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呉本万里 35歳 死因:???

 世の中は、持ってる人間が幸福を掴むのだと俺は思う。

例えば容姿。類稀な容姿を持っていたら、男女共に魅了することが出来るだろう。


例えば、学歴。良ければ良い程良い所に就職出来るし、人から尊敬される存在になる事ができる。


そして、何より世の中金だ。

金さえあれば何でも買う事が出来る。

それに、どこにだって行ける。

金さえあれば人望だって買える。

本当に人は馬鹿みたいだ。


「社長、あの部下どうします?」

 そう言ってくるのは、部下の阿部だ。黒眼鏡に、黒い髪、スーツは皺ひとつなくぴっしりと決まっている。

 俺の直属の部下で非常に従順で扱いやすい人間だ。彼を社長室に呼び出したのだ。


 俺は、17年前IT会社を起業した。それから我が社はどんどん大きくなり、有名になっていった。起業からずっと一緒にやってくれた男が阿部…高校の後輩で、二人三脚でやって来た。


「社長、どうしたんですか?お疲れですか?」

淡々とした口調で訪ねてくる。

「違う…あの部下の事を考えていた。」

部下の事…名前はお互いあえて出さなかった。

長堂瑠奈の事だ。

彼女は25歳で転職してから、約3年我が会社で働いていた社員だ。彼女は所属部署の上司からパワハラをされたと訴え、その後会社を辞めた。

そして、その翌月自殺した。遺書には、会社での事を書いていて彼女の両親は、会社を訴えようと躍起になっている。

「金で揉み消せ。…この事がバレたら、世間からのバッシングが多いだろう。それに、パワハラしてた奴は優秀な人材だ…。どうせ、家族だって金さえあれば許してくれるだろう。ありったけの金を渡せ。」

「…本当にそれで大丈夫ですか?」

「何だと?俺に口答えするのか??

…お前は俺のやり方に不満があるのか?それだったら、いつでも辞めて良いんだ。お前の代わりなんていくらでも居るんだ。」

そう言うと、阿部は黙った。


 そうだ、お前はそうやって俺の言う事を聞いていれば良いんだ。

失礼します、と小さい声で言い彼が出て行った後だった。

不意に風が強く吹き、視界を揺らした。

その瞬間男と黒猫が姿を現した。

「初めまして、貴方は呉本万里様ですよね?私は死神レインです。こちらは、猫のクロです。」

男は、黒い髪に黒い瞳。黒いスーツを着た、いかにも胡散臭い奴だった。

男の足元で、黒猫がニャアと鳴いている。

「貴方は24時間後亡くなります。それまでにこの世の未練を無くしてください。」

何を言っているんだ、コイツ。

 そう思ったが、レインと名乗った男の目を見ると嘘を言っている様には見えなくて思わず黙った。

「貴方は今体調が悪い様ですね?…それでは、これから24時間…明日の22時まで体調を良くして差し上げます。貴方の死に幸福を。」

レインは妖艶に微笑んだ。


 実を言うとここ二ヶ月体調が非常に悪かった。

体が重く力が入らない時や、吐き気や酷い目眩に襲われることがあった。

だが、仕事に穴を開ける事は出来ない。

俺は、俺の体より金の方が大事だった。


 気がつくと体が軽くなっていた。

スマホを見ると時刻は22:30。

やり残した事か…。ぼんやりとした頭で考える。

 レインは、ソファに座りこちらをニコニコと見つめている。膝の上には、クロが毛繕いしていた。

やり残した事…そんなもの沢山ある。もっと会社を大きくして、金が欲しい。

だが、あと24時間しかない。

クソッタレ、世の中はいつも不条理だ。

どうにかやりたい事を考えてみると、もうひとつ浮かんできた。

母親ともう一度会いたい。


 そう思い立ち急いで探偵や興信所に電話してみたが、流石に一日では見つけるのが難しい様だ。

「くそ…。俺が自分で探すしか無いのか…?」

そう思って時計を見る。23時を回っていた。

俺は、走って会社を出て行った。


母親とは、5歳の頃離れ離れになった。

物心ついた頃から父親が居なかった俺は、母親に育てられた。俺の家は物凄い貧乏で、ボロいアパートに二人で住んでいた。母は、幼い俺のために朝から晩まで必死に働いていた。

だが、お金の問題で俺を育てられず離れ離れになってしまった。

 施設に預けられてから、母とは一度も会っていない。


 それからの人生は砂を齧る様なものだった。

不公平だと思った。金があれば、母親と一緒に暮らせるのに。世の中の幸せそうな人間が、憎くて堪らなかった。

俺はその時思った。世の中金だと。




 思い立って故郷へ交通機関を乗り継いで来た。辺りは明るくすっかり朝だ。

何も無い田舎町で辺りは駅の近くだと言うのに、閑散としている。

駅から15分ほどの所に住んでいたアパートはある。記憶を頼りにどうにか進む。

後ろからレインと黒猫が追いかけてくる。

鬱陶しい奴らだ。さっき聞いた話だが、周りにはこいつらの存在は見えないらしい。

 息が徐々に荒くなる。らしくもなく緊張しているのだと感じた。突き当たりを左に曲がるとすぐアパートがある。

逸る気持ちを抑えて、足早に進む。


 そこには、原っぱしか無かった。

「まじか…。」

もう既に取り壊されていた。そうだ、あれから何年、いや何十年の月日が経ってるというのだ。


 呆然とそこに何分経っていただろう。スマホを見ると、時刻は10時になっていた。

「やばい、時間が全然無い。」


 そこで、昔母親が働いていたスーパーに向かった。アパートから15分ほど歩きたどり着くと当時より外観は薄汚れていたが、確かにそこにスーパーはあった。

中に入り、軽快な音が流れてくる。

俺は、そこに居た若い女性店員に声をかける。

店員はキョトンとした目をして、こちらを見つめている。

そりゃそうか。この女性が生まれる前に母親は、スーパーで働いていたのだから。


「何かありましたか?」

 不意に男性が、女性の代わりにこちらに問いかけて来た。

歳は、60代後半くらいだろうか?白髪混じりの髪に優しそうな瞳。口元は微笑んでいる。

その人に事情を話すと、男性は驚いた様に声を上げた。

「ああ…!覚えていますよ。確か30年前位に働いていた女性の方ですよね?」

そう言い笑みを深くした。

男性は、神崎さんと言いここでずっと店長をしているらしい。穏やかな人柄の様に見える。

「そうか…君は、彼女の息子さんなのか。彼女が辞めてからどこに行ってしまったのか、私も分からないんだ。申し訳ない。」

「そうですか…。こちらこそ教えていただきありがとうございます。」

「いえいえ。それにしても彼女は、働き方も真面目で素敵な方だったなぁ。」

そう言い、笑った。その笑顔を何故か直視できず、俺は足早に歩いて行った。



 罪の多い人生だった。

俺の存在は、きっと罰で出来ているのだと思う。

俺はお金が欲しかった。お金があれば他に何も欲しく無かった。お金があれば全て解決する筈なんだ。そんな事を、お母さんと離れてからずっと思ってる。

「残念でしたね。お母様いらっしゃらなかったんですね。」

そう言いニコニコと微笑んでいるレイン。なんだか憎たらしいやつだ。

スーパーからの帰り道、俺は今度自分が住んでいた施設に行く事にした。


 施設は、昔より新しくなっていた。壁も綺麗になっていたし、中も広くなっている。

入り口から中を覗いてみると、エプロンを付けたスタッフの男性が歩いている。

平日の12時だ。子供は学校に居るのだろう。

「あの〜?何か用事ですか?」

30代くらいであろう男性の職員が訝しげにこちらを見る。喉がカラカラになりながらどうにか声を出した。正直ここには来たく無かった。

「すみません。私以前こちらでお世話になっていた呉本万里なのですが…。」

男の人の後ろから誰かが来た。年配の女性の方だ。

「あれ…もしかして万里君??」

「もしかして…山本さん?」

記憶の姿より老けてフォルムが丸くなったが、間違いなく山本さんだ。

山本さんは、大きく笑った。

「久しぶりじゃ無い!!元気にしてた??」

彼女は昔お世話になった職員の方だ。

それから話をした。今の現状をいろいろお話しして、まるで子供の頃に戻った様な気分になった。

「万里くん、大きな会社の社長さんになって変わっちゃったかなって思ってたけど、昔と変わらず優しいままだね。」

その言葉にずきりと心臓が痛んだ。


 それから、施設を出て母親がよく行ってたお店に行ってみたが誰も母親を知る人は居なかった。途方に暮れたその時だった。

スマホがバイブ音を鳴らしたので見ると、非通知電話がかかっていた。

普段は出ないそれを、何故かその時は出てしまった。

「もしもし…。」

「…お前は、呉本万里か??」

ダミ声で、自分の名前を問う声が聞こえる。

「お前は誰だ?」

「私の正体は話せない。…お前の母親の事を私は知っている。知りたかったら、ここに来い。」

そう言って、メールアドレスに地図が送られてくる。知らないメールアドレスだ。そこは、何かの倉庫の様だった。

「おい!?お前は何を知ってるんだ!?」

母親の居場所を知っているだと?」

「おい!お前は誰なんだ?」

そう言うとぷつりと通話が切れた。


 走って来てみると、四角の倉庫があった。

中に入ってみると、誰も居ない。豆電球が天井についていてそれだけがここの明かりを担っている。

「おい!!誰か居ないのか!?」

シン…と、辺りは静まり返っている。

不意にドアが開いて、そちらを見返すと驚きの人物がいた。

「阿部!?

「こんばんは。呉本さん。夜遅くにこんな場所まで呼び出して申し訳ありません。」

時刻は21時を回っていた。亡くなる時間まであと少し。嫌な予感がする。

冷や汗が流れてくる。

「阿部、何故俺を呼び出した!?あの電話の声はお前なのか!?何故…こんな事を…。」

焦っている俺を阿部はいつもよりじっと見ている。じとりとした視線は恐怖を感じさせた。

「呉本さん…。私は、貴方を尊敬していました。…ですが、同時に許せません。」

「な、何を言ってるんだ!?」

「貴方が居なければ瑠奈は、生きていたんだ。」

そう言い、尖ったナイフみたいな視線を向けて来た。

「瑠奈は…私の恋人だったんだ。彼女は、上司からのパワハラで亡くなった。彼女の部署の事を俺は何も知らなかった。瑠奈は、俺に何も話さなかったんだ。」

「……。」

「亡くなった後パワハラを知って…、私は、なんて愚かだったのか思い知りました。そして、彼女の為に真実を明らかにしたいと思いました。ですが、貴方は全て揉み消そうとした。金のために…。」

「……。」

「…私は、貴方とずっと二人三脚でやって来たつもりです。貴方のことを尊敬していた。ずっと前を向いて歩いている貴方を素敵で、かっこいいと思っていました。」

そう言い切り、一つ息を吐き出した。

そして、再度こちらを見る。覚悟を決めた瞳だった。

「今回貴方の生い立ちを調べさせていただきました。貧困のせいで、母親に置いて行かれた貴方…。だから、人を傷つけて良いのですか?」

「そ、そんなつもりじゃ……。俺は、ただ。」

ただ、一体どうしたかったんだろう。

どうして、俺はそんなにお金が欲しかったんだろう。

お金さえあれば、また前みたいに幸せになれると思っていた。それさえあれば、また…。

全て切り捨てて生きてきた。

人が幸せになるのは金だ。金さえあれば…世の中の不幸は無くなるだろう。

そう思って生きてきたというのに…。


 途端、体が重くなった。体が床へと近づき、自分が倒れてしまった事に気づく。ポケットから落ちたスマホが時刻が22時を告げる。

頭上にいる阿部は、こちらを睨む様に見ていた。

「呉本さん、貴方ずっと体調悪いですよね?それが何故か分かりますか?」

「…な、なんだって言うんだよ…。」

そう言うと、黒い瞳はこちらを見つめている。

「私は、瑠奈を殺した奴らを同じ様に殺すんです。それが、瑠奈の為になるから…。」

そう言う阿部に、誰かの影を感じた。

ああ、こいつは俺だ。俺と同じで、弱くて誰かを傷つける人間なんだ。

息が荒い。きっと、毒を盛られていたのだろう。

これはきっと報いだ。


「最期に…。呉本さん。貴方の母親の事調べたんですよ。お母様、既に新しい夫と息子さんいらっしゃるそうですよ。」

そうか、そうだったのか。呼吸が荒くしゃくりをあげる。ああ、そうか…。

そうだったのか。俺が欲しかったものは、もう何も無かったのか…。

何だか、憑き物が落ちたようなスッキリした気分になっていた。俺は声をかけた。

なんだか、穏やかな気分だった。

俺は、結局ずっと弱いままだった。


「なぁ、阿部…。最後に伝えさせてくれ…。」

「何ですか。」

「阿部…すまなかったな。」

ハッとした様にこちらを見つめる阿部。

その瞳は、何故か俺以上に傷ついている様に見えた。

「あと…阿部、俺みたいになるな。」

そう言って生き絶えた。



「何で、最期にそんな事言うんですか…。」

 目の前で、横たわる人は生前自分の全てを尽くした人間だった。


 瑠奈が亡くなってから、彼に対しての感情がぐちゃぐちゃになり…どう関われば良いのか分からなくなった。


 嫌いで、憎くて、死んで欲しくて…でも憧れだ。彼と一緒に、色んなことをやって来た。

呉本さんが居たから見ることの出来た世界があった。

「”俺みたいになるな”か…。」

人を傷つけて生きたくは無いのに。

自分が負った傷を、どう癒していけば良いのか私は分からない。

呉本さんは、最期にそれが分かったのだろうか。

人は弱く脆い。

「…ちくしょう…」

殺して仕舞えば、楽になれると思ったのにちっともだ。何故か鼻がつんとして、痛くなる。

思い出すのは、彼との楽しかった記憶で…。

「あーあ、自首するか…。」

ぼんやりとそう思った。


「人間は、傷つけあうなんてバカみたいだな。」

冥界でクロは、毛繕いをしながらそう言った。

ここは事務所、レインは微笑みながら告げる。

「確かにそうですね。…ですが、人間は弱いからこそ愛し合う事が出来るのだと思いますよ。」

そう言うとクロははぁ!?と声を上げた。

クロは、人間って難しいなぁと思ったがすぐに興味はなくなり毛繕いを再開した。

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