第二話 着任
数日後―。
ヒデカツとセーラたちの所属する戦車揚陸艦<イフリート>は、他の交代要員を乗せた艦と共にアクアフィールドの東の軍港を出航した。天候は良く、大きなトラブルもなく航海は比較的順調に進んだ。ヒデカツにとって、軍の任務での長期航海は初めてであったが、先日の旅行のこともあって特に疲労を感じることはなかった。
それから一〇日程経った後、艦隊は西東方の沖の海域に差し掛かった。
「艦長、あと一五分程で西東方の港に到着します」
操舵員のオリヴァ=バラック一等兵曹が報告した。
「了解。許可が下りるまでそのまま待機せよ」
艦長席に座りながら、セーラは答えた。
彼女は指示を出した後、一度大きくふうと息を吐いた。そして艦橋内をぐるりと見回した。
そしてヒデカツの姿が視界に入ると、セーラはじっと彼を見つめた。
先程からヒデカツはじっと正面を見つめていた。その表情は硬く、どこか思い詰めたような雰囲気だった。
「緊張してるの?」
セーラはそっとヒデカツに話しかけた。
「うん、それは、まあ」
そう彼は短く答えた。
「まあ気持ちは分かるけど、以前も言ったように今回は直接戦闘に参加するような任務ではないわ。もっと肩の力を抜いて、リラックスして臨まないと。でなければ任務の度に体力を消耗することになるわよ」
「うん、それは分かってるよ。だけどこうして命懸けの任務に向き合っているわけなんだから、やっぱりある程度の緊張感は持つ必要があると思うんだ。でないとそのうち取り返しのつかないことになりそうな気がして」
そう言ってヒデカツは、セーラの方へ視線を向けた。
「ふふ、あなたらしいわね。まあそのような真面目な所は嫌ではないけど、でもやはりリラックスの仕方は大事なことよ。これから徐々に慣れていくといいわ」
セーラはそう言うと苦笑した。
「艦長、港から許可が下りました」
次席将校のエリー=ネルソン海軍少尉がセーラに報せた。
「了解。よし、これから入港する。いよいよ我々の任務が始まるわよ」
そうセーラは言った。そして真っ直ぐ正面に向き直った。
「わあ・・・」
目の前の光景を見て、ヒデカツは思わず声を漏らした。
彼は今、<イフリート>の甲板の上から港の様子を眺めていた。そこは最新の設備が整えられており、多くの軍や港の関係者が忙しく動き回っていた。
「凄いな。ここまで整備された港は、本国以外では見たことないよ」
「まあ、そうだろうな」
ヒデカツの隣に立っていたキューベル=アース陸軍中尉が答えた。
「何でもこの港は各国の軍隊が、かなり力を入れて整備したみたいだぞ。それだけ戦略的に重要な個所だったというわけだな」
「へえ。でもそれを聞くと少し複雑な気持ちになるね。本国の利益は、現地の人たちの犠牲によって成り立っていたことになるから・・・」
ヒデカツはそう言うと、沈んだ表情になった。
「まあそれは確かにそうなんだが、この港は、何も海外の軍のためだけに整備されたわけじゃない。地元の人たちにとっても、ここはとても役立っている。それにこの国の人々は、この港は自分たちで造ったのだと誇りに思っている人も少なくないようだぞ」
「それならいいんだけど・・・」
そう言いながらも、ヒデカツの表情は冴えない。
「ま、お前の気持ちも分かるけどな。何でも物事を深刻に考え過ぎない方がいいぞ。もっと気楽に様々なことに向き合っていこうぜ」
キューベルはそう言って、ヒデカツの肩をポンと叩いた。
「隊長ーっ、準備全て完了しましたー!そろそろ出発しますよー!」
キューベルが率いる戦車小隊<ウルフロード>の経理参謀・モニカ=ランダー曹長が遠くから叫んだ。
「了解、今行く!それじゃあ俺たちはこれから任務で内陸の方へ行くから、ヒデカツも自分の職務を頑張れよ」
「うん、気をつけて」
「おう!」
そう言ってキューベルは親指を立てた。そして部下たちの所へ歩いていくと、用意された車両へ乗り込んだ。
「さてと、<ウルフロード>も出発したことだし、私たちは私たちの任務をこなすわよ」
いつの間にか隣に来ていたセーラが言った。
「とはいっても、私たちの任務は専ら後方待機だから、何事もなければすることは特にないんだけど」
「でもまあ、何か不測の事態が起こらないとも限らないから。警戒は常に怠らないようにしないと」
「まあね。あ、それからヒデカツ」
セーラはそう言ってヒデカツに向き合った。
「あなた、これから病院船に行ってくれない」
「病院船、だって?」
そうセーラに言われて、ヒデカツは思わず聞き返した。
「そ。我が国は支援の一環として、この国の沖に病院船を派遣しているのだけど、その視察をあなたに頼みたいの」
「それはいいけど、僕が言って邪魔にならないかな?」
「大丈夫、視察の受け入れはいつも行っていることだから。それに、色々と学ぶことも多いと思うわよ。とにかくよろしくね」
そう言ってセーラは、ニッコリと笑った。
「しかし派遣任務とは、一体いつ以来になるかねぇ?」
車の座席に腰を落ち着かせながら、そうキューベルは呟いた。
彼らの部隊は現在、治安維持の任務のため街の中心部へ向かっている。幹部たちは、それぞれ二台の車に分乗して移動していた。よって今キューベルと一緒にいる幹部はモニカだけである。
「さあ?だけど軍人の本分は戦地に赴くことですから、ある意味本望ではないのですか?」
モニカはキューベルの隣で静かに答えた。
「まあそれはそうかもしれんが・・・。ところで、俺はオルメスの様子が気になったんだが?」
「えっ、どこがですか?いつもと変わらないように見えましたけど」
「見た目はな。だけどあいつ、何か不安そうな顔をしていたぞ?」
「考え過ぎでは?オルメス大尉は実戦経験豊富な方です。今回の任務に不安を抱いているとはとても思えませんが?」
「ん?ああ、そのことについては特に心配してない。あいつならきっと上手くやり遂げるだろう。俺が心配しているのは別のことだ」
「別のこと?」
キューベルの方を向いたモニカは、そう言って首を傾げた。
「お前、あいつの任務でこれまでと今回で違うことが何か分かるか?」
その問いかけにモニカは少し考え込んだ。やがて何かに気づいたようにあっと声を上げた。
「な~んか今回は一波乱ありそうな予感がするな・・・」
そう言いながらキューベルは、窓の外の景色を眺めた。




