第三話 立案・その二
長考に入ってしまったセーラを、ヒデカツはじっと見つめていた。
話の流れから、状況はかなり厳しいものであることは分かった。その上セーラのような経験を多く積んだ軍人でさえも頭を抱える様子を見て、ヒデカツは少し心配になった。
彼は自分に何かできないかと思い、周囲を見回した。そしてふと、あるものに目を留めた。
それは作戦計画を立てている地図のすぐ脇に置いてあった冊子で、その装丁からかなり重要なものである感じがした。
「あの、これは何ですか?」
そうヒデカツは傍らにいたメアリに小声で尋ねた。
「ああ、それは海軍の装備品をまとめた資料です。現在最新の情報が、そこに記載されています」
「見てもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
メアリの了承を得て、ヒデカツは冊子を手に取った。そして一ページ目を開くと、中身に丁寧に目を通し始めた。
(どうする?いつかのように戦車からの砲撃を行うか?しかし軍はこの後上陸作戦も想定している。その時のことを考えると、弾薬は残しておいた方がいいな)
地図を見ながらセーラは一人頭を悩ませた。
(ではいっそ、思い切って護衛艦を前に出すか?大した火力でないとはいえ、砲は砲だ。攻撃の足しにはなるのではないだろうか?しかし偵察部隊からの報告によると、相手はかなりの船団を用意しているらしい。一つ一つはそれ程でもないが、集団で来られると厄介なことになる。最悪、旗艦が航行不能に陥る危険性がある)
そこまで考えるとセーラは一つ息を吐き、首を振った。ふとヒデカツの方を見ると、彼は海軍の装備品が書かれた冊子を覗いていた。その目は真剣そのもので、とても興味本位で見ているようには感じられなかった。
「やはり司令部に戦力の増強を進言した方が良いと思う。大幅なものは無理でも、少しなら認めるのではないか?何なら私が直接交渉に出向いてもいいぞ」
「しかし司令部は今ここで提示した戦力でやり遂げるよう求めています。そう簡単に増強を認めるとは考えられません」
「何とかしてみせる。例えこの身が滅んでも」
そう言ってセーラが部屋から出ていこうと身体の向きを変えようとした時―、
「待って」
不意にヒデカツの声が響いた。
彼はセーラを制するように右手を差し出していた。そしてその目は冊子のあるページを凝視していた。
「もしかしたら、これで何とかなるかもしれないよ」
ヒデカツはそう言うと、開いたページをその場にいた全員に見せた。
「なるほど、それは上手くいくかもしれませんね」
ヒデカツの話を聞いて、ロックは頷いた。
「お待ちを。確かにこの方法をとれば状況を打開できるかもしれませんが、不確実性が高過ぎます。今一つ慎重に考えるべきだと思います」
そうララがロックに進言した。
「しかし他に方法が思いつかない以上、作戦はこれでいくしかないのではないですか?」
「それにその不確実性は、ワタベ中尉の言ったことでどうにかなるのではないでしょうか?」
「我が軍の兵士たちは優秀です。今は彼らを信じましょう」
ララの発言に対し、幹部たちは口々に意見を述べた。
「艦長、ご決断を」
「ふむ」
メアリに促されて、ロックは短く返した。そしてヒデカツの方へ真っ直ぐに視線を向けた。
「ワタベ中尉、あなたは我が軍の命運の懸かった作戦に提言をされた。それがどれだけ重い意味を持っているのか理解していますか?」
「ええ、分かっています」
「もし作戦が上手くいかなかった場合、あなたはそれ相応の責任を負うことになりますが、その覚悟はおありですか?」
ロックの問いかけに、ヒデカツは一瞬俯いた。そしてすぐに顔を上げてはっきりと言った。
「はい!もし作戦が失敗した場合には、僕は責任を取って海軍を辞めます!」
「待った、ブリザード大尉」
ふとセーラが、落ち着いた口調で話し始めた。
「今回の作戦は特に重要なものだと聞いている。それだけのものの責任を、海軍中尉一人に負わせるのはあまりにも酷というものだ。作戦が失敗した場合、私も海軍を辞めるというのはどうだろう?」
彼女がそう言うと、その場にいた全員が一斉に驚きの表情を浮かべ、辺りはざわついた。
「本気でそのようなことを言っているのですか?」
ロックがややうろたえた声で聞いた。
「ああ、勿論だ」
そうセーラは、どこまでも冷静な声で返した。
ロックはじっとセーラの顔を見つめた。やがて彼は、フッと笑みを浮かべた。
「分かりました、オルメス大尉。あなたの言う通りにいたします」
そして彼は、幹部たちにはっきりと言い放った。
「今回はワタベ中尉の提案したもので行く!この作戦は我々にとっても重要なものになる!何としてでも必ず成功させるのだ!」
「「「はっ!!!」」」
ロックの言葉を受けて、幹部たちは一同に返事をした。
「ああ、何か大変なことになってしまったな・・・」
<ワイバーン>を出て外を歩きながら、ヒデカツはそうポツリと呟いた。
「そう?何かあった時に責任を取るのは、軍人として当然のことだけど?」
彼の隣を歩きながら、そうセーラは事もなげに言った。
「そうかもしれないけど・・・。僕はこういう状況にはあまり遭遇したことがないから、今にも重責に押し潰されそうだよ」
「まあヒデカツの気持ちも分からなくもないけどね。しかしこれから軍人を続けていく以上、このような重大な判断を下さなければいけない場面は何度もあるわ。その度に私たちは、自らの言動に責任を負わなければならない。何と言っても、多くの人たちの命を預かっているんだからね」
「うう、それはそうだけど・・・」
「そんな顔しないで。大丈夫、初めは大変かもしれないけど、これから少しずつ慣れていけばいいわ。それにあなただけに責任を負わせることはしないから。とにかく作戦の方針は決まったのだから、私たちは今はそれに向かって進んでいくだけよ」
そう言うとセーラはヒデカツを促して歩き出した。




