第八話 表彰
「やれやれ、今日は疲れたな」
とある会場の外を歩きながら、ミカエルはそう呟いた。
つい先程まで彼は、海軍司令部の重鎮たちと共に各種目の会場の視察を行っていた。彼らは競技の様子を見て様々な批評をし、またミカエルに意見を求めたりした。その度に彼は適当に話を合わせてその場を切り抜けた。そのようなことを何度も繰り返した後、今ようやく解放されたのであった。
そんなミカエルがふと顔を上げると、目の前に一人の人物が立っていた。
「お疲れ様です、サイクロン少佐」
彼の部下であり幼馴染みのユーリがそう言った。
「うん」
彼女の顔を見て、ミカエルは一つ頷いた。
「それで、どうでしたか?各会場の視察は?」
「どうって・・・。まあ前回までより飛躍的に良くなったという訳でもなく、かといって物凄く腕が落ちたという訳でもない。要は例年通りだ」
「つまり一先ずは安泰というわけですね」
「まあな」
二人はそう言うと、お互いに笑みを見せた。
「それで、お前の方はどうだったんだ?今日は一日、オルメスの所にいたんだろ?」
ミカエルの言葉に、ユーリは頷いた。そして笑顔を見せながら言った。
「ええ、とても楽しい時間でしたよ」
「うん、それならいい」
そう言ってミカエルは、納得した表情を浮かべた。
「それでは司令部に戻りましょう。書類仕事がたくさん溜まっていますよ」
「もっともだ。全く、こんな時くらい仕事を免除してほしいものだよ」
ミカエルはそんなことを言いながら、ユーリの後を追って歩き出した。
「あ~、今日はひどい目に遭ったな」
客席の一角に立ちながら、キューベルはそう叫んだ。
あの後彼は午後の本選に臨んだ。しかし予選の時と同様、調子は一向に上がらなかった。そうこうしているうちに試合は終わり、結果は表彰台に遠く及ばない成績だった。
「お疲れ様です。でも去年より得点は高かったし、順位も上がりました。そういう意味では良かったんじゃないですか?」
キューベルを出迎えたアコーが、慰めるように言った。
「まあそうなんだが・・・。俺は普段から銃は当たればいいと考えているが、こうもスコアが悪いとなると、もう少し真面目に訓練に向き合った方がいいかな?」
「それ毎年言ってません?」
苦笑しながらアコーが言った。
「そんなことより隊長、参謀長を何とかしてくださいよ」
モニカが二人の話に割って入るように言った。
「ローラがどうかしたのか?」
「先程参謀長は、第二師団長からお叱りの言葉をもらいました。それからずっと、客席でふさぎ込んだままでいます」
「ほう、それは災難だったな」
キューベルはそう言うと、座ったまま俯いているローラに近づいた。
「よう、モニカから聞いたぞ。何か大変だったらしいな」
「隊長・・・」
顔を上げながら、か細い声でローラは言った。
「申し訳ありません。私、あの後あまりのショックで、隊長の競技の様子をよく見ていないんです」
「ん?別に構わんよ。見せられるようなものでもなかったし。第二師団長は説教が好きなお方だ。俺は慣れてるから平気だけど、初めての人間には少しキツかったかもな。だからあまり気にし過ぎるな」
「ええ、それは分かってるんですけど・・・」
そう言ってローラはまた俯いた。
「とにかく今日は帰ることにしよう。大丈夫、立てるか?」
「大丈夫じゃありません。だから・・・」
「わっ!?」
急に腕を掴まれ、キューベルは座席に無理やり座らされた。
「しばらくこうさせてください!」
そう言ってローラは、彼の腕にしがみついた。その顔は赤くなっている。
(うわあ・・・)
(何だ、心配して損した)
そんな彼女の様子を見て、アコーとモニカは同時に呆れた表情を見せた。
こうして一行は、設営係の兵士が申し訳なさそうに退場を言いに来るまでそこにいた。
「はあ・・・」
会場の外に立ちながら、ヒデカツは一人溜め息を吐いていた。その首には、銀色のメダルがかかっている。
結局本選では、六〇〇点満点を出した海軍大佐が優勝し、ヒデカツは一発を僅かに外して五九九点で二位だった。しかし終わった直後の彼に悔しさなどはあまりなく、むしろようやくこの重圧から解放されるという気持ちの方が大きかった。
ところがこの後が大変だった。優勝した大佐から、ヒデカツは握手を求められたのだ。その顔は嬉しそうで、好敵手を見つけた喜びにあふれていた。その後三位に入った陸軍少佐と三人で表彰式に臨み、ヒデカツは初めて海軍総司令と対面した。彼は六〇代半ば程の大将で、ヒデカツの首に自らメダルをかけた。そして実ににこやかな表情で、今後も軍と国家のために尽くすようにと言った。ヒデカツは緊張で、一言返事をするのがやっとだった。
そのような一連の行事が終わり、ヒデカツはようやく解放されたのだった。
彼が一人疲れた表情で立っていると、一人の人物が近づいてきた。
「お疲れ様」
そうセーラは声をかけた。
(あれ?心なしか表情が硬いような気がするけど、気のせいかな?)
ヒデカツがそのようなことを考えていると、セーラが言葉を続けた。
「一つだけ聞いていい?どうしてあなたは、一発弾丸を僅かに外したと思ってる?」
(何か声の感じも低いような気がするぞ?怒ってるんだろうか?)
ヒデカツは少し考えた。そして言葉を選びながらこう答えた。
「はっきりしたことは分からない。ただあの瞬間、少し集中力が切れたような気がした。もしかしたらそれが影響したのかもしれないな」
「ふむ、自分で理解しているのならそれでいいわ。それにこの程度なら実戦に影響もなさそうだし」
そう言ってセーラは一つ頷いた。
そして彼女は急に満面の笑みを浮かべた。そしてヒデカツの両肩を掴んで大きな声で言った。
「おめでとう!よくやったわ!やっぱりあなたは私の見込んだ通りの人ね!」
「え?あれ?怒ってるんじゃないの?」
「怒る?どうして?あなたは今の実力を発揮しただけ。そしてそのことはあなたにとってとても名誉なことよ」
そしてセーラはヒデカツの首にかかったメダルを手に取った。
「これはあなたがこの国に刻んだ確かな足跡。そしてこれは私にとっても嬉しいことよ。もっと自分のしたことに胸を張っていいわ。そして・・・今後もよろしくね」
そうセーラは穏やかに言った。
その言葉にヒデカツは、ようやく心が軽くなるのを感じた。
「あ~っ、あんなところにいた!」
突然声が聞こえた。見ると<イフリート>の乗員たちが大勢集まっていた。
「先任~、準優勝おめでとうございます!」
「凄く格好良かったです!」
「でも少し残念でしたね!」
「来年は優勝ですね!」
口々に彼らはそう言った。その顔はどれも喜びに満ちあふれていた。
そんな彼らを、エリーとオリヴァは傍らで笑みを浮かべながら見守っていた。
「行きましょう、みんな待ってるわ。今日はささやかなお祝いね」
そう言ってセーラは、そっと手を差し出した。
ヒデカツはフッと微笑んだ。そして彼女の手をしっかりと掴んだ。




