第一話 砂浜
「はあ・・・」
どこまでも続く砂浜を歩きながら、ヒデカツ=ワタベは溜め息をついた。
彼はうち続く戦争に嫌気が差し、東方にある祖国を離れ一足早く戦闘が終結したこの国・アクアフィールドに逃れてきた。しかし程なくして自分のした事に罪悪感を覚えた彼は、それを紛らわそうと海軍に入隊した。しかし虚しさは一向になくならず、数カ月後に祖国のある地域でも戦いが終わったという報せが、ますます彼の気持ちを落ち込ませることになった。
今ヒデカツは休暇を取り、首都から東の方へ行った地方都市に来ている。海に面したこの街は美しい砂浜があり、夏になると観光客で溢れかえるちょっとしたリゾート地である。しかし冬のこの時期に人はおらず、ただ冷たい風が吹いているだけだった。
どれくらい歩いただろうか。ヒデカツは足を止めふと顔を上げた。そして数メートル先に人影があるのに気付いた。
その人は長い金髪が特徴の女性で、砂浜にうずくまってじっと海面を見つめていた。その表情はどこか憂いを帯びていた。
その姿に美しさを感じたヒデカツは、ただじっとしばらく彼女に見とれていた。
どのくらいそうしていただろうか。
ふと、彼女がこちらに視線を向けた。ヒデカツに気づいた彼女はとても驚いた表情を見せた。そして跳ぶように立ち上がり、警戒するように身構えた。
「や、やあ」
そう言ってヒデカツは小さく右手を上げた。そしてぎこちない笑みを作った。
「こんにちは。君、地元の人?僕ここに初めて来たんだけどこんな所にこんなきれいな場所があるなんてね、正直びっくりしたよ、うん」
相手の緊張をほぐそうと必死に話しかけるが、彼女はこちらをにらみつけたままだ。
「今日は寒いね。こんなに風があると明日の天気はどうなることか―」
そこまで言った時、突然強い風が吹いてきた。その風の威力にヒデカツは思わず目をつぶった。
およそ一〇秒後―。
ヒデカツは目を開いた。そして、
「あれっ?」
思わず声を出し、辺りを見回した。
彼女は忽然と姿を消していた。そして砂浜には、彼女のものと思われる足跡が、ただ点々と続いていた。
「あれは一体何だったんだろう?」
その夜、宿に戻ってきたヒデカツは自分の部屋でそうひとりごちた。
一瞬、自分は幻を見たのだろうかと思った。しかしその後の状況は、彼女が確実にあの場所にいたことを物語っていた。
疑問はまだあった。
彼と初めて会った時、彼女はとても素早い身のこなしをした。およそ常人にできるようなことではない。それに彼女には都会的な清潔感があった。先程尋ねたような地元の人間ではない気がする。
そして、彼をにらんだときの彼女の表情。あれは単に警戒しているというだけでなく、どこかおびえのようなものが感じられた。
(過去に何かあったのだろうか?)
そんなことを考えながら、ヒデカツは独りぼんやりと窓の外を見つめていた。
やがて彼は大きく首を振った。いくら考えたところで答えは出そうにない。それにもう二度と彼女に会うことはないだろう。
「寝るか」
そう彼はつぶやいた。そして部屋の電灯を消した。