第二話 陰謀
次の日―。
朝早く宿を出たヒデカツは、今日は街の中心部へ向かった。
観光地でもあるこの街は、小さいながらも栄えており、道端には多くの露店が立ち並んでいた。治安は良く、人々は笑顔に溢れ、シーズンでないこの時期でも活気に満ちていた。
その様子と自らの境遇との落差に思いをはせながら、ヒデカツは独り街中を歩いていた。
突然どこからか騒がしい声が聞こえてきた。彼は立ち止まり、声のする方向を見た。
若い男が三人、露店で野菜を売っている中年女性に何か言いがかりを付けているようだった。彼らは髪を伸ばし、髭を生やして粗末な身なりをしており、明らかにガラの悪い連中だった。
その様子を見たヒデカツは男たちの前に割って入り、叫んだ。
「おい、何をしているんだ」
男たちは突然現れた彼を見て、一瞬驚いた表情を見せた。
今ヒデカツは海軍の白い帽子と黒い制服といった、どう見ても軍人といった格好をしている。そして襟の記章は、彼が将校クラスの人間であることを物語っていた。
男たちはヒデカツを睨みつけたが、やがて次々に彼に向かって跳びかかってきた。
ヒデカツは軍人としての経験は浅いが、運動能力には自信があった。よって襲い掛かってきた三人を地面に叩きつけるのに、一〇秒もかからなかった。
「どうだ、まだやるか?」
ヒデカツがそう言うと、男たちはヨロヨロと立ち上がった。そして彼に恨めし気な表情を見せると、足早にその場から走り去った。
ヒデカツは男たちの姿が見えなくなるのを確かめた。そして露店の女性店主に声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、若いのにありがとうねえ」
店主はそう言って笑顔を見せた。
その表情を見て少しだけ嬉しくなったヒデカツは、フッと口元に笑みを浮かべた。
およそ三〇分後―。
通りから少し外れた路地裏に、先程の三人の男たちが集まっていた。
「痛ってえ。くそあの野郎、今度会ったらただじゃ済まねえぞ」
「そんなことより、どうしてあんな場所に軍人がいたんだ?」
「そういやそうだな、何でこんな田舎にあんなのがウロウロしてんだろう」
男たちはしばらくの間見つめ合った。
「まさか、バレたんじゃないだろうな」
「いや、いくらなんでもそんなことは・・・」
「いいや、あり得る。軍は俺たちがこの街でやろうとしてる計画に気づきやがったんだ。それであいつを偵察に寄越したんじゃないのか」
男たちは今度はしばらく黙りこんだ。
「そうだとしたら・・・やるか!」
「そうだな、こうなったら早めに実行するしかないか」
「ついでにあいつも消してしまうか」
そう言って男たちは、不敵に笑い合った。
「ふう・・・」
下宿先の三階の部屋の窓から外の景色を眺めながら、彼女は一つ溜め息をついた。
自分がこの街に来てから半年程になる。ここは穏やかで暮らすにはいい場所で、心の中の鬱屈した気分を癒やしてくれる。
しかし今、彼女は前日に浜辺で出会った東方系の青年のことを思い出して、一人悶々としていた。
彼が軍人であることは一目で分かる。その立ち居振る舞いから、まだ軍に入って日が浅い事も―。
けれども、今彼女が一番気になっていたのは、自分が警戒して身構えた時の彼の表情だった。その顔はどこか寂しげで、単に拒絶されたことを悲しんでいるだけではないように思えた。
(一体彼の過去に何があったんだろう?)
そんなことを考えながら、彼女はさっきから窓の外をぼんやり見つめていた。
やがて彼女はかぶりを振った。いくら考えたところで答えは出ない。それに彼にはもう二度と会わないだろう。
ふと下を見ると、遠くの路地裏で三人の男が話しているのが見えた。何を話しているのかは分からなかったが、男たちはどことなく焦っているように感じた。
その様子に彼女は不穏な空気を感じた。そしてそっと窓の奥に顔を引っ込めた。