第五話 過去
「私の家は代々海軍の軍人の家柄でね、私は子供の頃からそうなるように教育されてきたの。自分で言うのも何だけど、私はどちらかと言えば優秀な方だったし、すぐに海軍内部で頭角を現したわ。そしてついに軍艦の一つを任されるまでになった」
「何ていうか・・・凄いね」
「凄い、か・・・まあそうかもね。それから数々の戦場で経験を積み、先の戦争でも最前線に配属されたわ」
彼女はそこで一度言葉を区切った。
「その時も私は、自分の使命に燃えて自信にあふれていたわ。これから自分のやろうとしている事が、祖国や海軍のため、さらには人々のためになる・・・そう信じてやまなかった」
そこで彼女はゆっくりと背中を向け、視線を床に落とした。
「だけどその自信と確信は、あの日唐突に打ち砕かれた・・・」
「どういうこと?」
「その日も私たちは敵陣深くに切り込んで、敵艦の掃討にあたっていたわ。私は適格に指示を出したし、乗員たちも適切に自分の任務をこなしていた。このままいけば何の問題もなかった・・・」
そう言って彼女は、再び言葉を区切った。
「けれど事態は一変した。ある乗員のミスで、私たちは軍艦ごと敵軍に捕らわれた。そして・・・そのまま敵国に連れ去られた」
彼女はそこまで言うと、両腕で自分の肩をギュッと抱きしめた。
そこから先彼女たちがどうなったのかはヒデカツも想像がついた。
彼はあまりの衝撃に呆然となった。そして何と言葉をかけていいか分からずその場に立ち尽くした。
「でもね、それだけじゃなかったの」
彼女は続けた。
「後で知った話だけど、海軍はこの事を揉み消して隠蔽しようとしてたの。全体的には自分達の方が優勢だったから、汚点を作りたくなかったんでしょう。とにかく・・・私たちは見捨てられたの」
(何と・・・)
さらなる衝撃がヒデカツを襲い、彼は目線を下に落とした。
しばらくして、ヒデカツは声を絞り出した。
「それで・・・その後どうなったの・・・」
「幸い私たちは隙を見て軍艦ごと脱出できたわ。それに、帰還する数日前に海軍の失態が明るみになったことで何とか被害者として迎えられた。でもその時私の受けた苦痛と絶望はとてつもなく大きかったわ。だから私は海軍を辞めた。そして逃げるようにこの街に来たの」
そこまで話すと、彼女は黙り込んだ。
あまりの話の深刻さにヒデカツは暗い気持ちになった。
それと同時に彼は、今まで自分が抱えていた疑問が一気に解消されていくのを感じた。
(そうか・・・あの時の表情は警戒だけではなく怯えだったのか)
彼は両拳をグッと握りしめた。そして目線を上げて彼女に話しかけた。
「その・・・首都に戻る気はないの?また海軍に復帰することは・・・」
「ないわ。今回の件で、私は海軍に不信感をもった。それに、ここにいればもう誰にも見捨てられる事もないし・・・」
「見捨てないよ!」
思わずヒデカツは叫んだ。彼女は驚いて彼の方へ振り返った。
「見捨てない!必ず君を守り抜く!」
(って、何言ってんだ僕は!?)
すっかり慌てて、何か弁明の言葉を口にしようとした時―。
「・・・本当?」
「えっ?」
「だから、私を守ってくれるってこと」
「えっ?あ、うん」
彼女に言われて、彼はコクコクと頷いた。
それを見た彼女は、急にクククと笑い出した。
「ああ、ごめん。今までそんな事言う人いなかったから」
やがて彼女は真面目な顔をして、こちらに向き直った。
「私はセーラ=オルメス、あなたは?」
「ヒデカツ=ワタベ」
「よしヒデカツ、私たちはこれからどんな困難に遭っても一緒に立ち向かって行く。あなたにもできる?」
「う、うん」
そう言葉を交わし、二人は拳を突き合わせた。
「だけどどうするのこの状況?やっぱり警察に通報するのが一番かな?」
「ああ、それならもっと効果的な方法があるわよ」
そう言ってセーラは、親指で部屋の奥にある物を差した。