第五話 ミカエルとユーリ
その日、ミカエル=サイクロン海軍少佐は国防省の門をくぐった。
首都で中央官庁が集中している地区、その中にある国防省は国家の防衛・安全保障の中核を担う機関であり、軍にとっては最も関わりの深い場所である。
ミカエルは玄関を入ると真っ直ぐ先に進んだ。そして一階の一番奥にある部屋の前へ行くと、ドアに手をかけてゆっくりと開いた。
部屋の中にはこれから開かれる会議に集まった人々が、先に何人か席に着いていた。ちなみにこの会議の面々の中で、ミカエルは最も若い参加者である。
陸海軍の最高意思決定機関である両軍評議会。国防省内に設置されたこの組織は、陸海両軍の総司令が務める正副議長二名と、国防大臣の推薦によって選ばれる陸海軍の少佐以上の将校七名の合わせて九名によって構成される。戦争中までは議員の比率は陸軍二名・海軍五名だったが、現在は陸軍四名・海軍三名となっている。
(それにしても・・・)
とミカエルは、ちらりと正副議長の席に座る六〇代半ば程の男性二人を見た。
(陸海両軍の歴代の総司令って、男ばかりだよな・・・)
アクアフィールドはその建国以来、女性の積極登用を進めてきた。その結果軍に関していえば、総数のほぼ半数を女性が占めており、質・量共に周辺諸国を上回るようになった。
その一方で、両軍の最高指揮官である総司令には、女性の登用は一度も行われていない。そもそも総司令になる資格のある大将になった者が一人もいない。男性は大将になれるが女性は中将止まり、というのが現在のアクアフィールド陸海軍の暗黙の了解となっている。
(アクアフィールド陸海軍はこれまで女性を積極的に登用してきたから今の精強な組織がある。だけどいつまでも総司令に女性を任命しないということを続けていたら、これからの発展は望めないぞ。優秀な女性指揮官は、いくらでもいるというのに・・・)
ミカエルは、彼の部下で幼馴染みの女性海軍将校の顔を思い浮かべた。
そのようなことをミカエルが考えている内に、遅れていた他の評議会議員が部屋に入ってきた。参加者が全員揃ったことにより、会議が始まった。
数カ月に一度開かれる評議会、今回の最初の議題は陸海両軍の予算の配分をどうするかということだった。
五〇代後半くらいの男性陸軍大佐が、まず口を開いた。
「先の戦争で陸軍は多大な功績を挙げました!よって今回の予算は陸軍に優先的に配分されるべきです!」
次いで五〇代半ばくらいの女性陸軍中佐が意見を述べた。
「大体政府は、これまで海軍を重用し陸軍を軽んじてきた傾向があります!今回の会議を機に、それは是正されるべきだと思います!」
続けて四〇代くらいの男性と女性の陸軍少佐が、強い口調で発言した。
「それに海軍は自分たちの失態を隠蔽し、人々の目を欺くことをしました!このような組織に、予算を重点的に配分する必要はありません!」
「ぜひとも海軍の予算を削減し、その分を陸軍に充てるよう強く要求します!」
(おーおー、みんな鼻息荒いな・・・)
彼らの様子を見ながら、ミカエルはやや呆れながらそう思った。
(ま、無理もないか。前の戦争では国土に侵入しようとした敵軍を防ぐくらいしか役目のなかった陸軍が、先の戦争では積極的に相手の国土に侵攻したんだからな。その結果鉱物資源の権益の確保や、南方海域における海軍の勝利に貢献したんだから。加えて海軍は、自軍の艦が敵に捕らえられたことを隠蔽しようとしたんだからな。そのこともあって、陸軍は今まで評議会に保有していた二議席にさらに二議席を確保し、逆に海軍は不祥事に関わったということで議員五名が全て辞職し、数が三議席に減ることになったんだよな)
ミカエルはそこまで考えて密かに笑みを浮かべた。そして隣に座っている五〇代くらいの男性海軍大佐と四〇代くらいの女性海軍中佐を見た。
(この二人は先の事件に関わっていないということで議員に選ばれたんだが、今まで海軍の組織運営にはあまり携わってこなかったんだよな。そのせいでどうしても押しに弱いところがある)
実際二人は、陸軍側の追及に明らかに気が動転していた。何とか反論を試みようとしていたが、それも相手の言葉によってすぐに沈黙させられていた。
(まずい、このままだと押し切られる。それにこれだと陸海軍双方に大きな禍根を残すことになるぞ)
ミカエルは一度息を吐いた。そして仕方ないとばかりに立ち上がった。
「お待ちを」
その場にいた全員に向かって彼は声をかけた。
「陸軍と海軍では、そもそもの規模が異なります。まずはそれを考慮していただなければなりません」
海軍の規模は、陸軍の一・五倍ある。仮に同じように予算を配分してしまったら、海軍はたちまち立ち行かなくなってしまう。
「第一陸海両軍は、この国の防衛の要です。かつての帝政時代のように、互いに手柄争いをしたり、権力抗争に明け暮れるようなことをしている場合ではありません。今は陸海両軍が共に協力しあい、国のために力を尽くすべきです。それがこの国の、さらには周辺地域の平和に寄与することになります。ですから予算の配分については、より慎重な議論が必要です」
「ふむ」
と、今まで黙って話を聞いていた海軍総司令が頷いた。
「という意見が出ているが、議長はどう思う?」
そう彼は、隣の陸軍総司令に話しかけた。
「サイクロン少佐の言う通りである。確かに先の戦争での陸軍の功績は絶大だ。加えて海軍の不祥事は糾弾されるべきである。しかしこの場は陸海軍がどうすればより良い活動ができるかを考える所であり、それらは分けて議論されなければならない。予算の配分については、さらなる審議が必要だろう」
その言葉を受けた海軍側からは安堵の溜め息が、陸軍側からは感心したような声が漏れた。
ミカエルは大きく息を吐いた。そしてそのまま席に着いた。




