第七話 回想
客席の前の方に、ユーリは一人立っていた。
彼女の目の前には、射撃の試合に臨む多くの将兵たちがいた。その姿は真剣そのもので、見ているこちらにも緊張感が伝わってきた。
「誰か注目の将兵でもいるの?」
急に隣から声が聞こえた。声のした方を見ると、丁度セーラがこちらへやって来るところだった。
「艦長・・・。まあ注目といえば全員がそうなんですけど。何せここにいるのは、これから軍の未来を背負う者たちばかりなのですから」
「まあね。そして彼らは、この国の将来を担う人たちでもあるのね」
そう言ってセーラは、ユーリと共に会場の様子を見渡した。
「それにしても懐かしいですね。まるで昔の私たちを見ているようで」
「そうね。あの時一〇年連続で決勝に進んだのは、あなたと私の二人だけだったものね。そのうち七回は、同時に表彰されたっけ」
「そしてそのうち四回は、最後まで優勝を争いました。結局一度も勝てませんでしたが」
そう言うとユーリは、少し沈んだ顔になった。
実際ユーリが自分を倒そうと努力してきたのを、セーラはよく知っていた。その都度彼女は、その挑戦を退けてきた。その度にユーリの表情がだんだん暗くなっていくのを、セーラはずっと見つめてきた。
「すいません。また嫌な自分が出てしまいましたね」
ユーリはそう言って、軽く首を振った。
「しかし艦長、負け惜しみではありませんけど、他の種目に出るという選択肢はなかったのですか?あなたはライフルも一流の腕を持っています。もし出場すれば、優勝は確実だったのではないですか?」
現に年によって出場種目を変える者は珍しくない。それによって複数の種目で優勝経験がある者も数多く存在する。
「まあ確かにそうだけど、やはり私にとってはピストルが一番相性が良かったということね。大体ライフルもピストルも、銃身の長さが少し違うだけで、扱いはそう変わらないわよ」
「まあ言うほど簡単ではありませんけどね」
苦笑しながらユーリは言った。
「それにあなたは負け惜しみを言うような人じゃないわ。でなければ私が出場禁止を言い渡された後、一緒になって出場を取りやめたりしないでしょ?」
「当然です。艦長のいない優勝なんて意味がありませんから」
はっきりとした口調でユーリは言った。
「そういえば艦長は、ランニングターゲット射撃も得意でしたね。あなたの撃った弾丸は、常に的の中心を撃ち抜いていました。そして出場した大会は全て優勝していました」
「あれは的がただ横に動くだけだから、よく観察すればそれほど難しくないわよ」
「まあそれもまた言うほど簡単ではありませんけどね」
再び苦笑しながらユーリは言った。
「でも基礎がしっかりできることは大切だけど、本当に大事なのはそれを実戦で役立てられるかどうかなのよね。実際訓練で上手くできても、実戦で右往左往する将兵の姿を、私はこれまで何度も見てきた」
「そうですね。でもあなたは訓練でも実戦でも、その実力を十二分に発揮しましたよね」
ユーリはそう言って、過去のセーラの姿を思い返した。
通常地上戦は陸軍の管轄であり、海軍が陸上で戦うことはほとんどない。しかし例えば相手が軽武装の場合などは、海軍が上陸部隊を編成して戦闘に赴くことがある。そのような時に、セーラの能力は存分に発揮された。
(凄かったな、艦長の身のこなしは・・・)
敵の銃撃をかいくぐりながら物陰に身を潜める。次に周囲を素早く見回しながら的確に状況を判断する。そして狙いを定めた相手を正確に撃ち抜く。その動きはまさに神業で、機関銃を持っている者を圧倒するほどであった。
(そして艦長の本当に凄いところは、誰一人相手を死なせることがないこと)
実際セーラは、相手の腕や脚を正確に撃ち抜いていた。そして常に彼女は相手を殺すことなく、ただ戦闘能力を奪うことだけを考えていた。戦場で不殺を信条にしている将兵は数多くいるが、それを実行できる者はそう多くない。
そのようなことをユーリが考えていると、ヒデカツが会場に入ってくるのが見えた。
「艦長の想い人の実力は、どれほどのものなのでしょうか?」
ユーリはそうセーラに尋ねた。
「ヒデカツ?彼はかなりの腕前の持ち主よ。訓練でも実戦でもね」
「ええ、そのように伺っています。しかし彼は元々軍人ではないと聞いております。果たしてこれからも安定して力を出すことができるのでしょうか?」
「心配ないわ。確かに彼は生まれながらの軍人じゃない。だけどそれゆえに命の重さを誰よりも分かっている。これからも彼はその能力を適切に使うことができる。だから私は、そのことについて特に不安を抱いてはいないわ」
「そうですか・・・」
そうユーリは静かに言った。そしてセーラと一緒に的の前に立つヒデカツの後ろ姿を見つめた。
(艦長と先任将校、何を話しているのかしら?)
客席の前の方を見ながら、エリーは思った。
予選が終わった後、ユーリは一人で前の方に行った。そのまま中々戻ってこないのでどうしたのだろうかとエリーが考えていると、セーラがやって来てユーリの居場所を尋ねた。エリーが答えると、セーラはそのままユーリの後を追うようにその方向へ行った。そしてそこから時間が経過して今に至っている。
「気になりますか、次席将校?」
そうオリヴァが、笑みを浮かべながら言った。
「べ、別にそういうわけじゃないけど・・・」
「確かにあのお二人の間には強い信頼関係があります。そのことは見ていてよく分かります。きっとお二人の絆の間に入り込める人なんていないのでしょうね」
「間に入り込める人はいない、か・・・」
そう呟くとエリーは俯いて、唇を噛んだ。
セーラと比較すると目立たないが、ユーリも優秀な軍人である。戦場で彼女は常にセーラの側近くにいて、適切な助言をセーラに与えていた。そしていつも落ち着いた様子で艦内に指示を出していた。エリーも必死に努力してセーラを支え、彼女から感謝されたこともあったが、遂にユーリの域には到達できなかった。
「でもまあ」
と、オリヴァが口を開いた。
「次席将校が艦長を尊敬していることは紛れもない事実です。そのことは誰にも変えられません。だから次席将校は自分なりに艦長をお支えすればよろしいのではないですか?」
それを聞いた途端、エリーは自分の顔が熱くなるのを感じた。
「全く。どうしてあなたはそのようなことを平気で言えるわけ・・・?」
「はい?」
「何でもない、フン!」
そう言ってエリーは横を向いた。
(でもそうよね。他人が何と言おうと私が艦長をお慕いしているのは変わらない。それに今は私の方が艦長に近い場所にいるんだから。これからもしっかり支えないとね)
そう彼女は思った。そしてニヤけそうになる口許を両手で抑えた。
その様子を、オリヴァは不思議そうに見つめていた。




