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1‐2

 ルーファスの魔力の再検査は、魔術を発動した日から1週間後に行われた。幼い頃に行われる測定は教会で行われるが、今回は特別に魔術師を数人、屋敷に招くこととなった。それは、よく晴れた午後のこと。


 ルーファスは普段通りの少し大きめな、身体に合わない衣服に身を包み、僅かに緊張した面持ちでオリバーに導かれ、応接間に足を踏み入れた。緑の壁紙が鮮やかで、部屋のなかの調度品のひとつひとつが重々しく、厳かな雰囲気を作り出している。その部屋のなかで魔術師たちはソファに腰を下ろしていた。和やかに会話する魔術師たちの視線はどこか鋭く冷たい。無理を言って同席していたアマベルとセシリーはその様子を隅の方で黙って見つめていた。


「ああ、来たね」


 魔術師のひとりが、ソファから立ち上がる。セシリーに魔術を教えている家庭教師の先生だった。後ろで結わえているなめらかな銀糸の髪が動きに合わせて揺れる。宮廷に仕える宮廷魔術師は王立魔術研究所の配属になる。その一方、先生のような魔術師たちは魔術協会に登録し、協会から依頼を受けて仕事を熟していた。先生はかつて宮廷魔術師であったが、とある事情により今は魔術協会から仕事を請けている、と以前セシリーに朗らかに教えてくれたことがあった。その事情をセシリーは知らない。知らない方が良いのだと言うことくらいは子どもながらに悟っていた。

 家庭教師の職も魔術協会を通じて依頼されたものだと言う。


「よろしくお願いいたします」


 オリバーの挨拶に合わせ、ルーファスもちいさく会釈をする。

 こちらへ、と示される手に誘われ、ルーファスは魔術師に囲まれるようにテーブルの前に立った。


「こちらに手を翳して」


 魔術師たちは余計なことは不要であると言わんばかりに、早々に術式が描かれた紙をテーブルのうえに広げた。いくつもの条件指定がされたそれは複雑な図式を描いている。

 どうぞ、と指示された術式のうえに、ルーファスは手を翳した。セシリーたちもそれを固唾を飲んで見守っている。幼い頃に魔力測定をしたときは、もっと遊びのひとつとして軽い気持ちで受けていたような気がした。


(でも、今回は違う。もっと、不安と期待で胸がどきどきしている……)


 ルーファスが魔力を篭めると、術式から浮かび上がった文字列が宙に描かれる。それを見た、先生が僅かに目を見張った。ほう、と感嘆な声がどこかから漏れる。

 先生が、ちらりと魔術師のひとりに視線を向け、頷きが返ってきたのを確認する。宙に描かれた文字列を書き写していたようだった。


「もう良いでしょう。最初に聞いていた魔力量より随分多い。ダドリー伯爵にも確認し、セシリー嬢と一緒に授業を受けた方が良いでしょうね」


 その言葉に、ルーファスの瞳が熱を帯びたように揺れ、ゆっくりと息を吐いた。セシリーもまた、その結果に胸をなで下ろし、頬を緩めた。ルーファスと一緒に授業を受けることができるのはとてもうれしく思えて。


「こういうことは、よくあることですか」

「君の場合、魔力を溜め込む器が大きいようだ。以前調べた時にはその器に溜め込まれていた魔力が少なく正確な判断ができなかったのでしょうね」


 おそらく、と先生は曖昧な口調で説明を行う。

 魔力は、内魔力と外魔力の二種類がある。ひとが体内に持つ魔力と外気のように漂っている魔力のこと。魔術を行使したあとに消費された内魔力は、外魔力を取り込むことで補われる。ルーファスはなんらかの理由で内魔力が少ないときに検査が行われ、そののちに外魔力を取り込み、器が満ちたのだろうということだった。


「旦那様にも連絡し、そのように手配いたします。ところで……」


 オリバーは言葉を探すように、口を閉ざす。そして、アマベルの方をちらりと見つめ、先生に向き直った。


「ああ、アマベル嬢の魔力も調べ直してみましょうか。ただ、ルーファス君のようなことはあまり例がありませんが」


 オリバーの意図を汲み、先生はアマベルにやわらかに声をかけた。それはどちらでも好きなように、と告げていた。


「わたくし?」


 アマベルは幼い頃に魔力が無いと言われ、セシリーと違い、魔術の授業は受けてこなかった。基本的な魔術の在り方を理解しているのみで、一度だけ、こっそり術式を使って試してみたことはあるものの、その時もぴくりともしなかったので、そういうものだと思っている。


「折角の機会だもの、お姉さまも受けてみたら?」


 セシリーはオリバーの提案に、笑顔を溢した。困ったように僅かに眉尻を下げたアマベルは、「そう、ね」とゆっくりと音を溢した。それは気が進まなそうな色を孕んでいたが、ひとときののち、頷いた。


「分かりました、どうぞよろしくお願いいたします」

「では、こちらへ」


 先ほどのルーファスと同じように術式に手を翳す。魔力の篭め方が分かっていないように、戸惑いながら意識を集中させているようだった。しかし、術式は先ほどのように反応することはない。


「失礼しますね」


 先生がアマベルの掌のうえから、自らの掌を重ね、そっと力を篭めた。魔力の流し方を把握していないひとや子どもが検査をする時には、魔術師の力を借りる。術式から浮き出た文字列を眺め、先生はそうですねとひとつ頷いた。


「アマベル嬢の魔力は変わっていないようですね」

「ありがとうございます」


 アマベルは特段気にした様子もなく、「わたくしには、魔術は無理ね」と微笑んでみせた。


「余計なことを言ってごめんなさい」


 セシリーは、アマベルもまた一緒に授業を受けることができたら楽しかっただろうに、という寂しさと同時に、ルーファスと二人だけで共有できるものを持てたことに喜びを感じていた。


(残念ではあるけれど、ルーファスと魔術を試せるのは、とても嬉しい)


「いいのよ、こうであることは分かっていたのだもの。わたくしは、魔術以外でやりたいことがあるから、魔術の授業が入ってきたらとても時間が足りないわ。でも、ルーファスが魔術を使えることが分かって良かったわね」


 ね、とセシリーとルーファスを見つめるアマベルの微笑みは、ふたりが並んで魔術を使っているところを思い描いているようにやわらかかった。


 貴族の子息子女が魔力を全く持たないということは肩身の狭いことではあった。だれも、それを口に出したりはしないけれど。アマベルはそれでも、魔力を持たないことを気にしていない。使えたら良かったと思うことがなかったとは言わないけれど、邸のなかは魔術が使えずとも暮らしていけるようになっていたし、伯爵夫妻もそのことでアマベルとセシリーの扱いを変えることはなかった。何より、アマベルにはそれ以上に好きなことがあったので。




 ルーファスは、魔術師の助言通りセシリーとともにいくつかの授業を受けることなり、そのなかでも魔術にのめりこんでいった。使用人の子どもに教育を施すことは珍しかったが、ダドリー伯爵としても、才能のある魔術師は手放すには惜しい人材だったので。


 才能を開花させはじめたルーファスは、それまでとは逆にセシリーを振り回すようになっていた。けれど、魔術の話をする時のルーファスの瞳の奥の燦めきが眩しいくらいに綺麗で、その光をずっと見ていたくて、セシリーは振りまわされていることも気にはならなかった。夜中に魔術で作った小鳥の影が送られてきてルーファスの声でしゃべりかけてきたり、古い魔術の本を読むように押しつけられた時は閉口したけれど。それでも、ルーファスに「お願い」と眉尻を下げて言われてしまうと、セシリーはつい頷いてしまうのだった。


(こういう時のルウは、すごくかわいく見えるんだもの。仕方ないわ)


 今まで、ルーファスにお願いがあるとたくさん言ってきた自覚はあるものの、お願いがあると言われたことが無かったことも大きかった気がした。ルーファスのお願いはセシリーの心を軽やかに擽ってゆくのだった。


「見てて」


 彼はそう言って、書き上げたばかりの術式に魔力を流しこむ。術式に光が走ると、中央から虹の光が生まれ出る。その虹の光が花の蕾の形になると、ふわりと綻んで花を咲かせた。そのまま小鳥へと姿を変え、空を飛んでゆく。それを見守るセシリーの瞳が輝きに溢れた。


「すごい! すごいわ!」


 大輪の花が綻ぶように笑顔を浮かべたセシリーはふいにルーファスの頭に手を伸ばす。そして、やわらかくその頭を撫でた。少女はそうして褒めてもらうのが好きだったので。

 ルーファスはなにが起きているのか理解できずに、ひととき身体の動きを止める。頭のうえでセシリーの熱を感じ、凝っていた身体が溶け出して、ルーファスは照れたように笑みを返した。


「僕、魔術師になりたいんだ」


 ルーファスは大切な秘密を打ち明けるように、セシリーに静かに告げた。真剣な面持ちで。すこしでも触れたら壊れてしまうのではと思うくらいに張り詰めた空気を纏っていた。


「それなら、わたしも一緒に魔術師になる! ね、約束よ」

「うん」


 セシリーの応えに、ルーファスは纏った空気を緩ませた。

 庭の片隅でその日の課題と魔術に関する本を広げながら約束したのは、ふたりでの授業がはじまって、しばらくしてからのことだった。


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