第六話 決意
畑を出ると、ヒデカツたちは街へ向かった。
今彼らは街の中心部を歩いている。中央の通りの両脇には商店が建ち並び、道には多くの人たちが行き交っていた。
「おお~っ、ここがヒデカツの生まれ育った街か!」
「何というか、素朴な雰囲気がいいですね」
「本国とはまた違った趣が感じられます」
「我が国の地方都市と比べても遜色ないですね」
<ウルフロード>の面々は、口々にそのようなことを言った。
「本当に、世界には色々な場所があるのね」
「はい。僕も様々なことに触れられて、とても勉強になります」
エリーとオリヴァがそう囁き合った。
「どう?本国の首都と比べると物足りないかな?」
そうヒデカツはセーラに尋ねた。
「ううん、そんなことないわ。確かに首都より小さいけれど、とても風情があって素敵な街ね。このような場所でヒデカツは育ったのね」
そしてセーラは、楽しそうに周囲を見回した。
(喜んでくれてるようで何よりだな。でも・・・)
ヒデカツはそう思いながら、通りの向こうを眺めた。そこには空襲で焼け落ちた建物があった。
(首都の時もそうだったけど、この街にもやはり戦争の傷跡があるな。先程から見ていると、むしろこっちの方がひどいかもしれないな)
そう思ったヒデカツは、暗く沈んだ気持ちになった。
すると、それに気づいたセーラが話しかけてきた。
「ヒデカツ、あなたまた責任を感じているでしょ?」
「え?あ、いや、その・・・」
「あなたが祖国から逃げ出したことに、未だに後ろめたさを感じるのは分かるわ。だけどこうなってしまったのは、何もあなたのせいじゃない。むしろこれからやるべき事が未来にとって大切だと思うの。そして、私もあなたと一緒にそれを考えていきたいわ」
そう言うとセーラは、フッと微笑んだ。
「セーラ・・・。うん、ごめん、ありがとう」
ヒデカツはそう答えると、彼女に笑みを返した。
「さ、それじゃ次へ行きましょう。ヒデカツは、どこかお気に入りの場所とかないの?」
「お気に入りの場所?う~ん・・・」
セーラに聞かれて、ヒデカツはしばし考え込んだ。
およそ一時間後―。
「うわあ・・・」
目の前の景色を見て、キューベルは思わず声を漏らした。
「海だあ~~~~~~っ!!」
そうローラが大きな声で叫んだ。
ヒデカツたちは今、街の沖にある小さな島に来ていた。ここには美しい砂浜があり、夏の間は多くの海水浴客で賑わう場所である。
「何と、この国にもこんなに綺麗な浜辺があったとは」
「いいわね、今からでも泳ぎたいくらいよ」
アコーとモニカはたて続けにそう言った。
「あ~あ、海を見てはしゃいだりなんかして。本当に子供ね、あの人たち」
「そうですね。でもまあ、皆さん楽しそうですね」
エリーとオリヴァが呆れたような口調で言った。
「海にはあまり行ったことがなかったんじゃないの?」
セーラはそっとヒデカツに尋ねた。
「うん、でもたまには来てたよ。もっとも泳ぐことはあまりなかったけどね。僕はこの砂浜に座って、ぼんやりと海を眺めながら一人物思いにふけるのが好きだったんだ」
「まあヒデカツらしいといえばらしいわね」
そう言ってセーラは海の方を見つめた。
「本当に穏やかでいい場所ね。あなたが休暇に東の街を選んだのも分かるような気がするわ。そのおかげで、私たちは出会うことができたのだから」
「まあそれは偶然なんだけどね」
そう言ってヒデカツは苦笑した。
「今日色々なものを見て、気づいたことがあるよ」
不意にヒデカツは口を開いた。
「この国にいた頃、僕は正直自分の国なんかに興味はなかった。毎日を生きることに必死で、とても周囲に目を配る余裕なんてなかったんだ。だけど君たちの国に来て、僕は多くの素晴らしいものを見たり感じたりした。そして再び自分の国に戻って来て、ここにも良いものがたくさんあることを知った。その時思ったよ、僕はやっぱりこの国が好きなんだなって」
そこまで言うとヒデカツは、一度言葉を区切った。
「ここには美しいものや素晴らしいものがたくさんある。それはどれもかけがえのないものだ。僕はそれを守りたい。そして後世までそれを残したい。だから・・・決めたよ!」
ヒデカツはそう言うと、セーラの方を向いた。
「僕はこのまま海軍の軍人を続けるよ!そして君と一緒に世の中の平和を守りたい!それが僕にとって一番大切なことだと思うから!」
「ヒデカツ・・・」
彼の顔を見てセーラはポツリと言った。やがて彼女は穏やかに話し始めた。
「そう言ってもらえて嬉しいわ。私はあなたの行く場所ならどこにでもついていくつもりだった。けれど知らない土地での生活は正直不安だったの。だからあなたの言葉を聞いて安心したわ。これからもよろしくね」
言い終わるとセーラは、そっとヒデカツに寄り添った。
二人は一緒に微笑んだ。そして共に海を眺めた。
それから一週間ほど、ヒデカツはセーラたちと滞在を楽しんだ。そして街の色々な場所を見て回った。あまり広い範囲を訪ねることはできなかったが、それでもみんなは満足そうだった。その間セーラはヒデカツの実家に泊まり、二人は夜通し語り合ったりした。彼らにとってそれは、とても幸せなひと時だった。
やがて時間はあっという間に過ぎ、ついに帰国の日を迎えた。
「ああ、秀勝・・・」
玄関先でヒデカツを抱きしめながら勝子は呟いた。
「そんなに悲しまないで、母さん」
母を抱き返しながらヒデカツは言った。
「だってせっかく会えたのに、またこうして別れなければならないなんて・・・」
「ごめん。でも僕の仕事は、みんなの生活を守ることだから」
ヒデカツはそうはっきりと答えた。
「また来るよ。これからはもっと頻繁に連絡を取り合おう」
「約束よ」
そう勝子は寂しそうに言った。
「ソレデハ、私達ハコレデ・・・」
そうセーラが言って、ヒデカツと一緒に立ち去ろうとした時―。
「ま、待って。セーラさん・・・」
盛秀が二人の前に出てきた。そしてセーラの手をしっかりと握った。
「どうか息子をよろしくお願いします」
そう言うと盛秀は頭を下げた。
セーラは盛秀をじっと見つめた。そして力強くこう言った。
「ハイ、オ任セクダサイ!」
そしてヒデカツとセーラは手を振りながら、迎えの車に乗り込んだ。
およそ一時間半後―。
補給艦<マリアカラス>は港を出た。そして今は外海を南へ向かって進んでいた。
その船の後方でヒデカツとセーラは、離れ行く島影を共に眺めていた。
「だけど本当によかったの?私に遠慮することはなかったのよ?」
「別に遠慮なんかしてないよ。僕は君と一緒にいたい。それに、今僕の生きる場所はここだから」
セーラの問いかけに、ヒデカツは静かに答えた。
「しかし初めはどうなるかと思ったけど、今回の旅行は結構楽しかったな」
「そうね。そういえばあの駐留地、部隊が司令部に要請した結果常設になったそうよ。これからいつでも利用できるわね」
「そうか。またいつか来てみたいね」
ヒデカツはそう言うと微笑んだ。
「できればその時は二人きりがいいわ。そして違った形になっていればね」
「どういう意味だい、それ?」
「さあ?」
セーラはそう返すと、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
船は真っ直ぐに、彼らの住む国へ向かって航行を続けていた。




