第四話 レオン
次の日―。
「ふう・・・」
レイニーの家の玄関を出て、ヒデカツは一つ息を吐いた。
彼女は相変わらず無表情で、ヒデカツが何を話しかけても答えてくれなかった。それでも彼がまた来てもいいかと尋ねると、小さく頷いてくれたので、拒絶されているわけではないことは分かった。
(さてと・・・)
その日ヒデカツは真っ直ぐ門に向かわず、庭の中を横切った。そして家の角まで行くと立ち止まり、そっと向こう側を覗き込んだ。
そこには短い金髪が特徴の小柄な少年がいた。年齢は、一〇代の後半くらい。
彼はしきりに家の二階にある、とある部屋の窓を見上げていた。その顔はとても心配そうで、決して興味本位で覗いているようには見えなかった。
ヒデカツはそっと彼に近づいた。そして静かに声をかけた。
「やあ、ここで何してるの?」
その声を聴いた瞬間、彼は驚いて少し後に飛び退いた。
「わ、ワタベ中尉・・・!」
(え?何で僕の名前知ってるの?)
そうヒデカツが疑問に思っていると、彼はピンを背筋を伸ばして敬礼をした。
「お初にお目にかかります。レオン=サンダー海軍一等兵です」
(サンダー?どこかで聞いたことのある名前だな)
ヒデカツはしばらく考えた。やがて彼は、かつて東の街で過激派と対峙した際、掃討を行った駆逐艦の部隊の幹部に同じ名前の人物がいたことを思い出した。
「君はドラゴ=サンダー上等兵曹の身内なの?」
「はい、弟です。あなたのことは兄から伺っています」
それで自分の名前を知っていたのか、とヒデカツは納得した。
「実は中尉とは、ずっとお話がしたいと思っていたのです」
「うん。でも、ここだと何だから、少し場所変えようか」
ヒデカツがそういうと、レオンは状況に気が付いてハッとした。そして顔を赤くして俯いた。
およそ一五分後―。
レイニーの家からそう遠くない場所にある河川敷のベンチに、ヒデカツとレオンは腰掛けていた。ここは近所の人にとってちょっとした憩いの場で、少し低い場所にある川岸では、今も多くの人々が散歩をしたり地面に座ってお喋りを楽しんだりしていた。
「それで、君はクラウド元二等兵とはどういう関係なんだい?」
「はい。僕とレイニーは幼馴染みで、子供の頃はよく一緒に遊んだりしていました。彼女は少し抜けた所があって、よく失敗して泣いていましたが、それでも明るく元気で、何よりも頑張り屋でした」
それは以前エリーが言っていたことと重なっていたので、ヒデカツは頷いた。
「そんな彼女を見て僕は育ちました。僕も決して優秀な方ではありませんでしたが、それでも彼女と一緒にいると自分も頑張らなければならないと思いました。だから自分を変えようと僕は海軍に入りました」
そこまで話すとレオンは、一度言葉を区切った。
「しばらくして、レイニーも海軍に入ると言ってきました。初めそれを聞いた時、僕は驚きました。彼女の性格を考えると、向いてないと思ったからです。でも彼女はこう言いました。『大丈夫、私こう見えて結構努力家なんだから。それに、一緒にいれば何かあった時レオンを助けてあげられるでしょ。だから心配しないで』それを聞いて僕も嬉しくなったのを覚えています」
レオンはそう言うと、当時を思い出してフッと微笑んだ。
「だけどレイニーにとって、海軍での生活は厳しいものだったようです。結局僕が先に一等兵に上がったのに対して、彼女は二等兵に据え置かれました。そして、僕たちはだんだん疎遠になっていきました・・・」
そう言ってレオンは、唇を噛み締めた。
「そして戦争中、レイニーの搭乗した艦が行方不明になったという報せが届きました。その後何の情報も提供されなかったので、僕は取り乱しました。居ても立っても居られなくて、僕は兄に泣きつきました。兄は僕の訴えを上官に取り次いでくれました。やがてその人がさらに取り次いだ上官の手によって、海軍が事件を隠蔽していたことが暴かれました」
思わずヒデカツはレオンをじっと見つめた。以前セーラから聞いていた海軍の不祥事、それを明るみに出すきっかけを作った人物が、今まさに目の前にいたからだ。
「やがてレイニーが帰還したと聞いて、僕は喜びました。だけど港で見かけた彼女はひどくやつれて疲れ果てていて、僕は声をかけることができませんでした。そしてその後、レイニーが敵軍に捕らえられた原因を作ったことを苦にして、家に引き籠っていることを知りました。僕は何とかして彼女を助けたいと思いました。でも自分ではどうしたらいいか分からず、ただレイニーの家の周りをうろうろしているだけでした。そんな時に、あなたの姿を見かけたのです」
それが昨日自分が感じた気配の正体だったのかと、ヒデカツは納得した。
話を聞き終えるとヒデカツは、レオンの方を向いた。そして、彼に対して優しく語りかけた。
「サンダー一等兵は、クラウド元二等兵のことをとても大切に思ってるんだね」
「はい!僕は彼女のことを、とても大事に思ってます!」
「彼女のこと好きかい?」
「はい!大好きです!」
「それならその気持ち、直接彼女に伝えたらいいよ。彼女もそれを待ってると思うよ」
「え?いや、でも・・・」
「彼女が傷ついたのと同じように君も傷ついた。そして君はその傷を理解しようとしている。大丈夫、君の気持ちは必ず彼女に届く。そしてそれは、彼女の人生を大きく変えることになるよ」
レオンを真っ直ぐ見つめながら、ヒデカツはそう口にした。
「ワタベ中尉・・・」
レオンは思わず声を出した。その目は何かを決意したように感じられた。
「分かりました!僕、レイニーに会ってきます!そして、自分の気持ちを彼女に伝えてきます!」
それから彼は立ち上がると、ヒデカツに対して深く頭を下げた。そしてこちらに背を向けて駆け出して行った。
その姿を、ヒデカツは微笑みながら見送った。




