第一話 出場
「ふう・・・」
標的を目の前にして、ヒデカツ=ワタベは一つ息を吐いた。
ここは、海軍の施設内にある射撃場。朝早い時間ということもあって人影はまばらだが、それでも何人かの将兵たちが射撃の訓練を行っていた。
その中にある的の一つの前に彼は立っていた。右肩は的の方に向けられ、顔は真っ直ぐに的を見つめている。
ヒデカツは腰のホルスターから拳銃を取り出した。そしてそのまま顔の前に持っていくと、集中するように目を閉じた。
数秒後、彼は茶色の瞳の目をゆっくりと見開いた。そして右腕を伸ばし、真っ直ぐ銃口を的の方へ向けた。
パン、パン、パン、パン、パン、パン。
乾いた発砲音が六発、施設内に響き渡った。
やがてヒデカツは拳銃に弾丸を込め直すと、ホルスターにしまった。そして手前の台の上にあった双眼鏡を手に取ると、的の方を覗き込んだ。
彼の撃った弾丸六発は、性格に的の中央を撃ち抜いていた。
(うん、今日もいい感じかな)
そう思ってヒデカツが双眼鏡から目を離した時―。
パチ、パチ、パチ、パチ、パチ・・・。
急に後から拍手の音が聞こえてきた。
驚いて彼が振り返ると、そこには長い金髪が特徴の、碧眼で整った顔立ちの女性将校がいた。
「おはよう、今日も調子いいみたいね!」
ヒデカツの上司であり恋人であるセーラ=オルメスはそう言った。
「おはよう、セーラ・・・。というか、あんなに離れているのに見えるの?」
「見えないけど、ヒデカツの様子を見れば分かるわよ」
そう言うと彼女は、ヒデカツの手から双眼鏡をヒョイと取り上げた。そして自分の目に当てて覗き込んだ。
「うん、やっぱりね。やっぱりあなたには、射撃の才能があるわ」
「大袈裟だな。大体僕は祖国にいた頃、銃なんか握ったこともなかったんだからね」
「でもそこから始めて、ここまで腕を上げた。それはあなたが今まで努力を続けてきたからでしょ?それは当然褒められるべきことよ」
「努力、ねえ・・・」
正直そのようなことを褒められてもと、ヒデカツは少し複雑な気持ちになった。
「しかしここまでの腕となると、これはひょっとしたらひょっとするかもね」
「ひょっとするって、何が?」
ヒデカツがそう尋ねると、セーラは人差し指を口許に当てて、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「ふふ、秘密。まあいずれ分かることよ。それじゃヒデカツ、また後でね」
そう言って彼女はヒデカツに手を振りながら、射撃場を後にして行った。
(何なんだろう、一体?)
セーラの背中を見送りながら、ヒデカツは一人首を傾げた。
「今度陸海軍合同の射撃大会が開催されるんだけど」
その日の訓練が終わった後、セーラは幹部たちを戦車揚陸艦<イフリート>の会議室に集め、こう切り出した。
「ああ、もうそんな時期でしたか」
操舵員を務めるオリヴァ=バラック一等兵曹がそう答えた。
「射撃大会って?」
何も知らないヒデカツが尋ねた。
「ヒデカツはこの国に来てから初めてだったわね。毎年陸海軍はこの時期に、射撃の技術向上とその成果を発表するために、合同の大会を開いているの。参加は将校以下の階級の者なら誰でもでき、それぞれの種目の上位三名は両軍の総司令から表彰されるわ」
「へえ、それは名誉なことだね」
「そうなの。それで今度の大会も、私たちの艦から代表を出そうと思うんだけど・・・」
「だったらセーラがいいんじゃない?セーラ、上手そうだし」
「まあ通常ならそうなるんだけど・・・」
そう言ってセーラは苦笑いをした。他の幹部たちも、複雑な表情をしている。
「どうしたの?何か問題でもあるの?」
「先任、艦長は出場できないんですよ」
碧眼で気の強そうな顔をした次席将校のエリー=ネルソン海軍少尉がヒデカツにそう言った。
「何で?」
「艦長は初出場から一昨年の大会まで、ある種目で一〇連覇を達成しました。そのことが他の将兵たちの士気を下げるとして、海軍総司令から出場を控えるように言われているのです」
「じ、一〇連覇・・・!」
その言葉を聞いて、ヒデカツは思わず天を仰いだ。そしてセーラが自分の想像している以上に凄い人物であることを知った。
「というわけで、他の人を選ぶことになるんだけど・・・」
そう言ってセーラは、一度言葉を区切った。
「私はヒデカツがいいと思うの」
そう彼女ははっきりと言った。
「おお、なるほど」
「そうきましたか」
オリヴァとエリーは、納得したような声を出した。
しかし当のヒデカツ本人は、何を言われているのか一瞬分からなかった。
「えっ、僕!?」
ややあって、彼は声を上げた。
「そう。ヒデカツの銃の腕は、私がよく知っているわ。あなたなら、上位の成績を残すことも夢じゃないわ」
「いやいやいや、そんなの無理だよ。大体僕、今まで大会なんて出たことないし」
「大丈夫、あなたならできるわ。それに、初めは誰だってそうなんだし」
「いやいや、他に上手い人がいるんじゃないの。ねえ」
そう言ってヒデカツはオリヴァとエリーの方を見るが、
「あ、僕はそういうの苦手なので」
「私も今回は見合わせようかな、と」
そう言って二人はやんわりと断った。
「あ、そうだ、他の乗員たちにも聞いてみようよ。何たって二〇人くらいいるんだからね、一人くらい上手い人がいてもおかしくな―」
「ああ、それならもう話をしておいたわよ。ヒデカツが出るのだったら、喜んで応援するとみんな言ってたわ」
「え、そこまで話が進んでるの・・・」
ヒデカツは言葉に詰まり、天井を見上げた。
「先任、観念した方がいいですよ」
「それにみんな期待していますし」
オリヴァとエリーがじっと彼を見つめてきた。
「うう~」
この逃げ道のない状況にヒデカツは唸った。そして大きな溜め息を吐いた。
こうして彼は、今回開催される射撃大会に出場することとなった。




