第四話 開催
それから数日間、ヒデカツは射撃の練習に明け暮れた。彼にとっては何もかもが初めての経験である上、本来の業務と並行しなければならないので中々大変だった。それでも一度やると決めた以上、最後まで真面目に取り組もうとヒデカツは一日も練習を欠かさなかった。その間オリヴァは献身的に彼をサポートした。セーラは練習をほとんど見に来なかったが、それでも顔を合わせる度に調子を尋ねたりしてくれた。ヒデカツにはそれが嬉しく感じられた。
そのようなことをしている間に時は過ぎ、あっという間に大会当日を迎えた。
「それにしても、練習する必要あったんですかね?」
ヒデカツの隣を歩きながら、オリヴァがそうつぶやいた。
「どうしてだい?練習は大切だろ?」
「まあ、普通ならそうなんですけど・・・。だけど撃つ弾丸全てが真ん中に当たる人なんて僕初めて見ましたよ?一体どうしたらそんなことができるんですか?」
そうオリヴァは、少し呆れたように言った。
実際ここまでヒデカツは練習を続けてきたが、その時彼の撃った弾丸は全て一〇点の位置に命中したのだ。
「それはこっちが聞きたいよ。僕だってどうしてこうなるのか分からないんだから」
「まあ先任がそう言うのならそうなんでしょうけど・・・。しかしここまでの腕となると、後は心の持ち方の問題でしょうか?」
「うう、それは僕が一番苦手なことなんだけど・・・」
「先任」
と、オリヴァは静かに言った。
「繰り返しになりますが、あなたはもっと自分に自信を持つべきです。そしてこの大会は、あなたにとってそのための重要なステップになるはずです。今回の試合を通じてあなたの一回り成長した姿を、僕や艦長そして全ての乗員たちが見たいと思っています。大丈夫、あなたにはそれを成し遂げる力があります」
「う、うん」
「それではあちらが受付になります。僕は客席にいますので」
そう言うとオリヴァは身体の向きを変えると、客席の方へ歩いて行った。
ヒデカツがその姿を黙って見送っていると、別の方向から見知った顔がやってきた。
「よう、ヒデカツじゃないか」
彼の友人であるキューベル=アース陸軍中尉は、そう言って人の良さそうな笑顔を見せた。
「キューベル、君も出場するの?」
「ああ、男子五〇メートルピストルにな。ヒデカツは?」
「奇遇だな。僕も同じ種目だよ」
「そうか。ま、お互いに頑張ろうな」
そう言ってキューベルはポンとヒデカツの肩を叩くと、先に受付を済ませて会場の中に入っていった。
その姿を目で追いながら、不意にヒデカツはあることに気がついて首を傾げた。
(あれ?そういえばキューベルって、射撃の腕はどんなだったっけ?)
「艦長、無事に先任をお送りしてきました」
「お疲れ様。苦労をかけたわね」
オリヴァの報告を受けて、セーラはそう返した。
彼女たちは今、屋外に設けられた会場の客席にいた。毎年開催されているこの大会には、国内から多くの観客が押し寄せ、客席は多くの人々で埋め尽くされていた。
「いえいえ。だけど良かったのですか?その、先任と会われなくて」
「いいのよ。ヒデカツならきっと一人で乗り越えられると思うから」
セーラはそう言うと、組んだ両手の上に顎を乗せた。
「何だか私には、今回艦長が嬉しそうに見えるのですが、気のせいでしょうか?」
セーラの隣に座っていたエリーが尋ねた。
「そんな風に見える?」
そう言ってセーラはフフッと笑った。
「まあ私自身、そこまで意識しているわけじゃないけどね。ただ自分の好きな人が、今回初めての晴れ舞台に立つのだから、無意識に感情が表に出ていたのかもね」
「好きな人、か・・・」
そうエリーはつぶやいた。そしてセーラの向こう側に座っている人物の顔を覗き込んだ。
「どうかしましたか、次席将校?」
視線に気づいたオリヴァが、そう声をかけた。
「な、何でもない!」
エリーはそう言って顔を背けた。
そのようなやり取りをしている三人の側に、一人の人物が近づいてきた。長い黒髪と黒い瞳が特徴の、柔和な顔をした女性将校だった。
「お久しぶりです、艦長」
そうユーリ=カッター海軍中尉は、セーラの側に立って言った。
「あらユーリ、今日はサイクロン少佐と一緒じゃないの?」
姿勢を正しながらセーラは尋ねた。
「少佐は今日、司令部のお偉方と共に各会場の視察に行っています。遅い時間まで付き合わされて迷惑だとぼやいていました」
「そう。そういえば両軍評議会議員も幹部扱いだったわね」
セーラはそう言って頷いた。
陸海軍の最高意思決定機関である両軍評議会。陸海軍の代表で構成されたこの機関は、両軍のあらゆる方針を決定し、それを双方の司令部に通達・徹底させる権限を持つ。ユーリの上司であるミカエル=サイクロン海軍少佐もそのメンバーの一人である。
「エリーも久しぶり。その様子だと元気そうね」
「お久しぶりです、先任将校」
そうエリーは笑顔で返した。それを聞いたユーリは、少し複雑な表情を浮かべた。
「バラック一等兵曹とは初めてだったかしら?仕事ぶりは報告を受けているわ。中々の働きぶりのようね」
「光栄です、カッター中尉」
そう言ってオリヴァは頭を下げた。
そしてユーリは彼から席を譲ってもらうと、セーラの隣に腰を下ろした。
「それで、今回は誰か注目の将兵がいるのですか?」
「うん、実は今回ヒデカツがこの大会に出場してるの」
「ワタベ中尉が?」
ユーリは少し驚いた表情を見せた。
「腕の方は艦長から伺っています。かなりの腕前のようですね。しかし今回のような状況ではどうでしょうか?」
「問題ないわ。それに彼が誰よりも心に熱いものを持っていることを私は知っている。今はただそれを信じて見守るだけよ」
そう言ってセーラは会場の方に目を向けた。
「そうですか・・・」
そうユーリは答えた。そしてセーラと同じ方向を見つめた。




