第一話 祖国へ
「今度少し長めの休暇を取ることになったのだが・・・」
キューベル=アース陸軍中尉は、そうゆっくりと口を開いた。
ここは戦車揚陸艦<イフリート>の会議室。先程まで彼の所属する戦車小隊<ウルフロード>と<イフリート>の幹部たちは、訓練のための会議を行っていた。それが終わって今はみんなで雑談をしていた。
「ああ、もうそのような時期になったのね」
<イフリート>艦長のセーラ=オルメス海軍大尉が、ポツリとそう呟いた。
「ええと、そのような時期って?」
セーラの恋人であるヒデカツ=ワタベ海軍中尉は、そう彼女に尋ねた。
「ヒデカツはこちらに来て初めてよね。毎年この時期になると、アクアフィールドの人々は長い休みを取って、家族や友人と共に時間を過ごしたり、旅行へ行ったりするのよ」
そうセーラは、穏やかな口調でヒデカツに説明した。
「まあそれに加えて今回俺たちは、先日の過激派の拠点制圧で功績を挙げたからな。それに対する功労賞的な意味合いもある」
キューベルがそう付け足した。
「そんなわけで今回はみんなで海外へ行くこともできるぞ。前回は期間が短くて近場にしか行けなかった上に、厄介事に巻き込まれたからな。今回は少し遠くでのんびりと過ごしたいところだな」
そう言いながら彼は、アクアフィールドとその周辺の地図を取り出した。
「それでどこか行きたい場所はあるか?」
キューベルはそう言って、周囲を見回した。
「そうですね、東の方はどうですか?今なら東アクアフィールドは観光シーズンですよ」
操舵員のオリヴァ=バラック一等兵曹が言った。
「西の方もいいんじゃないですか?美しい都市や文化財をゆっくり眺めるのもいいと思います」
次席将校のエリー=ネルソン海軍少尉が答えた。
「だったら南の方がいいかもしれないですよ?丁度今頃はバカンスの時期ですよ」
参謀長のローラ=ハワード陸軍少尉が口にした。
「それなら北の方もよろしいのではないですか?」
「何でもこの時期は珍しい光景が見られるそうですから」
そうアコー=グラント准尉とモニカ=ランダー曹長が続けて言った。
「ふ~む、どうやらこの国の周りには様々な特色のある地域が存在するみたいだね。セーラはどこか行きたい場所とかあるの?」
ヒデカツはそう隣に座っているセーラに聞いた。
「そうね。確かに今言った場所も魅力的だけど、でもやはり、うん―」
彼女は一度言葉を区切った。そしてはっきりとこう口にした。
「私、ヒデカツの祖国が見てみたいな」
その言葉を聞いた途端に、ヒデカツはピタッと動きを止めた。そして明らかに固い表情を見せた。
それとは対照的に、周囲のみんなは盛り上がりを見せていた。
「おお、それはいいな」
「なるほど、そう来ましたか」
「確かにそれは考えていませんでしたね」
「それなら珍しいものを見られるかも」
「そうですね、名案だと思います」
「見識を深めるのにも良いと思います」
幹部たちは口々に意見を述べた。
「決まりだな。よし、今度の休暇はみんなでヒデカツの祖国へ行くぞ!」
「ま、待って!僕の祖国まで結構遠いよ?そんな余裕はないんじゃないの?」
我に返ったヒデカツが叫んだ。
「それなら問題ない。何せ今回の休暇は二カ月くらいあるんだからな。お前の祖国へ行って帰ってくるくらい訳ないぞ」
そうキューベルが得意げに言った。
「それにそんな長い距離を移動すると物凄くお金がかかるよ。費用はどうするの?」
「ああ、それなら心配いりませんよ。海軍の艦船を使えばいいのですから。費用は全額司令部が負担してくれます」
エリーがそう事もなげに答えた。
「使うと言っても、一体どうするの?」
そうヒデカツが言うと、オリヴァが静かに口を開いた。
「先任。僕たちはここに来る前、別の部隊に所属していましたね?」
「え?うん」
「僕たちは、どこに所属していたんでしたっけ?」
「確か補給艦部隊・・・。って、まさか!?」
「はい、そのまさかです」
そう言ってオリヴァはヒデカツに向かってニッコリと微笑んだ。
数日後―。
「はあ・・・」
目の前にあるものを見て、ヒデカツは思わず声を出した。
彼は今、補給艦<マリアカラス>の前に立っていた。その黒々とした船体と圧倒的な存在感に、ヒデカツはただ茫然と立ち尽くしていた。
あの後、オリヴァはすぐに補給艦部隊の元へ向かった。そしてすぐに補給艦一隻を借りる約束を取り付けて来た。もちろんただ借りるわけにはいかないので、必要物資の運搬とそれを駐留する部隊へ届けるという任務を担うこととなった。
戦争終結後、アクアフィールドは平和維持のため、軍を世界各地に駐留させていた。その大半は周辺国に置かれているが、一部は遠い地域にも派遣されていた。ヒデカツの祖国も、その中の一つである。
「どうしたんですか?」
隣に立っていたオリヴァが、ヒデカツの顔を覗き込みながら尋ねた。
「いや。本当に補給艦を借りることができたんだなあ、と思って」
「当然です。僕の人脈は凄いんですよ」
そう言ってオリヴァは、おかしそうに笑った。
「それに先任のためなら、喜んでお貸ししますとみんな言ってましたよ」
「僕のために?」
「ええ。あなたの真面目な仕事ぶりは、部隊の認めるところでした。加えてあなたは数々の戦闘で次々と実績を挙げました。自覚がないかもしれませんが、先任はもう立派な英雄なんですよ」
「英雄、ねえ・・・」
ヒデカツは首を傾げながら呟いた。
「まあ今回はそんなことは考えないで旅行を楽しみましょう。みんな先任の祖国がどんな場所なのか知りたくてワクワクしていますよ」
そう言うとオリヴァは、先に立って歩き出した。
ヒデカツは一つ溜め息を吐いた。そしてオリヴァの後を追うようにして船に乗り込んだ。




