第六話 歴史・その二
「あ~、全く。今日は散々だな」
掲示された成績表の自分のスコアの欄を見ながら、キューベルはそうひとりごちた。
試合開始当初から、彼の得点は伸び悩んだ。その後も一向に調子は上がらず、終わってみれば自分が想定していたよりも低い成績だった。それでも何とか予選を突破し、午後の本選に進むことができた。
(そういえば、さっき会場に入った時にどこからか聞き覚えのある声がしたような気がしたんだが・・・。気のせいかな?)
キューベルはそんなことを考えて、一人首を傾げた。
(まあいいや。それにしても・・・)
そう思って彼は、成績表の上の方を眺めた。
(噂には聞いていたけど、まさかここまでとは・・・。本当にあいつは大したヤツだな)
そんなことを考えながら、キューベルはニッと笑みを浮かべた。
「ふう・・・」
会場の外に設けられた座席代わりの箱に腰を下ろしながら、ヒデカツは大きく溜め息を吐いた。
全ての予選の試合が終わった後、各々の成績が発表されたので、彼はそれを見に行った。しかしそれは、彼の予想を大きく上回るものだった。
彼の成績は、全出場者の一番上に書かれていた。そしてそのスコアは、二位以下に五点以上の差をつけて満点の六〇〇点をたたき出していた。
その結果にヒデカツは驚いてしばらく呆然としていた。しかしやがて彼は、周囲の視線が自分に集まっていることに気づいた。このままだと大変なことになりそうな気がしたので、ヒデカツはそそくさと会場を後にしてこの場所にたどり着いたのであった。
(さて、これからどうなることやら・・・)
そのようなことを考えながら彼が一人ボーッとしていると―。
「こんなところにいたのね」
不意に声がしてヒデカツは顔を上げた。見ると丁度セーラがこちらに歩いてくるところだった。
「セーラ・・・。ひどいじゃないか、今頃になって現れるなんて」
彼女の姿を認めると、ヒデカツは少し口を尖らせた。
「ふふ、ごめんごめん。でもヒデカツなら大丈夫だと思って」
そう言うとセーラは、隣の箱に腰を下ろした。
「それでどう、調子は?」
「どうと言われても・・・。とにかくあらゆることが初めての経験で、ずっと緊張の連続だよ」
「そう?それにしてはいい成績だったみたいだけど?」
「ううむ・・・」
「大体あなたは、自分のことについて知らなさすぎよ。もっと自分に目を向けた方がいいと私は思うんだけど」
「もっと自分に、かあ・・・」
そう言ってヒデカツは頭を掻いた。
そのようなやり取りをしていると、彼はふと、数日前のある疑問を思い出した。
「あのさ、こんな時になんだけど、一つ聞いていいかな?」
「何?」
「君の家のことについてなんだけど」
その言葉を聞いた途端、セーラは大きく目を見開いた。
「いや、この前大会の各種目の歴代優勝者のリストを見たんだ。そこにはオルメスという名前の人物が数多く載っていたんだけど、その時ふと思ったんだ。そういえば僕は、君の家のことについて何も知らないな、って。だから差し支えなければ教えてくれないかな、君の家について」
ヒデカツの言葉をセーラは黙って聞いていた。やがて、
「まあ、いずれ分かることだしね」
そう言って彼女は一つ息を吐いた。そして、自分の家のことについて語り出した。
「私の家が海軍の名門の家だってことは、前にも言ったわよね?」
「うん」
「実際オルメス家がいつから軍人の家になったのかははっきりとは分からない。ただ少なくとも私の曽祖父の時代には、統一前の王国に仕える軍人だったと聞いているわ」
そう言ってセーラは、一度言葉を区切った。
「やがて祖父が子供の頃に祖国が統一されて帝国が成立したわ。祖父はとても優秀な人で、皇帝の親衛隊とでもいうべき門閥軍人に選ばれたの。そして数々の戦役で軍功を挙げ、遂には海軍大佐にまで昇進した。射撃大会でも、彼は当時の記録である九連覇を達成した。そのくらい彼は凄い人だったの」
セーラはそう語った。その口調は、どこか誇らしげだった。
ヒデカツはリストのことを思い浮かべた。
(そういえば男子五〇メートルピストルの欄の上の方に全く同じ氏名の人物が九つ並んでいたけど、あれはセーラのお祖父様だったのか)
そう思うと彼は、心の中で唸った。
「とまあ、祖父はそのような人だったのだけど、先の戦争より前に起きた戦争で、彼は自ら志願して前線に赴いた。そしてそのまま現地で戦死を遂げたの。もっとも祖父は常々戦場で一生を終えたいと言っていたらしいから、ある意味本望だったのかもしれないわね」
そうセーラは、少し寂しそうに言った。
「祖父は戦死してしまったけれど、その時前の戦争で活躍したのが私の父よ。父は祖父ほどの実力はなかったけれど、それでも戦争では数々の功績を挙げた。そして祖父と同じく海軍大佐の地位に就いたわ」
そこまで聞くとヒデカツは頷いた。そしてセーラの家が自分の想像以上に優れた家であることを知った。
「それでお父様は今何をされているの?」
「今は海軍を辞めて隠居生活をしているわ。彼には海軍から年金が支給されているから、生活には困っていないはずよ」
「どうして?セーラのお父様ならそこまでお歳じゃないと思うんだけど?」
「父は先の戦争で私の艦が敵に捕らわれたのを海軍が隠蔽したのに憤って軍を辞めたの。いわゆる抗議の辞任ね。その後私が戻ってきたので、海軍は父に復帰するよう要請したわ。だけど彼はそれに応じることはなかった。もともと軍の仕事はあまり好きじゃなかったみたいだし、きっかけとしては丁度よかったのかもね」
そこまで話すと、セーラは押し黙った。
「ごめん。嫌なことを思い出させたね」
「ううん、気にしないで。現に今、私はこうして生きている。それにあの事件があったから、私はこうしてヒデカツに会うことができたのだから」
「どうかな?僕がこの国に来るなんて分からないじゃないか?」
「でもあなたはやって来た。そして私たちはこうして出会うことができた。そのことは天に感謝しないとね」
「天に、ねえ・・・」
ヒデカツはそう呟くと空を見上げた。
「そろそろ時間ね。それじゃあ本選頑張ってね」
そう言ってセーラは立ち上がった。そしてヒデカツに手を振ると客席の方に向かって歩き出した。
その後ろ姿を、ヒデカツは静かに見送った。




