2.5:ルーファスのはなし
2-4の前くらいの話です
「最近、セシリーの様子がおかしい」
ダドリー伯爵のタウンハウスへと赴いたルーファスは、図書室でアマベルを見つけ話しかけた。今日はセシリーは一緒ではないので、アマベルとふたりで話せる機会を狙っていたのだった。丁度よく、アマベルはひとり、本棚の前で何冊かの本を選んでいた。
ルーファスの邸内の立ち位置は複雑だ。使用人の息子であり、才能を認められた魔術師であり、セシリーの同窓生で、ダドリー伯爵のむすめたちの幼馴染み。ルーファスだけでなく、アマベルとセシリーの姉妹も特に気にしていないので、いまでもルーファスは彼女たちのことを名前で呼ぶ。時と場合で使い分けることはするが。
魔術の才能があると分かってからは、様々な教育が施されるようになり、ルーファスは与えられる知識をするすると吸収し、領地に関する手伝いもまたするようになっていた。
ルーファスの問いかけに、アマベルは「そう?」と小首を傾げる。
「セシリーは、僕がアマベルのことを好きだと思っている気がする」
その応えに、アマベルは目をぱちくりと繰り返し瞬いた。睫毛がその動きに合わせて揺れる。なにを言われているのか、理解できないと言うように。
「なぜ?」
「それは僕が聞きたい。アマベルに婚約の申し込みをしろと言ったり、商会に一緒に出向くようにしたり」
ああ、とアマベルは思い至ったように声を上げた。婚約の申し込みをしろと言ったことは初耳だったが、鈴蘭商会へと出かけたいと言ったときにルーファスを同行するように薦めたのはセシリーだった。
「でも、それはお菓子のためではなく?」
「絶対に違う。アマベルと僕との距離を縮めようとしてるんだよ」
断言するルーファスの強い言葉に、まあ、と驚きの声を漏らし、それからアマベルはふたたび小首を傾げた。しかしなぜ、と疑問が身体の裡を巡ってゆく。ルーファスと一緒に居たいと思っているのはセシリーの方のはずだった。アマベルではなく。
「わたくしはルーファスのことを可愛い弟としか思ってないわ」
「僕だってそうだよ……どうして、こう、伝わってほしい人にはなにも伝わってないんだろう」
難しいものね、とアマベルは穏やかに微笑んだ。ルーファスが一緒に居たいのも、セシリーただひとりのはずだった。伸びた前髪をくしゃくしゃと掻き上げるルーファスは、心底困ったような表情で、どうすべきか分からないようだった。
誰かと一緒に居るのは難しい、とアマベルはひとりごちる。それを先日、アマベルもまた知ったのだった。そして、本当に一緒に居たいと思ったひとと一緒にいることが難しいことも。
「こうなったら、セシリーは僕が否定しても信じてくれない気がする」
「そうねえ、とりあえず、贈り物やお手紙を渡してみるとか」
アマベルの応えに、ルーファスは僅かに顔を顰めた。頭を抱えながら、「セシリーにも同じことを言われた」と嫌そうな声を漏らした。
「アマベルが元気になるように、贈り物をしたらどうかって」
あらあら、とアマベルはその様子に苦笑いを浮かべる。発想も目的も一緒だろう。セシリーは確かに、アマベルとルーファスの距離を縮めようとしているようだった。
「困ったわ」
「アマベルは楽しそうだけど、僕は本当に困ってる」
そう指摘されてはじめて、アマベルはルーファスを楽しげに見つめていることに気が付いた。弟と妹の恋模様が楽しくて仕方がない。ころころと誤魔化すように笑って、そうしてから、アマベルはふたりの気持ちが通じ合うことを祈り、本を抱える手に僅かに力を篭めた。
「それで、セシリーの婚約者候補としては、順調なの?」
「旦那様にも話は通してあるけど」
実際のところはどう思われているか分からない、と瞳のなかの星を揺らし不安そうにするルーファスの言葉を、アマベルが引き取った。
「でも、お父さまははじめからルーファスをセシリーの結婚相手に考えていたと思うわ」
「え?」
眉根を寄せたルーファスに微笑み返し、アマベルは続けた。
「魔術師になるには必要のない教育を施して、領地の仕事も少しずつ任せているでしょう。候補ではあったはずよ。そうでなければ、そのようなことはしないわ」
魔力があると分かってから受けた教育は、多岐に渡る。学院で必要な知識かと思っていたが、そうではないのはルーファスも入学してから気が付いた。今では、領地の仕事も僅かではあるが任せられている。そう考えると、あとすこし手を伸ばせば大切なものに手が届きそうな気持ちになり、ルーファスはまなざしを緩めた。
「わたくしには大したことはできないけれど、ふたりには幸せになってほしいもの」
「アマベルにウィルを紹介してもらったこと、僕はとても感謝してるよ」
第二王子のウィリアムとアマベルは、学年こそ異なるものの親しい友人同士であった。ウィリアムの周囲には学友兼側近候補が常に居たが、彼らもまた巻き込んで、醜聞と捉えられないような適度な距離感を保ったまま、友人として親しく付き合っていた。魔術こそ使えないものの、アマベルもまた優秀な学生であったので。
アマベルが商会の話をちらりと漏らしたときに、併せてルーファスのことも話したのだった。それから、ルーファスの構築する術式に興味を持ったウィリアムを紹介し、そのまま王族の依頼を受け術式を構築するようになった。それは、彼の実績となっている。
「それこそ、大したことをしてないけれど、でもそうね、そう言ってもらえるのは嬉しいわ」
やわらかなまなざしで微笑むアマベルの視線のさきには、ルーファスはもう映っていなかった。それが分かっているので、ルーファスも、うんと頷くに留めたのだった。
***
「ルーファス、アマベル嬢とお忍びで出かけていると聞いた」
「よくご存知ですね」
第二王子のウィリアムの執務室で、構築した術式を納品していたルーファスは、呆れを含んだ声音でそう返した。机に向かい、書類の束を裁いていたウィリアムは面を上げる。金の瞳が煌めいていた。
「というわけで、次回は私もお供しよう」
「本気ですか?」
間髪を入れずに尋ねた声は緊張感に満ちていた。そんなことが許されるはずがない。そもそも、ウィリアム自身が供を付ける立場なのだ。一伯爵令嬢のお忍びについていくひとではない。
「もちろんだ。もう、アマベル嬢に婚約者は居ないし、護衛は多い方が良い」
「こんな目立つ護衛は不要かと……」
鼻筋の通った整った顔立ちと光が透ける金の髪を眺め、ルーファスはどうにかこの馬鹿げた考えを撤回してもらえるように応じる。それをさらりと流し、ついでにウィリアムについている側近候補が固まっているのも流し、ルーファスに微笑み返してみせた。その笑顔に、ルーファスは止めることを放棄することを選んだのだった。第二王子を諫めるのは自分の役目ではないはずだと言い聞かせ。
「薔薇の花束を用意したので、帰りに持って帰ってアマベル嬢に渡しておいてくれ。もちろん、君も数本持って行っても構わない」
王城の薔薇園に咲く薔薇は丁寧に世話のされた最高級の花。魔術によって管理された環境で、この国で一番うつくしい花。それを持って帰っても良いという。
セシリーに贈ったら喜んでくれるだろうか。植物への興味の基準がアマベルになってしまっている自覚があるので、自信がなかったが、それでもセシリーもうつくしいものが好きだ。嬉しいと微笑んでくれたら、とルーファスは薔薇園のなかから、一輪の花を選ぶことにした。
「ついでで良ければ、時間保持の魔術をかけておきますが」
「私のほうを優先したまえ」
「いやですね」
きっぱりと言い切って、ルーファスはふたつ分の時間保持の術式の用意に取りかかったのだった。
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