第五話 出航
次の日の朝―。
戦車揚陸艦<イフリート>が停泊している船着き場には、総勢四〇名程の陸海軍の兵士が整列して並んでいた。どの兵士たちも、これから赴く訓練に対して強い使命感と緊張感を持っているように見えた。
ヒデカツたち幹部は、彼らの前に横に並んで立った。そして八人を代表してセーラが、兵士たちの前に一歩進み出た。
「諸君らは、これから行われる訓練に向けた航海に出発することになる」
そう彼女は語り出した。
「実戦でないとはいえ、これからの航海は危険が伴う。辛いことや苦しいこともあるかもしれない」
セーラはそう続けた。
「けれどもそれを乗り越えてこそ国家の、そして人々の未来がある。どうか今回の任務に、君たちの力を貸して欲しい。そして共に人々の幸せを守る手助けをしようではないか」
そう彼女は言って、訓示を締めくくった。
兵士たちは黙ってセーラの話を聞いていた。その顔はどれも希望に満ちあふれた表情をしていた。
(やっぱり凄いなあ、セーラは)
彼女の話を聞きながら、ヒデカツは一人感心していた。
補給艦時代、彼は次席将校の任務に就いていた。それはそれで重要な職務であったのだが、今回は一つ上の先任将校なので、責任はさらに重くなる。ただでさえ自分の職責に押し潰されそうになっているのに、自分は果たしてセーラの役に立つことができるのかどうか、ヒデカツはふと不安になった。
(いやいや、そんなんじゃ駄目だ!)
と、彼は心の中で首を振った。
(約束したじゃないか、必ず彼女を守り抜くって。そんな僕が弱気になってどうする。もっと気をしっかり持て!)
そうヒデカツは心の中で誓った。そして表情を引き締めると真っ直ぐ正面に向き直った。
そんな彼のことを、一人の人物が横から見つめていた。
「艦長、出航準備全て完了しました」
機材の最後の調整を終えたオリヴァが、セーラにそう告げた。
ここは<イフリート>の艦橋の中。内部には船を動かすために重要な機械がいくつも搭載されていた。
その中の一番前方にある操舵席にオリヴァが、すぐ後にある艦長席にセーラが、さらにその両脇にある席にヒデカツとエリーがそれぞれ着いていた。
オリヴァからの報告を受けたセーラは、うんと一つ頷いた。そして目をつぶり大きく息をついた。
やがて彼女は目を開いた。そしてはっきりとした口調でこう言った。
「戦車揚陸艦<イフリート>、発進する!」
駆動音を立て、船はゆっくりと動き出した。
こうして航海が始まった。
艦長の仕事は多岐に渡り、艦橋での指揮だけでなく艦内の見回り、装備品のチェックや乗員の健康管理など様々なものがある。
その一つ一つをセーラは的確に、そして素早くこなしていった。その行動には無駄がなく、凛とした態度はさすが数々の戦場をくぐり抜けてきた指揮官といったところだった。
そんな彼女の隣で、ヒデカツはセーラの言うことを記録していった。その量は膨大で、何とか間違いがないように書き込んでいくのが精一杯だった。
「あ~~~~~~、疲れる~~~~~~」
<イフリート>内にある食堂のテーブルに頭を付けながら、ヒデカツはそう漏らした。
「お疲れさまです」
「大丈夫か、今にも天に召されそうな顔をしているぞ」
それぞれ隣と正面の席に座るオリヴァとキューベルが、そう声をかけた。
「ていうか、よく二人共平気でいられるね」
「まあ、慣れてますからね」
「そうだな、俺たちはこれよりも過酷な現場を色々と経験してるからな。これくらいのことはどうってことないさ」
「強いんだね、二人は・・・」
「いやいや、初めての割にはここまでついてこられてるお前も大したもんだよ、ヒデカツ。お?」
キューベルは何かに気付くと、そちらの方に顔を向けた。
そこには少し離れたテーブルで、一人でお茶を飲むエリーの姿があった。
「お~い、ネルソンじゃないか。丁度いいや、今からこっちに来て俺たちと話をしないか?」
そうキューベルは、彼女に気軽に話しかけた。
しかしエリーは、首を激しく横に振った。そして立ち上がると、カップを持ってそのまま食堂の外へ出て行ってしまった。
「どうしたんだ?普段はあんな断り方をするヤツじゃないんだが・・・」
「あ~、多分僕のせいだよ」
テーブルに頭を付けた姿勢のままヒデカツが言った。
「彼女、僕が国外出身の男性だから不信感を持ってるんだよ。だから僕とあまり関わりたくないんだと思うよ」
「そうかあ?俺にはとてもそんな風には見えなかったけどな」
「というか、キューベルはネルソン次席将校と知り合いなの?」
「ああ、あいつは戦争が終わった後しばらく陸軍の俺の部隊にいたからな。少し前に急に海軍に戻ると言い出したんだがまさかこの艦に配属を希望してたとはな。正直驚いたよ」
「そうなんだ」
「まあそう気を落とすな。俺の見立てでは、別にあいつはお前のことを嫌っているわけじゃないと思うぞ」
「ええ、僕もそう思います。次席将校が先任にあのような態度を取るのは、何か別に理由があると思います」
「だといいんだけどね・・・」
そう言うとヒデカツは、大きく溜め息をついた。
その日の夜―。
セーラは艦内にある通路を自分の部屋に向かって歩いていた。彼女にとって艦長の業務は初めてではないが、やはり間隔が空いた上に最初の揚陸艦での任務だったので、それなりに緊張した。それでもここまで難なくこなすことができたのは、今までの経験の積み重ねによるものだろう。
そんなことを思いながら、セーラはふとヒデカツのことを考えて足を止めた。彼は今どうしているだろうか。何せ今日は朝から忙しくて、ヒデカツとまともに会話をしていなかった。
そこで彼女は、彼の部屋へ足を運んだ。そして扉をノックしたが、中から反応はなかった。丁度鍵が開いていたので、セーラはそっと内部を覗き込んだ。
そこにはベッドに横になって、スヤスヤと寝息を立てるヒデカツの姿があった。初めての仕事によほど疲れたのか、彼はセーラが扉を開いても全く起きる気配を見せなかった。
彼女はその様子を見て、フッと微笑んだ。そしてそのまま静かに扉を閉めた。




