第一話 西東方
「はあ・・・」
海軍司令部の建物を見上げながら、ヒデカツ=ワタベは溜め息を吐いた。アクアフィールドの海防の中枢を担うその施設は、今日も周囲を圧倒するように佇んでいた。
「どうしたの?司令部なんて珍しくもないでしょ?」
彼の上司で恋人であるセーラ=オルメスが、少しおかしそうに言った。
「そうだけど、この周りを威圧するような雰囲気には中々慣れないものだよ」
「まあ国の海上の守りを一手に引き受けているのだから、そのくらいの威厳はあって当然なのかもしれないわね」
そう言って彼女は、ヒデカツと共に建物を見上げた。
「だけどそのような場所に僕たちを呼び出すなんて、サイクロン少佐は一体何の用なんだろうね?」
「さあ?けれどこうして私たちを呼び出すということは、あまり気分の良い話ではなさそうね」
「だよねえ・・・」
ヒデカツはそう言うと、深刻な顔をして黙り込んだ。
「まあどんな話かは行ってみれば分かるわ。その後のことはそれから考えましょう」
そうセーラは明るい口調で言った。そしてヒデカツを促すと、二人で正門を通り抜けた。
建物の中に入ると、ヒデカツとセーラは三階へ上がっていった。そしてとある部屋の前で立ち止まると、セーラが扉をノックした。中から返事がしたので、二人は扉を開けて続けて部屋に入った。
「失礼します」
「来たか」
奥の机の前に座っていたミカエル=サイクロン海軍少佐が、二人の姿を見てそう言った。
「お久しぶりです、少佐」
「うむ、久しいな。ユーリから聞いたのだが、なんでもこの前の休暇はワタベ中尉の祖国を訪問したそうじゃないか?どうだ、楽しかったか?」
ちらりとミカエルは隣に立っている秘書官のユーリ=カッター海軍中尉の方を見て言った。
「ええ。とても楽しく充実した時間を過ごせましたよ」
「そうか、それは何よりだ」
セーラの言葉にミカエルはフフッと微笑んだ。
「それで、今日はどのようなご用件なのでしょうか?」
「ああそうだ。近いうちに正式な辞令が下ると思うんだが、二人にはその前に耳に入れておこうと思ってな」
そう言うとミカエルは真面目な顔をして姿勢を正した。
「二人は西東方については知っているよな?」
「はい。我が国のある大陸と東方の大陸の丁度中間に位置する地域で、古くからの交通の要衝として知られている場所です。前の戦争の時、各国はここに植民地をつくり、物資の輸送拠点として利用していました。先の戦争でもその戦略的価値は変わらず、各国はその地を確保しようと必死になっていました。しかし戦争が終わると、各国は政策を転換して植民地を放棄し、それぞれの国へと引き上げていきました。そしてこの地域には独立国家が誕生しました」
「そうだ。だがそれによって今まで抑え込まれていた民族間の対立が噴出し、この地域は内戦状態になった。国際組織の仲介により、現在戦闘は収まっている。しかしいつまた戦いが始まってもおかしくない状態が続いている」
そう真剣な表情でミカエルは二人に答えた。
「そしてここからが本題なのですが」
ミカエルの隣に立っていたユーリが口を開いた。
「ただ今少佐の言った通り、この地域はとても不安定な状況です。このような状態を放置しておくことは、この地域にとっても我が国にとっても、そして世界全体にとっても良い事ではありません。そこで国際組織は、周辺の国々に治安維持の部隊の派遣を要請しました。それを受けて我が国を含めた各国は、部隊を派遣して現在その任務に当たっています。そして今度その部隊の交代が行われます。その時にお二人の艦にぜひとも派遣任務に参加していただきたいのです」
ユーリはそう言った後、表情を引き締めた。
「最初に言ったように、そのうち正式な指令が出る。それまでに、色々と心づもりをしておいてほしい。話は以上だ」
ミカエルはそう言うと、話を締めくくった。
「やれやれ。何の話かと思えば、まさか派遣任務のこととはね」
部屋を出て司令部の廊下を歩きながらセーラは言った。
「西東方か・・・。話には聞いたことがあるけど、実際に現地に行くのは今回が初めてかな。これまで戦闘の現場は何度か経験したことがあるけど、今回はいよいよ本格的な戦地に赴くんだね」
セーラの隣を歩きながらヒデカツは言った。そして暗い表情をして俯いた。
「まあ軍人である以上派遣任務は誰でもいつかは経験することね。ただ今回は戦地といっても直接戦争の当事者というわけではないから、この前の掃討作戦のように戦闘に参加することはないと思うけど」
「うん、それはいいんだけど・・・」
そうヒデカツは呟いた。そしてそのまま押し黙った。
セーラはその表情を見ると、ヒデカツの前に回りこんだ。そして彼の両肩をポンと叩いた。
「そんな顔しないの。確かに戦闘は止まっているとはいえ危険な場所であることには変わりないし、何か不測の事態が起きるかもしれない。だけどたとえそのような事が起きても、私はあなたを守ってみせる。それが恋人として、そして艦長としての私の責任だから」
「セーラ・・・」
彼女の表情を見て、ヒデカツは心が少し穏やかになるのを感じた。
「うん、分かった。ごめん」
「よろしい。さてと、そうと決まればすぐに艦に戻るわよ。そして今回の任務のことを皆に報せないと。これから色々と必要な物資や装備を揃えないといけないからね。乗員の命を守ることも、私たちの大切な仕事だから。さあ、これから忙しくなるわよ!」
そうセーラは明るく言った。そしてヒデカツを連れて出入口に向かって歩き出した。




