第四話 思惑
「へくしっ!」
「風邪ですか、参謀長?」
少しウェーブのかかった黒髪が特徴の女性下士官がローラに声をかけた。戦車小隊<ウルフロード>の財務や物資調達を一手に引き受ける経理参謀のモニカ=ランダー曹長である。
「いや、そんなことはないと思うんだけど・・・」
鼻の下をこすりながらローラは言った。
ここは戦車揚陸艦<イフリート>の甲板の上。先程から陸軍の兵士たちが明日の出航の準備のため忙しく動き回っている。艦上には既に五台の戦車が積み込まれており、それぞれ所定の場所に固定する作業が行われていた。
その様子を監督しながら、ローラは先程出会った女性将校のことを思い返していた。
(あれがセーラ=オルメス海軍大尉。噂に違わず美しい方ね。それにあの凛としたたたずまい、さすが歴戦の勇士といったところね)
次いで彼女はセーラの隣にいた男性将校のことを思い返した。
(そしてあれがヒデカツ=ワタベ海軍中尉。国外出身者と聞いてどんな間抜けな顔をしているかと思ったら、なかなか穏やかそうな方じゃないの。それに一見ボーッとしているようだけど、あれはかなりの切れ者ね。さすがオルメス大尉のハートを射止めただけのことはあるわね)
そしてローラは互いに寄り添う二人の姿を想像した。
(素敵~~~!私もあんな恋人が欲しい~~~!そしてお互いに支え合うような関係を作りたいよ~~~!)
そんなことを考えながら、彼女はしばらくうっとりとしていた。
(それに比べて私の愛しの君ときたら・・・)
急にローラは自分の隊の隊長のことを思い浮かべた。
この隊に最初に配属された時、彼女は一目でキューベルに心を奪われた。そして、共に行動することを重ねる内に、彼が情に厚くとても優しい人物であることが分かり、ローラはますます惹かれていった。
しかし、恋愛に関してキューベルは物凄く鈍かった。一応何度かそれとなく声をかけて誘ってはみたものの、彼はローラの気持ちに全く気が付かずことごとく素通りしてしまった。おかげで彼女のフラストレーションは溜まる一方である。
(まあいいわ。今度の訓練で私は隊長と絶対仲良くなる。その後は・・・ムフフ・・・ムフフフフ・・・)
その後のことを妄想してローラは口元をニヤつかせた。
そして当然それは周囲にも伝わる訳であって―。
「ねえ、参謀長おかしくない?」
モニカは近くにいた長い銀髪の男性下士官に話しかけた。
「ん?それは別にいつものことじゃないのか」
隊のナンバー3である先任参謀のアコー=グラント准尉は答えた。
「いつものこと・・・うん、まあ、そうなんだけどね」
「参謀長はとても優秀な方なんだけど、隊長のことになるといささか暴走気味になるのがちょっとねえ・・・」
「よく仕事に私情を持ち込むなとか言ってるけど、自分が一番持ち込んでるんじゃないの?」
「まあ、それは実践してると思うよ。実際、隊の運用に支障が出たことはないし」
「でもこれからってこともあり得るわよね・・・」
二〇歳前後の若い下士官二人はしばし顔を見合わせた。
「まあ、そのために僕たちがいるわけだからね」
「そうね、隊に何かあった時のために備えるのが私たちの役目だから。よし、今回の任務は隊の安全運用と参謀長の監視ね!」
そう言ってモニカは拳をグッと握りしめた。そしていまだに顔のニヤけが止まらない上司の方を見つめた。
(そうか・・・ヒデカツには友人がいたんだ・・・)
<イフリート>の艦長室で自分の机で仕事をしながら、セーラは一人そんなことを考えていた。
ヒデカツはアクアフィールドに一人でやってきた。彼にとってこれから始まる見知らぬ国での生活は、かなりの不安があっただろう。その孤独の深さは察するに余りある。しかしそのような時に彼に手を差し伸べてくれた人物がいた。その人物は彼の身の回りの世話をしてくれて様々な手助けをしてくれた。そのような頼りになる存在がいたことにセーラは喜びを感じ、ある種の安心感を覚えた。
一方で、自分の知らないヒデカツのことを知っている人物がいたことを知って、彼女は漠然とした寂しさを感じていた。
(もっと彼のことを知りたいな・・・)
もっと彼の心の奥深くに触れたい。もっと彼を近くに感じたい。そして自分だけが知っている彼のことをもっと増やしたい。セーラはそう強く思った。
(・・・よしっ!)
セーラは心の中で何かを決意した。そして再び机の上に目を落とし、重要な資料に向き合い始めた。
(何なのかしら、あの二人?)
<イフリート>の通路の一角で、彼女は先程から思考を巡らせていた。
久しぶりに艦長に出会えて、彼女はとても嬉しかった。そしてこれからまた一緒に同じ職場で仕事ができることに、大きな期待を膨らませていた。
そんな時に艦長の隣に見知らぬ人物が立っていた。彼女から見て、彼はとても艦長に馴れ馴れしく映った。しかし艦長は彼を咎めることなく、それどころかとても親しげに接していた。彼女にはそれがショックだった。
(何なのよ、全く!)
そう彼女は思い、かぶりを振った。そしてモヤモヤとした気持ちのまま、持場へ向かうために歩き出した。




