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洋上の戦士たち  作者: ただかた
第九章 帰省
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第三話 渡部家

「ふう・・・」


 目の前にあるものを見つめながら、ヒデカツは一人溜め息を吐いた。

 彼は今、自分の家の玄関の前に立っていた。格子状の引き戸の扉の脇には、『渡部わたべ』という小さな表札がかかっていた。

 ヒデカツは扉を叩こうと腕を伸ばした。しかしすぐに躊躇いの気持ちが出て、腕を下ろした。そのようなことを、彼は数回繰り返した。

 やがてヒデカツはもう一度息を吐いた。そして一旦落ち着こうと、玄関に対して背中を向けた。

 するとそこに見知った顔があったので、彼は驚いた。


「セーラ!どうしてここに?」

「あなたのことだから何か色々と思い悩んでいるのだろうと思って来たのだけれど、その通りだったわね」

「そんなこと言ったって、僕にも心の準備がいるし・・・」

「まあヒデカツの気持ちも分かるけど、このような事はやってみれば案外上手くいくものよ」


 セーラはそう答えながらヒデカツの脇を通り抜けた。


「ん?開いているわよ」


 そう言って彼女は扉を勢いよく開いた。そして中に入ると、奥へ向かってこう叫んだ。


「御免下サイ!ドナタカイラッシャイマセンカ?」


 その声に驚いて、ヒデカツはセーラの横顔を見つめた。


「は~い!」


 中から返事がして、パタパタとこちらへ向かってくる足音が聞こえた。その間にセーラは素早く後に回り、ヒデカツを前に押し出した。


「どちらさまでしょうか?」


 そう言いながら家の奥から、四〇代半ばくらいの柔和な顔をした女性が現れた。

 彼女はじっと、玄関先に立っている軍服姿の二人を見つめた。やがてその内の男性の方を見て、首を傾げた。


「・・・秀勝?」


 彼女がそう口にすると、ヒデカツは黙って頷いた。


「秀勝!そうよ秀勝よ!お父さ~ん、秀勝が帰ってきたわよ!」


 そう叫びながら、女性は家の奥へ駆けていった。

 この間、ヒデカツは終始俯いていた。そしてセーラは、満面の笑みを浮かべていた。




 同じ頃―。

 渡部家の角を曲がって少し行った先にある塀の側近くに、軍服を着た六人がしゃがみ込んでいた。


「ちょっと、こんなことして大丈夫なの?」

「まあまあ面白そうだし、もう少し様子を見ましょう」

「う~む、ここからじゃ中の様子がよく分からんなあ」

「ねえ、誰か盗聴器とか持ってない?」

「そんな物、あるわけないでしょ!」

「大体そんなことしたら我々が処罰されてしまいますよ!」


 そのような会話を交わしながら六人は、通行人からおかしな目で見られているのも気付かずに塀に張りついていた。




 家の庭に面した居間に、ヒデカツとセーラは通された。

 先程からヒデカツは、ずっと緊張した面持ちで座布団の上にきちんと正座していた。一方のセーラは、座布団を何枚も重ねた上に座っていた。そして部屋の中を興味深そうに見回した。


「ふ~ん、中々趣のある家ね。ヒデカツはこのような場所で育ったの?」

「う、うん。まあ、そうだね」


 硬い表情のままヒデカツは答えた。


「というかセーラ、いつ僕の国の言葉を覚えたの?僕の前では少しもそんな素振りを見せなかったけれど」

「ん~、あなたと出会って首都に戻ってきて少し経った頃かな?もっとあなたのことを知りたくて真面目に勉強したの。それに素振りなら、少しは見せてたんだけどな」

「う~ん・・・」


 ヒデカツは考えを巡らせた。


(そういえばセーラは、時々物を指差してこれは僕の国の言葉で何と言うのか聞いてきたけど・・・。あれは勉強の一環だったのか)


 そう思ってヒデカツは納得した。

 そのようなやりとりを二人がしていると、部屋に四〇代半ば程の、少し気難しそうな顔をした男性が入って来た。

 その顔を見てヒデカツは表情を引き締めた。そしてピンと姿勢を正した。セーラの方は、にこやかな笑みを浮かべた。


「お久しぶりです」

「おう」


 ヒデカツがそう言うと、彼の父・盛秀もりひではそう短く返した。

 やがて先程応対したヒデカツの母・勝子かつこが水を持って現れた。セーラは丁寧にそれを受け取ると、それを口に含んだ。

 やがて全員が席に着くと、盛秀がゆっくりと口を開いた。


「どうだ、元気だったか?」

「はい。この度は勝手に家を飛び出してしまい、申し訳ありませんでした」

「それは別に構わんよ。あんな過酷な状況じゃ、誰だって逃げ出したくなるよな」


 そう盛秀は静かに言った。


「しかし海外へ向かう船へ乗り込んだのを見かけたという噂は耳にしたけどな。その後何の連絡もなかったから、正直ずっと心配していたよ」

「すいません」

「それもいい。お前のことだ、どうせ色々と気を遣っていたんだろう」


 そこまで言うと盛秀は、ヒデカツの姿を見た。


「それにしてもあれだけ戦争を嫌っていた秀勝が、まさか外国で軍人になっていたとはな。世の中分からんものだな」


 何と答えていいのか分からず、ヒデカツは複雑な表情をした。

 やがて盛秀は、セーラの方へ視線を向けた。


「それで、そちらのお嬢さんは?」

「初メマシテ。セーラ=オルメス、ト申シマス。ヒデカツサン トハ、オ付キ合イサセテイタダイテオリマス」


 それを聞いた瞬間、盛秀は驚いたような表情を浮かべ、勝子は「あら」と小さく声を上げた。


「見た感じ軍人さんのようだけど、あなたがヒデカツを軍に誘ったんですか?」

「イエ、私ハソノ時、訳アッテ軍ヲ辞メテイマシタ。ムシロ ヒデカツサン ガ、私ヲ軍ニ引キ戻シテクレタノデス」


 そしてセーラは、ヒデカツと初めて出会った東の街での出来事を彼の両親に語り出した。二人はそれをじっと興味深そうに聞いていた。


「つまりお前はこの人の人生を救ったということか?」


 話を聞き終えると、盛秀はヒデカツにそう尋ねた。


「はい。そして僕も彼女に救われました」


 緊張したままヒデカツは答えた。


「そうか。お互いにいい人に出会えたんだな・・・」


 そう言うと盛秀は黙り込んだ。その横では勝子が微笑んでいた。




 このように周りの空気が静寂に包まれようとしたその時―。


「わわわ、押すな押すな!」


 突然声が聞こえたかと思うと、ミシミシと音がして竹塀の一部が崩れた。そして六人の軍人が、どっと倒れ込んできた。


「もう!だからよせと言ったじゃないの!」

「申し訳ありません。少しおふざけが過ぎましたね」

「ど、どうも~」

「すいません、私止めたんですけど」

「嘘つけ!ノリノリだったじゃないですか!」

「す、すぐに直しますので・・・」


 最後にモニカがそう言うと、立ち上がって工具を取りに車へ走っていった。


「き、君たち~・・・」


 そう言ってヒデカツが頭を抱えていると、


「あらあら、あなたたちヒデカツのお友達?今日は賑やかになりそうね」


 隣で勝子が喜びの声を上げた。

 その様子を見て盛秀はフッと微笑んだ。そして、


「いい仲間を持ったな」


 そう穏やかにヒデカツに言った。

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