状況が分からなかったために、つい不安が表に出てしまったのですよ。その辺りは、きちんと理解してあげませんと」
「うん、それは分かっているのだけど・・・」
セーラはそうポツリと言った。
「私は今まで、自分も含めて犠牲が出ることをいとわなかった。もちろん人の命を預かっているのだから、できるだけ犠牲は少なくしようと考えているわ。それでも多少出るのは仕方がないと思っていた」
そこまで言うとセーラは、はあと息を吐いた。
「だけど彼だけは駄目なのよね。彼だけは何としても失いたくない、傷つけたくない、手放したくない。そのような思いが先に立ってしまうの。今回のことだって私の気持ちを優先して、結局彼のことを考えてなかったのよね。このような事をしてしまう自分は、軍人失格なのかしら?」
セーラはそう弱々しく言った。
そんな彼女を見て、エリーはフフッと笑った。
「何?」
「あ、失礼。艦長でもそんなことを考えるのだなと思って。誰でも大切な人の一人や二人います。その人を失いたくないと思うのは、人として当然のことではないでしょうか?」
「エリー・・・」
「私が思うに、艦長は今まで人を守る側にいました。だからいざ自分が守られる側になった時、どうすればいいのか分からず戸惑っているのではないでしょうか?」
「守られることに・・・戸惑う・・・?」
「以前艦長は先任に、先任の身体は彼だけのものじゃないとおっしゃったそうですね。でもそれは、あなたにも当てはまることです。先任がそうであるように、艦長の身体もあなただけのものじゃないのですよ」
「私の身体は、私だけのものじゃない・・・?」
「まあ私のような者がこのようなことを言うのも何ですが・・・。とにかく今は、先任とゆっくりお話しをしてみてください。先任のことです、必ず艦長の気持ちをしっかりと受け止めてくれますよ。それでは失礼いたします」
エリーはそう言って敬礼をした。そして部屋の出入口へ歩き始めた。
その様子をセーラはじっと見つめた。そして扉が閉まると再び視線を落とした。
「どうでしたか?」
艦内を歩いているキューベルに、オリヴァが尋ねてきた。
「おう、一応できるだけのことはした。本人はあまりピンときてないようだったが、きっと分かってくれたと思うぞ」
「だったら良いのですが・・・」
そうオリヴァはポツリと言った。
「何の話をしているのですか?」
声のした方を振り返ると、エリーがこちらへやって来るところだった。
「おう、そっちはどうだった?」
「こちらも一応できる限りのことはしました。伝わったかどうかは分かりませんが、ちゃんと理解してくれたと思います」
「そうか」
キューベルはそう短く答えた。そして続けてこう言った。
「二人にとって互いは、こちらで見つけた生きる希望だ。必ず上手くいくさ」




