第七話 出航・その三
「バラック一等兵曹」
艦橋の入口の扉を開けてエリーが声をかけた。
「はい、何ですか次席将校?」
「艦長がどこにいるか知らない?部屋にはいないみたいだけど」
「艦長?さあ、食堂にでも行ったんじゃないですかね」
本当は彼女の居場所を知っているのだが、とぼけてオリヴァは答えた。
「そう、探してみるわ」
そう言ってエリーは、身体の向きを変えようとした。
このままでは嘘だということがすぐに分かってしまう。オリヴァは咄嗟にこう口にした。
「ああ、そうだ次席将校。アース中尉が話があると言ってました。何か急いでるみたいでしたよ」
「アース中尉が?」
「はい」
エリーはそのことについて首を傾げた。そしてそのままその場を後にしようとした。
しかし彼女は立ち止まると、部屋の中に向き直った。そしてオリヴァにこう尋ねた。
「ねえ、艦長と先任って、一体どういう関係なの?」
「あれ、気付いてなかったのですか?あの二人は、正式にお付き合いされてるんですよ」
それを聞いた途端、エリーは大きく目を見開いた。その様子は、本当に知らないという感じだった。
「どうしたんですか?そんなことはあり得ないという顔をしてますけど」
「え?別にそんなことは・・・」
「最初に出会った時から思ってたんですが、あなたの先任に対する態度は、別に不信感を抱いているからではありませんね?」
「なっ・・・!?」
「まあ今は深く追究することはしませんよ。ただあなたはもう少し、自分の感情に素直になった方が良いような気がするんですけどね」
「馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ」
エリーはボソッとそう言うと、今度こそ艦橋を後にした。
オリヴァはそれを見届けると、正面を向いた。そしてポツリとこうつぶやいた。
「さあてあの二人、今頃上手くやってるかなあ?」
同じ頃―。
モニカは書類を脇に抱えて、一人通路を歩いていた。財務や装備品の管理を担当する経理参謀である彼女は、ある意味艦内で一番忙しい人物だと言ってもいい。
ふと目線を上げると、通路の向こうから長い銀髪が特徴の自分の同僚が歩いてくるのが見えた。彼もこちらの存在に気が付いたらしく、互いの視線が合った。
二人は通路の途中で立ち止まると、正面で向かい合った。そしてお互いに敬礼をすると、まずモニカが口を開いた。
「参謀長について、知っていることを報告せよ」
「参謀長、隊長に寄りかかろうとして失敗、そのまま廊下に転倒したもよう」
「了解。これからも何か知っていることがあればお互いに報せよう」
「了解」
そこまで言うと、二人は敬礼していた手を下ろした。そしてそのまま何事もなかったかのようにすれ違った。
「ふう・・・」
戦車揚陸艦<イフリート>の甲板の上に一人立ちながら、キューベルは思わず声を漏らした。
時刻は夜の一一時頃。辺りはすっかり暗くなり、船上には冷たい風が吹きつけている。しかし彼にとってこの身体に吹きつけてくる海風は、たまらなく気持ちよかった。
そのように彼が心地よさに浸っていると、不意に後から声をかけられた。
「アース中尉」
「うん?」
振り返ると、そこにエリーが立っていた。
「何か私にお話があると聞きました。そして急ぎの用だとも」
「え?ああ、うん、まあそうだな」
本当は別に急いではいなかったのだが、彼女と話したかったのは事実なので、キューベルは向き直った。
「それで、話とは?」
「うん、そうだな・・・」
最初にどう切り出そうか少し悩んだが、特にいい言葉も思いつかなかったので、キューベルは直接尋ねることにした。
「お前、ヒデカツについてどう思ってるんだ?」
それを聞いた時、エリーが一瞬顔をしかめたのを、彼は見逃さなかった。
「どうした?以前にも同じことを聞かれたみたいな顔をしているぞ」
「ええ、先程バラック一等兵曹にも似たようなことを聞かれました」
「そうか。ヤツは一番あいつのことを理解しているからな。全く大したもんだよ」
「中尉は先任と親しいのですか?」
「ああ。半年前、俺がたまたま港を訪ねた時に、一人途方に暮れていた所に出会ったんだ。その時、あいつはひどく疲れた顔をしていた」
そこでキューベルは、一度言葉を区切った。
「あいつは戦争を避けてこの国に逃れてきた。しかしあいつにとってそのことは、とても後ろめたいことだったようだ。だからあいつは罪滅ぼしのため海軍に入隊した。それは決して生半可な覚悟ではできないことだ」
そこまで言うとキューベルははっとして、苦笑いを浮かべた。
「喋りすぎたな。まあ今の話を聞いてすぐにどうこうしろとは言わん。ただお前はもう少し自分の気持ちに正直になった方がいい。お前は少し自分に厳しすぎる」
エリーは黙って彼の話を聞いていた。
話を終えると、キューベルは再び海の方を向いた。そしてこうつぶやいた。
「静かな夜だ。こんな時には、何事も起こらなければ良いんだけどな・・・」
「どうでした?」
休憩を終えて艦橋に戻ってきたヒデカツに、オリヴァが聞いてきた。
「知ってるの?」
「いいえ、ただ何となく」
「良かった、とだけ言っておこう」
「そうですか」
ヒデカツは艦長席に腰を下ろした。そしてオリヴァにこう尋ねた。
「ところで、書類を直接渡さずセーラに託したのは、僕が彼女と二人きりになれるようにするための、君なりの心遣いだったのかい?」
「さあ、どうでしょうね」
オリヴァはそう言ってはぐらかした。そしてこう続けた。
「僕は先任にできるだけ快適に過ごしてもらいたいと思っています。そのためには何だってするつもりです」
「それ、きつくないの?」
「いいえ、それが僕が先任にお仕えしている意義だと考えています」
「そっか・・・」
ヒデカツはそう言うと、天井を見上げた。
「それにしても、今日は静かな夜ですね」
「そうだね。このまま無事に、何も起きなければいいんだけど・・・」
その時突然、艦内に警報音が鳴り響いた。
「何?」
「先任、緊急事態です!」
オリヴァはそう言って振り返った。その顔は緊張に満ちていた。
ヒデカツは一つ頷いた。そしてはっきりとした口調でこう指示を出した。
「すぐにみんなを集めて!」




