第五話 事件
男は林道の様子を、先程からじっと見つめていた。
つい半日程前、彼はこの山林地帯にやって来た。そして木々の中に身を潜めながら、外の様子をずっと観察していた。
やがてしばらくすると、一組の男女が山道を歩いてくるのが見えた。この地に人が来ることは滅多にないが、おそらく観光客だろうと男は思った。二人のうち女性の方は勘が鋭いらしく、危うくこちらの気配を悟られそうになったが、どうやら気づかれなかったようだ。
二人が行ってしまうと、彼は不敵な笑みを浮かべた。そして身を翻すと、暗い森の奥へと姿を消した。
「ここか・・・」
車の中から地面の上に降りながら、ユーリはそう呟いた。
彼女は今、国土の南西部にある山林の入口に立っていた。そこは道が山のずっと奥まで続いており、その両脇には木々が暗い影を作っていた。
(刑務所の位置から推測すると、脱走した過激派が最初に逃げ込む場所は、この辺りが一番確率が高いのだけれど・・・)
ユーリは一人そう思案した。
(まさか艦長たちが休暇を過ごすと言っていた場所と同じなんてね。何事もなければいいけど・・・)
そこまで考えると彼女は、腰のホルスターから拳銃を取り出した。そして弾丸が入っていることを確認すると、再び腰に収納した。
「よし、行くか!」
そうユーリは静かに言った。そして連れてきた兵士たちと共に森の中に入っていった。
あっという間に時間は過ぎ、夜になった。
「ねえアコー、この肉少し焼き過ぎじゃない?」
「そうかな?僕はこのくらいが丁度いいと思うんだけどな」
バーベキューの肉を食べながら、モニカとアコーは言葉を交わした。
「はは、まあたまにはこういう食事も悪くはないかな?」
その様子を見ながら、キューベルは楽しそうに言った。
「そうですか?ところで隊長、今日の釣りは全く成果がなかったそうじゃありませんか?少しは期待してたのですが・・・」
そうローラが、少し不満そうに言った。
「そうか?まあそういうこともたまにはあるんじゃないのか?」
「たまにではないと思いますけどね」
ローラはそう言って、キューベルを軽く睨んだ。
それを見たキューベルは、ローラから視線を逸らした。そしてアハハハハと高笑いをした。
ローラはその姿を、じっと見つめていた。
「次席将校、どうぞ」
「うん、ありがとう」
オリヴァから差し出された料理を受け取りながら、エリーはそう答えた。
「相変わらず<ウルフロード>の皆さんは元気ですね」
「そうね。あの活気の良さを、少しはこっちに分けて欲しいものね」
料理を口に運びながらエリーは言った。
「それにしても穏やかですね。ここにいると普段の生活が、まるで嘘のように感じられますね」
「でも現実は嘘ではないわ。いずれ私たちは元の生活に戻らなければならない。そしてまた国を守るという使命を全うしなければいけないわ」
エリーはそうはっきりとした口調で言った。
それを聞いたオリヴァは、フッと笑みを浮かべた。
「何?」
「いえ、次席将校らしい言葉だなと思って。確かに僕たちには重要な役目があります。そのことはこれからも変わらないでしょう。でも今はそのようなことは一旦忘れていいのではないでしょうか」
そう言ってオリヴァは、再び<ウルフロード>の面々へ顔を向けた。
「僕たちは現在、休暇を楽しむためにここへ来ています。そしてそれぞれみんな穏やかな時間を過ごしています。それはそれで貴重な時間です。今はそれで充分ではないでしょうか?」
そこまで言うとオリヴァは、エリーに向かって静かに微笑んだ。
その顔をエリーはじっと見つめ、次に<ウルフロード>のメンバーの方へ視線を向けた。
「そうね」
やがて彼女は小さくそう答えた。
「賑やかだね」
「そうね」
川に向かって並んで腰を下ろしながら、ヒデカツとセーラはそう言葉を交わした。
二人は先程から、夜の川の流れをじっと見つめていた。昼間と異なり水はどこまでも黒く、星の光を反射して輝いていた。
「それに対してこっちは静かだね。こんな時間がいつまでも続けばいいのにね」
「そうね。私もできればそれを一番望んでいるわ」
そう二人はポツリと言った。
「でも世の中はまだまだ不安定だから、現実はなかなかそういうわけにはいかないけどね」
「確かに。でもその不安定さを取り除くために私たちは存在する。そしてそれを成し遂げた先に、私たちの平穏もあるんじゃないの?」
ヒデカツの言葉に、セーラは穏やかに返した。
「そうだね」
そう言ってヒデカツは、セーラに向かって笑みを返した。
「それにしてもヒデカツ、あなた意外と痩せているのね。やっぱりちゃんと食べていないんじゃないの?」
「そ、そうかな?これでも結構鍛えてる方なんだけどな」
自分の胸板の辺りをさすりながらヒデカツは答えた。
「せ、セーラの方こそ、腹筋とか割れてるのかと思ったけど、そうでもないんだね」
「別に筋骨隆々にするのが全てじゃないわよ。鍛え方にコツがあるのよ」
そう言ってセーラは、自分のお腹の辺りを覗き込んだ。
何だか互いに気恥ずかしくなってしまい、二人は顔を背けた。その顔は少し赤くなっていた。
このように、みんなが思い思いの時間を過ごしていたその時―。
「おい!」
急にどこからか、低い声が聞こえた。
「「「んー?」」」
その場にいた全員が、声のした方へ顔を向けた。そして次の瞬間―。
「うわっ!?」
「何だあ!?」
全員が口々に驚きの声を出した。
さすがに軍人なだけあって、取り乱すようなことはなかったが、それでも突然の出来事に、皆一様に驚愕の表情を浮かべていた。
そこには髪と髭を伸ばし、薄汚れた服を着て、錆びついたナイフを手に持った人相の悪い男が立っていた。




