第二話 レイニー
(とんでもないことを引き受けてしまった・・・)
艦内の自分の部屋で机に向かいながら、ヒデカツは一人頭を抱えた。
考えてみれば、今までの人生の中で人の悩みに向き合ったことなどこれまで一度もなかった。ましてや相手は心に傷を負っている。一歩間違えればさらに相手を傷つけることになり、責任は重大である。
(でも・・・)
と、ヒデカツは思った。もしその人が生きることの意味を見失っているのだとすれば、一緒になって見つけたい。それに彼女のために自分に悩みを打ち明けてくれたエリーのためにも、最後までやり遂げなければならないと思った。
(よし!)
ヒデカツは心の中で決意を固めた。そして拳をグッと力強く握りしめた。
翌日―。
その日の昼下がり、ヒデカツは首都の郊外にあるエリーの友人・レイニー=クラウド元海軍二等兵の家を訪ねた。そこは緑地が広がる場所にある一軒家だった。
(大きなお家だなあ・・・)
目の前の家を見上げながらヒデカツはそう思った。祖国の地方都市の出身である彼にとって、それは洗練された都会の建物そのものだった。
(って気圧されていては駄目だな!)
ヒデカツはそう思って気を引き締めた。そして、敷地の中へ一歩足を踏み入れた。
玄関の扉の横にある呼び鈴を鳴らすと、すぐに中から三〇代後半くらいの女性が顔を出した。
「ヒデカツ=ワタベ海軍中尉ですね。初めまして、レイニーの母です。話はエリーさんから伺っています。どうぞお入りください」
「どうも、失礼します」
そう言ってヒデカツは家の中へ入った。そして奥にある居間へ通された。
居間にあるソファに腰を下ろすと、ヒデカツは部屋の中を見回した。そこには立派な家具や調度品が置かれていた。
やがてレイニーの母親がお茶を持って現れた。
「どうぞ」
「どうも。それにしても立派なお宅ですね」
「そうですか?これでもこの辺りでは普通なんですけど」
「そうなんですか?何せ僕は田舎の出身なので、このような家を見るとみんな上流家庭のものに見えてしまうんですよ」
「まあ、中尉はお世辞が上手なんですね」
そのようなやり取りをして二人は笑い合った。
「それで娘さんのことなんですけど・・・今彼女はどうしているんですか?」
そうヒデカツが尋ねると、母親は表情を曇らせて首を振った。
「あの子はこちらに帰ってきてからというもの、ずっと部屋に籠ったままです。食欲もなく、私たちともあまり話をしたがりません」
「その、エリーさん・・・ネルソン少尉は、彼女に会いに来たことはあるんですか?」
「直接はないですね。ただ先日、私が外を歩いていた時に彼女に呼び止められました。彼女はあの子のことについて細かく私に聞いてきました。その顔はとても心配そうに見えました」
「なるほど」
話を聞きながらヒデカツは、改めてエリーが友人のことをとても気にかけていることを感じた。
ふと目線を上げると、部屋の奥に三〇代後半くらいの男性が座っているのが見えた。おそらくレイニーの父親だろう。その表情は一見気難しそうに見えたが、娘のことを心配している様子が感じられた。
(ふむ・・・)
ヒデカツは再び視線を落とした。そしてこれからどうすべきかを考えようとしたその時―。
ゴトッ。
不意に彼の右手から物音がした。思わずヒデカツは、そちらの方へ視線を向けた。
そこには小柄なツインテールの黒髪が特徴の少女が、丁度二階から下りてきた所だった。歳は、一〇代の後半くらい。
「レイニー・・・!」
母親が驚いたような声を出した。どうやらこの人物が本人のようだ。
「そ、そうだ、レイニー、こちらが以前話したヒデカツ=ワタベ海軍中尉」
「こんにちは、ワタベです、初めまして」
母親の紹介を受けてヒデカツは立ち上がった。そして丁寧に頭を下げた。
レイニーはじっと彼の顔を見つめた。その顔はどこまでも無表情だった。
やがて彼女はこちらへ歩を進めた。そしてヒデカツの目の前のソファにストンと腰を下ろした。
(ホッ。どうやら拒否はされなかったみたいだな)
そのまま部屋に戻られたらどうしようかと考えていたので、とりあえずヒデカツは安心した。
彼は改めてソファに腰を下ろした。そしてそっとレイニーのことを観察した。
彼女は痩せて青白い顔をしていた。目には生気がなく、それが彼女のこの半年間の苦悩を物語っていた。
(これは、思ったより重症だな)
このような人物に一体どんな言葉をかけたらいいんだろう。そうヒデカツは思い途方に暮れた。
「ふう・・・」
そのような気持ちで何気なく窓の外に目をやって―。
(むっ!?)
ヒデカツは思わず目を凝らした。窓の近くに、何かの気配を感じたからだ。
しかしそこには、何の変哲もない外の景色が、ただ広がっているだけだった。
(気のせいかな?)
ヒデカツは疑問を感じながら首を傾げた。そしてそのまま正面に向き直った。
およそ三〇分後―。
「はあ・・・」
家の外に出ると、ヒデカツは大きく一つ息を吐いた。
あの後、レイニーは無表情のまま、ヒデカツが何を言っても返事をしてくれなかった。それでも彼がまた来ていいかと尋ねると、小さくうんと頷いてくれた。今日のところは、これで良しとしなければならない。
(これから長い戦いになりそうだな)
ヒデカツは一人そう感じた。そして周囲を見回して、先程の気配の正体を探ろうとした。
しかしそこには、広い庭の風景があるだけで、生き物の気配は何も感じられなかった。
ヒデカツは前を向くと改めて首を傾げた。そしてそのまま帰路に着いた。




