第三話 想い
「ふ~ん、そんなことがあったんだ」
ヒデカツの話を聞き終えて、セーラはそう答えた。
時刻は夜の七時頃。日はとっくに暮れて、人々は家路に着いている。
ヒデカツとセーラは、<イフリート>の艦橋内で話をしていた。それぞれ兵舎と実家暮らしの二人にとって、ゆっくり顔を合わせられる場所といえば艦の中くらいしかない。
「うん。クラウド元二等兵、ひどくやつれた顔をしていたよ」
「まあねぇ。彼女が今まで受けた苦しみを思えば、無理もないことね」
「その・・・セーラはクラウド元二等兵に対して怒っていないの?」
「まあ、原因を作ったのは確かだけれどそこまではね・・・。私は彼女の性格を知っていた。だけど私は適切な配置をしなかった。だからあれは私の責任でもあるのよ」
「つらいんだね、艦長って・・・」
「それが仕事だから・・・」
そう言ってセーラは、フッと寂しげに微笑んだ。
「それにしても意外だったな。あのいつも冷静なネルソン次席将校が、非常時とはいえ感情をあらわにすることがあったなんて」
「ああ、それは彼女の性格が関係しているかもね」
「というと?」
「ヒデカツも知ってのとおり、エリーは自分に対して厳しい所があるわ。あの時彼女は自分に腹を立てていた。だからつい、目の前にいたレイニーに自分の怒りをぶつけてしまったのよ。それに気づいたからこそ、エリーはあなたに助けを求めてきたんじゃないの?」
「ネルソン次席将校は、クラウド元二等兵のことを疎ましく思っていたと言ってたけど?」
「まあ、多少はあったかもしれないけど本心じゃないわね。本当はレイニーのことを大切に思ってるわよ。でなければこんなに気にかけたりしないわよ」
「う~ん・・・」
そこまで聞くとヒデカツは、何かを考えるように唸った。
「レイニーはエリーのことをとても好きだった。私が艦内の見回りをしている時に漏れ聞こえてくる話では、彼女はいつもエリーのことばかり話してた。まさに自慢の友達って感じだったわ」
その様子を想像して、ヒデカツは思わず笑みを浮かべた。
「僕は本当にクラウド元二等兵のために何かできるんだろうか?」
「エリーはあなたを信頼して相談をした。それはあなたが人の生き方を変える力があるから。大丈夫、私はヒデカツを信じてる」
「ならいいんだけど・・・」
ヒデカツはそう言うと、遠くを見るような目をした。
同じ頃―。
「はあ・・・」
食堂の席の一角で、エリーは一人溜め息を吐いていた。
自分は友人を救いたい。だけど自分ではどうすることもできない。だから信頼しているヒデカツに頼んだ。そういう意味では自分の判断に間違いはない。
(だけど・・・)
とエリーは思った。このような重大なことを、不可抗力とはいえ人に頼んでいいのか。そんな思いが彼女の中でグルグルと渦巻いており、先程からずっと悶々とした時間を過ごしていた。
「次席将校?」
不意に後から声がした。振り向くとそこにオリヴァが立っていた。
「バラック一等兵曹、まだ残ってたの?」
「色々と仕事が溜まってまして・・・次席将校こそ、まだ残ってたのですか?」
「うん、何か帰りそびれちゃって・・・」
それを聞いてオリヴァは、エリーの側に来た。そして、彼女の前の席に腰を下ろした。
「どうしたんですか?何か浮かない顔をしていますが・・・」
「うん、まあ、そうなんだけどね」
「もし僕でよければ話を伺いますが?」
「う~ん・・・」
正直年下の部下に悩みを打ち明けるのは気が引ける。が、このまま黙っていても仕方がないと思ったので、エリーは話すことにした。
「バラック一等兵曹は、何か自分にとって重要なことを、人に頼んだことある?」
「それはまた唐突な質問ですね・・・ええ、結構ありますよ」
「あなたはその時どう思った?後ろめたくなかったの」
「まあ、少しはありましたけど、自分にはどうしようもないことと割り切ってましたね。それに、困った時はお互い様ですし」
「そっかあ・・・」
「その様子だと何か重大なことを誰かに頼んだみたいですね。何かあったんですか?」
「うん、実は―」
そうしてエリーは、今までのことをオリヴァに話した。
「次席将校らしい悩みですね」
オリヴァは話を聞き終えると、苦笑しながら言った。
「まあお気持ちは分かりますけどね。以前にも感じましたけど、あなたは自分に素直じゃないところがあります。もっと自分の気持ちを正直に出せれば、また違ってくると思うんですけどね」
「そんなこと言ったって、私にもプライドってものがあるし・・・」
「分かってますよ。まあ、次席将校のそういうところ、僕は嫌いじゃないですけどね」
「え?」
「それに今、あなたはみっともないことを承知で僕に悩みを打ち明けてくれた。次席将校の新しい一面を見れて、僕は嬉しかったですよ」
「なっ!?」
「まあすぐに変えるのは難しいでしょうけれど、これから少しずつ人を頼ることに慣れていったらいいんじゃないですか。今はただ先任を信じて結果を待ちましょう。あ、お茶入れてきますね」
そう言ってオリヴァは立ち上がると、厨房の方へ歩いて行った。
彼の姿が見えなくなると、エリーは俯いた。そしてポツリとこうつぶやいた。
「馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ・・・」
その顔は、少し紅潮していた。
暗い部屋の中、ベッドの上で両膝を抱えながら、彼女は今日の出来事を思い返していた。
前日、かつての友人の上官が訪ねてくると母親から聞かされた。その時は特に会うつもりもなく、一日中部屋に籠っていようと考えていた。
しかし当日になってみると、彼女はなぜか部屋を出たくなった。そしてそのまま一階に下りて行った。
そして彼女は彼に会った。祖国から逃げてきたと聞いていたのでどんな間抜けな顔をしているかと思ったが、彼はなかなか穏やかな顔をしていた。
彼は彼女に色々と話しかけた。彼女は何も答えなかったが、彼が自分のことを心の底から思っているのは伝わってきた。それは彼女の気持ちを少しだけ軽くした。
そこまで考えると、彼女は溜め息を吐いた。そして、顔を両膝にうずめた。




