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2-2

キリが良いので、少し短めです

「元気そうだ」

 ルーファスが安堵とともに吐き出した言葉に、アマベルは朗らかに応じた。

「気兼ねなく好きなことをしているもの、元気になるわ」

「随分あっさりしている」


 新学期の始まったその週の休日に、セシリーとルーファスはアマベルに会いに来ていた。セシリーは休暇中もタウンハウスでアマベルと過ごしていたが、ルーファスはあの婚約破棄後、初めてアマベルと会う。アマベルは顔色も良く、頬もふっくらさせながら微笑んでいた。


 タウンハウスの庭の一画で、彼らはお茶とお菓子を囲み、そして花に囲まれて。アマベルは紅茶やハーブティが好きで、自ら出すものを厳選している。今日は、国外から輸入した茶葉をいくつか、自らブレンドしたもの。紅茶を淹れるのも、メイドに任せることはしない。温度を保つ術式を施したポットに茶葉を入れ、適度なあいだ蒸らし。茶漉しを用いて、ティカップへと注ぐ紅茶はいつも透き通っていて綺麗な色をしている。

 セシリーにはお茶の違いは分からなかったが、アマベルの淹れてくれるお茶はいつも渋みが少ないのですっきりと飲みやすい。今日も果物のようなやわらかな甘さのある香りが漂ってくる。深く、その香りを吸い込んだ。


「レオンさまとは、そうね、情熱的な恋とは異なると思ってはいたけれど、家族としてはやっていけるとは思っていたのよ。アイリーンさまとのことも、卒業するまでならと目を瞑るつもりだった」


 そうすべきと言い含められていたのだと、アマベルはため息とともに吐き出して。結婚までの火遊びのひとつふたつ、目を瞑って笑ってみせろと。伏せた目に、睫の影が落ちる様が人形のようにうつくしかった。


「ふたりと違って魔力がないのに、卒業まで通わせてもらっていたこともあるし」


 魔力がないアマベルは、学院を退学し、結婚準備や社交のために時間を使うことも認められている。そうしなかったのは、アマベルの成績が優秀で彼女自身が卒業まで学院に通うことを望んでいたからだった。それを、レオンは渋々ながら認めていた。


「そう思っていたら、あの騒ぎでしょう。これで心置きなく好きなことができるわ、とうれしくなってしまって」


 セシリーには申し訳ないけれど、とアマベルは眉尻を下げながらも、軽やかな口調で告げる。婚約者であったレオンに、植物を育てることも含め、多少なりとも制限されていたのだろうことが窺えて、セシリーはそっと紅茶に口をつけて重たい気持ちを飲み込んだ。レオン・ハワードという男は、女性が表に立つことを厭うていた。


「あの噂はどの程度本当?」

「そうねえ……」


 ルーファスの問いかけに、アマベルは口を噤む。言いたくないなら別に良い、と言いかけたルーファスの言葉を遮り、アマベルはふたたび、そうねと頷いた。


「ルーファスはどう思う?」


 学院内を泳ぎまわる噂の尾びれをひとつひとつ捕まえながら、考えるように視線をわずかに揺らしたのち、ルーファスは淡々とした口調で告げた。


「嫌がらせをしたって言うのは、あっちの言いがかりだろう。ただ、お茶会に招いてないのは本当だろうから、そこが悪く取られている」


 それに対し、アマベルは大げさなほどにため息を吐いてみせた。


「ねえ、ルーファスがここまで分かっているのに、どうしてレイ伯爵子息であるレオンさまが分かってくださらないのかしら」


 ため息ついでに、頭も軽く横に振り。下ろしたままのアマベルの黒い髪がゆるやかに揺れる。貴族ではないルーファスが分かっているのに、貴族令息であるレオンがそこに思い至っていないのだ。セシリーも深く息を吐いた。


(そう、お茶会に招いていないという噂は本当だけれど。でも、こればかりは仕方がないのよ……)


 そもそも、アマベルとアイリーンは同級生でもなけれな友人でもない。親同士も繋がりがない。ただ、レオンを間に挟んで相対しているだけだった。アマベルがお茶会に呼ぶ必要はないし、親しい友人を招くお茶会に婚約者の不貞の相手を呼ぶことはない。社交の一環と言うのならそうかもしれないが、縁もゆかりもない生徒と結ぶものはなにもない。

 どちらかと言えば、アイリーンを呼ぶようなお茶会をするのは同級生のセシリーの方であったが、それでも、そのような噂が流れると面倒であることは、今回のことでセシリーも学んだ。


「セシリーも同じ学年でしょう。申し訳ないけれど、アイリーンさまには気をつけてね」

「はい、分かってます」


 分かってはいるし、気をつけてもいる。しかし、周囲と当の本人はそれを許してはくれないけれど。

 実際、学院内では姿を見せればひそひそと囁かれることも多いし、セシリーがちらりとアイリーンに視線をやり、逸らそうものなら「無視された」と悲しげに眉を下げられる。それを見て、彼女の友人たちがますますセシリーに敵意を向けてくることを繰り返している。アイリーンは、その愛らしい容姿での振る舞いを、よくよく分かっているようだった。それが、セシリーにはわざとらしく映ったが、周囲のひとびとから見れば違うらしい。


(まるで、わたしとお姉さまを同一視するみたいにして!)


 それはそれで、とても腹の立つことだった。


(できるなら、わたしだってお姉さまみたいな淑女になりたかったけれど、とても無理だったし、それに……)


 ちらりとルーファスの方に視線を向けると、彼は何かを思案するようにアマベルの方を見ていた。そのまなざしが、こちらに向いてくれないかと期待をしてしまう自分に、セシリーはちいさくため息を吐いた。この胸の裡に巣くう感情を、一緒に吐き出すように。


「ルーファスも、セシリーのことを助けてあげてね」

「うん」


 セシリーの周囲で起こっていることを見透かすように、アマベルはルーファスにも声をかけた。素っ気なくも、力の籠もった返事に、セシリーはそれだけで嬉しくなってしまう。


(いえ、そんなことで喜んでいる場合じゃないのよ!)


 気を取り直して、セシリーはアマベルに明るく声をかけた。


「ところで、お姉さまはしばらくタウンハウスに籠もっているご予定ですか?」

「そうねえ、できれば折角だから鈴蘭商会にも顔を出したいのだけれど、落ち着くまでなかなか難しいかしら」

「商会はレオンさまも関わっていたから、混乱もするでしょうね」


 そのセシリーの言葉に、アマベルは軽やかな笑みひとつと紅茶を飲むことで返答する。その意味を、セシリーは小指のさきに引っかけて咀嚼し、こちらも微笑み返した。アマベルとレオンが共同で立ち上げた鈴蘭商会には、すこしだけ秘密がある。


「そうよ、ルーファスに一緒に商会まで行ってもらったら?」


 戸惑いの表情を浮かべるルーファスを視界の端におさめながら、見なかったふりをして、セシリーは続けた。


「ルーファスなら、魔術で認識阻害もできるし、なにかあれば守ってくれるでしょう」


 認識阻害の魔術を用いることで、周囲からアマベルであると認識をされにくくなる。印象に残りにくくなるが、かけられた側からの行動であればきちんとアマベルであると認識されるようになる。また、ルーファスが一緒であれば、例え攻撃されることがあったとしても魔術で守ることができる。魔力消費量が激しいので最終手段ではあるが、魔術で転移を行い逃げることも可能だった。


 ね、と楽しげに告げれば、それはそうだけどと歯切れの悪い言葉が返ってくる。これはもうすこし押せばいけそう、とセシリーは長年の経験から判断する。


「お姉さまも息抜きになるし、わたしもお菓子を買ってきてもらえるようにお願いができます」


 有名な美味しいお菓子があるんですって、と甘えるようにふたりを見れば、アマベルは仕方ない子ねと言わんばかりなやわらかなまなざしをしている。


「そちらが本命ね」

「なかなか買いに行くのが難しいんですもの」


 王都にある学院は宝冠山脈を背にした王城を囲む貴族街、さらにその外側にある平民街のあいだに位置している。アマベルが設立した鈴蘭商会は平民街に拠点を置いていた。学院から出るためには届が必要になるし、貴族の子女ともなるとそう簡単には許可が下りない。帰省などの理由でなければ。その点、ルーファスはネヴィル家に仕えているが身分上は平民で、そして男である。それだけで、寮の外出申請の承認は緩くなる。実際、ルーファスはあれこれと理由を付けて何度も外出をしているのを、セシリーは知っていた。


「ルーファス、お願いしても良い?」


 諦めたようにセシリーがお願いすれば、ルーファスも分かったと渋々頷いて見せた。


「お姉さまもルーファスもありがとう」


 手を打ち合わせ、大げさなまでに喜べば、アマベルの瞳がやわらかくなる。セシリーは有名なお店やお菓子をいくつか諳んじながら、二人の外出が成功することを祈った。


(楽しい時間になって、ふたりの距離が縮まれば良いわ)


 セシリーはそっと紅茶に口をつける。先ほどまで感じていた紅茶の飲みやすさがどこかへ消えて、苦みが口の中に残った。


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