第五話 嫉妬
「へえ、そんなことがあったんですか」
<イフリート>の食堂でヒデカツの話を聞き終えたオリヴァは、そう言って一つ頷いた。
あの後レオンと別れてから、ヒデカツは訓練のため艦に向かった。その後、セーラは用事があると言って先に帰ったので、彼は自分の部屋で残りの仕事を片付けていた。それが一段落したので食堂でゆったりとした時間を過ごしていると、丁度オリヴァと顔を合わせたのである。
「うん。まさかクラウド元二等兵のことを、あれほど大切に思ってる人がいたなんてね」
「まあ、誰でも大切に思ってくれる人の一人や二人いますからね。たとえその人がどんなに孤独に思っていても」
「どんなに孤独に思っていても、か・・・」
ヒデカツはそう言って、少し沈んだ表情になった。
「僕には大切に思ってくれる人はいないかな。まあ祖国を捨てて逃げ出してきたんだから当然か」
「先任」
ヒデカツの言葉に、オリヴァは静かに答えた。
「あなたは未だに過去の傷が癒えずにいるのですね。その苦しみ、痛いほど分かります。だけど先任は一人ではありません。何かあった時は僕たちが全力で支えます。それに何より、あなたを一番大切に思っている人はすぐ側にいるじゃないですか」
瞬間、ヒデカツは長い金髪の美しい彼の恋人を思い浮かべた。
「そうだったね。ごめん、悪かった」
「いいえ、別に」
そう言うとオリヴァは、フッと笑みを浮かべた。
「サンダー一等兵とクラウド元二等兵は、この後上手くいくのかな?」
「まあ、話を聞く限り彼の気持ちは本物でしょう。彼ならきっと彼女の気持ちを動かせますよ。何より先任の後押しがあったのですから、必ず上手くいくと思います」
「そうだといいけどね・・・」
ヒデカツはそう言って、テーブルの上に頬杖をついた。
同じ頃―。
「すいません、お待たせしました」
テーブル席の一角にセーラの姿を見つけて、ユーリ=カッター海軍中尉は言った。
「ううん、こっちも急に呼び出したりして悪かったわね」
彼女の姿を認めて、セーラもそう返した。
ここは首都にあるレストランの一つ。もう夜も遅い時間で客足はまばらだが、それでも店内には何人かの客がまだ食事を楽しんでいた。
その店内の奥にあるテーブル席の一つに、セーラとユーリは向かい合って腰を下ろした。
「考えてみれば、こうして二人でゆっくり話をするのも久しぶりね」
「そうですね。こちらに帰ってきてから、艦長はすぐに東の街に行ってしまいましたし、私はずっと軍事企業に勤めてましたからね」
「あの時はお互いに、海軍に復帰するなんて思ってもいなかったわよね」
「ええ」
そう言って二人は、顔を見合わせて笑い合った。
「それで、今日は一体どのようなご用件ですか?」
「ああ、うん」
セーラはそう言うと、少し真面目な顔になった。
「レイニー=クラウド海軍二等兵のこと覚えてる?」
「はい。確かエリー=ネルソン次席将校と同期でしたっけ?」
「うん。その後彼女がどうしてるかも知ってる?」
「はい。あの事件のことを苦にして、家に引き籠ってると聞きました。彼女がどうかしたんですか?」
「うん。実はエリーがレイニーのことを心配して、何とか立ち直らせたいと思ってるのよ。それで相談を受けたヒデカツが、今彼女の家に通い続けているのよ」
「ワタベ中尉が?」
セーラの言葉に、ユーリは驚いたような声を出した。
「ユーリはレイニーについてどう思ってるの?」
「まあ、原因を作ったことは間違いないですけど、別に特別な感情は抱いていません。大体あの事件は、二等兵が一人で責任を負えるようなものではありません」
「そうね。私も同意見よ」
「私は彼女の性格を知っていました。しかし私は艦長に、彼女の配置を変えるよう進言しませんでした。だからあれは私にも責任があります」
「全く、私と似たようなことを考えるのね」
セーラはそう言って苦笑した。
「しかしネルソン次席将校も素直じゃありませんね。悪いと思うのなら直接謝罪すればいいのに」
「まあまあ、そこは彼女にも事情があるのよ。エリーからしてみれば、レイニーが引き籠った原因を作ったのは自分だからね。そう簡単に顔を合わせるわけにはいかないのよ」
「なるほど」
「まあ、彼女はああ見えて情に厚いところがあるわ。でなければかつての同期のことを気にかけたりしないわよ」
「同期、か・・・」
ユーリはそう言うと、声の調子を落とした。
「そういえば、私と艦長も海軍学校の同期生でしたね。私はどちらかといえば優秀な方でしたが、座学でも実技でもいつもあなたにあと一歩及びませんでした。おかげで艦長が大尉に昇進したのに対して私は一つ下の中尉、そして先任将校どまりでした」
そうユーリは淡々と話した。セーラは黙って彼女の話を聞いていた。
「だから私、ふと思ったんですよ。あの事件は、私が艦長に嫉妬心を抱いていたから起きたのではないかと。結局あれは私のせいではないのかと・・・」
「ユーリ・・・」
ユーリの言葉に、セーラは静かにつぶやいた。
するとユーリは、にっこりと笑ってこう言った。
「でももうそう考えるのはやめました。あの事件は私一人で背負いきれるものではありません。それに私がそのような感情を抱いていたとしても、艦長に対する忠誠心は変わりません」
「私もよ、ユーリ。そのような話を聞いたところで、私のあなたに対する信頼が揺らぐことはないわ。これからも、よき相談相手であってほしいわ」
「はい。クラウド二等兵のこと、上手くいくといいですね」
「ええ。ヒデカツがついているのだから、必ず上手くいくわ」
「そうですね。何といっても、艦長の気持ちを動かした人ですからね」
そう言うと二人は、お互いの顔を見て微笑んだ。




