第一〇話 報告
それからおよそ一週間後、ヒデカツたち<イフリート><ウルフロード>の面々は訓練を終えて東の軍港へ帰還した。
あの後、夜明け前に西の軍港の近くにたどり着くと、連絡を受けた海軍の軍艦が出迎えに来た。艦に目立った損傷はなかったが、先の襲撃に対応するため多くの弾薬を消費した。よって到着するとまずその補充をすることとなり、訓練の開始が一日遅れた。しかしその後の日程は順調に進み、ヒデカツにとってそれは今までの人生で最も刺激的な体験であった。帰りは他の海軍の艦船と一緒だったが、途中で攻撃を受けることはなかった。
ちなみにあの時<イフリート>を襲った不審船団は、その後通報を受けた海軍と海上警察によって全て捕獲された。
そして帰港した翌日―。
「はあ・・・・・・」
目の前の巨大な建物を見上げて、ヒデカツは思わず声を漏らした。
彼は今セーラと共に海軍司令部の正門前に立っている。東の軍港の周辺には様々な海軍の施設が集中しており、司令部もその一つである。その堂々としたたたずまいは、ここに来るのが初めてでないヒデカツも圧倒されるほどだった。
「そんなに見つめていると、田舎者だと思われるわよ」
セーラが少し呆れたように言った。
「仕方ないよ。祖国ではこんな大きな建物見たことないから。それに実際僕は田舎者だし」
「そうなの?」
「うん、僕は地方の街の出身だから。首都には生まれてから一度も行ったことがないよ」
「ふ~ん・・・どうやら改めて私たちは、互いについて知らないことがたくさんあるわね」
ヒデカツの言葉に、セーラはそう口にした。
「まあ話は後でするとして、まずは用事を済ませるわよ」
「うん」
そして二人は、少し緊張した面持ちで門をくぐった。
玄関を入って階段を上がると、二人は三階のとある部屋の前で立ち止まった。セーラが扉をノックすると、中から声がした。二人は扉を開け、続けて部屋に入った。
中には二人の人物がいた。一人は奥にある席に腰を下ろした短い茶髪の三〇歳前後の男性。もう一人はその横に立つ長い黒髪が特徴の二〇代半ばの女性。
その二人についてヒデカツは事前に聞かされていた。一人は海軍司令部の重鎮で、陸海軍の代表で構成される両軍評議会の議員でもある、ミカエル=サイクロン海軍少佐。もう一人は彼の秘書官を務める、ユーリ=カッター海軍中尉。
「戦車揚陸艦<イフリート>艦長、セーラ=オルメス海軍大尉、先の陸海軍による共同訓練及びその途上で発生した不審船団による襲撃事件について報告に参りました」
「同じく先任将校、ヒデカツ=ワタベ海軍中尉、オルメス大尉と共に報告に参りました」
「ご苦労。では早速、報告書を見せてもらおうか」
ミカエルに言われてセーラは前に進み出た。そして報告書のファイルを彼に差し出した。
報告書を受け取るとミカエルは表紙を開いた。そして素早くページをめくりながら目を通し始めた。その目つきは鋭く、適当に読んでいる風には見えなかった。
やがて彼は報告書を閉じると、口を開いた。
「大方分かった。いくつか質問したいことがあるが、よろしいか?」
それからミカエルは、セーラに対して報告書に関する質問を始めた。その一つ一つに、彼女は的確に答えていった。
その様子をヒデカツが感心して見つめていると、不意に袖を引っ張られた。振り返るといつの間にか、ユーリが側に立っていた。
「少しよろしいですか?」
彼女はそう言うと、部屋の出入り口を指し示した。
二人はそのまま、静かに部屋を出た。
「艦長から、私のことをどこまで聞いていますか?」
司令部の屋上に出ると、ユーリはヒデカツにそう尋ねた。
「はい。あなたは戦争中、艦長と共に任務を遂行していました。そして艦長は、あなたのことを最も信頼していたと言っていました」
「さすがですね・・・」
ユーリはそう言うと、遥か遠くの空を見つめた。
「そうですね、確かに私は先の戦争で、先任将校の職に就いていました。私は常に艦長と行動を共にし、どんな時でも側にいて艦長を支えました。私は誰よりも艦長のことをよく理解している、そう自負していました」
そう彼女は答えた。その様子は、当時を懐かしむようだった。
「だから初め艦長に恋人ができたと聞いた時、私は驚きました。そんなことが起こるんだろうかと疑問に思いました。けれど先日のあなたの行動を聞いて、艦長があなたを選んだ理由に納得しました。そして今あなたに会えたことで、それは確信に変わりました」
そこまで言うとユーリは、ヒデカツに向き直った。
「どうか艦長のことをよろしくお願いします」
そう言って彼女は深々と頭を下げた。
「カッター中尉・・・」
その行動にヒデカツは驚いた。
「顔を上げてください。大体、僕は大した人間ではありません」
「いいえ、あなたは人を惹きつける魅力があります。だから艦長もあなたに心を許したし、そのおかげで私も海軍に復帰できたのです。どうか艦長を幸せにしてあげてください」
ユーリは頭を上げ、そう口にした。
「ヒデカツ?」
不意に声がしたので顔を向けると、セーラが屋上の出入り口に立っていた。
「それでは、私はこれで失礼します」
そう言うとユーリはヒデカツに微笑んだ。そしてすれ違いざまにセーラにも会釈すると、そのまま建物の中に消えていった。
「ねえ、ユーリと何話してたの?」
ヒデカツの側に来てセーラが尋ねた。
「うん?君のことをよろしくってさ」
「全く、彼女らしいわね」
そうポツリとセーラはつぶやいた。
「帰ろうか?」
「うん、そうだね」
そう言うと二人は、屋上の出入り口に向って歩き出した。
二人は正門の外へ出た。司令部の前にある街の通りはどこか華やいだ雰囲気に満ちていた。
「そういえば今月はもうすぐ聖なる夜の日だったわね。今年は戦争が終わって最初の年だからさぞ盛り上がるでしょうね」
「聖なる夜の日か・・・僕の祖国にも伝わってたかな」
「ヒデカツはいつもその日何してたの?」
「何もないよ。いつもと変わらない」
「え?何もしなかったの?」
「僕の実家はとにかく忙しくてね、そんなことする余裕はなかったんだよ」
「ふ~ん・・・じゃあ今回、初めて経験することになるのね」
そう言うとセーラは、ヒデカツの前に立った。
「その日は大切な人に贈り物をするの。ヒデカツは何が欲しい?」
「え?ええと・・・」
いきなりそんなことを聞かれてヒデカツは困惑した。彼はしばらくその場で悩み抜いた。
やがて彼はセーラの方を見た。そして微笑みながら言った。
「何もいらないよ。僕は君と二人で過ごせたらそれでいい」
「そう。私も」
そう言ってセーラはヒデカツの隣に密着すると、自分の腕を彼の腕に回した。
「でもやっぱり、いつかはヒデカツに何か贈りたいな。その時は遠慮なく私に言ってね。そして・・・」
そこでセーラはヒデカツの方を向いた。
「私にも何か贈ってね」
ヒデカツはフッと笑みを浮かべた。そしてセーラと腕を組んだまま歩き始めた。
きらびやかな飾りで彩られた街を、二人は幸福な気分で通り過ぎて行った。




