第二話 歴史
「あ~、何かとんでもないことになったな」
短い黒髪の頭を掻きながら、ヒデカツはそうつぶやいた。
「別にいいじゃないですか、みんな喜んでいることですし」
彼の前を歩くオリヴァが、少年のような笑顔を見せながら答えた。
「そうかな?さっきも言った通り、僕は生まれてから今まで大会なんかに出たことないからね。もし失敗なんかしたら、それこそセーラや乗員たちに迷惑をかけることになるよ?」
「心配性ですね。大体先任は自分のことを過小評価し過ぎです。もっと堂々と、胸を張って生きた方がいいですよ」
「う~ん、でも今更そんなことを言われてもな・・・」
「それに先任、お気づきでないかもしれませんが、あなたは結構軍の中では有名人ですよ。何せ艦長と一緒に過激派を足止めしただけでなく、その後に起きた過激派の襲撃を撃退したのですからね」
「あ、あれはただ咄嗟に身体が動いただけだよ。それに僕は当然のことをしただけさ。別に称賛されるようなことじゃないよ」
「まあ、今はそういうことにしておきましょう。とにかくあなたはもっと自分を信じるべきです。そのためにも今回の大会は重要だと思います。もちろん僕たちもできる限りのサポートはします。だから先任は安心して、自分の実力を発揮することを考えていてください」
「う、うん」
「とにかく出場すると決めたからには最後まで真剣に取り組まないといけませんね。さあ行きますよ先任、これから色々準備しないといけませんからね」
そう言うとオリヴァは、先に立って歩き出した。
射撃競技には様々なものがある。ライフル銃・ピストルを使用し固定された紙標的に弾丸を発射して点数を競うライフル・ピストル射撃、散弾銃を使用し空中に放たれた皿状の標的を砕いて数を競うクレー射撃、ライフル銃を使用し横に移動する紙標的に弾丸を発射して得点を競うランニングターゲット射撃などである。今回開催されるのは、ライフル・ピストル射撃の大会である。
そしてライフル・ピストル射撃の中にも様々な種目があり、今回は男子・女子五〇メートルライフル三姿勢、男子・女子五〇メートルライフル伏射、男子五〇メートルピストル、男子二五メートルラピッドファイアピストル(二日間実施)、女子二五メートルピストルの各種目が行われる。
ヒデカツは今回、男子五〇メートルピストルに出場することになった。
「男子五〇メートルピストルの場合、試合開始前には弾丸数無制限に試し撃ちができます。ただし試合が始まってしまうと試し撃ちはできません。試合時間は予選・本選とも一時間三〇分で、一〇発を一シリーズとして合計六シリーズの合計六〇発の得点の上位から順位を決定します。なお他の種目のように決勝は行われず、本選の結果によって最終順位が決まります・・・。ここまでは分かりますか、先任?」
「うん、まあ、なんとか」
オリヴァの説明を聞いて、ヒデカツは頷いた。
「それで、今までどんな人たちが優勝しているの?」
「軍は階級がものをいう世界ですからね、やはりどの種目でも陸海軍共に大佐の優勝が多いですね。次いで中佐・少佐・大尉・中尉・少尉と将校階級が続きます。でも数は少ないですが下士官や兵階級の優勝もありますよ」
「ふ~ん。この国の軍隊は、中々層が厚いみたいだね」
「そうですね。アクアフィールド陸海軍は実戦を想定した訓練だけでなく、こういった基礎的な訓練にも力を入れていますからね。そのようなことの積み重ねが、現在の精強な軍を形作っているのです」
「なるほど」
オリヴァの解説に、ヒデカツは納得した。
「しかしどうしてこのような大会が開催されるようになったんだろうね?」
「ああ、それはこの国の建国と深い関わりがあります」
そう言ってオリヴァはフフンと得意げに鼻を鳴らした。そしてこの国の歴史について語り出した。
「今から七〇年程前、アクアフィールドは現在の首都を中心とする地域を治めていた王国が周囲に分立していた小国を統合し近代帝国として成立しました。その時沿岸地域にあった国の部隊を中心として海軍が、内陸地域にあった国の部隊を中心として陸軍がそれぞれ創設されました」
「へえ、この国はかつて帝国だったのか」
「そうだったみたいですよ。しかし所詮は寄せ集めの軍隊ですから、当初は統率が上手く取れませんでした。そこで軍の一体感と人心の統一を図るため、陸海軍合同の射撃大会が開催されました。それはその後も続けられ、二〇年余り前に共和政に移行した現在になっても陸海両軍の結束の象徴として受け継がれているのです」
「ふむ。セーラはさっき技術の向上と成果の発表のためと言っていたけれど、この大会の目的はそれだけじゃないんだね」
「そうです、この大会は奥が深いのですよ。そしてこれが、今までの大会の各種目の優勝者を記したリストです」
オリヴァから差し出された紙束をヒデカツは受け取った。そこには初開催から去年まで行われた全七五回の大会の各種目の優勝者の名前が書かれていた。
そのうち男子五〇メートルピストルの優勝者リストを見ていて、ヒデカツはあることに気がついた。
(何かオルメスという名前の人が多い気がするな)
そしてそれは、セーラの苗字と同じである。
(そういえば、オルメス家ってどんな家なんだろう?)
不意にヒデカツはそう思った。しかし今それを言うのはためらわれたので、とりあえずここでは黙っておくことにした。
「ま、そういうわけであなたは今壮大な歴史に挑もうとしているわけですよ。さあ着きましたよ、先任。とにかく今は特訓あるのみです」
オリヴァはそう言うと、ある場所を手で指し示した。




