第九話 撃退
(やってるな・・・)
前方からの砲撃音を聞きながら、ヒデカツはそう思った。
彼は今、後方の守備隊の配置を指示していた。艦の後にあるスペースには、一〇人程の海軍の兵士たちがバズーカを持って横に並んでいた。
揚陸艦<イフリート>は設備の整った軍艦である。そのため比較的少人数でも運用できるのだが、それでも艦を航行させるためには必要な人員を割かなければならない。したがって守備隊の人数はこれが限界なのである。
「先任、守備隊の配置全て完了しました」
「よし」
報告を受けてヒデカツは頷いた。そして自らもバズーカを構えてこう言った。
「砲撃、開始!」
直後、一〇余りのバズーカの内まず五つ程が一斉に火を噴いた。
バズーカは大砲と比較して射程距離が短い。そのため相手を充分に引き付けてから攻撃をしなければならない。よって向こう側からも砲撃されるリスクがあり、実際に砲弾が飛んできた。それを撃ち落とすために残り半分のバズーカが時間差で発射された。
このようにして、戦いの時は過ぎていった。
どのくらいの時間が経過しただろうか。
不審船の内、既に半数以上が戦闘または航行不能に陥っていた。一部は遥か遠くへ撤退を始めている。
(よし、このままいけば一気に押し切れる!)
そうヒデカツが思った時―。
艦の後方正面にいた不審船が突然閃光を放った。光はそのまま、艦をめがけて緩い弧を描きながら飛んできた。
兵士たちは全員砲撃に対応しており、こちらに対処する余裕はない。ヒデカツは慌てて砲弾を込め直したが間に合わない。
(やられる・・・!)
彼がそう思った瞬間―。
ズガアアアァァァン!!
光は頭上から飛んできた砲弾によって破壊された。そして炎を出しながらそのまま海に消えた。
「大丈夫ですか、ワタベ中尉?」
声がした方へ振り返ると、そこには艦橋の上の見張り台に立つアコーら陸軍の兵士たちがいた。
「ふう、間一髪だったな」
「先任参謀、不審船団が退却を開始しました。いかがいたしましょうか?」
「放っておけ。それより今の兵器、一体何だと思う?」
「はっきりしたことは分かりません。ただおそらく、あれはこの周辺国の海軍で使用されていたロケットランチャーかと思われます。それが戦後闇に流れて過激派の手に渡ったものと推測されます」
「だろうな。その最後の切り札が通じなかったものだから退却を開始したんだろう」
アコーはそう言って、あごに手を当てた。そして夜の闇に消えていく不審船団の影を見つめた。
「はあああぁぁぁ~~~~~~っ」
急に緊張の糸が切れて、ヒデカツはその場にへたり込んだ。
以前、東の街で過激派の足止めを行った際も命の危険を感じたが、彼にとって今回はそれを遥かに上回る恐怖の体験だった。
しばらくしてカンカンと甲板を駆けてくる音がした。ヒデカツが顔を上げると、セーラがこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「大丈夫?」
ヒデカツの前に立つと、セーラは心配そうに言った。
「ああ、まあ、何とか・・・」
「全く。東アクアフィールドの時も思ったけど、あなたは少し無茶しすぎよ。もっと自分のことを大事にした方がいいわよ」
「いや、僕はただ無我夢中で・・・」
「分かってる。でも今のあなたの身体はもう、自分だけのものじゃないのよ。だからもう無理はしないで」
そう言ってセーラは手を差し伸べた。その顔は少し儚げだった。
その表情をヒデカツはじっと見つめた。そしてフッと微笑んだ。
「分かった、ごめん」
そう言って彼はセーラの手を取って立ち上がった。
その様子を、艦橋の後方にある窓から一人の人物が見つめていた。
「ああ、今回も失敗しちゃったな・・・」
<イフリート>内にある食堂で一人お茶を飲みながら、ヒデカツはそうひとりごちた。
あの後、陸海軍の幹部たちは全員で艦内の点検を行った。幸い艦に目立った損傷はなく、兵士たちにも犠牲者は出なかった。せいぜい数名の兵士たちが転倒したりして軽傷を負った程度である。
そのようなことがあってようやく、ヒデカツは一息つく時間を得たのであった。
このような訳で、彼がボーッとした時間を過ごしていると、不意に後から声がした。
「こんな所にいらしたのですね」
振り返ると、そこにエリーが立っていた。
彼女はそのままヒデカツの隣にやってきて、彼の側に立った。その様子にヒデカツは緊張した。
「あの、先任・・・」
エリーはそう切り出した。そしていきなり、彼に向かって深く頭を下げた。
「申し訳ありませんでした!」
突然のことに、ヒデカツは混乱した。そして彼女に対してこう尋ねた。
「どうしたの、急に?」
「私、あなたに嫉妬していました」
頭を上げると、エリーはそう言った。
「戦争中、私は艦長と共に任務を遂行しました。一番ではないにせよ、私は艦長のことをよく理解しているつもりでした。ですから初めて出会った時、あなたが艦長と親しげに話されているのを見て私は対抗心を抱きました。こんな人に艦長の何が分かる、と」
エリーはそこまで言うと、一度言葉を区切った。
「でもそれは、愚かだったと気づきました。あなたが今日私たちの前で見せた行動は、とても勇敢で清々しいものでした。艦長が公私のパートナーにあなたを選んだのがよく分かりました」
「いや、僕はただ必死だっただけだよ。それに、最後はみんなを危険に晒してしまったし・・・」
「いいえ、あなたはとてもよくやってくれました」
そう言うとエリーは、話題を変えた。
「アース中尉から聞きました。あなたもこれまで色々苦労してきたそうですね」
「キューベルから?参ったな・・・」
そう答えてヒデカツは苦笑いをした。
「僕はただ逃げ出してきただけだよ。君たちの受けた苦しみに比べれば大したことないよ」
「そんなことはありません。逃げるためには大変な勇気と覚悟が必要です。艦長もそれが分かったから、あなたに心を開いたのでしょう」
そしてエリーはヒデカツの手を取ると、こう口にした。
「どうかこれからも艦長を支えてください。そしていつまでも艦長の側に寄り添ってあげてください」
ヒデカツはじっと彼女の目を見た。そこには強い意志が宿っているように感じた。
やがて彼はフッと微笑んだ。そしてエリーに対して力強くこう答えた。
「分かった、そうするよ」




