第三話 開始
次の日曜日―。
「うわあ・・・」
目の前の光景に、ヒデカツは思わず声を漏らした。
ここは首都で最も大きな駅から、南に真っ直ぐ大通りを下った所にある巨大な広場である。休みの日の午前中ということもあって、そこは多くの人々で賑わっていた。
その広場の中心にある噴水の脇に、ヒデカツは一人で立っていた。
てっきり彼は、どちらかの家にもう一方が迎えに行くものだと思っていた。しかしオリヴァによると、デートとは待ち合わせ場所を決めてそこから出かけるものらしい。よってヒデカツはセーラと相談した結果、首都でよく待ち合わせに使われているこの広場で会うことを決めた。そして彼は指定された時間より随分早くやって来て彼女の到着を待っていた。
(それにしても・・・)
と、彼は周囲の様子を眺めた。
広場は今、多くの人々が行き交っている。その人たちは皆、色とりどりの服に身を包み、思い思いの格好をして歩いていた。
その姿を見ていると、軍服姿の自分はどこか場違いな所にいるのではないかと思い、ヒデカツは少し恥ずかしい気持ちになった。心なしか自分の方に周りの視線が集まっているようにも感じた。
「お待たせ」
不意に声をかけられて、ヒデカツはそちらを向いた。そこにはセーラが笑顔で立っていた。
彼女は白いシャツの上に短い上着をはおり、茶色っぽいズボンに動きやすそうな靴を身につけていた。
そしてそれは、ヒデカツが最初にセーラに出会った時と同じ服装だった。彼がそれを指摘すると、
「ま、それはお互いに言えることだけどね」
と彼女は言った。
「いや、君のことだからもっときれいに着飾ってくるのかなと思って・・・」
「まあそれもいいけど、今日は初めてのデートだし、二人にとって思い出深いものにしたかったから。だからあえてこの格好にしたの。マズかった?」
「いや。うん、そうだね、いいかも」
「とはいえ、あなたのその格好はやはり目立つわね。若い兵士とかなら、軍服のままデートすることもあるけど、さすがに将校階級はね。ま、とりあえず―」
そう言ってセーラはさりげなくヒデカツの手を握った。
「服、買いに行こうか。私服持ってないって言ってたし」
その瞬間、ヒデカツの胸はトクンと大きく跳ね上がった。今までセーラの手を掴んだことは何度もあったが、それは必要に迫られてのことが多かった。今回のようにお互いの手をしっかり繋ぐのは初めてだったので、彼は少し顔を赤らめて俯いた。ちらりとセーラの方を見ると、彼女も少し赤くなって俯いていた。
(どうやら気恥ずかしいのは同じみたいだな)
セーラの様子を見て、ヒデカツは少し安心した。そして二人並んで西の大通りへ向かって歩き始めた。
同じ頃―。
「おお、ようやく動き出したか」
ヒデカツとセーラの様子を見ながら、キューベルはそう口に出した。
彼は今、広場から東にのびる大通りに面した建物の陰に立っていた。そして二人の様子を先程からずっと観察していた。
「二人で手を繋いでますね」
キューベルのすぐ後にいたローラが言った。
「うむ、その慣れてない感じが何ともいえずたまらないな」
そう言うとキューベルはフッと笑みを浮かべた。
「よ~し、それじゃ早速二人の後を追いかけて・・・って、うおっ!?」
歩き出そうとした彼の腕を、ローラががっしりと掴んだ。
「駄目ですよ、隊長。ただ追いかけたんじゃ、不審者だと思われて通報されてしまいますよ」
「ん?まあそうかもな。ではどうしたらいいんだ?」
「簡単なことです。私たちも恋人のふりをして後をつけたらいいんですよ。そうすれば誰も怪しんだりしませんよ」
「そうなのか?」
「そうですよ。というわけで―」
そう言ってローラは、自分の腕をキューベルの腕に巻きつけた。
「私たちもこんな感じで行きますよ。さあ、参りましょう」
「お、おう」
「隊長、そこは女性が腕を回しやすいように自分の腕を曲げるものですよ」
「そんなものなのか?」
「そんなものですよ」
そんなことを話しながら、二人は通りを西へ向かってヨタヨタと歩き出した。
また同じ頃―。
「お二人、動き始めましたね」
「うん」
広場から北へのびる大通りに面した建物の陰から、オリヴァとエリーはそうつぶやいた。
「手を繋いでますね。初々しい感じがまたいいですね」
「で、その後ろからはアース中尉・・・とハワード少尉がついてきてる、と」
「そうですね。何だか随分とヨタついてますけど、大丈夫ですかね?」
「予想した通りとはいえ、あの方たちにも呆れるわね」
「全くです。さて、僕たちもそろそろ動き出しましょうか。そして先任と艦長には今日一日快適に過ごしてもらわなければ・・・って、あれ?」
動き出そうとしたオリヴァの上着の裾を、エリーが不意に掴んだ。
「どうしたんですか、次席将校?」
「え?いやほら、バラック一等兵曹が道に迷ったりしないようにと思って・・・」
「そんな子供じゃないんですから、そんな必要は・・・」
「う、うるさい!とにかく今日はこれで行くわ、上官命令よ」
「そんな大袈裟な。ああ、もう、歩きにくいな・・・」
そんなやり取りをしながら二人は繋がったまま歩き始めた。裾を掴んだエリーの顔は、少し赤く染まっていた。
さらに同じ頃―。
「ワタベ中尉とオルメス大尉は、西の方角へ向かって歩き出したか」
「で、その後を隊長と参謀長が追いかけている、と」
東の大通りから南にのびている通りに面した建物の陰から、アコーとモニカは様子をうかがっていた。
「あ~あ、参謀長、隊長と腕なんか組んじゃって。すっかり浮かれてるみたいだね」
「隊長もどうやら戸惑ってるみたいね。まああの様子だと、今回も進展はないかな」
「そうだね。で、その後をつけていくのはネルソン少尉とバラック一等兵曹だね。何であの二人繋がって歩いてるんだ?」
「さあ?ところであの二人は私たちの存在に気づいてるの?」
「さっきチラッとこっちの方を見た。あれは絶対気づいてるね」
「そう、さすがね」
モニカはそう言って、一度言葉を区切った。
「さて、それじゃ私たちも追いかけましょうかね。とにかく参謀長が騒ぎを起こさないように、しっかり見張っとかないとね」
「だけどある意味騒ぎを起こしてもらった方がいいんじゃないのかい?」
「どうして?」
「だって騒ぎを起こせば隊長もお二人を追いかけるどころじゃなくなるだろ?そうなれば別に心配することもないんじゃないのかい?」
アコーにそう言われてモニカはしばらく考え込んだ。やがて彼女は首を横に振った。
「いいや、駄目よ。騒ぎに気づいて、お二人が収拾に乗り出すかもしれないでしょ。そうなったら、せっかくのデートが台無しになってしまうわ」
「そうだな。つまり二人に騒ぎを起こさせつつ、お二人には気づかれないようにしないといけないというわけか」
「ま、私たちの腕の見せ所ってわけね」
そう言うと二人は向かい合って笑みを見せた。そして西へ向かって小走りに移動を始めた。




