第四話 至福
「ほお・・・」
目の前の光景を見ながら、キューベルは思わず感心した声を上げた。
そこには、小さな石を敷き詰めたような川原が、どこまでも広がっていた。そしてその川原のすぐ側には、澄みきった水をたたえた川が穏やかに流れていた。
「中々いいところを見つけたな」
と、キューベルは傍らにいるローラに言った。
「でしょ?何せここは私とモニカが、国内のあらゆる場所から検討して選んだ穴場なんですから」
ローラはそう言うと、フフンと鼻を鳴らした。
「それにここは地元の人でも滅多に立ち入ることがなく、観光客もあまり来ない所ですからね。だから誰にも邪魔されることなく休暇を過ごせますよ」
モニカがそう付け足した。
「まあ何にせよ、みんなで良い休日を過ごせそうだな。よし、それじゃあ―」
そう言ってキューベルは一同を見渡した。そしてグッと拳を握りしめて大声で叫んだ。
「これからいい休みにするぞーーーーーーっ!!」
「おーーーーーーっ!!」
キューベルが拳を突き上げ、ローラがそれに続く。他の面々もつられて拳を上げた。
「やれやれ、どうしてこんな感じになるのかね?」
「いいんじゃないの、せっかくの休みなんだし」
アコーとモニカが口々に言った。
「まあたまにはこういうノリもいいと思いますが?」
「そうね、それに乗っかるのも悪くないかもね」
オリヴァの言葉に、エリーはそう答えた。
「これから思いっ切り楽しみましょう!」
「う、うん」
セーラから肩をポンと叩かれ、ヒデカツはぎこちなく頷いた。
こうして川原でのキャンプが始まった。
およそ一〇分後―。
キューベルは少し上流に行ったところで釣りを始め、エリーはオリヴァと連れ立って山歩きに出かけた。そしてローラとモニカは水着に着替えて川遊びを満喫している。みんなそれぞれの時間を楽しんでいた。
そんな中、ヒデカツは一人川原に腰掛けてぼんやりと川の流れを見つめていた。
時刻は丁度正午ごろ。川の水はどこまでも清らかで、木漏れ日を反射してキラキラと輝いていた。
「どうしたの?楽しくないの?」
後からセーラの声が聞こえた。
「いや、そんなことはないんだけど・・・」
そうヒデカツは静かに答えた。
「ただ僕はこういうことに慣れてないから、いざ自分がその状況に置かれた時にどうしていいか分からなくなるんだよね」
「大丈夫、全て私に任せて」
そこでヒデカツは振り向いた。そして驚いて目を大きく見開いた。
セーラは黄色の生地に黒の横縞の入ったセパレートタイプの水着を身に着けていた。その姿は大理石の彫刻のように美しく、ヒデカツはしばらく目を離すことができなかった。
「あれ、山に行くんじゃなかったの?」
ややあって、ヒデカツはそう言った。
「もちろん行くわよ。でもヒデカツ、どちらも経験したことがないみたいだったし。だから今はこっちにしようかなと思って」
「でも僕、水着持ってないよ?」
「それならちゃんと用意しといたわよ。サイズは合ってると思うから」
「僕の寸法、教えたっけ?」
「この前のデートの時、あなたの服を買ったでしょ?そのとき測った数字を、ちゃんと覚えているわ」
「なるほど」
セーラの抜け目のなさに、ヒデカツは改めて感心した。
彼女はヒデカツの側に近づいてきた。そしてそっと彼に向かって手を差し出した。
ヒデカツはフッと笑みを浮かべた。そしてしっかりとセーラの手を掴んだ。
「あ~、いいわね、羨ましい」
川原に寝転がりながらローラは、ヒデカツとセーラがテントの中に入っていくのを見て呟いた。
「何見てるんですか、参謀長?」
泳ぎ疲れたモニカが、岸に上がりながら尋ねた。
「オルメス大尉とワタベ中尉のことよ。あのお二人、本当に仲が良いわよね」
「そうですね。きっとあのお二人の間には、信頼以上のものがあるんでしょうね」
ローラの隣に腰を下ろしながら、モニカは言った。
「そうね。それに比べて私の愛しの君ときたら・・・」
ローラはそう言って、川の中に入って呑気に釣りに興じているキューベルを、少し恨めし気に見つめた。
「参謀長は大体、アプローチの仕方がおかしいんですよ。ああいうタイプの人には、もっと直接働きかけないと伝わりませんよ」
「分からないかな、この気持ち」
そうローラは、身を起こしながら言った。
「そういうさりげない仕草から自分の気持ちに気づいてもらうのが嬉しいんじゃないの。少なくとも私はそう思ってるわ」
「そうなんですか?私にはよく分かりませんけど」
「全く、冷たいわね。そういうあなたこそ、グラント准尉との関係はどうなの?」
「アコーですか?ただの同僚ですけど」
「あらそう?この隊に来てからずっとあなたたちを見てきたけど、二人は結構お似合いだと思うんだけどな。まさに理想のカップルって感じだわ」
「そうですか?」
「そうよ」
モニカはじっとローラの顔を見つめた。その顔は、とても冗談を言っているようには見えなかった。
やがてモニカはローラから視線を外した。そして一人で荷物の整理をしているアコーを見つめながら首を傾げた。
(う~ん・・・そうかな?)
同じ頃―。
「気持ちいいですね、次席将校」
「そうね」
森の中を並んで歩きながら、オリヴァとエリーは言葉を交わした。
彼らは今、川原からそう遠くない場所にある山の中を散策していた。辺りはひっそりとしていて静かで、時々小鳥のさえずりがどこかから聞こえてくる。
「たまにはこういう場所で、ゆったりとした時間を過ごすのもいいですね」
「確かに、こうして都会の喧騒から離れると、何だか心が洗われるような気がするわね」
そう言ってエリーは、一度大きく伸びをした。
その様子を見て、オリヴァはクスッと笑った。
「何?」
「いえ、次席将校のリラックスした姿を見たのは初めてでしたので、つい」
「なっ!?」
「今の隊にきてからここまで、あなたはずっと気を張っているように感じました。もっと肩の力を抜いて、今みたいに余裕をもって何事も接していただければと思います」
「何を馬鹿なことを」
そう言ってエリーが脇を向いた時―。
「むっ!?」
彼女はそう声を出すと立ち止まった。
「どうしました?」
「いや、今そこに何かの気配を感じたのだけど・・・」
エリーはそう言って首を傾げた。そこにはただ薄暗い森が広がっているだけだった。
「何もありませんが?」
「おかしいな?」
「早く行きましょう」
「そうね。気のせいかもね」
エリーはそう口にした。そしてもう一度首を傾げながらオリヴァと共に歩き出した。




