第一話 計画
「ふう・・・」
艦長席に腰を落ち着けながら、セーラ=オルメスは一つ息を吐いた。
今日も彼女たちは、戦車揚陸艦<イフリート>で通常の訓練を行っていた。そしてそれが今丁度終わったところである。
「お疲れ様」
彼女の隣に座っていた青年が、そう声をかけた。セーラの恋人でこの艦の先任将校を務めるヒデカツ=ワタベだ。
彼の顔を見て、セーラはにっこりと笑みを返した。
「うん、お疲れ様。その様子だと艦の訓練にもだいぶ慣れたみたいね」
「え~、まだ全然だよ。セーラの方こそ少し疲れてない?」
「まあね。やっていることはいつもの訓練で慣れているけど、こう何カ月も続けているとさすがに集中力が切れてくるかな。そろそろ何か考えないと」
「そっかあ。日々の訓練だけじゃなく、艦長の仕事とか司令部への報告とか君は色々大変だからね。一度ゆっくり休んだ方がいいかもしれないよ」
「そういえば」
と、そこでセーラは艦橋内を見回した。そして二人以外誰もいないことを確認すると、こう切り出した。
「今度の日曜日、ヒデカツ空いてる?」
「ん?空いてるけど?」
「じゃあさ、その日私と二人でどこか出かけない?何せこっちに戻ってきてからずっと仕事詰めだったし、そろそろあなたとゆっくり時間を過ごしたかったから」
そう言ってセーラは、ヒデカツの方へ身を乗り出してきた。
「え?それはつまりその・・・」
「あなたとデートしようってこと。あなたの国の言葉では逢引きと言うのかしら」
「ああ、デート、デートね・・・」
二カ月程前、軍の訓練に行く途中の艦内で、ヒデカツはセーラと話をする機会があった。その時二人は、今度時間が取れた時に一緒に出かけようと約束をしていたのだ。
「そうだね。僕も君とゆっくり話をしてみたいと思っていたし、今が丁度良い時期かもしれないね。うん、分かった、そうしよう!」
ヒデカツはそう言うと、セーラに向かってニコッと笑った。
「ところでセーラ、デートって具体的に何をすればいいの?」
「さあ?ヒデカツは今までそういう経験ないの?」
「いやあ、ないなあ。僕は女性にはあまり人気がなかったからね、今までそういう経験はしたことがないんだ」
「へえ、ちょっと意外ね。ヒデカツってこんなに優しくていい人なのに」
「それだけじゃ女性に好かれない国だったんだよ、僕の祖国は。もっとも戦争が終わって価値観も変わったかもしれないけどね。セーラはどうなの?」
「私もそういった経験はないわね。何せ物心ついてからずっと軍一筋の生活を送ってきたから、とてもそんなことをする余裕はなかったわ」
「ふ~ん、それこそ意外だな。セーラくらいの綺麗な人だったら、声をかけてくる男性の一人や二人いても不思議じゃないと思うんだけど」
「まあ、中には関心がある人もいたかもしれないけど、私の性格とオルメスの名前のせいで、みんな近づきにくかったみたい」
「ああ・・・」
セーラの家は代々続いてきた海軍の名門である。加えて彼女は冷徹な人物というイメージがあるので、周囲の人間はたとえ興味をもっていたとしても中々近寄りがたかったようである。だからそのことを知らなかったとはいえ、壁を易々と超えたヒデカツは、周りから驚きをもって受け取られたのだ。
一通り話をすると、二人は顔を見合わせてう~んと唸った。
「どうやら基本的なことから考えないといけないみたいだね」
そう言うとヒデカツは、天井を見上げた。
「首都の名所や施設を知りたい?」
オリヴァ=バラック一等兵曹は、そう言って首を傾げた。
ここは<イフリート>内にある操舵員の部屋。今彼は自分の仕事机の前に座っている。その正面には、オリヴァの最も尊敬する上司であるヒデカツが立っていた。
「そうなんだよ。いや考えてみればこっちに来てから、僕はずっと海軍の仕事に没頭していて、今まで首都をゆっくり見て回ったことがなかったな、って。そこで僕よりこの国のことについて詳しく、情報集めが得意なオリヴァなら、何か知ってるんじゃないかと思って」
「まあ、それくらいなら別に大したことないですけど・・・何に使うんですか、そんな物?」
「ああ、いや、ちょっとね・・・」
「もしかして艦長とデートですか?」
そう言われてヒデカツは、苦笑して頭をかいた。
「さすがだね、何でもお見通しってとこかな?」
「先任とは長い付き合いです。あなたの考えていることは大体分かりますよ」
「うん、そうだね。黙っててごめん」
「いえ、お気持ちは分かりますよ。そうですか、艦長とデートですか。いよいよって感じですね」
「オリヴァは僕たちのデートを喜んでくれるの?」
「当然です。先任はとても立派な方です。その幸せのためでしたら、僕は自分の命だって投げ出すつもりです」
「いや、そこまでしてくれなくていいけど・・・」
「とにかく今回のデートについて、僕は全面的にサポートするつもりです。お二人にお薦めの名所や施設、思いつく限り調べておきましょう」
「そうか、頼んだよ」
そう言ってヒデカツは、オリヴァの顔を見て微笑んだ。
二人のやり取りを、すぐ側で聞いている人物がいた。
その人物は、用事があって艦内を訪れていた。そしてそれを済ませて帰ろうとした時に、たまたま操舵員の部屋の前を通りかかると、丁度半開きになった扉の向こうから話し声が聞こえてきた。初めはそのまま通り過ぎようと思っていたが、彼らの話していることは、その人物の興味を引くのに充分なものだった。だからそのまま立ち止まって聞き耳を立てていた。
やがて一通り話を聞き終わると、その人物はフッと笑みを浮かべた。そしてそのまま足早にその場を立ち去った。




